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亀が好きすぎる魔法使い  作者: ひかるこうら
第3章 Imperial Capital
73/114

11話 タートルファースト(2)

 ■■■


 閃光の中、エボニーフォレストタートルが大きく息を吸い込む始めた。

 これはもしかして新たなアクションを起こすかもしれない。


 そう思ったNocturne(ノクターン)という名のゴシックミリタリーな黒づくめの少女は、愛銃のクロスボウの照準器から目を離し、体を地面に伏せて両手で耳を押さえた。隣にいるペットであるレイダーウルフのChiot(シオ)はマスターの様子を見るなり同じ真似をして耳を塞いだ。


 次の瞬間、エボニーフォレストタートルは魔法攻撃を受けながらも、口を大きく開いて溜めこんだ息を吐き出すようにしてフィールド一帯に効果を与えるほどの『地縛咆哮(バインドボイス)』を放った。以前行われた竜種到来のイベントで登場したドラゴンが使うそれよりもずっと強力で、前衛で武器を振るっている最中だったプレーヤー達はその行動を全てキャンセルされて踏みとどまることもかなわず後ろに吹き飛んだ。危険を感じて武器を振る手を止めたプレーヤーも『地縛咆哮(バインドボイス)』の効果によって硬直状態へ陥らせられた。中衛・後衛で弓矢や魔法で遠距離攻撃していたプレーヤー達も『地縛咆哮(バインドボイス)』によって行動を封じられ地面に釘付けさせられた。Nocturne(ノクターン)のように耳を抑えることのできたプレーヤーは『地縛咆哮(バインドボイス)』の影響から逃れることはできたものの、どちらにしても攻撃の手を止めてしまったことには変わらなかった。


 エボニーフォレストタートルは鼻息を荒く鳴らしながら、『地縛咆哮(バインドボイス)』によって地面に縛り付けられるプレーヤー達を無慈悲に踏み潰して回った。それはまさに蹂躙だった。強者が弱者に対する一方的な破壊の洗礼だった。エボニーフォレストタートルの巨体が動かす四肢が、辺り一帯を轟かせ地面に伏せる蟻ころのようなプレーヤー達を気にすることなく踏み潰す。踏み潰されるプレーヤー達は皆痛みを感じることなく光の粒子となって消滅した。



「ずいぶんとむごいな……」

 Nocturne(ノクターン)の隣で耳を押さえていた真紅の軍服のような服を着たアストラエアはそう呟く。

 その言葉にNocturne(ノクターン)は言葉を返す。


「……あんな近くにいるからだ。近くにいるならそれなりの対応をしかるべき」

「そ、そういうものか? それはちょっと暴論のような気がするんだが」

「……それが嫌ならこうして距離を取れる中衛・後衛にいるべき」

「はぁ、まぁたしかにそうはそうといえるけど……」

「……もう前衛は機能しない。今日はもう総力戦だから、私は前に出る。…………あなたはどうするの、通りすがりの軍人さん」


 そうNocturne(ノクターン)は言葉にしながらクロスボウを背負い腰元に挿してある刀に手を当て、Chiot(シオ)を連れてエボニーフォレストタートルの方へ足を進めていった。


「え、あの私は…… って行っちゃったよ。はぁ、私は軍人じゃないというのに」

 アストラエアはふぅとため息をついて目の前の大亀を見詰める。


「さて、私も頑張りますか」


 アストラエアはアイテムストレージの中身を確認しながら一つ花火があげようと行動を開始した。







 ■■■


 エボニーフォレストタートルの『地縛咆哮(バインドボイス)』を受けてまともに動けなくなったプレーヤー達を、エボニーフォレストタートルは悠々と踏み潰して回る。ようやくほとんどのプレーヤー達が動ける頃には、前衛にいたプレーヤー達の半分はHPを散らし死に戻りしていた。『地縛咆哮(バインドボイス)』を受ける前の半分に減った前衛ではエボニーフォレストタートルに殴りかかって動きを鈍らせることは難しく、潰走状態に陥っていた。


 ワースはエボニーフォレストタートルの『地縛咆哮(バインドボイス)』が終わるなり、傍らにいるミドリとどろろ・べのむんに指示を出した。。エボニーフォレストタートルはすでにワース達の目の前まで接近している。このまま安全区域から攻撃することは不可能と悟り、エボニーフォレストタートルとの戦いの初日として今のうちにやっておけそうなことをやろうと考えていた。


「みんな、後は好き勝手に戦おう。いいな!?」


 ワースのその言葉に近くにいた『亀が好きすぎる魔法使いと愉快な仲間たち』のメンバーは頷いた。


「そうだね、もう特に何かできることはないし」

「……後は削れるだけ、HPを削るしかない」

「戦い方とか一部しかわかんなかったけど、仕方ないよね」

「このまま後衛まで突っ切られますからね」

「リーダーの指示には従うよ」

「どーせお祭りだもんね」


 メンバーたちは一様にエボニーフォレストタートルを見据える。前衛を突破し、ちりぢりになった前衛プレーヤー達が必死に追いすがりながら攻撃を与えるものの前進する足を止めず中衛がいる区域まで進んできたエボニーフォレストタートル。


 ちょうどその時、後方から指揮官サクラの声が響き渡る。


「今日はもう総攻撃で。あとでミーティングやるから集まれる人だけでいいから集まって。場所は後で伝える。さぁ、今日最後に一つ、一矢報いるぞ!!!」


 その声を聞いて周りのプレーヤー達はほっと肩を下ろす。緊張から解かれ、後は楽しもうという雰囲気になった。初めてのレイドイベントということもあり、プレーヤー達は緊張を持ってこの戦いに挑んだ。例え、一回目はボスの情報を得るためで気張ってもどうにもならないということは誰しもが理解していたが、それぞれの心持ちはどうにもならない。特に目の前で巨大なモンスターを見ているのだから、生存本能が刺激されて余裕を持って戦えるプレーヤーは多くはなかった。しかし、サクラが全体に声を出したおかげで、プレーヤ達にこれがゲームであるという意識が芽生え余裕を取り戻し、ゲームを楽しもうという気概を見せるようになった。


「行けぃいい!!!」

「「「うおおおお!」」」


 残ったプレーヤー達は皆一斉に攻撃を始める。

 剣や斧など近接武器を持ったプレーヤーはエボニーフォレストタートルの巨体に向かって自滅覚悟の上で突撃する。

 弓や銃などの中距離武器を持つプレーヤーは接近しながら残弾を気にすることなく撃ち続ける。

 魔法使い系プレーヤーは残りMPを見ることなく自身の撃てる限りの魔法を撃ちまくり、MPの尽きたプレーヤーはそのままへたり込み終わりを待った。

 回復職のプレーヤーはと言えば特にやることなく、突撃したい者はそのまま突っ込み、そうでない者はただその場でエボニーフォレストタートルが向かってまでその姿を眺めていた。





 ワースはと言えば、ミドリに乗りながらどろろとべのむんを並走させてエボニーフォレストタートルへ突っ込んでいっていた。


「やっぱ玄武と言ったらこんな亀だよな……というかなんか蓬莱亀まで混じっている気がするけど、尻尾がちゃんと蛇だから玄武だっていうのはわかる。まぁもっとも玄武は水に縁が深いんだけど、そこはゲームだから仕方ないよな。そもそも白虎ってなんぞ、ってなるしね。それにしてもエボニーフォレストタートルって名前か。直訳すると黒檀森亀となるのか、なんだか微妙なネーミングだけど。いっそのこと玄武ってつければよかったのに。っとおほおっぉお!あの脚ぃいい!あのたくましいゾウガメ系統のごつごつとした脚がなんとも堪らん。すりすりしたいわーうーわわわー口開いたぁ、すごく、大きいです……やっふーテンション上がってきたあああああああああああああ!!!」


 半ば気が狂ったかのようなことを呟きながら、ワースはまっすぐエボニーフォレストタートルへ突き進む。


 『地縛咆哮(バンドボイス)』を放ち終え、ずんずん前へ歩きながらプレーヤー達を踏み潰していたエボニーフォレストタートルは背中の甲羅である山を揺らし、岩をごろごろと宙に撒き散らし付近一帯に落石攻撃を展開した。

 地震を起こし足元を不安定にし、不用意に近づけば踏み付けられ、それに加え上からは岩がばらばらと降ってくる。そんな中、ワースはミドリの背中に乗って障害を物ともせずに突き進む。どしんどしんと揺れる大地をミドリは滑るようにして走り、降ってくる岩は直撃しそうなものだけ、どろろの泥炭槍(ピートスピアやべのむんのベノムショットで撃ち崩した。どろろの泥炭槍(ピートスピアとは、どろろがピートニードタスになって新たに取得したスキルで、背中から真っ黒な棘のような槍を射出する攻撃である。なかなかの強度を持ち、そのまま武器としても使えそうなほどの硬さを持つ槍である。一方べのむんのベノムショットとは、口から圧縮された毒の塊を勢いよく吐き出す攻撃で、距離のある敵に対して攻撃できるスキルだ。べのむんは基本的にその身軽な体を生かして敵の背後に回って気付かれずに爪で切り裂くという戦法を取るが、このスキルを取得したおかげである程度距離を取った状態から攻撃を取ることが可能になった。また、今まさにやっているようにどろろの背中に乗った状態で砲台のように立ち回ることも可能になっている。


 ワース達はエボニーフォレストタートルの足元までやって来た。すぐそこにエボニーフォレストタートルの顔があり、手が届きそうな距離だった。目の前で起こる地響きに耐えながら、ワースはミドリを足場にして首をもたげるエボニーフォレストタートルへ飛び込んだ。




「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 ワースはちょうどエボニーフォレストタートルの顎のでっぱりに体を引っ掛けるようにしてへばりつくことができた。踏み台にされたミドリと露払いを努めたどろろとべのむんはご主人様であるワースの行方を見ながら、エボニーフォレストタートルから攻撃を受けないように後退していった。


「うっわぁああ、さすがはレイドボス。このフォルム、肌触り、どれ一つとっても最高だ!いやーやっぱVRゲームは偉大だわ。2年前にゾウガメを触ってみようっていう催し物で触れ合って以来こういった大型の亀を触る機会なかったけど、VRゲームなら触りたい放題だもんな。本物の亀じゃないと嫌だっていう人もいるけど、俺はこういうゲームの亀であっても好きだわーおおっ、そんな首揺らすなって。俺が落ちるだろぉ?よーしよし、あーお家にお持ち帰りしたいわ。飼う場所に困るけどな、後餌にも困るか。ゲームだからいいけど、こんな巨大な図体で何食ってるんだろ。もしかして守護神っていうくらいだから、なにも喰わなくてもいいのかな。っていうか、こいつテイムできないかな。まじ欲しいんだけどぉおお!あ、でもメイが言っていたな、普通はボスをテイムなんてできないって。さすがにテイムしたらあまりに強すぎるもんな。あーでもコイツ気に入ったわ。ステータスとかどうなってるんだろ」





 逃げもせずエボニーフォレストタートルに攻撃を加えるプレーヤー達の一部は顔にへばりつくワースの存在に気が付いた。顔をだらしなく歪め妄言をぶつぶつと呟く一人の変態に、プレーヤー達は驚きと呆れと称賛の目を向けた。


「ってうわあああああああ!!!」」


 エボニーフォレストタートルの顔という不安定な場所にしがみついていたワースは、当然のようにエボニーフォレストタートルに首を振り回されて人形のように振り飛ばされた。エボニーフォレストタートルは自分に不埒な真似をしたワースに追い打ちをかけるようにして岩を投げつけ、ワースはそのHPを散らした。

 死に戻りするワースの顔は満足げだったと記しておく。





「うわぁ、あれこそ勇者だったわ」

「おれたちにできない事を平然とやってのけるッ! そこにシビれるぜ!」

「いや、あれはさすがに引くわ」

「っていうか、あれは誰だったの?」


 まだ残っている前衛プレーヤー達はワ-スの奇行と死亡を目の当たりにし思わず感想を述べていた。

 何人かのプレーヤー達はワースの真似をしようとエボニーフォレストタートルへ突撃するものの、顔にへばりつけた者はいなかった。





 それから15分後。

 エボニーフォレストタートル討伐部隊に参加した全プレーヤーは死に戻りした。







今回も以前募集したオリキャラが何人か登場しています。

水深無限風呂さん、有部理生さん、ありがとうございました。

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