8話 ファイアダンジョン
ゲームですのでいくら火が近くにあっても石炭に引火するということはありません、と先に言っておきます。このダンジョンは石炭だらけの場所ですけれど、炎が噴き出します。現実に考えればおかしな気分になりますけどね。
それでは本編をどうぞ。
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チャコールファウンテンを進むノア達。中に入ってからだいぶ時間が経っている。
ところどころにある火に照らされ存外明るい洞窟の中は広く、ある程度進むと階段や梯子があり、上下に移動できる。そのためこのダンジョンは上下左右に幅広く広がっており、探索するにはかなり時間を要するものとなっている。洞窟の中はどこもごつごつと大きな岩で覆われていて、歩くだけで一苦労である。岩の陰からモンスターがわらわらと湧いたり、地面からいきなり火が飛び出すトラップが作動したりとプレーヤーの精神をがりがりと消耗させる仕掛けが仕掛けられていた。
「暑いっす」
思わずアカネは呟いていた。至るところから炎が噴き出て熱が洞窟の中にこもりサウナのように熱されているのだ。もちろんゲームだから命に係わるような暑さではないのだが、このままずっとここにいれば暑さで参ってしまう様なそんな感じを受けた。
「これもバッドステータスの中に入るのかねぇ。ある狩猟ゲームだと暑さっていう体力減少のバッドステータスがあったな」
アカネの呟きにニャルラはこちらはまったく暑さを関していないような涼しい顔をしてそんなコメントをした。
「砂漠とか火山とかである奴だな。たしかスキルとかで防げたよな。だったらこれはどうだろう」
ノアはぱちんと指を鳴らし魔法を発動させる。
すると空から水色の光が降り注ぎ、ノア達の体を包み込んだ。
「元々精神を落ち着かせて安らぎを与えるっていう水属性魔法だけど、どうかな」
「うん、なんか涼しく感じられるっす」
「体力減少っていう実害はなかったけど、たしかに暑いと戦闘意欲っていうかそんなのが削られていくもんな。ふむ、なかなかいいじゃないか」
「……」
「ありがとう、また効果切れたらこれを使っていくとしよう」
ノアは効果があるかどうか確証が持てなかった魔法がうまく効果を発揮できたことに笑みを浮かべた。
そして、先ほどから押し黙ったままのマリンに恐る恐る声をかけた。
「マリンさん? どうしたんですか、さっきから押し黙ったままで。なにかあったんですか?」
「……」
「おーい」
「ダメだ、こいつ。死んでる……」
「縁起でもないこと言うのやめてください、ニャルラさん」
「あぁ、すまねぇ。それにしてもさっきからずっと何か考え込んでるよな」
「そうっすね。さっきの戦闘で何かあったんですかね?」
ニャルラとアカネはマリンの顔を見るものの、反応しないマリンに少し不安になっていた。
「何かしたかな、俺。フレンドリーファイアしていないはずだが」
「間違ってマリン姐さんに風魔法撃ってしまったりして無いっすよねぇ? あれ、大丈夫かなぁ……」
二人はマリンの沈黙にびくびくおどおどしてしまう。マリンはいつも明朗快活で親しみやすい性格だが、誰かが悪いことをすると烈火の如く怒る。しばらく沈黙した後から繰り出される正論の嵐は相対したものを縮こまらせる。それを何度か味わったことがある二人だからこそ、自分たちが何かしてマリンを怒らせてしまった二ではないかびくびくおどおどしているのである。
「マリンさん?」
「……はっ。えっ、何? 何かあった?」
ノアが再度声をかけると、マリンはぱっと弾かれたように飛び下がりまるで今目覚めたような反応を見せた。
「いや、ずっと黙ったままだったから何があったかなって」
「あぁ、そのことね。ここまで手に入れたアイテムを使ってどのような武器を作るか考えていただけよ」
「「ほっ」」
マリンのその答えにニャルラとアカネは緊張を解いた。
「今一応ダンジョンにいるんだからね。考えるのは後でもできるからね」
「ごめんごめん。気を付けます」
頭をがしがし掻きながらマリンは盾を持ち上げて謝った。ここまで採掘した鉱石は珍しいものが多く、レアリティが一番低く大量に採れた『石炭』にしても鍛冶において重要なアイテムだ。どんな武器を作ろうか考え込んでしまうのも仕方ない。
「……!」
しばらく歩いていると、突如アカネが足元を見ていた顔を弾かれたように上げた。
「ん?」
「大きい。今まで見たモンスターよりも大きいのがこの先にいるっす」
ここまで『スミビト』や真っ黒な土竜の『コークスリュー』、蒸気を発するプレーヤーサイズの土人形『ヘイスフェルス』などと戦ってきたが、どれも大きくてもプレーヤーと同じくらいのサイズだった。しかし、アカネが感知したモンスターの大きさはどう見積もってもプレーヤーの倍よりも大きかった。『索敵』によりモンスターが光点で示されるが、それによると先に進んだところにある大きな空洞で待ち構えているということが分かった。まだ距離が遠くて名前までは割り出すことができないが、おそらくそのモンスターは……
「ドラゴン、だと思うっす」
「まじか……」
「さすがに前に塔で戦ったあのドラゴンほどではないだろうけど、面倒には違いないな」
「いや、あんなのがほいほいといたら死ぬだろ」
「なにか確証でもあるの、アカネちゃん」
「細長い体形をしているというか、動きが妙に蜥蜴っぽいというか、空洞が妙に広すぎるとか。いろいろあるっすけど、勘っす」
アカネはえへへと気弱な笑みを浮かべた。
「まぁ、ドラゴンじゃないかもしれないけど、警戒するには越したことないよね」
「あとどれくらいでその空洞までたどり着く?」
「えっと、あと300メートルっす」
「じゃあ、その空洞に入る前で一時停止。そこでアイテムチェックとエンチャントなど準備します、いいね?」
「「「了解」」」
ノア達は空洞の手前まで他のモンスターに会うことなくたどり着いた。すぐさま準備を整えて、空洞に足を踏み入れた。
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チャコールファウンテン内部。
石炭に覆われ、珍しい鉱石を内包する山の中に、一際大きなモンスターがいた。
そのモンスターは全身の赤い鱗の上から石炭の岩石を纏わりつかせ、獲物が近くにいないか細長い鼻を鳴らしていた。
強靭な足を踏み鳴らし、その巨体を持ち上げ、鋭利な爪を周りの壁に突き刺しその切れ味を確かめる。
口からは燃え上がる炎の混じった息を吐き出し、首をもたげ近づいてくる獲物を見据える。立ち上がったその姿はゆうに4メートルを超え、天井に届きそうだった。その巨体の主は、まだその姿は見えない獲物を、やってくるであろう先をただ睥睨する。見るものに恐怖を与え、狙った獲物を逃がさないチャコールファウンテンの暴君。
『チャコールサラマンダー』。
空を舞うドラゴンのような強靭な翼は持たないものの、代わりに強靭な手足を持つ蜥蜴の域を超えたモンスター。
チャコールサラマンダーは住処であるその場所で、無遠慮に近づいて来た獲物をただ待ち続けているのだった。
ノア達はその空洞に足を踏み入れた。
真っ暗で先が見えなかった空間に火が灯り、中にいる存在の姿を燦々と照らし上げた。
「っ……」
「すっご……」
「これは、大きいな」
「ドラゴン、というよりサラマンダーって言った方が適切っすね」
アカネはそのモンスターの名前が『チャコールサラマンダー』であることを確認した。フィールド名であるチャコールの名を冠したそのモンスターが、強敵であることは容易に察せられた。その威圧感、専用のステージ、ともにこのモンスターがこのダンジョンのボス級であることを暗示していた。
「行くぞ!」
「「「おぅ!」」」
ノアの掛け声を機にパーティメンバーは一斉に飛び出した。
真っ先に飛び出したのはノアのペットであるしずく。アイスニードルウルフの機動力を生かしてチャコールサラマンダーの巨体に接近し、氷柱を飛ばす。氷柱はまっすぐチャコールサラマンダーの腹に当たり、わずかながらダメージを与えた。鱗と同じように石炭に覆われた頑丈な腹にそんな攻撃は通用しなかった。
「『キリングサイズ』!」
飛ぶようにして接近したアカネが大鎌を振るう。赤いエフェクトを引き連れた斬撃がチャコールサラマンダーの腹に当たり、纏っていた石炭を吹き飛ばす。
続いてニャルラが2つの剣を携え強靭な足に滑り込み剣舞を見せる。
敵からの妨害がない限りいつまでも切り付けることができる『インフィニティスラッシュ』。
こういった巨体のモンスターには有効なスキルを惜しみなく使っていくニャルラは剣を何度も叩き付けながらチャコールサラマンダーの巨体を見上げる。剣撃は石炭の鎧を切り刻み、その下の鱗に罅を入れていく。
「『スカーレットレイン』!」
後方でノアが水属性魔法を放ち、上空からチャコールサラマンダーの体を雨粒で穿つ。精霊の力を借りて強化させたこの魔法はチャコールサラマンダーの巨体をわずかによろめかせた。
マリンは盾を構えながら突進し、その勢いを残したまま体を捻り盾とハンマーの両方をチャコールサラマンダーに叩き付ける。盾・片手槌複合スキル『スターストライカー』というスキルで、ニャルラが斬り付けるのとは逆の足に叩き付け、纏っていた石炭を剥がし取り、内部に衝撃を与えた。
マリンに追従するようにシェリーが泡を叩き付け追撃する。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
チャコールサラマンダーは耳をつんざくような咆哮を上げる。空洞中をその音が響き渡り、ノア達は一斉に耳を抑えた。さすがにゲームということで鼓膜が破れるような音ではないのだが、この咆哮はプレーヤーに自動的に耳を押さえさせる効果を持っていた。『地縛咆哮』とは違うものの、強制的に行動不能にさせるという意味では同じだった。
メリット『音』のレベルが高いニャルラは効果がなかったが、その他のメンバーには効果があり、アカネはちょうど跳び下がろうとしていたところに喰らい大鎌を落としてしまった。
「らああああああああああ!」
チャコールサラマンダーが咆哮している間、ニャルラは剣を振るいチャコールサラマンダーに多くの傷を作る。
チャコールサラマンダーは一頻り咆哮を終えると、ニャルラに狙いを定めて足を踏み出す。どしんと地響きを鳴り響かせニャルラを踏みつぶそうとする。ニャルラは華麗にそれらを躱し、躱し際に斬り付けながら回避を続ける。何とか持ち直したアカネは風属性魔法を後方に打ってその反動で体を加速させてチャコールサラマンダーに接近する。
「『エアストカッター』!」
鎌鼬を纏わせた大鎌がチャコールサラマンダーの鱗を断つ。大鎌を振り切った状態で宙を舞ったアカネはチャコールサラマンダーから距離を取り、再び攻撃態勢に入る。
そうやってしばらくノア達はチャコールサラマンダーに猛攻を繰り広げた。
チャコールサラマンダーに攻撃を浴びせ掛け、押しているように見えた。
しかし、それはそう見えただけにしか過ぎなかった。
突如息を吸い込み、炎の吐息を放つチャコールサラマンダー。炎の吐息はノア達に襲い掛かり、ノアが何とか水の防壁を展開したものの、アカネとニャルラはその炎に飲まれ少なくないダメージを受けた。
炎の吐息を放ったチャコールサラマンダーはくるりと体を回転させ尻尾を地面に叩き付けた。まだ炎が燃え残る地面に強靭な尻尾が叩き付けられ地震を起こす。ちょうど尻尾はアカネのいるところに叩き付けられ、その下敷きになったアカネは一撃でHPを0になった。
地震によりノア達は動きを止められ、攻撃の手が止まった。チャコールサラマンダーは再び前を向き、今度は手を伸ばしてノア達を爪で薙ぎ払ってきた。ニャルラは剣を交差させてなんとか受け止めるものの、その衝撃に後ろまで吹き飛んだ。
「『召喚術』我が名において、水の妖精ニンフを、召喚する!」
ノアがニンフを召喚し、強大な水属性魔法を撃たせるものの、チャコールサラマンダーの動きは止まらない。足を踏み出し、踏みつぶそうとする攻撃をマリンが盾で受け止めるが、次の瞬間再び炎の吐息を放つ。ニンフの魔法攻撃と炎の吐息がぶつかり合い、爆発する。
「くそ、ダメか……」
ノアはあまりのチャコールサラマンダーの強さに臍を噛む。このまま戦っても勝てない、ノアはそう思った。
「撤退だ!」
ノアはそう声をかけて、チャコールサラマンダーにぽるんを飛ばす。
ぽるんは巨大な水球をチャコールサラマンダーに投げつける。チャコールサラマンダーは立ち止まりその水球をただ煩わしそうに払い除けた。
ニャルラは真っ先に空洞から抜け出て、マリンとシェリーはチャコールサラマンダーを警戒しながらじりじりと入口を目指して後退した。
「しずく、でっかいのを頼む。『スプラッシュスラッシャー』!」
ノアの大剣から大きな水の斬撃が飛び出し、チャコールサラマンダーの腹を切り裂く。
ノアの隣にいるしずくは、ノアの攻撃でできたわずかな隙に魔法を撃ちだす。
「うおおおん!」
しずくの頭上から何百もの氷柱が飛び出し、チャコールサラマンダーに降り注ぐ。一本一本は大したダメージを与えられないが何百もそろえば大ダメージとなる。強大なチャコールサラマンダー相手ではあまりダメージは期待できなくとも撤退するだけの隙を生み出すことができる。
ノア達は氷柱を受け止めるチャコールサラマンダーを尻目になんとか逃げ出した。
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「はぁはぁはぁ、疲れたぁ……」
「ふぅ、あれはないわ」
「アカネちゃん、死に戻りしちゃったね。戻る?」
「この状態で探索できないな。よし戻ろう」
ノアはアップデートに伴って実装された課金アイテムである帰還結晶を取り出した。
「おっ! もう手に入れていたのか」
「いつか必要になるかと思ってね。まさかもう使うとはね……」
「ありがたいね。さて、帰ろう」
ノアは帰還結晶を砕き、ノア達は光に包まれた。
景色はすぐさま入れ替わり、ノア達は目を見開けばそこは始まりの街の中央広場にいた。
「これは凄いな……」
「いや、まさに楽ちんというか、なんというか……俺も買っておこうっと」
「そうね、いくらあっても足りないくらいね。くっ、これで金を巻き上げる気なのね……!」
「さて、アカネを探しに行こうか」
感動しているニャルラとマリンをよそに、ノアは神殿へ足を向けた。
実を言えばチャコールサラマンダーは中ボスです。
チャコールサラマンダーが強いのは、新フィールドとして実装されたばかりでノア達の強さが追い付いていない、という理由があります。
 




