2話 スタートアップ
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始まりの街中央広場に降り立ったワース。
今ワースは深緑色のローブを着込み、茶色のごつごつとした杖を持っていた。ローブはテフォル湿地帯に出現するリザードマンの鱗を薄く叩き延ばしたものを張り付けていて、防御力が不安なローブであるが防御力に優れている。杖は『アースクドトレントロッド マリンカスタムver.4.04』というトレントの木をふんだんに使った杖だ。『ゴーレムコアオークロッド(レイニードラゴンカスタム) 』とは違ったものであるが、こちらも強化に強化を重ねた逸品となっている。こちらは強度・魔力伝導に優れ、『棒術』・『付与術』・『魂術』に優れた効果を発揮する。
現在ワースの職業は『付与術士』から『魂士』というものになっている。『魂士』とは『魂術』というメリットを使うことのできる職業で、『魂術』とは少し変わった『付与術』と見ることができる変わったメリットだ。しかし、『付与術』と違い『魂術』は直接接触ないしは武器接触によってしか発動されないという制限がある。それでも効果はなかなか面白いものが揃っており、正確には違うものだが“気”のようなものを扱うという認識で間違いないだろう。ステータス変化を起こすだけでなく、敵に攻撃するスキルもある。
ワースの現在のステータスはこうなっている。
Name:ワース
Lv.51
Job:『魂士』Lv.3
Merit:『土属性魔法』Lv.67
『大地属性魔法』Lv.19
『テイムマスター』Lv.10
『魔力運用』Lv.54
『魔力活用』Lv.34
『棒術』Lv.64
『付与術』Lv.54
『魂術』Lv.5
『詠唱』Lv.35
Title:『ペガサスの友好者』『新たなる可能性を示し者』『亀テイマー』
『テイムマスター』とは、『調教』とその派生メリットである『調和』を一定のレベルまで上げた時に取得できたメリットだ。テイムしたペットに指示を聞かせたり様子を見たりするスキルのある『調教』と、複数のペットの指揮を取ったり特に指示を出さなくても攻撃のタイミングを合わせたりペットとマスターの合体技を出したりできる『調和』を一緒くたにしたメリットである。これによりメリットに余裕ができ、なおかつより強力なスキルを取得できるようになるメリットだ。例えば、『テイムマスター』を取得した瞬間に新たに得たスキルに『不撓不屈』というのがある。敵の攻撃によりペットのHPが0になる瞬間に自動的に発動し、一度だけ1に踏み止まらせるスキルだ。24時間に1回しか使えないスキルだが、各ペットにつき1回となっており、万が一の状況を防げることで非常に有用なスキルだ。
称号の『亀テイマー』とはベノムラークのべのむんをテイムしたことで取得した称号だ。同系統のモンスターを複数テイムすることによって取得できるこの称号は、その系統のモンスターのテイム率をわずかに上げる効果がある。ワースの場合、新たに亀系モンスターをテイムするときに効果があるということだ。
そして、ワースのペットはというと。
エメラルドタートルのミドリ。
ピートニードタスのどろろ。
ベノムラークのべのむん。
マッドタスだったどろろは『進化の兆しを照らす泉』にて通常進化してピートニードタスになった。ピートニードタスのどろろの姿は、より一層黒くなり棘がいくつも甲羅から伸びており、全体的に攻撃的なイメージが強くなった。大きさは一回り大きくなり、足は太く強靭になっていて体をより支えやすくなっている。口元はワニガメのように牙のような形状になっており、噛み付きが強化されている。
ミドリとべのむんはまだ進化できなかった。もっともワースは進化できるとは思ってなかった。そんな頻繁に進化するなんてどこぞやの国民的モンスター育成ゲームぐらいで、進化なんて本来は生命の限界を超えることだ。せいぜい一回できればいい方だろう。全プレーヤー中ペットの数は現在200程度。その中で進化を経験したのは50を下回っているときている。2体も進化を経験したペットを持つワースはラッキーな部類に入る。もっとも中には3体の進化済みペットを抱えるプレーヤーもいるのだが。
といった感じだ。
ワースは始まりの街中央広場から東門へ向かった。そこに今日待ち合わせているメンバーが集まっているはずだから。正確に言えば“クランメンバー”がいるはずだから。
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「やぁ、時間ぴったりだね。クランリーダーさんは」
「おっす、ワース」
「……待ってた」
「いや、待ってたというか今来たばっかりだよね僕ら」
東門前にはたくさんのプレーヤーが集まっており、ワースの目の前には4人のプレーヤーがそこにいた。
一人は『召喚剣士』のノアで、もう一人は『忍』のテトラだ。ノアはコンクリートの色のような鼠色に藍色で力強く一面いっぱいに描かれた水龍の羽織を上から着ていて中にはすっかりと晴れ渡る青空のような澄み渡った水色の長着に、羽織に描かれた水龍と同じ色で染め抜かれた袴を着ていた。背中には背丈ほどの、磨かれた水晶のように澄み渡った水色透明な大剣が背負われていた。テトラはというと、一身を漆黒で統一した全身を布で覆い付くす忍び衣装を着ており、腰元には2本の赤と黒の忍刀が挿してあった。
ノアの職業の『召喚剣士』は『召喚士』の派生職業で、大剣を使っているためこの3次職が出現した。召喚を行いながら自らも戦闘の場に立って戦うというスタイルで、召喚獣はどちらかというと後衛という形になるのがこの『召喚剣士』だ。
テトラの職業の『忍』は『暗殺者』の正規上位職になる。攻撃力に長けた『暗殺者』と違って搦め手に優れるこの『忍』は、新たに『忍びの心得』というメリットを取得できるようになる。このメリットによりまさしく忍者のようなスキルを使うことができるようになる。
ノアとテトラ以外にも残り2人いる。
一人の名は『あるふぁ』。一面燃え上がる炎のような真紅の色をしたトレントコートを羽織り、中には黒のシャツをふわっと着こなし土くれのような渋茶色のパンツズボンを履いた男装の麗人だった。顔立ちはすっきりと整っており、下手なこてこてのかっこよさとか美しさとかではなく、爽やかなかっこよさがそこにあった。手には黒の鞭が握られていて、これがあるふぁの武器だ。攻撃力には欠けるがトリッキーな攻撃を仕掛けられるのが特徴な鞭だ。あるふぁはペットを何体か持っていて、一番のお気に入りは今あるふぁの隣に佇むフレイムリザードマンという大きな赤い蜥蜴だった。女性にしては高身長であるあるふぁを頭一つや二つ分突き抜けていて、ずっしりとした存在感を放っていた。真っ赤な鱗が示す通り炎を吐けるペットで、リザードマンの進化体である。手には一振りのカトラスと盾が握られていて、常にいつ襲われても対応できるように残心を取るその姿は一端の戦士だった。
あるふぁの職業は『調教師』だ。『狩人』から『獣使い』、そしてそこから上級へ上がることで『調教師』になることができる。
もう一人の名は『子音』。第2陣プレーヤーな彼は、第2陣から漢字名が可能になり『紫苑』というハンドルネームにしようとしたところ変換ミスをしてしまいそれに気づかぬままゲームを始めてしまったおっちょこちょいなプレーヤーだ。間違えて『子音』と呼ばれたりする残念な男だ。全身を覆う真っ赤な縁取りのある真っ白な修道服を着ていて、頭には同じ色のベールを被っている。顔は童顔で男か女かわからない中世的な顔立ちをしている。だが、れっきとした男だ。子音の職業は『聖職者』。『僧侶』から上位に挙がっていく職業だ。武器は杖で、主にヒーラーを務める。
この二人と出会ったのは、べのむんをテイムした後のことだ。テフォルニアから北の方へ進みテフォル湿地帯を超えた先にあるグレイエッジという町をミドリやどろろ、べのむんの3体の亀と一緒に歩いているところであるふぁに声を掛けられた。ちょうどリザードマンを連れていたあるふぁと話が合い、その後すぐに酒場へ行って詳しく話をし出した。互いのペット自慢という熱い戦いを繰り広げて、二人は戦友として仲好くなった。それからちょくちょく一緒にパーティを組むようになり、そうこうしているとあるふぁが自分の弟だと言って子音を紹介した。
そうやって二人と知り合った。
ワースの周りに交友関係のある人が増えて、ある時あるふぁからクランを作ってはどうかと相談された。とりたてて攻略に専念するわけでもない、だからといって生産に精を出すわけでもない。特に定めた目標はないけれどワースを中心とした集団を明確にしておいてはどうかという提案にワースは悩んだ。どうも『五色の乙女』や『チョコレート・カレーライス』といった戦闘系クランを見ているためか、クランというものにあまり意味を見いだせなかったが、一度ノアやテトラに相談してみたところなかなかいい言葉をもらったため、ワースはクランを作った。
『亀が好きすぎる魔法使いと愉快な仲間たち』
これがワース達のクラン名だ。
この名前はクランメンバーの皆で決めた。あまりに捻りがないのはご愛嬌だ。
このクランメンバーは、
クランリーダーのワース
クランサブリーダーのノア
あるふぁ
テトラ
子音
マリン
アカネ
ニャルラ
の8人だ。
マリンは話をどこからか聞いてこのクランに入って来た。自分自身ではまだペットを持てていないがいずれ自分のペットを見つけ出すと意気込んでいる。
アカネはノアから誘いを受けて喜んでこのクランに入った。ワースのミドリ達に魅了された一人だ。
ニャルラは何度かワースとパーティを組んでボス戦を戦った仲なので、ワースが試しに誘いをかけてみると『面白そう』の一言でクランに入った。
「あっ、もう来てたんだ」
「早いっすね。私も急いで来たはずなんっすけど」
「やーやー来たよー」
ワースから少し遅れてマリンやアカネ、ニャルラがやって来た。
これでクランメンバーが全員集まったことになる。
「さて、今日は何しようか」
ワースの言葉に皆やりたいことを言い出していく光景が繰り広げられた。
 




