25話 亀好青年
いよいよ2章完結です。
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「ん?」
「どうしたんだい、ワース」
「いや、なんだかな」
ポイズンゲートをラフプラテウへ戻る道すがら。バクリハブやマッドトリップガエルの群れと何度も遭遇したがワースとYuはなんとか倒していくことができた。Yuはワースよりもレベルも経験も上で、ワースは安心して戦闘することができていた。
ワースは突如何か気配を感じて立ち止まった。
その様子に前を歩いていたYuは何事かと思って振り向いた。
「……」
「何か、あるのか?」
ワースは自分の勘を頼りに辺りを見渡す。何か、この辺りに自分を呼ぶような声が聞こえる気がする。さすがにそれは言い過ぎだとしても、自分が追い求める存在がこの近くにいると自分の勘がそう示していた。
「ミドリ」
「きゅ?」
「何かわかるか?」
「きゅ……きゅう」
ミドリは首をもたげながらワースの言う様な何か不思議な気配を探るもののそれが何かわからず首をかしげた。
「そうか」
「なんだっていうんだ?」
「何っていうのかな、この近くに“何か”がいると俺の勘が告げているんだ」
「何なんだい、その勘は」
「良く当たるんだよね……レアアイテムとかユニークモンスターとかさ。特に亀に関してだけど」
「へ、へぇ~」
「無理して同意しなくていいよ。他の人は疑問に思うのも仕方ないさ」
「私にはそういうのがないからな。よくわからないのだが」
Yuは手に持っていた笛をゆっくりと下ろした。Yuは道すがら笛を吹いていた。Yuは笛を吹くことが好きだ。笛といってもそれはリコーダーのようなものではなく尺八のようなアイテムだった。メリット『楽器』を取得していて、笛を吹くことによってパーティ全体の攻撃力を底上げさせていた。周りのモンスターの一部をノンアクティブからアクティブにする効果もあるが、ここのモンスターには効き目が薄いためあまりデメリットは感じられなかった。
「む……こっちだ」
「きゅ? きゅー」
「おいおい、勝手に行くな」
ワースは何かに憑かれるようにしてふらふらと且つ一直線に己の勘が示す先へ急いだ。その後をミドリとYuは追いかけていった。
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「見つけた」
「えっ?」
ワースの目の前には毒々しさを放つメタリックな紫色の液体がどろりどろりと蠢いている沼があった。そこにいくつもの木の葉のようなものが浮かんでいた。薄茶色の木の葉がたくさん浮かんでいる中で一際大きなものがぷかりぷかりと浮いていた。この毒沼の傍には、少し葉を残したこれまた毒々しい色をした樹があった。
「さーてどうしようか……」
「ん? 何がいるのかわかるのか?」
「目の前にあるじゃん、っと」
ワースは土属性魔法の中でも一番威力の低く撃ちやすい魔法を一際木の葉に向かって撃った。
「!」
するとその木の葉だと思っていたものはいきなりの攻撃にびたびた暴れ出した。
よく見れば木の葉だと思っていたものはそのモンスターの頭部で、甲羅などの体の部分は沼の中に埋もれさせていた。
そのモンスターは沼からのしのしと這い出てきて高らかと首を持ち上げて威嚇する。
「どうみたってマタマタなんだけど、なんて名前かな」
「……ベノムラークという名前だな」
ワースの問いかけに自身の索敵で名前を知るYu。Yuはワースの勘に驚いていた。
「……」
「うん? どうしたんだ、ワース」
「……ふふふふ」
いきなり笑い出したワースにYuは何事かとワースの方を見る。
ワースは笑いを堪え切れずに腹を抱えていた。
「キタキタキタアアア!マタ☆マタ、これはキマシタワー 家ではなかなか飼いたくても水質管理と餌が難しいから飼うのを躊躇していたけれどここはゲームの中だから特にそういう心配はいらないよね♪どうやら水、というより毒液なのかもしれないけど、汚れる心配はいらなそうだし。餌に関してはいっぱいマッドトリップガエルの肉塊が手に入っているから大丈夫だね。あーでもマタマタだということは魚の方がいいのかな。でもここら辺に住んでいる魚っていなさそうだから、こいつらは何を喰ってるんだろ。それも知らないとダメだよな。でも、まぁここで出会えたのって運命だよな。うんうん、グリーンタートルにマッドタス、そしてベノムラークってなんて俺はツイてるんだろ。ヒャッハーまったく亀は最高だぜ!」
「……」
Yuはワースの熱弁(?)に唖然とした。まさかこんな風に気持ち悪くクネクネしながら熱に冒されたようにしゃべるとは思わなかった。初めて見た時は暗殺者風した男と戦う姿だったが、それは鬼気迫っていて、自分の目指す姿とは違うながらもかっこいいと感じた。
その後、一緒に戦ってきたが、付与術師らしく仕事を淡々と熟し、ペットである亀を使いこなし、自分みたいなロールプレイして作り出したカッコよさとは違うと感じていた。それを羨ましいと感じている自分がいることに少し驚きを感じていた。
(それが、まさかこうだったとは……)
半ば狂乱しているワースを尻目にYuはじとーとした視線を向けてしまうのも仕方なかった。
「ひゃっはー行くぜーミドリ!」
「きゅー」
ワースはそのベノムラークに向かって杖を振り上げながら突進していった。
「痛いけど我慢しろよな」
ぼかすかぼかすか、と擬音が付くぐらいの泥くさい戦いを繰り広げてワースはベノムラークの体力を残り僅かまで削った。
「ぐおおおうごぼっ」
「はぁ、はぁ。そろそろいいかな。本当は亀のこと傷つけたくないんだけど、テイムするには仕方ないことなんだよな」
ワースはアイテムストレージからマッドトリップガエルの肉塊を取り出し、ベノムラークに差し出した。
「食べるか?」
「ごばっ」
がばっとベノムラークはワースの手に飛びつき、がぶっと手ごとマッドトリップガエルの肉塊を飲み込んだ。
「くがあっ! 痛っ」
「ぐばぁ」
「くぅ、痛いけど喜んでいるようだからいいか。さて、『テイム』! 俺の仲間となってくれ!」
ワースがベノムラークに咬まれている方とは逆の手でベノムラークの頭をなでながらスキルを発動させる。白い光がベノムラークを包み込み、ベノムラークは少し微笑んだ。
しかし、その光はすぐに霧散し、ワースは『テイム』の失敗に少し落ち込んだ。
「もう一回だ」
もう一度ワースは『テイム』を試みるものの成功しなかった。
ワースが『テイム』を実行最中、ベノムラークは黙ってワースのことを見上げていた。
「何かが足りない……なんだ? 何が足りないんだ?」
ワースは杖を支えに考え込む。
ミドリは敵意を発することなくベノムラークを突き、ベノムラークはそのお返しとばかりにミドリの顔を突く。
ワースが考え込む間、ミドリとベノムラークの2匹は互いにじゃれあっていた。
「これって、どういう状況?」
Yuが首をかしげるのも無理がなかった。
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結論から言えば、ベノムラークをテイムするには毒の沼地から取った『ポイズンヘドロ』をベノムラークに与えることが必要だった。
今ワースの足元にはミドリの隣にベノムラークがいる。
ワースはなんとかテイムすることに成功し、このベノムラークに“べのむん”と名付けた。Yuはなんて安直な名前だと言ったが、当のべのむんはその名前で満足していた。最後の『むん』という響きが気に入ったらしい。
ここでベノムラークについて補足説明しておこう。
ベノムラークというモンスターは見た目の通り木の葉に擬態をしており、そこから隠密系に特化している。気配を薄くして、風景に紛れ込んだりするのはベノムラークにとってお手の物だ。ベノムラークの攻撃方法は爪である。爪には毒が浸み込んでいて、切り裂けば低確率で毒状態を付与することができる。また移動速度が意外と早く、普段風景に紛れ込んでじっとしている姿からは想像がつかない。しかし、亀とは言えど耐久面は覚束なく、他の亀と比べて柔らかい。プレーヤーの連撃を喰らえばあっという間にHPを散らしてしまう。
また、ベノムラークは危険を感じると毒を吐くことがある。口から吐き出す毒液は高確率で毒状態にするもので、普段から食べている『ポイズンヘドロ』がその毒の元となっているとも取れる。
ベノムラークのべのむんは、ワースのペットとなった。エメラルドタートルのミドリ、マッドタスのどろろと続いて亀が3体揃った。パーティとしてみると、付与術師兼魔法使いであるワースが後衛で魔法攻撃役となり、ミドリが盾役を務め、どろろが切り込み役を務める。そこにべのむんが遊撃として敵の知覚外から攻撃をするとすれば、パーティとしてなかなかバランスが取れているといえよう。
「あと少しだ」
「そうか、行くぞ」
「きゅー」
「ぐばー」
ワースの言葉にミドリとべのむんは追従の声を上げた。
「……」
Yuはミドリやべのむんの様子を見て羨ましいと思った。自分もロールプレイしていなければペットをテイムするのに、と軽く後悔を感じていた。
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そして、2人と2匹は無事にレインルークにたどり着いた。
「それじゃあ、私は行くから」
Yuがそう言ってワースに別れを告げると、ワースは引き止めるように声をかけた。
「ちょっと待てって。せっかくだからフレンド登録しないか?」
「いいのか?」
「あぁ、もちろんだとも。何かの縁だろうし、な」
テッテレレー
と効果音を立てながら、ワースとYuはフレンド登録を交わした。
「またいつか機会があったら合おう」
「じゃあな」
そう言ってYuは喧騒の中へ消えていった。
「何か不思議な奴だったな……」
ワースはそう呟いた。
「そうだそうだ、どろろはどうなってるかな」
そう言ってワースはステータス画面からペット情報のページを開いてどろろの状態を確認した。
「後、23時間か……」
ワースはどろろの復帰がまだまだということを再確認して、ミドリとべのむんを見た。
「それじゃあ、始まりの街に戻りますか」
「きゅーきゅ」
「ばごっぐば」
ミドリとべのむんはそれぞれ賛成の声を上げてワースの傍にぴとっと張り付く。
「はいはい」
ワースは2匹を足元に侍らせながら転移門へ足を進めた。
「やっぱり俺は亀が好きなんだな」
ワースはそう呟いた。
3匹の亀をペットとした青年は今日もゲームの世界で亀と戯れる。
第2章 Going up Evolution Stage 完
これで2章完結です。ここまで読んでいただきありがとうございました。




