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亀が好きすぎる魔法使い  作者: ひかるこうら
第2章 Going up Evolution Stage
59/114

23話 激戦奮闘

戦いは佳境を迎えます。

 ■■■


 『マテリアルインパクト』はまっすぐクシナダへ飛んでいく。

 地面を抉り、泥を巻き上げながら。

 周りにある毒沼の水を弾き飛ばし、飛沫を辺りに撒き散らしながら。



 ミドリとどろろは慣れたようにぎりぎりのラインを見極めて飛び退き、『マテリアルインパクト』を避けた。しかし、クシナダは突然の魔法攻撃にとっさに動くことができずになんとかダブルブレードを交差させて『マテリアルインパクト』を受けた。岩の耐久値がなくなるまで勢いが落ちることのない『マテリアルインパクト』を受け止めることはできずにクシナダは吹き飛ばされ、ある程度吹き飛ばされた後、耐久値の尽きた大岩の爆発に巻き込まれた。



「きゅきゅー」

「ぎゃおお」

「よし、よくやった」


 ワースはうまくクシナダの動きを止めてくれた亀達にねぎらいの声をかけた。しかし、ワースはまだ気を抜かない。なぜなら、遠くに飛んでいったクシナダの位置を示すカーソルがまだ視界にあるからだ。隠密系スキルを使わない限りターゲットしているプレーヤーの反応は消えないため、まだそこにカーソルがあるということは『マテリアルインパクト』ではクシナダは死ななかったということである。もっともワースはこの魔法一発で倒せるとは思ってもいなかった。


 ワースは杖を左右に振り魔法の詠唱状態に入る。ミドリとどろろはワースの傍らでクシナダを警戒していつでもスキルを発動できるように身構えた。





「クゥ、ナカナカ効イタヨ」


 クシナダはワースの方へ足を進めながらダブルブレードの主剣と副剣を合体させた。クシナダの顔は疲労の色を残しているがまだやる気に満ち溢れていた。


「ダガ、ソレデ終ワリジャナイヨナ?」


 クシナダは1本にしたダブルブレードを両手で握りしめ、地面を勢いよく蹴り付けた。『ジャンプ』により低空飛行して走るよりも高速に動くクシナダ。対するワースはその様子に慌てることはなくただ自分にできることをしていく。ワースの傍らで護衛をするミドリとどろろは目を怒らせてそれぞれ戦いの咆哮を上げる。


「きゅきゅー!」

「ぎゃおぎゃお!」


 ミドリはエメラルド色に輝く光を全身に纏い4本足で胸を逸らし威嚇のポーズをして、どろろは前足2本ともをトパーズ色の光を纏わせながら思いっきり地面に叩き付けた。途端に地面が揺れ始める。低空飛行するクシナダにはそれはまったく影響はなかった。しかし、次の瞬間クシナダは突如地面から伸びてきた泥の柱に全身を打ち付けた。

 どろろのスキル『ピーラージェネレート』

 自分を中心とした一定の範囲内で任意の場所から泥でできた柱を地面から打ち出す。それ自体に攻撃力はないが、障害物として効果を発揮する。ぶつかればそれだけダメージは受ける上、設定された耐久値を削らないとそのまま障害物として機能する。

 クシナダはその泥の柱に掬い上げられるようにして低空飛行を停止させられた。クシナダはすぐにダブルブレードを振り、泥の柱を切り刻んだ。クシナダは空いた左手を腰元にやって何かを掴んだ。クシナダは今度はジャンプによる低空飛行せずに走ってきながら、その左手をワースへ狙いを付けて何かを投げつけた。


 左手から放たれた何かはきらりと光を放ってまっすぐ目にも留まらないスピードでワースの首元へ飛び込んできた。



「きゅ!」

 ミドリが声を上げて待機させていたスキルを活性化させる。

 ワースの体を覆うようにしてエメラルド色に輝くヴェールが現れ、クシナダから投げつけられた何かの突進をワースの目の前で止めた。動きの止まった何かをワースが手に取ってみれば、それは先端が針のように尖った小さなピックだった。


「おいおい、剣で戦うんじゃないのか?」

「ソンナノ言葉ノ綾ダ」


 クシナダはワース達の近くまで走り込んでいて、ワース目掛けてダブルブレードを振り上げた。ダブルブレードは黄土色の光に包まれ、これから何かのスキルを放つことが容易に想定することができた。

 ワースは杖を前に突き出しながらすぐに付与術(エンチャント)を唱え、ミドリはワースを包むエメラルドのヴェールの輝きを強くさせる。自らも甲羅の結晶を輝かせて守りの体勢を整える。どろろは甲羅を怒らせて防御系スキルを発動させ衝撃に備えた。

 クシナダは勢いよくダブルブレードを振り下ろす。


「『双壊』」




 ダブルブレードが地面に叩き付けられるとともにダブルブレードが巻き上げる衝撃波が津波のようにワース達に襲い掛かった。


「うわっ」

「きゅ!」

「ぎゃお」


 衝撃波はガードするワース達を揺さぶり、けして少なくないダメージを与えた。


 ワースは衝撃に頭を揺さぶられながら、ふともしもクシナダによってミドリやどろろを失ってしまう可能性を考えた。

 テイムされたペットは、テイムしたマスターがまだそこにいる状態でHPを全損した場合半分の確率で消滅する。マスターが先に死んだ場合は問題ないが、マスターよりも先に死んだ場合はテイムが外れ、野生化してしまう。野生化というのはつまりMOB化ということで、それまで蓄積したデータが初期化され、同じ種族のモンスターがそこにいるという状態になる。それはつまりマスターとペットの別れということである。

 以前、ワースがクシナダ達にPKされた時にミドリを仕舞ったのはそういう理由もある。

 万が一ミドリやどろろを失ったら、と考えるとワースは寒気が止まらなくなった。

 普段のモンスターとの戦いでミドリやどろろを失うことになったら、それは確かに悲しいけれど、それはそれで仕方ないとまだ諦めがつく。しかし、突発的なPvPでミドリやどろろを失うとなれば、相手を激しく責めても気が晴れないだろう。


 この状況。

 確かにミドリやどろろを失うことを考えると、すぐにでもCLOSEしてしまった方がいい。

 しかし、ワース一人でクシナダに勝つことは難しい。ミドリやどろろが傍らにいなければすぐにでも殺されてしまうだろう。ワースは元々後衛型のビルドであるため、攻撃を受け止めてくれる壁役がいないと力を十二分に発揮できない。

 それが故にワースはなかなかミドリやどろろを戦況から逃がすことができなかった。ここでみすみすクシナダに負けるということはしたくなかった。例え、それが間違いだとしても、ワースには譲れないものがそこにあった。まだ、あと少しでもクシナダとの戦いを続け、勝ち取りたいとワースは思っていた。


 一方、クシナダはというと。

 クシナダは単純に戦いに飢えていた。剣を握ることはなかなか叶わぬリアルから、解き放たれることができるというのも重なった故に、クシナダはバトルジャンキーになっていた。とにかく誰かと戦いたい。モンスターとの戦いでは生ぬるい、ただのデュエルでは面白くない。危機感のあるPvP:つまりPKだからこそ、楽しい戦いができる、とクシナダは思っていた。現実では生きることで精いっぱいだからこそ、ゲームでは楽しみたいと思っていた。例え、その楽しみが他人の迷惑になるとしても。




 ワースはなんとかクシナダの攻撃を耐え忍び、詠唱させていた魔法を放つ。


「『石礫』」


 杖の先からいくつもの石ころが飛び出し、クシナダヘ襲い掛かる。クシナダはそれをダブルブレードで切り払うものの、いくつもの石ころをすべて切り払うことはできなかった。石礫に身を打ち据えられ足を止めるクシナダ。ワースは自身のHPゲージを見ながら次に何をすべきか考えた。ワースのHPは残り6割。今の状態でうっかりクシナダの斬撃を喰らえばHPは0になるだろう。


 ワースはこの戦いを切り抜けるために決断した。亀を愛するワースとしてはなかなか使いたくなかったが、腹に背は変えられなかった。


「ミドリ、少し頼むぞ!」

「きゅ、きゅー!」


 クシナダが足を止めている今、ミドリに時間稼ぎしてもらい、自分は“奥の手”の準備に取り掛かった。ワースはミドリに口の空いている未使用の回復ポーションを投げつけた。ミドリはそれを体で受け止め中身を全身に被った。回復ポーションは体に掛けるだけでも効果を発揮する故の行動だった。


「クッ、時間稼ギナンカ無駄! 無駄ァ!! 無駄ダァア!!!」


 クシナダは自らのテンションを上げるかのように声を高らかにあげながらダブルブレードを振るう。1本では物足りなくなったようで、主剣と副剣とを分離させ2本の剣でミドリへ襲い掛かる。ミドリは防御スキルを全開にしてクシナダの勢いを抑え込もうとする。




「どろろ、“奥の手”だ。すまないが、頼む」

「ぎゃお、ぎゃおお」


 すまなさそうに顔を下げるワースへ笑顔のまま首を振るどろろ。どろろは静かに目を閉じてスキルを発動させる。


 どろろの奥の手『どろろメイル』

 マッドタスという泥を操る種族であるどろろがマスターのために力を振るう。例えそれが相応の代償を伴うことでも、信頼するマスターのために。


 どろろの体がどろどろと溶け出して、ワースの体へ纏わりつく。ワースの体へ纏わりついたどろろの体はワースの体にフィットした鎧の形状を取った。そして、どろろの姿は完全にワースの鎧となった。その鎧はワースの着ているローブの上から包み込むように肩・胸元・二の腕・腹・腰元を完全に覆い隠すような軽鎧の形を取っていた。


 『どろろメイル』は180秒の間マスターであるワースのVITに200加算させる鎧を作り出すスキル。追加効果で衝撃軽減・斬撃耐性・状態異常軽減が付く。その代償として。どろろのレベルは1下がり、使用終了してから24時間は眠り続けなければならない。まさに奥の手だった。


 ワースは自分自身の体にどろろの鎧がしっかり着いていることを確認して付与術(エンチャント)を詠唱する。ミドリが時間稼ぎしてくれるのを無駄にしないために、ワースは頑張るのだった。

 頑張って、とワースの耳にどろろの声が聞こえたような気がして、ワースは顔に笑みを浮かべた。


「ミドリ、いいぞ! 後ろに下がれ!」

「きゅ」


 ミドリがクシナダのダブルブレードの連撃を勢いよく弾き、自分自身は大きく後ろに跳び下がった。見れば、ミドリの甲羅に傷がつき、頑丈であるミドリは確かにダメージを負っていた。


「『加速』『キューストライク』!」


 ワースは自分自身に速度上昇の付与術(エンチャント)を掛けながら、棒術を繰り出す。


「今度ハ、自分自身デ出テキタカ」


 クシナダは少し驚いた顔をしながらダブルブレードを振るう。その刃はワースの体を確かに斬り付けながらも、ワースは構わず杖をクシナダの目を狙って撃ちだす。クシナダは顔を逸らすものの杖はクシナダの頬を打ち据えてクシナダを少し後ろに下がらせる。


「ハハハ、面白イ」

「俺は全然面白くないんだけど!」

「ハハハ」

「いい加減にしろおお!」


 ワースとクシナダは幾合も剣と杖を打ち据え合う。互いに身を削り、命のやり取りを交わす。それは互いにとても長く感じられた。戦いという緊張感ある状況に自らの思考が加速され、時間間隔が麻痺していくのが感じられた。


「ラアアアアアア!」

「うああああああ!」


 クシナダの振りぬかれた2本の剣がまるで雷のように振り落ちる。ワースはそれを躱すことを考えずに杖を振るう。『ライジングクロススラッシュ』という名の双剣スキルはワースの着ている鎧を斬り付けるが、少し傷を作るだけだった。強さよりも速さを優先した斬撃ではワースに致命傷を与えるのは無理だった。ワースが杖を赤と青の光に包み込ませながら振り下ろす。棒術×付与術複合スキル『エントマッシュ』。杖の強度を底上げし、触れるものを吹き飛ばす結界を張り巡らせた杖を相手へ振り下ろす。2重に強化された杖は確実にクシナダを押し潰す。クシナダは頭に直撃しそうだったそれを、なんとか躱すものの首元にかかるショッキングピンクのスカーフに当たり、その余波でクシナダの体勢は崩れる。


「いっけえええええええ!」

「ウオオオオオオオオオ!」


 ワースは追撃とばかりに振り下ろした杖を急に止め、掬い上げるようにして突き上げる。それをクシナダはしゃがみこむことによって回避し、地面を思いっきり蹴り付けてワースへタックルを仕掛ける。


「まずいっ」

「ハアアアアアアアア!」


 ワースは杖を勢いよく引き戻し後ろに跳び下がる。そこへクシナダが飛び付き、ダブルブレード2本を交差させながら全身で押し付けた。刃がワースを鎧越しに傷つける。


「ちぃ! 『地均し』」

「!」


 ワースはクシナダに押さえつけられながら杖を地面にとんと振り下ろす。すると地面がたしかに揺れ、ワースとクシナダは体勢を崩す。大地属性×棒術複合スキル『地均し』。

 ワースとクシナダは勢いよく飛び下がり、体勢を整える。


「二ィ」

「ふん」


 クシナダはにやりと笑みを浮かべ、ワースはしかめっ面でクシナダを睨み付けた。


 それはいつまでも続くかと思われた。

 しかし、それは突然終わりを告げる。




「お前ら、ここで何している!」


 突然、静かに響き渡るような声がして一人の男が近くの岩から飛び降りてきたのだった。






ついにあの人が登場です。長らくお待たせしておりました。オリキャラ企画で有部理生さんより頂いていたキャラになります。


次回は3月21日0時を予定しています。お楽しみに。

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