21話 狂人襲来
ついにピンクのアイツがやってくる!
それではどうぞ。
■■■
ポイズンゲートへたどり着いたワースは恐る恐る道なき道を進んだ。
このポイズンゲートはトレントの森ほどは大きくないもののなかなかの広さを誇るフィールドだ。毒の沼があったり、背丈の高い草が生えていたり、大きな岩がゴロゴロと転がっていたりした。そのおかげでなかなか視界が開けず、ふと気を抜くといつの間にかモンスターの接近を許してしまったりする。
特にここで出てくるモンスターの大半は隠密系のスキルを持っているため、こちらも索敵系のスキルを持っていないと不意打ちを喰らう羽目になる。
ワース達の場合、ワースは索敵系統のメリットは持っていないが、ミドリが気配察知系統のスキルを持っていて、どろろが鼻が効く。そのためミドリとどろろのおかげで、ある程度のものであれば隠密系のスキルを看破して不意打ちを防ぐことができる。もっともプレーヤーの持つ隠密を看破できるほどのものではない。
また、ここに出現してくるモンスターは全部が何かしらかの形で毒状態異常を起こさせることができる。マッドトリップガエルという学校で使う教卓ぐらいの大きさの、ずんぐりむっくりとした泥まみれの蛙は中確率で毒を、低確率で混乱を引き起こす霧を口から吐いてくる。バクリハブという丸太ほどの太さの大きな蛇は、噛み付き攻撃に高確率で毒状態異常が付いている。
そのためこのフィールドを歩くときは、毒回復ポーションを持ってくるか、メリット『状態異常耐性』を持っているか、はたまた僧侶系統の職業を持っている人をパーティに加えるか、が必要になってくる。
毒状態とは、継続的にダメージを受ける状態異常のことである。状態異常のレベルによってどれだけダメージを受けるかが変わるが、どれも10秒ごとに一定のダメージを受けることになる。毒状態はHPの総量やVITに関わらずにダメージを与える。また、VRMMOだからこその特徴だが、毒状態になると少し吐き気を催すようになる。どこか気持ち悪い気分になり集中力を切らしやすくなる。継続ダメージよりもこちらの方が戦闘に影響があるかもしれない。
それはさておき。
今、ワース達は入り組んだ道を歩き、ちょうど物陰からわらわらと現れたバクリハブとマッドトリップガエルの群れ(もっとも蛇と蛙の群れというのもおかしいことだが所詮ゲームである)と遭遇したところだった。
「ミドリ、どろろ!」
「きゅー」
「ぎゃおぉ」
ミドリとどろろはワースの許から飛び出し、敵に躍りかかる。ミドリは翡翠色に輝く光を纏いながら、どろろはぎらりと鈍色に光る牙をむき出しにして突撃した。ミドリは自慢の装甲を生かして反撃を受け止めながら突進で敵を蹴散らす。ミドリは『エメラルドアーマー』というパッシブスキルを持っていて、状態異常に対して耐性を持っているため、相手の毒攻撃を物ともせずに突進した。一方どろろは足元に広がる足場としては少しゆるい沼地の上を、まるでそこがスケートリンクのように巧みに滑り、敵の首元を狙って噛み付いた。どろろはミドリほどレベルが高くなく、安定した攻撃はできないものの、マッドタスという特異な種族であることを生かして、邪魔するものを手で押し退けながら噛み付き攻撃をしていくのだった。
ミドリとどろろが敵の注意を惹きつけている間に、ワースは魔法の詠唱に取り掛かる。選ぶは大地属性魔法。
「『メテオストライク』」
ワースの杖の示す先の上空から膨大な光と熱を伴った球体が地上へ猛スピードで墜ちてくる。地上へたどり着くころには指先の先ほどの小石程度の大きさにまで削られていたが、それが纏う光と熱と衝撃波は地上に降り立った瞬間に辺り一帯にそのエネルギーを放出した。
轟音を鳴り響かせて隕石は、バクリハブとマッドトリップガエルの集団の真ん中の地面へ墜ち、近くにいたモンスターへ甚大なダメージを与えた。パーティメンバーであるミドリとどろろは事前に攻撃のタイミングがわかっていたため、甲羅の中へ逃げ込んでいた。おかげで味方にはほとんどダメージがなく、敵のモンスターには甚大なダメージを与えた。
このMMOにおいて一部の魔法を除いてほとんどの魔法は領域の指定によってパーティメンバーにもダメージが及ぶ。特にワースが使った『メテオストライク』のようなタイプの魔法は発生した衝撃波さえパーティメンバーはおろか発動させた本人にもダメージ判定が行われる。攻撃魔法の対象の指定にパーティメンバーを選ぶことは一部を除いて不可能であるが(状態異常『混乱』を負ったプレーヤーに対しては可能である)、効果範囲の大きい魔法の範囲に入った場合はその限りではない。魔法の取扱には注意が必要である。
『メテオストライク』によってHPがあまり多い方ではないバクリハブは全滅し、生き残ったマッドトリップガエルにしてもHPを大幅に削られた。
「きゅーい!」
「ぎゃおぎゃおお!」
ミドリとどろろはほぼ同時に甲羅からひょこっと顔を出し、まだその場に残っている敵を見据えた。甲羅の中から腕や足をにょきっと伸ばし、地に足が着くや否や残った2体のマッドトリップガエルに向かってそれぞれ飛び掛かった。
ミドリは体当たりをかまし、どろろは噛み付く。それぞれ得意な攻撃方法でとどめを刺した。
「よくやったな」
「きゅーきゅー」
「ぎゃーおー」
「よしよし」
戦いを終えてすり寄ってきた2匹をワースはそれぞれなで回した。2匹の亀はとてもうれしそうに顔をワースに押し付けた。それをワースはそれまた幸せそうに撫で続けた。
「ん?」
バクリハブとマッドトリップガエルの集団との戦いの経験値と取得アイテムのウィンドウが現れて、それが消えた時にぴこーんとアナウンス音が聞こえた。
『どろろはスキル『毒耐性』を手に入れました』
「えっ……?」
ワースはどろろを見ると、どろろはのんきそうに地面にある真っ黒い泥をもしゃもしゃと食べていた。ワースは思わずどろろの食べている泥を手に取ると、『毒沼の泥』を手に入れた。
『毒沼の泥』
ポイズンゲートのいたるところにある毒の染み出る沼地で取れる泥。食べると高確率で毒状態になる。毒であるが、食べると美味。
「……」
ワースはどろろが泥が大好きだということを再確認した。
どろろが『毒耐性』を手に入れたのは、この泥を食べたというのと、戦闘の時に噛み付き攻撃を行った際相手モンスターの持つ毒を知らず知らずに取り込んでいたのが原因である。プレーヤーも同じ方法で『毒耐性』を手に入れることができる。状態異常耐性のレベルを上げるには状態異常になることが一般的だが、体に取り込むというのも一つの方法であることはまだ知られていなかった。
それはともかく。
どろろが美味しそうに毒泥を食べているのを見て、ワースはため息をついた。
■■■
それからしばらく。
ワースは何度か戦闘を行い、ポイズンゲートをそこそこ奥まで進んでいた。
ミドリやどろろも体力的にまだまだ頑張れそうで、ワースはもう少し奥まで進もうと思っていた。
街で買ってきた地図を広げて、おおざっぱな位置を確認する。
まだまだ中央部にさえたどり着いておらず、今日一日では探索するのは困難だと感じていた。
「ふぅ」
ワースはそびえ立つ大岩に体をもたれかけてほっと一息をついた。
いくらミドリやどろろが敵の接近を事前に教えてくれるとはいえ、いつ敵が来るか集中を切らすことができず精神が疲れてしまう。
だからこそ、こまめに休息をとっていた。ミドリは周りの気配を探り、どろろはのんきに足元の泥を食べていた。
ワースはその様子を見て和んだ。
「きゅー!!!」
突如ミドリが切羽詰った鳴き声を上げる。その反応にワースは眉をひそめた。
「どうしたんだ……」
幸いなことに、ワースの疑問はすぐに解決することになる。
黒い影が岩の上から伸び、まっすぐワースの方へ突き進んできた。
その黒い影はギラリと光る刃を持ってワースの命を奪い取らんばかりに突進してきた。
「きゅうううううう!」
ミドリがワースの盾になるように飛び出し、きんと甲高い金属と金属がぶつかり合うような音を立てて、ミドリは突然の攻撃を防いだ。
「……」
いきなり攻撃をしてきた謎の男は、ミドリに防がれた状態からワースから少し離れたところへ飛び下がった。
「ムゥ、オレノ攻撃ヲ防グトハ」
「ミドリ、大丈夫か。痛くはないか」
「きゅきゅー」
「そうかそうか、良かったなぁーよしよし、よくやったぞ」
「うきゅーきゅー」
「……オイ」
全身を黒ずくめの衣装で覆い、首には不釣り合いなショッキングピンクのスカーフを巻いた男の前で、のんきにワースが亀を愛でていた。
「おや、俺に何か用かな。せっかくの時間を邪魔しないでほしいんだが」
「……マァ、イイ。オレハ今カラオ前ヲ殺ス。ソレダケダ」
「はぁ?」
その男はいきなり剣を振るい、ワースへ襲い掛かってきた。
「わわわ、なっなにするんだよ」
「タダオレハ戦イヲ求メテイルダケダ」
「……なぁ、俺の邪魔をする気か」
「邪魔? ソンナオ前ノ都合、関係ナイ」
「……なんかむかついてきた。ミドリはガード、どろろはバックアップで」
ワースは相手の言動にイラつきながら紙一重で相手の斬撃を躱す。一撃でも喰らえば、ワースの紙装甲ではお陀仏になる。
なぜかいきなりPKされそうになったワースだが、いきなり襲われたことよりもせっかくの時間を奪われることに怒りを感じていた。
「俺の亀達を愛でる時間を奪うな、糞野郎」
ワースは杖を振るった。
なぜいきなり戦闘に入ったのか。
ピンクのアイツは何か。
そのあたりは次回ということで。
次回は3月7日0時の予定です。




