14話 雨竜邂逅
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「この先が」
「そうなんだろうな……」
「だね、これがその“ゲート”なんだろうね」
「なんだか禍々しい」
一行は螺旋階段を登り終え、『雨降らしの塔』の最上階へたどり着いた。そこには、大きな扉が挑戦者を待ち受けていた。
「準備はいい?」
「もちろん」
「いつでも」
「問題なし」
「さぁ、行くぞ」
ワースが先頭を切り、ゲートの中へ足を踏み入れた。
塔の最上階に鎮座する、蛇のように細長い胴体をとぐろを巻いた淡い翡翠色の鱗を輝かせた竜がいた。その竜は体をくねらせながらその眼は、ゲートを潜り抜けてきたワース達をじっと見据えていた。
「おおっ、でかいなぁ」
「これが、レイニードラゴン……」
「……苦戦しそう」
「どんな攻撃してくるんだ?」
ワース達がレイニードラゴンから少し離れたところまで近づくと、レイニードラゴンは厳かに話しかけてきた。
『汝、挑戦者か?』
「あぁ」
『我の名はレイニードラゴン。またの名を雨竜という。我はこの時を待ち続けてきた。さぁ、戦おうではないか。己の力を存分に奮って』
レイニードラゴンはそう言うと、口を大きく開けた。口には雨雲のような黒くもやもやとしたものが集まり、その密度はどんどん高まっていった。
「もしかして、ドラゴン特有のブレスか?」
「そうだとすると、危ないな。ミドリ! 『エメラルドシールド』だ!」
「きゅー!」
「……『隠密』」
「やばいねぇ、『ガード』」
「俺も、『ガード』 ほら、しずくも隠れて」
ミドリが先頭に立ち、緑に輝く盾を作り出し、ワース達はミドリの後ろに集まりレイニードラゴンの攻撃を防ごうとした。
『があああああああああ!』
レイニードラゴンの口から猛烈な暴風を伴ったブレスが吐き出された。そのブレスは火炎ではなく、豪雨をさらに集めたようなもので浴びればその勢いに体力をごっそり持っていかれてしまう代物だった。
「っうきゅ」
ミドリは『エメラルドシールド』越しにレイニードラゴンのブレスを受け止め、その勢いに顔をしかめながら耐えた。
『エメラルドシールド』
ミドリがエメラルドタートルになり、レベルアップにより覚えたスキルだ。このスキルは本来魔法攻撃であればINTの高さによってダメージの増減が決まるところを自分のVITの高さに影響するようにするスキルだ。また、このスキルを発動しているときは移動することができないが、VITの値が2倍になる。さらにこのスキルによって作り出される盾は、自分の体よりもだいぶ大きいため、他のスキルよりもプレーヤーの身を守ることに使えるのだった。
「大丈夫、か?」
「きゅ、きゅーい!」
ワースの励ましにミドリは大きく嘶く。ミドリは一層力を入れてブレス攻撃を受け切った。
「っ、終わったか」
「危なかったな、ガードしてなかったら吹っ飛ばされるところだったよ」
「ぽるん、しずく。撹乱だ! 頼むぞ!」
「わん」
ブレス攻撃を撃ち放ち終え、しばし息を整えるレイニードラゴンを前に、ワース達は一斉に攻撃態勢へ移る。テトラは『隠密』を重ね掛けしてレイニードラゴンに悟られないように接近する。ニャルラは片手剣を一旦仕舞い、レイニードラゴンへ猛ダッシュする。ノアは召喚獣であるぽるんとペットであるしずくに指令を出し、自身も大剣を背負いながらレイニードラゴンとの距離を詰める。ワースはレイニードラゴンから少し距離が離れたところで魔法を発動させ、ミドリはそんなワースを守るべくワースの前でどっしり構える。
レイニードラゴンに攻撃を始めたのはテトラだった。
「『ジャンプ』からの『シャドウアタック』」
飛び上がって突如二人に増えたテトラはレイニードラゴンの鱗が薄い場所を狙って刃を突き立てた。
『シャドウアタック』
『短刀』から派生するメリット『忍刀』によって手に入れることができるスキルだ。自分の分身を作り出し分身と共に攻撃するため、火力の高いスキルだ。
また、テトラの持つメリット『観察』によりうっすらと防御の薄そうな場所がわかった。これによりテトラのファーストアタックは大きなダメージを生み出した。
テトラの持つ忍刀『蛇闇刀』は容易にレイニードラゴンの鱗を貫いた。漆黒に染まる刃は翡翠色の鱗に刺さり、そこから虹色の霧が噴き出した。まるでそれがレイニードラゴンの“血”であるかのように。
「『マテリアルインパクト』!」
テトラが攻撃しレイニードラゴンがテトラに攻撃の矛先を向けようとしたところで、ワースの魔法がレイニードラゴンに着弾した。ワースによって生み出された大きな岩の塊はレイニードラゴンの顔に向かって飛び出し、巨体ゆえに大きな的となっているレイニードラゴンは躱しきれずに顔ではなかったものの胸元にぶつかった。岩の耐久値がなくなるまでその存在を示すこの魔法により、レイニードラゴンの注意を完全にこちらに向けた。
「ここらへんかな? 『アブソリュートスラッシュ』!」
ニャルラが鱗が薄そうな場所を狙って『剣術』のスキルを使う。ニャルラはメリット『観察』を持っていないので弱点や防御の薄い場所はわからないが、なんとなくの勘で狙いを定めた。溜めた力を剣に込めその力を放出する『アブソリュートスラッシュ』によりレイニードラゴンの鱗は割れ、その中身の脆弱な部分をむき出しにした。
「思ったより柔らかいな」
ニャルラはそんなことを呟きながら剣を持つもう片方の手を握り拳にして中身の出たところに突き出した。
「『パンチストライク』ってところかな」
突き出した拳はレイニードラゴンの体を抉り、虹色の霧を噴出させた。
「おや、これはなんだろうかな」
ニャルラは疑問に思いながらもパーティの様子とレイニードラゴンの様子を見比べながら攻撃の手を休めなかった。
「しずく、避けろ! 『ウォーターチェーンソー』!」
ノアも周りのパーティメンバーに劣らないように召喚獣+ペット+プレーヤーの多重攻撃を展開した。
「ちっ、やっぱり水属性は効きが悪いか。なら、しずく。頼む」
「わぅ、おおおおおん!」
レイニードラゴンへ氷柱を飛ばしたり噛み付き攻撃をするしずくを呼び寄せ、大剣を突き出した。しずくはその大剣に近づくと雄たけびをあげ冷気を吹きかけた。大剣はその冷気に触れるとぱちぱちと凍り出し、その氷は刃を覆い尽くした。
これはノアとしずくの連携技『アイスエンチャント』で、水属性の上位属性である氷属性を武器に付与させるもので、この大剣に触れるものを直ちに凍りつかせる。持続時間は1分で、その大剣は切り裂くというより叩き潰すという性質に変わる。
「行くぞ! 『グラントショック』!」
ノアは大剣を振りかぶり、そのまま上から下へ叩き潰すように振るった。レイニードラゴンの鱗は直ちに凍りつき、レイニードラゴンは蠢くもののその動きはわずかに鈍っていた。
レイニードラゴンもそのまま動かずにただ的になるという訳ではなく、体をくねらせ近くに纏わりつくプレーヤー達を蹴散らそうとし、頭上に雨雲を呼び寄せて雨を降らせた。その雨雲は時折雷を落とし、レイニードラゴンの足元にいるプレーヤーを狙ってくるのだった。
「(くーる、くーるる)」
ぽるんが魔法陣を展開し、雨を防ぐ水のヴェールを作り出す。中級召喚獣であるぽるんは攻守ともに優れていてタイプで、攻撃魔法を放つことはもちろんのこと、こういった防御魔法も扱えるのだった。
召喚獣には大きく分けて3つのタイプがあり、アタック・デフェンス・バランスがある。ぽるんはこの中で魚型のバランスタイプで、特にノアの指令に忠実だった。ノアがわずかに発した指令を聞き取りそれを実行するだけの力を持っていた。召喚獣のレベルは術者のレベルと同等であるが、指令に忠実であるか否かは術者との触れ合いの多さが関係している。ノアは完全にぽるんを使いこなしていた。
「らあああ! 『タイダルウェーブクラッシュ』!」
ノアは何か嫌な予感を感じ、スキルを発動して大剣をレイニードラゴンへ叩き付け、その反動で後ろにバックステップして距離をとる。その刹那、レイニードラゴンは体を動かしプレス攻撃をしてきた。
ノアはなんとか避けることができたが、思ったよりプレス攻撃の範囲が大きく、ぽるんはその餌食となった。ぽるんのHPはその攻撃で0になり光となって消えた。
「くそっ、やっちまったな……」
ノアはぽるんが避けきれなかったことを悔やみながらレイニードラゴンを睨み付けた。召喚獣の再召喚には時間がかかる今、この戦いで再召喚は時間的に不可能だった。 ノアは大剣を握りなおした。
攻撃開始からしばらくして。
「……そろそろHPが5割を切るか」
少し離れたところで魔法攻撃をしていたワースはレインードラゴンの3本あるHPゲージを見つめながらそう呟いた。予想通りレイニードラゴンのHPは高く、長期戦になるのはわかっていた。
レイニードラゴンの間近で戦うパーティメンバーと連絡を取り合いながら(口頭チャットというパ-ティメンバーのみ使用可能の無線のような機能を使用して)、ワースは攻撃の傍ら冷静にレイニードラゴンの様子を観察していた。距離を取っているワースに来る攻撃は頭上から降る雷か、時折レイニードラゴンが撃つブレス(しかし開幕直後のものより威力は弱め)ぐらいしかないためワースは攻撃に専念できた。
しかし。
「攻撃パターンが変わるかも、しれないな」
「きゅ?」
ワースの懸念はすぐに当たることとなった。
次話は1月17日0時です。




