2話 青年は街を歩く
*2014.10.27に一部の箇所の修正を行いました。ハンドルネームの話の箇所です。
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気が付くと、そこは中世の雰囲気を漂わせる街の中だった。
「おおっ、これが始まりの街か」
真価:ワースは思わず感嘆の声をあげた。周りを見渡すと、街ではなかなか見られない多種多様な人達がわらわらといた。染めているのかとおもうほどド派手な髪の色をした男女や、まんま日本人の顔の人(ワースもこの中に入る)が交じり混ざって混沌とした空間を生み出していた。
ここは始まりの街の広場。
東京ドームに匹敵する大きさを誇り、全プレイヤーを収容することができる空間である。
ワースは周りを見渡した後、人の邪魔にならない程度に走り出した。それは待ち合わせをしていることもあるが、何よりこの混雑から早く逃げ出したかったからだ。人混みが嫌いなワースにとっては少し耐え難い空間だった。
「っと、東門はこっちかな」
ワースは待ち合わせの場所へ走った。
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ワースが東門の銅像前に辿り着くと、唐突に後ろから声を掛けられた。
「お兄ちゃん?」
「おう、メイか?」
ワースが振り向くと、そこに銀髪ロングの美少女がいた。思わず手が伸びてしまいそうな小ささに加え、変に厭らしさを感じず神々しさを漂わせる雰囲気がワースを戸惑わせた。
「やっぱりお兄ちゃんはキャラメイクしてなかったんだ」
「そりゃ、面倒くさいからな。どこをどういじればいいかよくわかんないし。それで、メイはどんな風に?」
「よく見ればわかると思うけど、私は髪と目だけね。いつもはショートカットだからちょっとロングにしてみたの。それと、せっかくだから銀色にしてみたの。どう、似合ってる?」
「あぁ、似合ってる」
ワースの言葉に明奈:メイはえへへと笑う。たとえそれがお世辞だとしても、兄に容姿を褒められることは嬉しかった。
「そうだ、フレンド登録しておこうよ」
「フレンド登録って?」
「あぁ、そっか。お兄ちゃん知らないんだったね。フレンド登録っていうのはその名の通り友達になることで、登録することでログインしているかどうかがわかったり、簡単なメッセージを送れたりするんだよ」
「へぇ、そんなのがあるのか。モンスター情報と戦闘情報しか調べなかったから知らなかった。それで、どうやるんだ?」
ワースはメイに教えてもらいながら、フレンド登録とパーティ登録をした。パーティとは一緒に冒険する仲間のことで、最大5人まで登録できる。パーティを組むとパーティの誰かが敵を倒したときにパーティ全員に経験値が配分される。その経験値は倒した人がもらえる分の3割をもらえるため、一緒に冒険をするならばパーティを組んだほうがお得である。
フレンド登録するとその相手の名前がキャラの上に浮かび、パーティを組むと相手の名前とHPゲージが視界の端に表示される。
何もせずにも相手の名前は頭上に浮かぶが、ここでようやくワースはメイのハンドルネームについて話をした。
「おぉっ、こうやってやるのか。へぇ、メイか。まんまなんだな」
「いつもこれを使っているからね。あれっ、そういえばなんでワースなの?」
「それはすでに使われていたらしい。だからこうしてみたんだ、どうだ?」
「どうだって言われても……でも、いいと思うよ、その名前。お兄ちゃんらしいと思うよ。
それよりも、そろそろ装備を買いに行こっ!」
「あぁ、そうしようか」
二人は装備を求め、街の中へ歩きだした。ワースは未知なる物への期待と興味を、メイは兄と一緒にゲームできることの喜びを胸に、足取り軽く目的地へ向かった。
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ワースとメイはNPCがやっている武器屋にいた。
「私は片手剣と盾だけど、お兄ちゃんは杖だっけ?」
「あぁ、そうだよ。杖だから、こっちで選んでいるよ」
メイは真剣な表情で片手剣と盾を選びはじめた。
ワースは真価でいくつかの杖が並んでいる棚を見た。初めの街だけあって初期装備から中盤まで使えような装備までバリエーションは様々だった。だがしかし、ワースの所持金から考えて、余裕を以て買えそうなのは2本の杖のどちらかだった。
一本は先端に茶色の宝石が付いている全体が木でできているタイプ。いわゆるRPGに出てくる魔法使いの杖。この宝石は地属性魔法の効果を微量ながら強化してくれる。
もう一本は先端に輪っかがいくつか付いていて全体が金属でできているタイプ。錫杖とでも言おうか。先程のと比べるとこちらの方が硬い。
「どっちにするか……」
ワースはどちらの方が戦い易いか考えた。ワースの考えている戦闘スタイルは魔法ばかりを撃つのではなく、杖を武器として振り回すことも考えているものだった。どうなると必然的に直接武器として使える杖に限った。
「よしっ、これください」
「はいよ、カッパーロッド500cね」
このMMOでのお金はcだ。何の捻りもないネーミングだ。
初期所持金は1000c。HPを回復させるポーションは50cで、ワースはこの杖を買ったことで所持金が半分になってしまったという訳だ。
「メイ決めたか?」
「もうちょっと待って」
それから少ししてメイは片手剣だけを買った。どうやら盾まで買えるお金はなかったようだ。
今度は隣の防具屋へ。
ワースは一番安い『ただのローブ(黒)』を買い、明奈は一番安い『ただのメイル』を買った。
「なんで、初期装備から買わせるかなあ! そこはただでくれるもんでしょ!」
「あぁ……そうだな」
「せっかく最初にメリット決めるんだし。それとも何だろ、チュートリアルでもあるのかな?」
「……どうなんだろうな」
「さーて、所持金が心もとないから狩りに行こー」
「おー そうだ、ポーションなくて大丈夫か?」
「えっ? 持ち物の中にあるよ」
「あー、あった」
ワースのウインドウの持ち物の欄にしっかり『ポーション×5、小型ナイフ×1、幸運のスカーフ×1』と書かれてあった。
「『小型ナイフ』って?」
「初期武器のつもりだと思うよ。でもそれちゃちだからこっちの方が良くて」
メイは先程買った『カッパーソード』をさわさわと触りながらそう言った。
「じゃあ、『幸運のスカーフ』は?」
ワースの言葉にメイは頭に疑問符を浮かべた。
「え……何それ?」
「「……」」
二人が押し黙り、ワースは思わず呟いた。
「一体これは何だ?」
すると唐突に、二人の目の前にピンク色の物体が現れた。ワースが先ほど見たナビゲーターの『ぴくりん』だった。
「おっはー! 呼ばれた気がしたので参上。ぴくりん戦隊ぴくりんじゃー」
「……訳のわからないネタのオンパレードはやめろよ」
「わけわかめ?」
「もっとよくわからんぞ」
「……ねぇ、これ何?」
ぴくりんとワースの漫才を前にして、メイは疑問を口にした。
「最初に設定する時があっただろ? あの時にいたナビゲーターのピクシーだ」
「確かにいたけど、こんなに人間ぽかったっけ? 中の人いるんじゃないの?」
「あぁ、俺もそう思った。で、お前は本当にAIなのか? 中に人がいるだろ?」
「ソンナコトナイデスヨ」
「嘘ね」
「嘘だな」
「うー」
ぴくりんは足をじたばたさせた。かさかさという擬音が似合う動きだった。
「そっそんなことよりさっきの説明をするよー」
何かを取り繕うかのように話題転換させるぴくりん。ワースとメイがジト目でぴくりんを睨むものの、取り付く島もないようにぴくりんは言葉を続けた。
「さーて、気を取り直して。『幸運のスカーフ』というのはレアアイテムでして、初期アイテムに稀に入ってるものだよーやったね!」
「……へぇ、そうなのか。俺はラッキーなのか」
「で、どういう効果なの?」
そうメイが促すと、ぴくりんはなぜか胸を突き出して偉そうした。しかしちびっこ妖精であるぴくりんには胸と呼べる胸なぞなかった。
「LUCが1.5倍になってその他の効果もありますね。その他のところは今の状態だと効果なしだね」
「その他って何よ……それにしても5割はたっかい! 何その法外的アイテム、良い物でも2割くらいなのに!?」
「そーいう訳で装備してみましょー!」
そう促されて、ワースは言われるがままに装備してみた。首元に現れたのは、ひときわ目に刺さるようなショッキングピンクのスカーフ。
「なんかダサいねー」
「俺もそう思う」
「でも着けるだけでLUC1.5倍だよ」
「そうなんだよな。まぁしばらくは付けたままにしておくよ」
「それじゃ、私はこんなところで」
ぴくりんは片手をすちゃっと上げた。
「ばいばいきーん」
「……ネタが古いぞ」
ぴくりんが登場した時同様にいきなり姿を消し、二人は顔を見合わせた。
「装備を手に入れたことだし、さっさと行こうよ」
「あぁ、そうだな」
「スライム狩りへ」
「あのぐちょぐちょかー。まぁウミウシと思えば気持ち悪くないか」
「そっちの方が気持ち悪いよ!」
二人はプレイヤーが初めに来るといわれる場所へ足を進めた。