9話 初心回帰
■■■
神内朱音。
普段の彼女は制服を着崩し、メイクを施し、繁華街を練り歩く。一種の不良といっても差し支えないだろう。学校でも格好を改めることはせず、よく先生に怒られた。周りからはそういう人だと認知され、ギャル仲間とよくつるんでいた。
朱音はまさにギャルガールで、とうていゲームをやるような人種ではなかった。
今から約半年前の話。
朱音は、面倒くさいながらも中学校で授業を受け、その帰りに少しアクセサリーショップに寄り、家に帰った。家では、誰もいなく、朱音は暗い家の中を歩き、電気をつけた。父親は朱音が小さい頃に亡くなっており、母親は今日も遅くまで働いているのだった。母親の稼ぎはそこまで悪くはなく、そこそこ貧乏せずに暮らせているのだった。
朱音は誰もいない家の中、晩ご飯を作るべく冷蔵庫の中を開け、料理を始めた。
そして、できた晩ご飯を母親の分も含めて装い、母親の分にはラップを掛け、自分の晩ご飯を広めのリビングテーブルに運んだ。
「いただきます」と誰に言う訳でもないがひとまず食事の挨拶をして、晩ご飯に口を付けるのだった。
これはいつもの光景だった。
晩ご飯を済ませた朱音は、自分の部屋に戻り、自前のPCを立ち上げた。母親からもらう小遣いを貯めてようやく買った代物だ。これを使って、普段ネットサーフィンしたりチャットしたり通販したりしているのだった。
この日、何気なくネットサーフィンしていると、ある人のブログにゲームの広告が載っているのを見た。後に爆発的な人気を呼び寄せることになる『Merit and Monster Online』の広告だった。普段なら「なんだ、ゲームか」とすぐに気にしなくなるのだが、この日は違っていた。その広告は2つあり、一つはMMOに登場するかわいらしいモンスターが全面に出た広告で、もう一つはMMOの自由なカスタマイズを謳ったキャラメイクと服が全面に押し出された広告だった。
それを見て朱音は興味を持った。
朱音は普段制服を着崩し、外に出る私服はけばけばしい服を多く持っているが、実は可愛らしいものに目がないのだ。そもそもギャルのようになったのは、好みではなく、別の理由からだった。
「ふぅーん……」
広告のリンクからMMOのホームページにたどり着いた朱音は、一気にMMOの面白さに取りつかれた。ぜひやってみたいと思うようになっていた。
機材を買うべく、普段の服やアクセサリーにかけるお金を貯め始めた。また、ゲームを始めたらどうするか考えに時間を費やすようになった。
それから3か月後。
MMOの発売日、朱音は人ごみの中を並び、結果MMOを手に入れることができなかった。ネット予約分はすでに売り切れ、最後の望みと掛けた当日発売分も手に入れることができなかった。
「うぅ……」
朱音は悲しみに暮れた。ゲームの世界で、普段ではできないような自分になれる、と思ったのに。可愛いモンスターと出会えると思ったのに。
朱音は次にまた発売されるのを待つことを決意したのだった。
普段の朱音の作り上げてしまったイメージから逸脱した、自分を夢見て。
まだ見ぬゲームの世界を夢見て。
朱音は待ち続けた。
■■■
早速グリーンロードにたどり着いた3人。
「いきなりなんっすか。なんでここに連れてきたんっすか」
アカネの言葉にワースはすぐさま答えた。
「いや、だってパーティ組んだんだからやることは一つだろう?」
「だから、なんで私なんかにそんなことを」
アカネの抗議にワースは頭をぽりぽり掻きながら答えた。
「俺にはアカネの悩みに答えられる自信はない。だけど、その悩みをどうにかしてやりたいと思ってだな。幸いここはゲームの中だからな、一緒に戦えば何かわかるかなって思ったわけだ」
「ワース、その言い方だと何か脳筋の発想みたいだよ」
「おっと、そうか」
ワースは今気づいたかのようにおどけた。
「まぁ、アカネ。一人で戦うのは大変だろう。余計なお世話かもしれないが、俺は少なくともアカネのためにやってやりたいんだ。それでもダメか?」
「……」
アカネはワースの言葉をゆっくり反芻した。
今まで誰かにそう言われたことはなかった。
誰かのために何かをする。
誰かがアカネのために一切の打算無しに何かしてくれる。その言葉が不思議と胸に染みた。
「うん、それならわかった」
「そうか、それなら先行きますか。ノア、できる限りアカネを戦わせるからな。あまり前に出るなよ」
「OKOK。わかっているさ。さぁ、アカネ。行こうよ」
「うん」
ワース達はグリーンロードを進んでいった。
■■■
「はぁっ!」
アカネの持つ鎌が唸りをあげてワームの体を切り裂いた。
鎌スキル『スラッシュ』。
片手剣・両手剣スキルや槍スキルなどの中にもある『スラッシュ』だが、鎌の場合だと少し様相が変わる。剣や槍などであればただ切りつけるだけの動きだが、鎌の場合刃に当ててそこから引いて切り裂くという動作が必要になる。扱いが難しく、間合いがさほど遠くまで届かない鎌だが、それだけ攻撃力には長けている。
「グッジョブ」
「アカネ、よくなってるぞ。よし、どろろも戻ってこい」
「がおっ」
ワースはアカネに付与術を掛け直しながら、周りを見渡した。今回はミドリではあまりにレベル差があると思い、どろろを使うことにしていた。普段ミドリの方と一緒にいたため今回はミドリを休ませてどろろに頑張ってもらうことにした。ノアの方も似たように召喚獣であるぽるんではなく、まだまだ経験値が足りていないしずくに頑張ってもらうことになった。
「ふぅ、久しぶりに来たけど、ここのワームはめんどくさいな」
「うん、そうだね。基本的な部位の弱点なしだから、初心者向けじゃない?」
「まぁ、そうだな。ほとんどのプレーヤーがここには来ているもんな」
そう言ってワースは灰色に色塗られた天井を見上げた。
グリーンロードの中ほどに位置するグリーン砦。ここを抜けなければ道を進むことができない。
ここの最上階にいるボスを倒すことによってブルームンへの道が開かれる、となっていた。すでにボス:グリーンキングワームを倒したことのあるワースやノアはブルムーンへの道をまっすぐ通ることができるが、MMOを始めたばかりのアカネはそうはいかない。
「たしかここのボスって糸による巻き付き攻撃してくるよね。めんどくさいな……」
「まぁ、前衛とかだとそうだよな。後衛だと避けるのは容易いんだけど」
「直撃は喰らわなくても武器に巻き付けられるのが辛いんだよね。誰かに外してもらうかしないと大変だよ。ソロで突破する人ってすごいと思うよ」
「たしかにそうだな」
ワースとノアが話していると、ようやく戦闘の疲れが取れたアカネが近寄ってきた。
「どうだった?」
「うん、戦いやすかったっす。前のパーティよりも、人数は少ないはずなのに」
「まぁ、俺たちレベルそれなりにあるもんな」
「あぁ、そうだな。アカネ、次行けるか?」
「大丈夫っす。それじゃ、あっちっすか?」
アカネの『索敵』レベルを上げるべく索敵作業はアカネが行っている。いつも索敵をしていたノアは気楽そうにしていた。
「そういえば、ワース。こんなうわさがあるのを知っているか?」
「ん? なんだ」
「モンスターハウスの噂」
「モンスターハウスというと、敵がうじゃうじゃとPOPする部屋のことか?」
「そうそう。特にこういう建物とか洞窟の中であるらしくてさ。この間のアップデートで秘かに実装されたって」
「それって、秘かに実装するもんじゃなくないか」
「たしかにね。でもさ、モンスターハウスをなんとか頑張って出てくる敵を倒すとレアアイテムが拾えるんだって」
「へぇ……」
ワースがそう頷くと、ちょうどそのタイミングで傍らにいるどろろがワースのことを突いた。
「どうしたんだ、どろろ……」
「がおお! がおっ」
真剣な表情で前を見据えるどろろを見て、ワースは前の方へ意識を集中した。
すると遠くからかすかに悲鳴やら怒号やらが聞こえてきた。
ワースは思わず前を指さした。
「まさか……」
「ん? 何かあったのかい、ワース」
「どうしたんすか」
ノアとアカネはワースの指さす先を見た。そこは扉で、そこの先からどんどん音が近づいてくるのが、ノアやアカネにもわかった。
「プレーヤーの数が1,2.3…って一人消えた。それとモンスターが1,2,3……うわっ、数えきれない」
「まじか……この先にモンスターハウスがあるってわけか」
ワースは杖を構えた。
「ひとまず、出てきたプレーヤーを助けて、湧いてきたモンスターを倒すとしよう」




