6話 進化開放
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エボリューションスピリットの変化、いや“進化”と言うべきなのだろう。
それは、戦いが激化する節目だった。
新たな姿へと進化したエボリューションスピリットの攻撃は凄まじいものだった。針のように鋭く尖らせた12もの翼はそれぞれ泉のそばにいるプレーヤーに向かって突き出され、頭上に作り出した光の球からレーザービームを撃ち出す。時折、目の前にいるプレーヤー達に向かって突進をし、風を巻き起こし邪魔するものを吹き飛ばしていくのだった。
「くっ……」
巻き起こされる強風に顔をしかめるランラン。盾を構え攻撃を防ぐメイも顔をしかめた。
「これじゃ、ろくに攻撃できない」
片手剣の近接攻撃しかできないランランとメイには泉の上にいて猛烈な攻撃を浴びせてくるエボリューションスピリットに攻撃できるすべがなかった。せいぜい突進攻撃をしてきた際に躱してから斬り付けたり凄まじい速さで突き出される翼に攻撃したりとかしか方法はなかった。曲刀のニコラスも似たような感じだったが、こちらは無謀にもダッシュして近付き攻撃して再びダッシュで戻るという綱渡りの攻撃をしていた。
一方、魔法攻撃をするワースとボルゾイには関係なく。かかってくる攻撃をなんとかやり過ごし魔法をぶつけるだけでよかった。
ノアはぽるんとしずくを操りながら、大剣の攻撃射程の長い攻撃を選択してエボリューションスピリットへダメージを与えていく。
シェミーは黒い槍と魔法の炎の槍を同時に操り華麗な舞でも踊るかのようにステップを踏みながら攻撃していた。
先に異変が起きたのはランランだった。
持ち前のAGIの高さを生かし、相手から受ける攻撃を躱しそこにカウンターで攻撃を当てるという方法を取っていたのだが、ちょうど鋭い翼の攻撃を躱し短刀で斬り付けたところで一瞬気の緩みが生じた。
そこを狙いすましたようにエボリューションスピリットはレーザービームを放った。
その真っ白い線は白い軌跡を描きながらランランの体の中心を貫いた。
「がはっ」
ランランは痛みのあまり苦痛の声を上げた。ゲームの中では痛みを大幅に軽減しているとはいえ、レーザービームでお腹を撃ち抜かれた痛みは耐え難いものだった。
「あぁ……があぁぁ!」
ランランはのたうち回りたいのを抑えなんとか立ち続けようとするものの足から力が抜けていくのを感じた。
「ランラン!大丈夫!?」
動けなくなったランランにメイは盾を構えながら駆け寄った。
ランランのHPゲージを見ればすでに1割を切っていた。
「とりあえずポーションを、ほら」
「ありがと……」
メイが迫り来るエボリューションスピリットの攻撃を防いでいる間にランランはポーションを飲み干しHPが回復していくのを待った。
「アレの攻撃……凄まじいね」
「そう、ね。いくら盾で防いでもここまでノックバックがあるとは……最終形態恐ろしや」
「一撃もらうだけでここまで削られるんだから。一歩間違うと死ぬね」
「どうしようか……さっさと倒したいところだけどそれが難しいっていうか」
「近接系には辛い相手だしね」
「特にあのレンジからのレーザーは難敵ね」
「見たところ光属性の魔法だけじゃなくて物理攻撃も兼ねてるみたい」
「そうなの?魔法攻撃じゃないの」
「HPの減りからそう思った。それと当たったとき魔法なら抜ける感触がするけど、これは真っ向からぶつかる感触もしたから」
ランランは悔しげにエボリューションスピリットを見遣る。
「今回は死に戻りすることを覚悟しないと」
「お兄ちゃんとボルゾイさんにかかってるね」
メイはランランのHPが満タンになるのを確認しながら相槌を打った。
戦いはさらに熾烈なものになっていく。
エボリューションスピリットの放つレーザービーム攻撃の間隔が短くなり頻繁に撃ってくるようになる。
防御しても削られるから、躱すしかない。
AGIにあまり自信のないノアは撃ち出されるレーザービームに内心戦々恐々しながら召喚獣に指令しながら自ら大剣をふるいハリウッド映画並みのアクロバットを披露するのだった。
「ぽるん、うまく躱して……って駄目か」
ちゅどーんと音を立ててぽるんはレーザービームの餌食となりそのHPを散らした。
召喚獣は一度HPをすべてなくした場合、それから300秒、つまり5分経たない限り再召喚はできない。別の属性の召喚を行うことはできるが、ノアは水属性のみしか召喚できるようにしていなかった。ちなみにペットであれば蘇生アイテムを使わなければ復活することはできない。
そのため、ノアには今手に握る大剣とペットであるしずくしか攻撃手段はなかった。しずくも直撃こそはないものの何度か攻撃の余波を受けHPが減ってノアがポーションを与えて回復させていた。しかし、しずくにも余裕があるわけではなくそろそろ自身のMPが切れかけていた。ノアの持っているMPポーションは全てノアにしか回せず、しずくに与えるほど余裕はなかったからだ。しずくも自身のMPが切れれば水鉄砲を撃つことはできなくなり攻撃手段を失う。
ノアは自身としずくのゲージを見てはぁとため息をついた。
(このままだとジリ貧だ。どうするべきか……MPポーションも後一個しかないし、ここで畳み掛けるのもアリか。だけど、まだ相手にはHPが残ってそうだし……)
戦闘のさなか頭の半分を思考に回していたノアに、視角外からエボリューションスピリットの翼が飛来してきた。
「ぐはっ…!」
ノアの脇腹に翼の鋭い一撃をくらい仰け反るノア。そこに追撃せんとばかりにエボリューションスピリットの頭上の光が輝きながら収束する。やっかいなレーザービームを前触れだ。
エボリューションスピリットのレーザービームには2種類あり、頭上の光が膨張するパターンと収縮するパターンだ。膨張するパターンは、エボリューションスピリットの周囲前右左斜めの12方向にレーザービームを放つ。このパターンは向きさえ気を付けていれば避けるのは容易い。収縮するパターンでは、一部を発射する時にプレーヤーのいる方向に撃ち、残りを無秩序にぶっ放す。プレーヤーがいる方向には必ず放たれるので立ち止まったりしていると容易に当たってしまう。
「くそっ」
ノアは仰け反った状態で光が収縮する様子を見て悪態をついた。このままではレーザービームの直撃を喰らってしまう。一番いいのは躱すことなのだが、そんな事ができる状態ではなかった。せいぜいその場で大剣を振るうしかできなかった。大剣でガードするということは一度やってみたが、ろくに『武器防御』のメリットを付けていない状態ではろくにガードできなかった。
「だけど、やってみるしかないか」
ノアはHPゲージを確認した。残り5割。
ノアにはもしかしたらという考えはあった。レーザービームの様子を見ていて一つの考えが浮かんでいた。
ノアはその場で大剣をレーザービームが来る方向へ構え、スキルを発動させた。
「『マナブレイド』『水属性付与』!!」
『マナブレイド』により魔法抵抗を引き上げ、『水属性付与』により攻撃力の強化を行った。
ノアはスキルを発動させた直後、レーザービームが襲いかかってきた。
がりがりがり、と音を立てながらレーザービームとノアの大剣がせめぎ合った。
かたや真っ白く真っ直ぐに伸びる線、かたや水色に輝くひと振りの剣。その両者がぶつかり合い、結果光に包まれた。
一瞬光に包まれ、それが晴れた後。
ノアは大剣を振り切った状態でそこに立っていた。ノアの残りHPは4割5分。少し削れてしまっているが、それでもガードは成功していた。
「はぁはぁ…よし、やったぞ」
ノアの様子を見てか、エボリューションスピリットはうめき声をあげ体勢を崩した。
「だらっしゃあああああああああああああ!」
その様子を好機と見たのか、シェミーがダッシュし、大ジャンプして槍スキルを発動させる。
赤い光に包まれた槍を二つ両手に抱えたシェミーはエボリューションスピリットの翼の根元へ飛び込んだ。
シェミーが発動させたのは『ダッシュニードル』。『ダッシュ』と『槍』の二つのメリットのレベルを上げていかないと手に入れられないスキルで、ダッシュしながら槍で突き刺すという至極単純な攻撃だが、システムアシストに助けられたシェミーのダッシュからの突き刺しは、エボリューションスピリットの翼をもぎ取った。
「よっしゃああああああああ!」
攻撃を終え、エボリューションスピリットの翼の間をかいくぐって、シェミーは反対側へ降り立った。
エボリューションスピリットは悲鳴を上げながら泉へと落ちた。
そこへ、ワースの魔法が発動した。
「『フォールクラッシュ』」
重力魔法と名づけられる、土属性魔法に属する魔法は、泉に落ちたエボリューションスピリットの体をみきみきと軋ませながら泉にめり込ませた。
頭上にあった光の球にも作用し、エボリューションスピリットの頭にぶち当たった。
「今だ!」
エボリューションスピリットの様子とワースの声に、皆はエボリューションスピリットに近づき、タコ殴りにした。
そして。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
甲高い悲鳴を上げて、エボリューションスピリットの体は白い光の粒子となって消滅した。
その様子に一同は、嬉しさの声を上げた。
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取得アイテムの一覧が現れた後。
荒れるに荒れ果てた泉に光が灯った。その光は泉を包み、その様子を元のものへと変えていく。
そんな中、一同の目の前に会話ウィンドウが現れ、同時に耳に優しげな声が響いた。
「ようこそ、『進化の兆しを照らす泉』へ。先ほどのはここの番人。君たちはその強さを見せてくれた。ここに来る資格があるとここに評しよう」
ちゃりーんと音を立てて、一同の目の前のウィンドウに『新たに称号が追加されます『進泉の資格』です。』と表示された。これの効果は、『進化の兆しを照らす泉』を利用できる、とあった。
「それでは、儀式を始めよう」
そう言うなり、ミドリとしずくはそれぞれ鳴き声をあげて泉の前に立った。
そして、ワースとノアの目の前にウィンドウが現れた。
「なるほどね、これからペット限定の『進化』が始まるのね」
シェミーはうんうんと頷いた。
「『進化』って……?」
メイが疑問気な声を上げると、シェミーは何を当り前なという表情をして答えた。
「モンスターといえば進化か融合が当たり前でしょ。そもそもここの名前が進化って付いている時点で予想はしていたんだけど、なるほどね。私はペットの一匹二匹欲しいところだわ」
シェミーのおざなりな説明に、とりあえず今の光景を見届けようとワース達の方を見るメイだった。
「えっと、これは」
ワースは目の前のウィンドウを見てうなった。
『ミドリ(グリーンタートル)は現在進化できる形態はこちらです。
ビリジアンタートル(通常進化)
***(供物進化)【条件を満たしていません】
エメラルドタートル(特殊条件進化)
どれに進化させますか。それとも進化させませんか。』
ミドリにはどうやら今2つ進化先があるらしい。
正直、ミドリの姿かたちが変わってしまうことにいくばくかの恐怖を抱いていた。あのかわいい姿ではなくなってしまう。でも、進化すれば強くなるし、おそらくかっこ良くなるだろう。
ワースは悩んだ。ふと、横を見ると、ノアがぱぱっとウィンドウを操作し、それに頷いたしずくが泉に飛び込んだのを見た。
泉に飛び込んだしずくは、光り輝くながらその姿を変化させた。
そして、ぴょんと泉から上がり、ノアの足元に座り込んだ。
水色の毛皮の小柄なスプラッシュウルフだったしずくが、少し体が大きくなり毛が氷柱のように尖った狼アイスニードルウルフに進化した。
「ほぅ」
ワースが声を上げると、ノアは姿が変わったしずくを前と変わらずに撫でまわした。
「まぁ、俺もやるか」
ワースはウィンドウを操作し、最後の確認画面でOKと押した。
ミドリは少し嬉しそうな表情を浮かべて泉に飛び込んだ。
ミドリが飛び込むと、先ほどより強めの光がほとばしった。
ワースはかすかに泉の方から合成された声を聞いた。
『特殊条件を確認します。拡張領域の拡大を確認。ステータスのブーストを確認。進化を認証』
ワースは何のことはわからなかった。
そして、ミドリは泉から戻ってきた。
緑に透き通った結晶に覆われた甲羅を背負い、以前と変わらないかわいらしげな表情を見せるミドリがそこにいた。
「ミドリ……」
「きゅーい」
二人はがしっと抱きしめ合った。
互いの存在を確かめ合うかのように。
しばし、二人は抱きしめあったままだった。




