5話 進泉精霊
■■■
ワースはミドリを一頻り頬ずりし、シェミーを振り返った。
「すみません、いきなり」
「いや、別にいいんだけど。で、その子は貴方のペット?」
「あぁ、そうだ」
「ふーん」
シェミーはそれで一気に興味がなくなったようだった。
「それで、ここは……」
ノアがこの場所について疑問を口にした。『進化の兆しを照らす泉』という仰々しい名前の付いた泉を前にして、先客がいるというのにイベントもモンスターの一体もポップしていないようだったからである。
「うむ、さっき着いたばかりだが、まだ何も起こっていない。イベントもおろかモンスターの一匹さえも出てきてないわ。新しく追加されたフィールドだと喜んでみれば、何もない期待はずれのフィールドだったわ」
「まぁ、シェミーの言う通りだ。何か条件を満たすことによってイベントが発生するのかもしれないが……」
シェミーとニコラスはふぅとため息をつきながら言った。
「条件、ねぇ」
メイはきょろきょろと辺りを見渡しながら、条件らしい物を探すことにした。
「この辺に何か変なものは……なかなか無いですね。泉があるだけです」
ランランは少し残念そうな表情を浮かべた。
「きゅーい」
「ん?」
ミドリが鳴き声をあげながら泉の畔に立った。その後をワースが追いかける。
「何かあった?」
ノアがワースの様子にそちらに顔を向けると、足元にいたスプラッシュウルフのしずくがくいくいとノアの服を引っ張った。
「どうしたの、しずく?」
「……わん」
しずくはくいくいと引っ張ってミドリと同じく泉の畔へ連れていこうとしていた。
「はいはい」
ノアは苦笑しながら家にいた柴犬のことを思い出しながらそれに付いていった。
ミドリとワース、しずくとノアが泉の畔に立つと、急に泉の水が膨れ上がり始めた。
「なっ、なに!?」
「えっ、ええええ!」
「イベントの、始まりか」
そこに居合わせたメンバーたちはそれぞれ反応を見せて泉を見守った。
泉の水が膨れ上がり、上空に大きな水の塊ができると、泉の畔にいたワースとノアの前にウィンドウが現れた。
『あなたにとって、そこにいるのは真のペットですか? YES/NO』
ワースとノアは自分のペットを一度じっと見て、それぞれYESを押した。
それと同時に、そこに居合わせる皆の前にオレンジに縁取られたウィンドウが現れた。
『条件を満たしました。これから特殊イベントを開始します。参加人数7人。一時的にパーティを解除します。デスペナルティを一時的に変更します。参加者のHP・MPを全回復させます。BOSSのPOPを再開します。』
シンバルのような音が辺りに響き渡り、泉の上空に球体を維持していた水塊が緑色の光を放って弾け、中身を露にした。
そこにはピンク色の饅頭のような体に、天使のような白い羽が6つ付いており、正面にはつぶらな瞳が二つ付いていた。よくありがちな魔法少女アニメで魔法少女を応援するマスコットのような妖精だった。見た目は可愛らしいものだったが、その大きさは7人をゆうに覆い隠せるほど大きかった。そのモンスターは、泉の上空から泉の周りにいるプレーヤーでも手を伸ばせる距離までゆっくり降下してきた。このモンスターは『エボリューションスピリット』という名前だった。
「ふふふ……私の槍が唸るわ!」
いち早く獲物である槍を構えたシェミーは、エボリューションスピリットに向かってダッシュした。
「『トライスピア』!」
リーチに定評のある槍メリットの中で、攻撃の出の速さと硬直時間の短さが特徴の『トライスピア』により、シェミーの槍は瞬時に3回突き出された。羽の付け根を狙って打ち出された攻撃は、エボリューションスピリットのHPをわずかながら確かに削った。
「シェミーに続いて!」
ニコラスはシェミーがダッシュするのを見るとすぐに自らも武器を構えながらダッシュし始めた。ニコラスの武器は曲刀である。ダッシュしながらこちらもスキルを発動させる。
「アバンス●ラッシュ!」
ニコラスはスキル名でも何でもないことを叫びながら『オーバースラッシュ』をエボリューションスピリットに叩き込んだ。
ちなみにスキルは発声するか初期モーションを行うことによって発動できる。初期設定では両方で発動すると設定してあり、初期モーションだけ行うと設定しておくとスキル発動時にどのように叫んでもそのスキルを発動できる。
ニコラスの使った『オーバースラッシュ』とは、大きく振りかぶった曲刀でただ切り付けるだけだが、その安定した攻撃力と次へと繋げやすいという特徴がある。
エボリューションスピリットは二人の攻撃に意を返すことなく、ただ翼をはためかせた。そこからは強風が放たれ喰らったプレーヤーにダメージと軽いノックバックを発生させる。
「『範囲防御力増加』!」
ワースはこの場にいるプレーヤー全員に効果のある付与術を発動させた。持続時間は3分とあまり長くはないが、防御力20%増加とかなり効果は高い。
「ぽるんはフォーメーションAでアタック、しずくは付いてきて。行くぞ」
ノアは召喚獣とペットにそれぞれ指令して、自身の武器である大剣を構えた。
「セット……『アクアエンチャント』」
水属性付与の魔法を大剣に掛け、エボリューションスピリットへ攻撃を仕掛ける。
「『タイダルうぇ…っ!」
ちょうどノアが『タイダルウェーブクラッシュ』を放とうとしているところにエボリューションスピリットは翼を叩きつけた。
初期モーションにより無事にスキルを発動した大剣とエボリューションスピリットの翼が激突し大きな光を放つ。
「くそっ!」
ノアは押し負けて地面まで吹き飛ばされた。主人を心配するしずくはすぐさま駆け寄り、主人を信頼しているぽるんはその様子を見ながら自分の役割を果たそうと攻撃の手を休めなかった。
ノアは大剣を杖にしてむくりと立ち上がった。
「私も行く!」
メイは持ち前の防御力を信じてエボリューションスピリットに密着し硬直時間の短い攻撃を連続して当てていく。
一方、ランランは空中に浮くエボリューションスピリットとの相性が悪く、レンジが足りないためなかなか攻撃をできずにいた。
残ったボルゾイは、少し長い時間かけて魔法を編み上げていた。
「よし、喰らうがいい!『メテオクラッシュ』!」
上空から真っ赤に燃え上がる岩が墜ちてきてエボリューションスピリットの頭にぶち当たった。
ワース達&シェミー達が一回行動したところで、エボリューションスピリットの翼は白く輝き、6つの光の球が周りに現れた。その光の球は収縮し、ビームとなって降り注いだ。
予測していたシェミー達は躱すことができたが、ワース達でAGIをそこまで上げているわけでないワースとメイは躱すことができなかった。メイは盾を振り上げ、ワースは近くで守りに徹していたミドリに庇われた。メイは攻撃の重さに声を漏らし、押し込まれながらもなんとか体勢を崩さなかった。ミドリはスキルを使ってビームを受けたが、耐えきることができずワース諸共吹き飛ばされた。ワースが倒れ込みながらHPゲージを見るとミドリにガードしてもらったのに2割削れていた。
「やばい、だけどモーションと軌道はわかった」
ワースは杖を支えにして体を起こし、顔に真剣な表情を浮かべた。
「さぁ、やるか」
ワースは杖を振り『口頭詠唱』を開始させる。
それを見て、シェミーは面白いものを見つけたという表情を見せた。
「それじゃ、私もやりますか」
シェミーは槍を左手に持ち替えて、エボリューションスピリットを見据えた。
「火を司る精霊よ、我に力を貸したまえ。その力は我がため、その火は未来のため。我が道を阻むものを焼き尽くす標を持て。ここに魔法を顕現せよ『炎の槍』」
シェミーの右手に燃え上がる炎の槍が生み出された。それを見てシェミーは笑みを深くする。
「その炎、我がためにその力を失うその時まで戦火を撒き散らせ『固定』」
シェミーはそこで初めて炎の槍をぎちりと掴んだ。
本来なら打ち出すしか利用法のない魔法『炎の槍』。シェミーは『口頭詠唱』により魔法の自由度を上げ、そこにタイミングよく、魔力の操作ができる『魔力操作』の『固定』を使い『炎の槍』という魔法を固定させて発射のキャンセルを行い、メリット『槍』により『炎の槍』を槍として扱うことを可能とした。『炎の槍』に込めた魔力が尽きるまでは槍として使用可能になる裏技的コンボで、不正行為に近い。それでもシェミーは全く気にすることなく使う。使えるものは何でも使う、それがシェミーの持論だった。
「さーてさて、みんなが頑張ってるところで私はっと」
シェミーは『ダッシュ』と『ジャンプ』を使って大きく上空へ飛んで、エボリューションスピリットの頭上まで飛び上がると、くるりと空中で体をしならせエボリューションスピリットの頭上に飛び降りて『炎の槍』と手持ちの槍『ダークルミナス』の両方を扱い攻撃していく。
「『スピア』!『ダブルスピア』!『トライスピア』!」
シェミーは槍スキルを使ってエボリューションスピリットのHPを削っていった。
それからしばらく攻防を続けて。
「ここに魔法を顕現せよ『ロックマテリアル』!」
ワースの土属性魔法がちょうどエボリューションスピリットの3本あるHPゲージの最後の1本へ到達させた。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
いきなりエボリューションスピリットは金切り声を放ち、ワース達とシェミー達は耳を押さえた。
エボリューションスピリットの翼が折りたたまれ、体が白い光に包まれる。
そして、殻を破るようにして先程よりも鋭い形状の翼が計12本突き出された。体の色は黄色に変わっており、表情も可愛らしいものから少し険しいものに変わっていた。
「GYAAAAAA!」
再度雄叫びを上げ翼をはためかせる。その衝撃に皆は吹き飛ばされないように耐えるしかなかった。誰一人余裕をもってこの衝撃を受けられているものは居なかった。
誰もが、これからが真のボス戦だと予感した。