1話 青年はゲームを始める
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武旗真価はわくわくしていた。もう大学生であるというのに年甲斐も無くわくわくしていた。さすがに目の前に妹がいるから表立って表情に見せなかったが、それでもどこか落ち着きがなくそわそわしていた。
それはなぜか。
そう、後1時間で待望のVRMMORPGの『Merit and Monster Online』が正式サービスを開始するからだった。
真価は大学1年の18歳の青年だ。真価には中学3年の15歳の明奈という妹がいる。
真価はあまりゲームをしてこなかった。せいぜい国民的モンスター育成ゲームに一時期はまっていたことがあったぐらいだ。その他のゲームはほとんどやらなかった。ましてネットに繋いで行うオンラインゲームも含めて。
対照的に明奈はゲームが好きで、特にオンラインゲームにはまっていた。複数のタイトルのMMORPG(Massively Multiplayer Online Role-Playing Game)で、かなりの時間をそれに費やしていた。
今回真価が『Merit and Monster Online』、略してMMOをやることになったか、それは明奈のせいだ。 このMMOをプレイするには専用のVRハード『ドリームイン』が必要だった。『ドリームイン』はちょうどヘルメットのような形をしていて、それを頭に被り、スイッチを入れることによって仮想世界に入り込むことができる。仮想世界に入っている間はこの装置が脳波を管理して、現実の体を動かすことなしに仮想の体を動かすことができる。そこのところは一時期から現在まで流行っているVRMMO小説にある設定通りだ。今までVRゲームハードといえばゲーム会社として大手の鳳天堂の『ヴァーチャル』だったが、エレクトリック・ウィザード社は『ドリームイン』という新しいハードを作り上げた。『ドリームイン』でプレイできるとされるソフトは今のところ『Merit and Monster Online』のみで、今後新しいソフトを出していくだろうという見解が大多数だった。
そんな『ドリームイン』だが、一介の女子中学生が買うには高い。お小遣いを貯めていれば買えなくもない値段であったが、他のゲームを買ってしまいお小遣いが心もとない明奈が手に入れられるものではなかった。
そこで明奈は真価を巻き込むことによって、自分の『ドリームイン』を手に入れることにした。偶然といっていいのか、真価にはお金を浪費する趣味がないため、いくばくかのお金が貯金してあった。かわいい妹に半ば押し切られるようにして『ドリームイン』を2台買うことにした。しかし、『ドリームイン』の販売は大盛況で、ネット通販は予約開始からわずかで即完売。頼みの綱は店売り分で、真価と明奈は近くの電気屋に開店前から並び長蛇の列を耐え忍びなんとか手に入れることができた。
初めは妹の頼みだからとあまりやる気を見せなかった真価だが、MMOのHPや紹介PVを見てMMOに魅了された。
それは、登場するモンスターのリアリティのあまりだった。
ウィザードはこのMMOを開発するにあたって、動物園や水族館などに協力を求めた。それはモンスターの造形・肌の質感・存在感を忠実に再現するためだった。そうしてMMOに登場するモンスター達は皆そこに生きているかのように表現されていた。
真価の趣味は動物園巡りである。各地の動物園・水族館・爬虫類館その他諸々に行ってきたが、お気に入りは上野だ。まず上野動物園に行き一通り回った後、爬虫類館に入り浸る。その後国立博物館で時間を潰した後、不忍池で夕日に照らされながら池を眺める。
真価にとって一番好きな生き物は、亀である。特にリクガメ系統が好みだ。とは言え亀であればなんでも好きなのが真価だった。家で三匹の亀を飼っていて、彼らの世話を焼く時間が至福の時間だった。
もっともいくら亀が好きだからといって、亀に欲情したり亀を見るたびに狂乱することはないはずだ。ないと言い切りたいところである。
そんな真価は、MMOに惹かれた。
「お兄ちゃん、もう取りたいメリットとかは決めた?」
明奈はテーブルに座りながらコーヒーを何杯も飲む真価に話し掛けた。何年も真価の妹をやってきた明奈には、目の前の真価の興奮具合がよく見えた。
「あぁ、ある程度は決めたぞ。とりあえず『土属性魔法』『魔力運用』だろ。それと『テイム』だな」
「最初の二つはいいけど最後の『テイム』はどうなのかなって思うよ。β版テスターの掲示板でも、期待ほどでないって書いてあったじゃん。最初の間はLUCが低いからなかなか成功しないって。ケチつけるつもりはないけど、ゲームに慣れてない間は安全にいったら?」
「だとしても『テイム』は外せないな。俺の夢だし。まぁなんとかなるだろう」
「うーん、おにいちゃんがそういうならいいけど」
MMOでは初め好きなメリットを5つもらえる。最大10個まで付けることができるが、メリットを手に入れるにはクエストをクリアするか、店で買うのが基本である。
「で、メイは?」
「私はね、『片手剣』と『盾防御』と『声』と『状態異常耐性』と『索敵』だよ」
「『片手剣』とかはわかるんだけど……『声』ってなんだ?」
「『声』はその名の通り声を使ったスキルが使えるようになるメリットで、使えるスキルに『挑発』とか『咆哮』とかあって前衛にとっては必要不可欠だよ」
「なんか面白そうだな。取ってみるか」
「でもお兄ちゃんは魔法使いでしょ、思いっ切り後衛でしょ? だったらそういうのは取らないの」
「まぁ、そうだな。うーん、他は何にするか」
真価は考えを張り巡らせながらトイレへ向かって行った。
「ふふっ」
真価がリビングから出て行った後一人リビングにいた明奈はにまにまと笑みを浮かべていた。なぜなら、今まで明奈は一人でゲームをやってきたが、それが今度は兄と一緒にゲームができるからだ。初めは乗り気ではなかったがMMOを知る内にやる気を見せていった兄のことを考えると、どうしても笑いがこみあげてくる。それは明奈自身がゲームが好きだからなのかもしれないが、自分が好きなものを好んでくれることが何より嬉しかった。
「楽しみだなぁ」
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時間が経ち、MMOの正式サービスの稼動まで10分を切った。真価と明奈はリビングに置いてあるそれぞれの『ドリームイン』を持って自分自身のソファに座った。武旗家にはリビングにそれぞれ専用のソファ(一人用)が4つ置いてある。そこに真価と明奈はそれぞれの『ドリームイン』を置いていた。
「じゃあ、また向こうで会おうね」
「たしか東門にある銅像前だっけ?」
「そう、すぐにだからね」
「あぁ、わかった。それじゃ」
そして二人は『ドリームイン』のスイッチを入れた。
途端に下へ沈み込む感覚がして、目の前が真っ暗になった。
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目の前が真っ暗になってすぐに、自身が真っ白の部屋に放りこまれたことに真価は気付いた。
「おぉっ、これが仮想世界か」
手の感覚、足の感覚。目の前に見える壁の質感、目の前にいる背の丈手の平サイズの妖精。全てがリアルに感じた。今の真価は仮想世界で再現されたものであるとはいえ、現実の体とほとんど同じだった。中肉中背のごくごく平凡な肉体の上に、白いTシャツと黒のトランクスが着せられていた。
真価は自分の見飽きた体から早々に目を離し、自分がいる部屋の中央部分にぷかぷかと浮かんでいる何かへ視線を合わせた。
「妖精……?」
真価は目の前の妖精に思わず声を漏らした。βテスター用掲示板ではそんな演出までは書かれていなかったため、驚きも一入だった。
「はいはーい、私はナビゲーターのピクシーこと『ぴくみん』でーす」
「その名前ってどこかで聞いたことあるぞ…… 2000年の初めに流行ったゲームと同じ名前じゃないか?」
「ごめんねー、『ぴくりん』だった。てへペロ~」
「なんか、使ってるネタが古いなぁ」
「ごめんねごめんねー」
「……本当に大丈夫か?」
真価は思わず溜め息をついてしまった。それほどまでに目の前のナビゲーターはうざったい言動を繰り返したのだった。
「良い反応だったからついボケちゃいました。すいません~」
「まぁいいから早く設定に入ってくれ」
「はいよーまず名前は? 目の前のキーボードで入力してね」
そう、ナビゲーターが言うなり真価の手元に効果音を鳴り響かせながらキーボードパーツが浮かび上がる。
「カタカナで、シン、っと」
「うーん、ごめんね。その名前は他の人が既に使っているから登録できないんだ。だから他のはない?」
「えっ、そうか。うーん、じゃあ……価値って意味のワースで、っと」
「それなら大丈夫だょ。はい、ワースさんね。ビジュアルとかはそのまんまでいいんだっけ? 外部データとかはないんだけど」
「あぁ、このままでいい。こだわるところなんてないからな」
真価は目の前に用意された鏡を見てそう頷く。鏡には自分自身のありのままの姿が映されていて、それは初めにスキャンしたそのままの姿を指し示していた。ゲームプレイに支障が出る可能性があるため体型の変更はできないが、目の色とか髪の色とかを変更できる。しかし、真価は自然のままがいいと思い、そのままでプレイすることにした。
「ほいほい、それじゃこんなかんじね。ステータスは?」
最初のステータス振りである。
真価は迷う様子を見せずに淡々とステータスを割り振った。
ワース
Lv.1
HP:100/100
MP:20/20
STR:10→16
VIT:10→10
INT:10→20
DEX:10→16
AGI:10→13
LUC:10→10
「で、初めに欲しいメリットは?」
ぴくりんは真価の目の前にすすっとスライドさせるようにして透明な板状のウインドウを出した。そこには初めにもらえるメリットの一覧がずらずらと並んでいた。
「まず『土属性魔法』『魔力運用』『テイム』だな。他には……」
「後二つだね」
真価はしばし迷った挙句ぴくりんに疑問を問いかけた。
「これってどうなんだ?」
「『棒術』ね。他の武器系メリットからすると地味だけど、“細長くて刃がついていないもの”に対して効果を発揮するね」
「それじゃあ、杖も対象に入るのか?」
「もちろんそうだよ。杖自体はあまり攻撃力を持たないけど対象には入るよ」
「OK。それじゃ、この『棒術』と『付与術』で」
「随分とこう言っちゃなんだけど不遇なものを取るねぇー 特に『テイム』とか」
「仕方ないだろ…… 必要なものがそれだったんだから」
「ふーん、ほい。設定終わったよ。あと、30秒でサービス開始でそしたら街に転送するから。それまで待っててね」
「あぁ、わかった」
真価はこれから『Merit and Monster Online』の世界に入り込めることにわくわくを隠しきれなかった。事実、真価の顔はふにゃーと、女の子であれば微笑ましいだろう表情になっていた。
そしてあっという間に30秒が経ち、真価の辺りを光が包み込んだ。
「このゲームを、楽しんでねー」
真価の目の前が、真っ白になった。