EX.5 マリンの工房
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カーンカーン ボッ
ガーンカーン ジュッ ボッ
カーンカンカーン キーン
「ふっ、こんな感じか」
マリンは今しがた出来上がった片手剣の刃を眺めた。
『マグナイトブレード』
攻撃力:103 耐久値:103/103 MP+5 STR+5 INT+5
マグナイト鉱石を惜しむことなく使って作られた大剣。魔力を内包するマグナイトの性質を受け継ぎ、使用者の能力を高める。
「まぁこれなら及第点かな。彼も喜んでくれそうだ」
マリンはそう言って笑みを浮かべた。
カランカラン
店のドアが軽やかに来客の存在を知らせ、マリンは工房から店の方へ出た。
そこには重厚な金属鎧に身を包んだ男性プレーヤーが落ち着かなさそうに立っていた。
「いらっしゃい」
「あぁ、ここは武器屋でいいんだよな?」
「武器以外にも扱っているけど、まぁ武器屋っていう認識であってるな。何かお求めでも?」
「いやー、リーダーからここを勧められて来てみたんだが……あぁ、俺の名前はザックスだ」
「そうかい、ザックス。私の名前は、マリンだ。ザックスのところのリーダーって誰だっけ?」
「リーダーの名前はアレックスだ」
「おおっ、アレックスのことか。アイツは今じゃあトップ中のトップだね。クラン制度が導入されたらアレックスのクランは大人気だろうな」
「そうなんだよ、まぁだからこの時期に俺をここに来させたのかもしれないが」
ザックスはそう言うと頭をポリポリと掻いた。
「ちなみにレベルは?」
「今、24だ」
「そうかいそうかい、そうだね……ところで、武器は何を使うんだ?」
「盾と片手剣だ」
「それで主にどういった戦い方を……といっても盾と片手剣といったら一つしかないけどねぇ」
「あぁ、そうだな。盾で相手の攻撃を受け止めて剣で攻撃するってやり方しかないもんな」
「……んと、ザックスは剣を縦に振るのが多いのかそれとも横に振るのが多いのか、どっち?」
「そうだなぁ、縦だな。縦にズバッと斬るのが多いな」
「後、盾はあくまで受けるために使ってる?盾で押し込んだりとかはしない?」
「そうだな、たしかに俺は受け止めるためだけに盾を使っているな」
「ん……それだと、こちらかな」
マリンはショーウィンドウにある商品や倉庫にしまってあるものを引っ張りだしてきた。
「まず、これが片手剣。実際に持って振ってみな」
マリンは引っ張りだしてきた鈍色の剣をザックスに手渡した。
「これは……!」
『オークスチルソード』
攻撃力:94 耐久力:91/91 制限:STR100以上 状態異常付与:スタン(小) AGI-2
オークの森にあるオークスチルという珍しい金属を使った片手剣。重いため、持つにはそれなりの筋力が必要。重量感のある攻撃が放てる。
「……いい。これは凄い。重量感のある大剣だと盾が持てなくなるから使えなかったけど、俺はこういう重い剣が使いたかったんだよ」
「そうかい、その分盾の扱い方が難しくなるけど、ザックスの戦い方だとこれくらいがちょうどいいだろう」
「よくわかるな。さすが、リーダーが勧めただけの店だな。リアルでも何かしているのか?」
「特に何かしているというわけじゃないけど」
「そうか」
ザックスはオークスチルソードを何度も振って感触を試した。
「ちょっとグリップを強くしてもらえるか?戦いの最中に万が一取り落としたりしないか少し不安だ」
「了解、柄の部分に握りやすいように皮を貼り付けておくよ。そして、これが盾。実際に持ってみな」
『オームドシールド(スライムコアカスタム)』
防御力:32 耐久値:98/98 衝撃吸収(微) VIT+3
衝撃を受け流しやすい形状をした片手盾。スライムコアを使っているため、衝撃に一層強くなっている。
「ほぅ」
「どうだい、オーダーメイド品ではないにしてもなかなかのものだろう?」
「『オームドシールド』自体は見たことはあるが、このスライムコアカスタムとは・・・」
「まぁ、試作品なんだけどね。モノは試しに使ってみたらこんなのができたというわけさ。ただちょっと大きさが足りないせいかなかなか買ってくれる人がいなくてね」
「でも、この剣と合わせて使うにはちょうどいい」
「ホントなら模擬戦でもしてみたらいいんだけどね。ちょっと使ってみてまたここに調節に来なさいな」
「あぁ、わかった」
「さーて、ここをこうしてっと……はい、剣の柄に試しに巻いてみた。どうだ?」
「……さっきより断然いい。これなら取り落とすことがない」
ザックスは満足気な笑みを浮かべた。
「それでお代は……これか。実に良心的だ」
ザックスは支払い用ウィンドウに表示された金額にうんうん頷いた。
「素材代を回収できればいいから、少しの手間賃・技術代を加えてそんな金額だ。それ以外に何か金額を増やす意味もないだろうしね」
「今後とも贔屓にさせてもらうよ」
「毎度あり~」
カランカランと音を立てて店から客が出ていき、マリンは溜め息をついた。どうも、客商売は息が詰まりそうで疲れるようだ。
「さーて、次のお客さんが来るまで新たな作品でも作るかな……」
マリンがそう呟いた矢先、カランカランと音を立てて新たな客が店に入ってきた。
「いらっしゃーい……ってノア君じゃない」
「どうも、マリンさん。近くに来たから寄ってみたんだけど」
「ちょうど良かったよ、さっきノア君の武器ができた所だからさ」
「そうだったんですか!」
「ほらっ」
マリンはアイテム欄から先ほど作り上げた『マグナイトブレイド』をタップし、目の前に取り出した。それをワクワクした表情を見せるノアに手渡した。
「実際に振ってみな」
「ほいっと……いいですね。予想していたより少し軽く仕上がっていて、振りやすいです。これなら少し無茶な体勢からでも振れそうですね」
「まったく、このマグナイトっていう鉱石は大したもんだよ。見た目ほど重くなく、持っている人の力も増強するから扱いやすいってね。その分、作るのは一苦労だったけどね」
「わざわざありがとうございます」
「いいっていいって、珍しい鉱石にも触れられたし。このマグナイトってどこで採れたんだ?」
「これは、ユリレシア古墳群でだったかな。ワースと一緒に探索してたら、あるところでどろろがいきなり地面を掘り出してね。それでマグナイトがいっぱい採れて、だったな」
「それって採取ポイントだったということか……私も後で行くかな」
「何なら一緒に行きますか?マリンさん一人じゃ進めないでしょ?」
「お願いできるならぜひお願いしたいところだね」
「それじゃあ、時間が空いたときメールをくれれば」
「これからお願いできるかい?」
「えっ……行動早いですね、さすがマリンさんですね」
「こういうのは後のばしにすると面倒くさいじゃない。ノア君はこの後大丈夫かい?」
「ちょっと待ってくださいね……っと、ワースも大丈夫そうなのでこれから3人で行きましょう」
「ワース君もかい。それなら今回はだいぶ楽だね」
「そうですね」
ノアは支払い用のウィンドウを一目し、OKを押す。ノアの所持金から代金が支払われ、『マグナイトブレイド』がノアのものになった。
「それにしても、こんな手間賃だけでよかったんですか?」
「いいっていいって、材料持ってきてくれたのはノア君なんだし。これからマグナイト採取にも付き合ってくれるし、気にしなくていいよ」
「そうですか」
ノアが少し考え込んでいるのを横に、マリンはそれまでの鍛冶用の装備から戦闘用の装備へ変更した。
「マリンさんのその装備すごいですね……自分で作ったものですよね」
「うん、この鎧は自分とサトコで作ってみた。試しに作ってみたものだけど、売るにはあまりにコストが掛かりすぎたものだからね。売るにも売れないから自分で使ってる」
マリンは自らのほのかに青く光る鎧を見てそう言った。マリンの着ている鎧は胸・腹・二の腕・腰といった要所要所だけを的確に守っている軽鎧で、使った鉱石のためかその存在感が見るものを圧倒させる。トップランカーでもなかなか持っていないぐらいの性能を兼ね備えている。その分、使用した鉱石の量がバカにならないのだが。
マリンは自分の武器である鈍色に光るメイスを眺め、本日の予定を思い出した。ゲーム内では特に用事はないし、リアルでも特に今日しなければいけないということはない。
一方、ノアはパーティ画面からワースの位置を確認しながら、マリンをパーティに加えた。
そんな中、カランカランと扉を開き、ワースが店にやってきた。
「こんにちは、姐さん。これからユリレシア古墳群に行くんだっけ?」
「そうだよ、ワース。マグナイト採取にだってさ」
「さーて、ワース君が来たから行こうか」
「そうですね」
「了解」
マリンは気安いワースとノアの姿を後ろから見ながら微笑みを浮かべた。
鍛冶屋をやっていて良かったと思った。




