Ex.2 武旗真価のとある一日
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そこは、東京の北東部に位置し、東京の環状線や新幹線が通っている場所で、なおかつ動物園やら博物館やら美術館やらがある場所。
「やっぱりガラパゴスゾウガメは素晴らしいなぁ……」
真価は適度に調節された熱気の中、至って気にすることなく熱い視線をガラス越しに亀に向けていた。
周りはあまり人がいないため、真価は存分にガラパゴスゾウガメの前に陣取りその姿を眺め楽しんでいるのだった。
真価は大学の授業が始まる前日、夏休み最後ということで上野動物園に来たのだった。時期は9月半ば。世間ではすでに夏休みは終わり学校が始まったりしているのだが、真価は大学生で、真価の通っている大学は夏休みが8月に入ってやっと始まりこの時期に終わりを告げる。
ちょうど『Merit and Monster Online』が8月の頭からサービスを開始し、真価は夏休みのほとんどをこれに費やした。ゲームに夢中になって趣味の動物園巡りが疎かになっていることに気付いた真価は、夏休み最後の日に朝一から上野動物園に行くことにしたのだった。
「……ょ、ぅひょうょひょうひょ」
なぜか亀を見ているうちにテンションが高くなって小声ながらも叫び始める真価だった。
「さーて、お次はっと」
真価はテンションの高いまま隣にあるガラスの中を見つめ始めた。中には赤くド派手なカエルがいた。カエルは見つめてくる真価のことをじっと見つめ返した。
「カエルもいるんだよな……」
真価はしばしそのカエルと見つめ合った時、ふと先日のことを思い出した。
「フラグフロッグは例外だな、アレは断じてカエルとして認めん」
あのおちゃらけたカエルを真価はついつい思い出してしまったのだった。
「……っと、次行くか」
真価はたっぷりガラパゴスゾウガメに代表される亀やカエル、オオサンショウウオなどの動物を眺め、ようやく昼過ぎになって爬虫類館を後にした。
「とりあえず昼でも食うか」
真価はぶらぶらと道を歩き、手早く昼を済ませるべく近くにあったベンチに座り、背負っていたリュックサックからおにぎりを取り出した。本日の昼食は、具を鮭フレークにしたおにぎり2個だ。正直真価にとって満腹には到底ならない昼食なのだが、手早く済ませるにはこの方法しかなかった。
「さーて、どうしよっかな……」
ぱくぱくっとおにぎり2個を平らげた真価は、よいしょっとベンチから腰を上げ、他の動物たちを見るべく動き出した。
その夜。
「ゾウガメもいいけど、俺はミドリガメとかクサガメみたいな方が好きですね」
「そうか、私はゾウガメの甲羅の形とか手足とか気に入ってるぞ」
「たしかに、たしかにそうなんですけども。水に適応している水掻きのついた手足とかの方がいいんですよね……」
「ウミガメはどうなんだ?」
「ウミガメになると手足が完全にヒレになってしまうからそこがですね……」
「ウミガメはウミガメで別の良さがあるってことだな。私もそう思うぞ。たしかにウミガメは泳いでる姿が一番いい。だけど、なにか違う気がするんだよね」
「あぁ、姐さんは陸上型がいいということですね。てっきり名前通りウミガメ系が好きなのかと」
「いやいや、この名前は自分の名前からつけたものだからね。亀の好みとは関係ないんだよ」
ワースはマリンと共に、始まりの街にあるバー『風水亭』で飲み物を片手に情報交換兼雑談に勤しんでいた。
『風水亭』は始まりの街の中でも少し裏手に入ったところにあり、他の店が立ち並ぶ中ひっそりと営業していた。仄かに薄暗い店内、店内に流れる何の曲かわからないロックミュージック、立派なヒゲを蓄えたマスター。『風水亭』にはカウンター席と個室の二つがあり、今ワース達はカウンター席にいた。
「っぷはー、マスターもう一杯」
「よくお酒飲めますね。俺はどうもお酒は苦手で」
「小さい頃から御神酒とか飲んでたからねぇ。慣れだよ、慣れ」
「そういうもんですかね……」
ちなみにこのMMOのお酒はゲームであるのに酔うことができる。正確にいえば状態異常『酔い』なのだが。基本的に街では状態異常に掛からないが、この『酔い』だけは飲酒をすることにより確率的になることがある。
また、この時代では飲酒は18歳からで、18歳未満のプレーヤーは飲酒行為をすることができない。
ワースが一日の疲れにふぅーとため息をついた時、店のドアがからんと音を立てて開いた。
「ワース、来たよー」
「おおっ、ノア。来たか」
「やれやれ、いきなりレポート書かなきゃいけなくなってね。遅くなった」
「いいっていいって」
「っと、マリンさん。こんばんは」
「おうおう、そんなに他人行儀しなくていいのに。まぁ、座りな」
「それでは、っと。マスター、ジンジャーエールで」
「おやっ、ノア君も酒が飲めないのかい」
「ん……飲めないというわけじゃないんですが。とりあえず、一杯目はジンジャーエールでっいう気分だったんで」
「そうかい。ノア君だって飲めるんだよ、くひっ」
「姐さん、もう酔ったか」
「ワース、いつからここにいる?」
「んっと、一時間前くらいかな。まだまだだよ」
「そうか」
「お待ち」
「ありがとうございます」
ノアはマスターからコップに入ったジンジャーエールを受け取った。
「それで、ワースは何飲んでるの?お酒じゃないよね」
「あぁ、これはマスターのオススメでキュウミカンを使ったカクテル風ジュースだそうだ」
「へぇ……」
マリンはコップに入ったお酒をぐびぐびと飲み、ぷはーっと酒臭い息を吐いた。
「うん、リアルと遜色ないくらいに酔えるねー」
「……姐さんは少しほっとくか」
「うん」
「それで、ノアのとこはもう始まってたんだよな」
「あぁ、3日前にな。ワースのとこは?」
「俺のとこは明日から。一発目から実験なんだよ」
「さすが理系。めんどくさそうだね」
「まぁね。しかも実験レポート書かなきゃいけなくてさ」
「うわー、レポートとかキライだー」
「実験だからそれなりに時間かかるんだよね……早く家帰ってここに入りたいというのに」
「それは同感。授業受けないでここにいようかなーって思ったりするんだよね。単位のこと考えるとアレだけど」
ワースとノアが大学トークをしている中、マリンは一人夢と現の世界を行ったり来たりしていたのだった。




