21話 青年は泥亀と邂逅する
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「きゅーい」
マッドタスの突進を、ミドリが突進中の間だけSTRとVITを上昇させるスキル『シェルアーマー』を使いながら受け止めた。ズシンと地響きを立てたものの、ミドリはマッドタスの突進を完全に受け止めきった。ミドリとマッドタスは互いに頭でどつきあいながら、押し合いへし合いの攻防を繰り広げた。
ノアはミドリの攻撃を邪魔しないように一度後ろに下がり、攻撃の機会をうかがった。
「『スラッシュ』!」
ノアはミドリがマッドタスを抑えている間に少しでもHPを削ろうと、ミドリの邪魔にならないように大剣を振るった。
走ってきたワースもそれにあわせ、杖を振るいダメージを与えた。
「ぎゃあごっ!」
マッドタスは自らの突進を抑えるミドリに対し噛み付こうとするものの逆に噛み付かれ逆上した。
マッドタスの甲羅からごぽりと音を立てて球状の泥が二つ浮かび上がり、それは突然ノアとワースに襲いかかった。
「くっ!」
「ちぃっ、『サークルファン』」
ノアは大剣を盾のようにして泥を防ぎ、ワースはスキルを使い、杖を持っている手の先を起点にして回転させて泥を弾いた。
「泥攻撃って口から吐くだけかと思ってた」
「同感だ」
「昨日やったときはそんなことしなかったのに」
「まったくだ。こっちはぽるんが使えない上に得意の水属性付与攻撃ができないというのになっ!」
「本当につきあわせちゃって悪いな」
「そのくらい構わないけどな」
ワースとノアは互いに愚痴を言いながら、その手は止めることなく攻撃していた。
ノアは相当の重量のはずの大剣を軽々と扱いマッドタスの甲羅を次々とひび割れさせていき、ワースは魔法を撃ちつつ『棒術』で杖を器用に操りマッドタスの脆弱になっている箇所を正確に打ち抜いていった。
気づけば、マッドタスのHPは1割を切っていた。ワースとノアの攻撃によりHPを削られ、ミドリとの組み合いによりスタミナを切らしていた。
「ミドリ、戻って」
ワースがそう言うと、ミドリは大きく後ろに跳び距離を取った。
「さて、『グランドバインド』」
ワースとマッドタスの足元に魔法陣が浮かび、ワースは杖を振り下ろした。それがトリガーとなり、地面から鎖が現れマッドタスの体を地面に縛り付けた。マッドタスは抵抗しようとしたが、受けたダメージとスタミナ切れによりすぐに動けなくなった。
「そして、マッドタス。痛めつけて悪かったな。『マッドボール』」
ワースは泥の塊を魔法で生み出し、マッドタスに軽く投げつけた。
投げつけられた泥はマッドタスの口元に当たり、マッドタスはその泥を食った。
「もしゃもしゃ」
HPを削られ、あまつさえ体を縛り付けられているという状況にも関わらず、マッドタスは一心不乱に泥を食べていた。ワースはその様子に安堵を覚え、マッドタスに近付き、杖を持っていない右手をマッドタスの額へ翳した。
「マッドタス、俺のペットになってくれ!『テイム』!」
白い光がワースとマッドタスを包み込んだ。
光は一瞬にして消え去り、そこには顔をうつむかせたワースと暴れるマッドタスがいた。
「ワース!」
ノアはマッドタスの様子を見てテイムに失敗したと悟った。ノアは項垂れたままのワースを揺り動かした。
「ノア?」
「まだ終わってないだろ?何項垂れているんだ!」
ノアの言葉にワースは難しげな表情を浮かべた。
「後何かが足りないんだ。アイツは俺に何かを求めているはずなんだ」
ワースは今の何が足りなかったか考えた。
(マッドタスの好物は泥で、例えどんな状況でも泥を投げつけられたら泥を食べるほどの泥ジャンキーなんだよな。なのになぜ俺の『マッドボール』を食べてもテイムできなかったんだろう。テイムできる条件として、抵抗できないくらいに体力を減らし友好を示すことは出来ているはずなのに、なぜ……)
「ワース!もう少しで『グラインドバインド』の効果が切れるぞ!」
(後少しで何かがわかる気がする。マッドタスをテイム出来るだけの何かが……!)
「あっ!」
ノアが思わず上げた声にワースが顔を上げると、そこには『グランドバインド』の鎖を引きちぎったマッドタスがいた。引きちぎられた鎖がじゃらりと粉々に砕け散り、引きちぎった張本人のマッドタスは目をぎらぎらと輝かせ体力が限界に近いながらも堂々とした佇まいで体を起こしていた。
マッドタスの欲望に満ちた目を見て、ワースの脳裏にひとつの考えが浮かんだ。
「これなら、いけるかもしれない……!」
今にも死力を尽くして襲いかかろうとするマッドタスを前に、ワースは臆することなく立ち、魔法を発動させる。
「『マッドボール』……そして、『魔力装填』!」
ワースの手に泥の塊が現れ、それはすぐさま青い光に覆われた。
「ほら、食ってみろ」
ワースは魔力を内包した泥をマッドタスに投げつけた。マッドタスは顔に喜色をにじませながら泥を食った。
「それじゃあ、『テイム』!」
先ほどと同じ白い光がワースとマッドタスを包み込んだ。ワースは光に目を細めながらマッドタスを見ると、さきほどテイムを仕掛けた時よりも一層表情が柔らかくなっているように思えた。
そして
『ワースはマッドタスを『テイム』することに成功しました。マッドタスはワースのペットになりパーティに入ります。マッドタスに名前をつけますか? YES/NO』
ワースの目の前にテイムに成功したことを告げるウインドウが現れた。ワースは迷うことなく『YES』を押した。
「よろしくな、どろろ」
ワースのその言葉にマッドタス:どろろはこくんと頷いた。
「テイムに成功したんだね」
ワースがどろろを撫でている様子に、ノアはワースの努力が実ったことを実感した。
「あぁ、どろろだ」
「へぇ……」
ノアは気持ちよさそうにワースに撫でられているどろろを見ながら、ついさっきまで戦った様子と比較してしまった。昨日の敵が今日の味方になったような気がした。
ワースがどろろを撫でていると、ワースの後ろからミドリが頭をゴリゴリ押し付けてきた。
「なんだよ、ミドリ。お前も撫でて欲しいのか?」
ワースの言葉にミドリはぶんぶんと頭を縦に振った。
「わかったわかった」
ワースは空いている方の手でミドリの頭をすりすりと撫でた。強すぎず、それでいて弱すぎないミドリにとってちょうどのよい強さで撫でた。
ミドリは撫でられることが気持ちいいらしく、顔を綻ばせた。
亀二匹がワースのよって至福の表情を浮かべている様子を見て、ノアはなんともいえない表情を浮かべた。
「なんだかな・・・」
ノアは『召喚術』を使い、ぽるんを召喚した。
「羨ましくなんかないんだけど……な」
ノアはぽるんの体をつんつんつついて、ワースの戯れが済むまでぽるんで遊ぶことにした。
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しばらくして。
「この辺りでフラグフロッグって出るんだよな」
「ミリーさんが言っていたからね」
ミドリとどろろを連れたワースと、ぽるんを連れたままのノアは、ミリーの依頼の品であるテフォル湿地帯のユニークモンスター:フラグフロッグを求めて水辺を歩いていた。
通常モンスターであるマッドタスはわらわらと現れるのだが、如何せん出現率の低いユニークモンスターであるフラグフロッグはまだ見つけることは出来なかった。
「なぁ、どろろ。フラグフロッグがどこにいるかわかったりする?」
ワースが何気なく言うと、どろろは首を使ってある一方向に向けて指し示した。
「ぎゃあご」
「えっ……まじで?」
「ぎゃあぎゃあ」
ワースとノアは半信半疑のままどろろの示した方向へ向かって足を運んだ。
背の高い草をかき分けて、少し開けた場所へ出ると、そこには紅白の大きなカエルが横たわり片手で頭を支えもう片方の手でお腹をポリポリと掻いていた。
「まじでいたか……」
「まさかそんなことあるわけないと思ってたんだけど……」
二人はまさかの状況にぽかーんと口を開け、どろろはご満悦といった表情をしていた。
「まぁ、気を取り直してっと」
「さっさとやっちゃうか」
ノアは背中の大剣の柄を手に取り、ワースは杖を構えた。
「それじゃあ、行くぞ! 『ロックストライク』!」
ワースの足元に魔法陣が浮かび上がり、ワースの杖からとんがった岩が飛び出してフラグフロッグの腹に突き刺さった。
「げこっ!」
フラグフラッグはいきなり突き刺さった岩に驚き飛び上がった。
「せやっ!」
ノアはフラグフロッグ目掛けて走り寄り、大剣を振り下ろした。
「げげっこ!」
フラグフラッグは迫り来る大剣を軽々と躱し、ノアから距離を取った。そして1本の指を突き出しくいくいっと折り曲げた。カエルのくせに一丁前に挑発をしていた。脇腹に岩が刺さっているのにも関わらず。
「うわーむかつくわー」
ノアは半分やる気を失いながら、大剣を左袈裟に振り下ろした。
「『スラッシュ』!」
再び襲いかかる大剣の攻撃を、フラグフラッグは紙一重で躱しながら右手の拳をアッパーのようにノアの腹にぶつけた。
「ぐっ」
軽い感じで振るわれた拳は、ノアの体を浮かした。ノアは痛みに顔をしかめながら自分のHPを見ると先程まで全開だったのが2割無くなっていた。
「コイツは……強い!」
ノアが思わずつぶやくと、フラグフラッグの体はいきなり鎖に囚われ地面に押さえ付けられた。そこへミドリとどろろが走り寄って来て噛み付き攻撃を加えていく。
「へっ?」
ノアが思わず後ろを振り向くと、ワースが走ってきているところだった。
「ミドリ、どろろ。存分にやっちゃって」
「きゅーい」
「ぎゃあごご」
ワースの言葉に、ミドリとどろろは一層激しくフラグフロッグを痛めつけた。
そして、『グランドバインド』が解ける頃には……
「げっっげっごーーー!!!」
フラグフロッグはHPを全て削られ光となって消え去った。
「ご愁傷さま」
そんな状況を作り出した張本人は杖を地面に突き立てて両手を合わせて、無念なカエルを悼んだ。




