19話 青年はデュエルする
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「だから、あれは事故だったんだ」
「へぇ……てっきりワースの亀好き症候群が発症してミドリを襲ってたのだと思ったよ」
「んな訳あるかって。なんで俺がミドリを襲わなきゃなんないんだよ」
「えっ? いつもしてるんじゃないの?」
「違うって。亀に対して欲情したことなんて一度もないぞ!」
「へぇ~」
「なんだその疑いの目は」
「別にー」
そんなやりとりをしながらワースとノアは宿屋を出た。
「ワース、一つ頼み事がある」
ノアが先を行くワースにそれまでとは違った、至極真剣な声色で言葉を放った。
「なんだ?」
ノアの真剣な様子にワースは振り向き、姿勢を正した。
「俺と、デュエルしてくれないか?」
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デュエル。またの名を決闘やPvPといい、有り体にいえばプレーヤー同士が戦うことだ。このデュエルにはいくつかモードがあり、ウェスタンスタイル・ハーフスタイル・フルスタイルの3つだ。ウェスタンスタイルとは、先に相手に一撃を入れた方が勝ちというデュエルだ。この時の一撃とは、クリーンヒットさせた攻撃のことで、ガードされたり掠ったりした攻撃は認められない。また、状態異常を引き起こしたりする補助攻撃も当てはまらない。
ハーフスタイルとは、相手のHPの半分まで削った方が勝ちというデュエルだ。ウェスタンスタイルと違い、純粋な攻撃だけでなく状態異常攻撃といった搦手も重要になってくるのが特徴だ。
フルスタイルは、相手のHP全てを削った方が勝ちというデュエルで、ハーフスタイルより長期決戦となり戦いの全体を見渡せるだけの能力とスタミナが必要とされる戦いだ。
デュエルでは、基本的にアイテムの使用はできない。使用できるのは、武器・防具、そしてペットだけだ。
デュエルで消耗したHP・武器や防具の耐久値などは決闘を始める前の状態まで戻される。
デュエルでは、何かを賭けるということが可能で、デュエルを始める前にアイテムや金を賭けることができる。ただしこの時アイテムにおいてレア度が1~5しか賭けることができない。
「デュエルのルールは?」
「フルスタイルで。もちろんペットもありだから、俺とぽるんVSワースとミドリの戦いになるな」
「そうだな、それなら俺は十二分に戦えるしな。さすがに身一つでってなると、無理があるからな」
ノアとワースはテフォルニアの街の中の少し開けたスペースへ移動した。
ノアはメニューを操作し、ワースに決闘を申し込んだ。
ワースはそれを承諾し、手元の杖を一回転させて地面に突き立てた。
互いの視界の上部にカウントダウンの数字が浮かんだ。
「それで、何か賭けようか」
「ノアは何を賭けるつもりだ?」
「俺は……そうだね、俺が勝ったら今日は俺の用事に付き合ってもらうよ」
「なるほどな……それなら俺もだ。俺が勝ったら今日一日マッドタスをテイムするのに付き合ってもらうぞ」
「OK、それでは」
ノアはワースから距離を取り背中から赤銅色に光る大剣を引き抜き、中段に構えた。
対するワースは杖を地面に突き立てたまま、体を半身にし、その前をミドリがガードするように立った。
カウントダウンが10を示した。
「ワース、全力で行くからな」
8
「もちろんだ」
6
「きゅーい」
5
二人の間に静寂が訪れ、緊張の糸が走った。
4
3
2
1
0
『デュエルスタート』
「『召喚』!」
「ミドリ! 『防御力上昇』!」
開始の合図と共にノアは瞬時にぽるんを召喚し大剣を軽く振り上げて突進し、ワースはミドリに付与術を施した。ミドリは決意を瞳に灯らせ、スキルを発動した。
『シェルアーマー』
突進中の間、自身のSTR・VITを上昇させるスキル。
ミドリはこれを使用しながら大剣を振り上げるノアへ突進した。
「うらああああ!」
ノアの大剣とミドリの甲羅が激突し、金属と金属がぶつかり合うような甲高い音を立てながら火花を散らした。
衝突と共に互いにノックバックが発生し、ノアとミドリは弾かれるようにして後退した。
その合間を縫うようにしてワースは魔法を打ち込んだ。
「『ロックストライク』!」
それを確認したノアは浮いていた大剣を掴み直しスキルを発動させる。
「『マナブレイド』!」
『マナブレイド』とは、『魔力運用』メリットと『大剣』などの剣を用いるメリットを両方レベル10まで上げていることにより使用可能となるスキルである。『マナブレイド』は剣に魔力を纏わせるスキルで、これにより剣に魔法耐性を付与させ、魔法を斬ったり跳ね返したりすることができるようになる。この効果は『魔力運用』と剣メリットのレベルが両方高いほど効果は強くなる。
ノアは魔力を纏わせた大剣で真っ直ぐ飛んでくる『ロックストライク』を軽く弾いた。
「なっ」
ワースはまさか魔法を弾かれるとは思っておらず、声を漏らした。
ワースが動揺した隙に、ノアはぽるんに指令する。
「ぽるん、プレーヤーに『接近』、『攻撃回避』しつつ、『水属性魔法』を放て!」
ぽるんはくるくる回転しながらワースに近付き、『ウォーターボール』を放った。
「『キューストライク』!」
ワースはウォーターボールを避けながら、ぽるん目掛けて攻撃を仕掛ける。
「きゅー!」
ミドリはノアを見据えながら、体に力を込めて突進をしていく。それをノアは大剣でいなすようにガードしつつ、隙を狙って大剣を振り下ろす。互いにHPを削りつつより大きなダメージが与えられるよう攻撃を続けた。
そういったぶつかり合いを幾度と繰り返し、ミドリはふいに突進を止めた。対するノアはこれ幸いと大剣で切り掛ろうと思ったが、危機感を感じ、距離をとった状態で足を止めた。
ノアはミドリがノアの動きを見てそれに合わせてカウンターするように思えた。そのため、ワースに攻撃を仕掛けたいところをグッと抑えて、立ちはだかるミドリの一挙一足を見極めようとした。大剣を中段に構えどの攻撃が来ても対応できるように肩の力を抜いた。
ミドリとノアの間に風が吹き、沈黙が支配していた。一方のワースとぽるんは、相手の攻撃を躱しつつ攻撃するというずいぶんと騒がしい状況だった。
そして、ミドリが動いた。
体全体の力を解き放ち、『シェルアーマー』を発動させ、ノアに向かって飛び込んだ。
ミドリが動くと共にノアは大剣を軽く左上に振り上げ、スキルを発動した。
「『ウェーブインパクト』!」
スキル名を発すると共に、ノアの持つ大剣が青白く発光し、スキルアシストにより最高速度まで一気に加速され、振り降ろされた。
ミドリの突進とノアの大剣が再び衝突した。激しいエフェクトを放ちながら、ミドリとノアは己の力を賭して相手に攻撃しようとぶつかり合う。
しかし、それはわずかの時間で均衡が崩れた。
ノアの大剣がミドリの体を吹き飛ばしたのだった。
ミドリの体は少し遠くで戦っていたワースの目の前まで吹き飛ばされた。
「ミドリ!」
ワースは鬱陶しくまとわりつくぽるんに土属性魔法を放ち、倒れているミドリに駆け寄った。膝をつき、杖を持ったままミドリの体を抱き起こした。見れば、ミドリのHPは1割を切っていた。
「きゅきゅいっ」
ミドリは傷つきながらもその目に闘志の炎は消えていなかった。
ワースはミドリを優しく撫で、ふらりと立ち上がった。口元は噛み締められ、顔には苦悶の表情が浮かべられていた。
「いくらゲームであろうとも、こういうふうにしてミドリが倒れているのを見ると、なんだか怒りが込み上げてくるんだよ。まったく身勝手なことにな」
ワースは杖をバトン競技のようにくるくると回転させた後、ビシッと前に突き出した。
「さて、出し惜しみなしで行くぞ!」
対するノアは不敵な笑みを浮かべた。
「俺はワースの本気が知りたい。しばらくは背中を預けるわけなんだし」
ノアは声高らかに挑発する。
「受け止めてみろよ」
ワースはミドリを置いて、ノアの方へ歩きだした。
「さすがに戦士に魔法使いがタイマン張ろうとするのは無謀じゃないか?」
「いや、そうでもないよ。ここから俺は全力を出すんだからな、『口頭詠唱』」
ワースはスキルを発動させた。
『口頭詠唱』というキーワード。これはワースが新たに取得したメリット『詠唱』の初期スキルである。
これの効果は、本来魔法とは魔法名を唱え待機時間をおいて魔法が発動されるが、各魔法ごとに指定された文言を一字一句間違うことなしに唱えることによって待機時間をおかずに魔法を発動させることができる。これのメリットは魔法発動の待機時間を無くすことにより魔法を準備しながら動けるということだ。一方デメリットは、一字一句文言を唱えなくてはならず、またそれを完全に暗記している必要があるため、戦闘中に使用するのが困難であることだ。
ワースは『詠唱』メリットを取ってまだ日が浅く、『口頭詠唱』を人前で使ったことはない。今回が初めての実戦での使用となる。
「土を司る精霊よ、我に力を貸したまえ」
ワースが唐突に文言を唱え始めたのを見て、ノアはよくわからなかったが危機感を感じた。
「『グランドスラッシュ』!」
ノアの振り回した大剣を、ワースは紙一重で躱した。
「岩には貫き通す意味を、我には不屈の闘志を、」
「ちっ!」
ノアは大剣を引き戻し、ワースに突進し大剣を体ごと当てようとした。
「敵には絶望という衝撃を、与えたまえ」
ワースは『キューストライク』を発動させた杖で的確にノアの体を刺し、攻撃をそらした。
「ここに魔法を顕現せよ、『ロックストライク』!」
ワースの杖の先から先端が鋭く尖った岩が放たれ、先に『棒術』により体勢を崩されていたノアの頭にぶち当たった。
「ぐわっ」
ノアはそのまま仰け反り、仰向けに倒れた。HPはクリティカルポイントに当たった今の攻撃で残り1割になっていた。対するワースの残りHPは8割だった。
ワースは倒れているノアへ近寄り、喉元に杖を当てた。
「これで、俺の勝ちだ。『ショット』」
そして、ポリゴンが砕ける音が辺りに響いた。
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「いてて……」
「大丈夫か? いくらHPを削りきるためとはいえ、最後の攻撃は悪かったな」
「いや、いいって」
ワースとノアは先程デュエルを行なったところで、座り込んでいた。
「いや……あんな切り札を持ってるとは思わなかったよ」
「まぁな、切り札っていうか、実戦で使うのは今回が初めてだからな。不安定すぎて切り札と言えるか微妙なところだ」
「魔法準備しながら移動するとか反則気味だろ……で、あれは何だったんだ?」
「『詠唱』っていうメリットの初期スキルだ。魔法待機時間をなくせるのは凄いけど、別に威力は上がらないし普段より魔法発動に時間かかるし、なにより文言唱えるのが辛い」
「へぇ……」
二人が話し始めたところに、一人のプレーヤーが二人の前に立った。髪は目に焼き付くほどのピンクブロンドのショートボブ、瞳は髪と同じくピンクに輝き、服はなぜか臍が見えるくらい短めのシャツだった。手にはなぜか黄色いサングラスが握られていて、戦闘を行えるような格好ではなかった。
「やぁ、少年達。なかなか面白いモノを見せてもらったよ。君達はなかなか個性があって素晴らしいね。戦闘力も申し分ないし、何よりこちらの少年はユニークモンスターのグリーンタートルをテイムしている。かたや、そちらの少年は大剣使いながら召喚獣を使役している。なかなか面白いと思うよ。そして君達の姿はリアルのままなのかな? なかなかいいじゃない。僕好みだね。
そんな君達に一つ頼み事があるんだ。もちろん礼はちゃんとするよ。なによりこれはビジネスといってもいい。ちゃんと釣り合っただけの礼を払おう。どうかね?
おおっと、僕としたことがまだ名前を言っていなかったようだね。僕の名前はミリアルド・フラミンゴヘルメット。僕を知っている人からは桃髪ミリーって呼ばれているから、君達もミリーと呼んでくれるといいかな。強制する気はないから、別に好きに呼んでくれて構わないからね。それでどうだい? 頼み事を聞いてくれるかい?」
ミリーの長々としたセリフを聞いて、ワースとノアは「はぁ」と頷いた。
二人は意外な展開でミリーと出会った。
ようやくミリーを登場させることができました。オリキャラ企画でモチゴメさんより頂いたミリーです。




