17話 青年は湿地帯に訪れる
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ワースの持つメリット『テイム』。このメリットはモンスターをテイムしペットにするスキル『テイム』や、ペットの調子を見るスキル『様子見』などを身につけることができる。テイマーにとっては必要不可欠なメリットだ。
しかし、このメリットによって習得できるスキルのほとんどがLUCとDEXの値に依存する。一番初めのスキル『テイム』はLUCに依存し、初期のステータスではほとんど効果を発揮することができない。予測ではLUCが50以上になってからようやくテイムがまともに効果を発揮し始めると言われている。戦闘に直接関わってくるわけでないLUCを上げる酔狂なものはほとんどいなく(一部のプレーヤー達はレベルアップの度にLUCに可能な限りSPを振っていたりするのだが)、『テイム』を初めから手に入れたプレーヤーは少なかった。βテストで我こそはテイマーと思った人もしばらく様子見して全体的なステータスが上がってからと思っているようだった。
また、このスキルはリアルラックにも依存し、いくらLUCが高いからといって毎回毎回成功するようになるわけでない。βテストではほとんど解明されることなかったが、今現在ではプレーヤーの行動もテイムの成功に関わってくるようだという意見が出ている。一番効果的だとされている行動は、対象のモンスターを弱らせることだ。どうやら自分の方が上だと思わせることが重要らしい。後は餌付けも有効らしい。
現在テイムに成功したプレーヤーはワースを含め、20人に満たない。βテストの時は1週間という期間の中わずか2人だけだったのだから、それから比べれば快挙である。一方で、ユニークモンスターを無事にテイムできたのはワースともう一人だけだ。もっともβテストで『テイム』を様子見したプレーヤーは数多くいるのだが、この数の少なさはテイムの難しさを物語っている。
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マッドタスがワース達目掛けて突進してきた。
亀と言えば鈍重だと思われがちだが、意外にも亀は足が速い。
ざっざっと音を立てながらマッドタスは接近してくる。
「とりあえず俺が大剣で受け止めるから、ワースは魔法で……」
ノアが突進を受け止めるべく大剣を中段に構えている前をワースが目にも止まらぬスピードで駆け抜けていった。
「亀だあああああああああああああああああああああああああ!」
ワースは両手を広げながら驚異的な跳躍力を発揮し、マッドタスへダイブした。
「!!!」
ぐしゃっ べちゃり
ダイブしたワースは、突進中のマッドタスに当然のように撥ね飛ばされゴミのように地面に転がった。
「ちょっ、ワース!」
突然障害物が現れ立ち止まったマッドタスを尻目にノアは屍のようになっているワースへ駆け寄った。
「…………」
ワースは地面に突っ伏したまま倒れていた。
その横ではミドリが顔でつついていた。
「きゅっ、きゅーい」
ミドリの鳴き声がノアには『ふん、バーカ』と言っているように聞こえた。
マッドタスは一瞬呆れるような視線をワースへ向けた後で、突進を再び始めた。
ノアは未だに突っ伏したままのワースを庇うように立ち、大剣を構えた。
「まったく、こんなの俺らしくないんだけどな」
ノアの召喚獣のぽるんはマッドタスに隙を見て水魔法『ウォーターボール』を放っている。
しかし、当のマッドタスは意にも介さずにワースの方へ突進してきた。周りの泥を盛大に撥ね散らかすようにしてその巨体を生かして重量級の攻撃をかましてきた。
ぎんっ、と硬質な音を立ててマッドタスとノアの大剣がぶつかり合う。
マッドタスの泥の体は金属と比べ明らかに柔らかいが、その重量はノアの大剣をみしりみしりと押しのけていく。
ノアのSTRもそれなりに高く大剣と相まって鍔迫り合いで負けることは無いはずだが、如何せんマッドタスの突進の方が強く、ノアはどんどん押し込まれていった。
「くっ……ワース、早く!」
ノアの切羽詰った声が響く。防御力の高いモンスターに対して物理攻撃よりも魔法攻撃の方がダメージが通る。
倒すにしてもワースが『テイム』するにしても大方HPを削ることには変わりない。
だからこそノアは早くワースが魔法を撃ってHPを削ることを願った。
「きゅーい」
ノアの隣でミドリがマッドタスに突進することでマッドタスの動きを止めた。
「ミドリ、ありがとう」
「きゅっぷい」
そんなミドリの後ろでゆっくりワースが立ち上がる。残りHPは1割。魔法使いの低いVITのせいでHP全損しなかったことが奇跡に近い。HPをそこまで削られるダメージを受けたワースは当然それ相応の痛みを感じている。それこそ体を動かしたくなくなるほどの。MMOでは痛覚を半分ほど抑えているが、トラックに撥ねられたのと同じだけの行為をしたためその痛みは尋常ではない。
それでも、ワースは立ち上がった。
一つの思いを達成すべく、無理やり体を動かす。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ワースは杖を地面に突き刺し上体を完全に起こし魔法を発動させる。
「『グランドバインド』!」
マッドタスの周りから突如として鎖がいくつも現れ、マッドタスの体を拘束した。
『グランドバインド』とは土属性魔法で、敵の体を魔法で生み出した鎖で拘束し継続ダメージを与える魔法だ。この魔法で作られた鎖には耐久値が存在し、耐久値が切れることで効果がなくなる。対象が暴れることで耐久値が減少するため、長い時間の拘束は出来ない。せいぜい30秒持てばいいほうである。
マッドタスが拘束されたことを確認し、ノアは後ろへ飛び下がった。ミドリも同じように下がった。
ワースはふらふらと歩き、マッドタスの目の前に立った。
「ワース!」
ノアが普段の様子からは想像できないほど顔をしかめ、ワースの名前を叫んだ。
ワースのHPはあと1割しかない。魔法使いなのだから後ろから攻撃するのが当たり前なのに、なぜワースは敵の目の前に立つのだろうか。いくら拘束されているとはいえ、暴れているマッドタスの体がちょっとでもかすればあっという間にワースのHPは吹き飛ぶだろう。
ノアの目の前でワースはマッドタスと向かい合う。
「ぎゃあごぉおあ」
「わかってる、落ち着いて」
ワースがマッドタスの額を撫でる。ワースが伸ばした右手は光を帯びた。するとマッドタスは一旦動きを止めた。
しかし、マッドタスは再び暴れ出した。
ちょうどその時、『グランドバインド』の効果が切れマッドタスの体は自由になった。
「くそっ!」
ワースは大きく飛び下がり、マッドタスから離れた。
「ワース!」
「すまないな、心配かけたようだ」
「まったくだ、このまま死なれたら俺はこの場をどうすればいいんだよ。俺だけじゃこいつを倒せない。それで今のは……?」
「テイムしてみようとしたんだけど、失敗した。もう少し付き合ってもらってもいいか?」
「出来る限り、な。ほら、HPを回復しろって」
ノアはワースにポーションを投げ渡し、大剣を構えてマッドタスの攻撃を防ぐ。
「テイムしやすくするには、HPを削ればいいんだろ?」
「そうだ。とりあえず今は限界まで削る。それでもう一度試す」
「長引きそうだな。それでもやってやんよ」
傍らにいたミドリがマッドタスに噛み付き攻撃をしてマッドタスにダメージを与える。
ノアの召喚獣のぽるんは相変わらずマッドタスに『ウォーターボール』を浴びせていた。
ワースは杖を前に構えて、魔法を紡ぎ出す。
「『ロックストライク』!」
鋭く切り出された岩がマッドタスの甲羅へ突き刺さる。
「うぉおお!『グランドスラッシュ』!」
ノアが振り下ろした大剣がマッドタスの甲羅に衝撃を与えHPを削る。
「もう少し……!」
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「これで……」
息も絶え絶えなマッドタスを前にワースは杖を振り上げた。
「『グランドバインド』!」
地面から生えてきた鎖に縛り付けられたマッドタスを前に、ワースは今度こそマッドタスの額をぽんぽんと叩いた。
「仲間になってくれないか?」
ワースの手が光に覆われ、スキル『テイム』が発動した。
しかし
「これでもダメか……」
ワースはポツリ呟いた。
「えっ?」
ノアが疑問の声を上げると同時にマッドタスは最後の力を振り絞るようにして暴れ始めた。
「これ以上はいくらやっても無駄だ。倒すぞ」
ノアはワースの言葉に、ワースの顔を見た。
ワースの顔には一種の決意が現れていた。自分の身勝手につきあわせたことの謝罪の決意が。
「悪かったな、マッドタス。『キューストライク』」
ワースが杖を器用に操り、マッドタスの額を穿った。
「がぁああ……」
悲しそうな声を上げてマッドタスは光となって消えた。
「ミドリの時は一発だったけど、さすがにそうはいかないよな」
ワースはポツリと言った。
「ノア、俺のことに付き合わせて悪かったな」
「いいや、ワースがしたいなら勝手にすればいい。俺は好き好んで手伝っただけだ」
「そうか、悪いんだけどもう少し付き合ってもらっていいか? 今度は無理はしないから」
「どうぞ気が済むまで。まぁ、失敗しても経験値になるんだし。損はないさ」
ワースは意を決するようにして杖を振り上げた。
「絶対にマッドタスをテイムしてやる」
そしてその後、計5匹のマッドタスと戦ったが、どれもテイムすることはできなかった。
二人は回復アイテムが尽きるのを見計らって、街に戻ることにした。
 




