10話 青年は岩山で世界を一望する
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ワースはサトコの店を出てミドリに話しかけた。
「せっかく装備を一新したんだし、ちょっと戦ってくるか?」
ワースのその言葉にミドリはこくんと頷き返す。その様子にワースは思わず呟いた。
「本当にミドリには俺の言葉はわかっているんだろうか? わかってたら、凄いよな……」
ワースがそう呟くと、ぼんと音を立ててピンク色の妖精が現れた。
「呼ばれた気がしたのでバーストリンクしてきたよ!」
「10年前のネタ言われても困るわ!」
「おぅおぅ、久しぶりにあったというのにツッコミが冴え渡っているねー」
「やかましい、なんだ『ぴくりん』、何か用か?」
「んー、頑張っている君に一つ教えておきたいことがあってね」
「ん?」
「君がさっき言った疑問についてだよ、ペットにプレーヤーの言うことはどこまでわかっているのかって話さ。モンスターのAIは基本的に同じでレベルが低いところだと大したことはない。まだ自己成長機能が完全な形じゃないし、そもそもプレーヤーの言葉を理解しないし。だけど、ペットになるとそうじゃなくなる。そのミドリちゃんだったら大体3歳児ぐらいの知能を持ったAIが与えられる。もちろん、体の動かし方とか技とかは当たり前に使えるようにはなっている。自己成長機能があるから、プレーヤーが言葉を教えたりすると覚えたりするようになるんだ。それこそ頑張れば現実のものより頭良くなるかもね」
「なるほど、つまり俺がいろいろ教えてあげたらそれに見合っただけ成長するという訳か」
「そう、手取り足取り教えてあげたら、あんなことやこんなことまでしてくれるようになるかもね。男の子の夢だね!」
「どこからどう突っ込めばいいのやら……」
「突っ込む? ナニを?」
「帰れ! 下ネタ言うのなら」
「やーん、いけずぅ」
「はぁ、話はよくわかった」
「うん、説明もしたし、私帰るね」
そう言うなり、ぴくりんは光を放ちながら消えた。
「……まぁ、いいや」
ワースは深く考えることを止めた。これ以上考えていたところで何も解決しないからだ。
ワースはこの後どこで戦ってみるかについて考え始めた。そこまで大変でないところで、ブルーベイかレッドフォレストかブラウンマウンテンか……
「よし、ブラウンマウンテンに行くか」
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ブラウンマウンテンにて。
「『ロックストライク』!」
ワースの唱えた魔法がスモールゴーレムに当たり、スモールゴーレムのHPは0になった。
「おぉ、やっぱり戦いやすくなったな」
ワースは新たな装備を手に入れたことで格段に戦いやすくなったことを実感した。特に杖『オークロッド マリンカスタムver.1.04』の威力は凄いものとなっていた。ワースは『魔法使い』になったのと相乗で以前は何発か必要だったスモールゴーレムが一発で倒せるようになっていた。『棒術』の威力もあがり、スモールゴーレムを『棒術』で押せるようになっていた。また、メイジインディゴシリーズの防具のおかげで消費魔力が押さえられているのを実感できた。
レベルが上がったのと含めて、以前よりも格段に戦いやすくなっていた。ワースとミドリは出てくるスモールゴーレムとブラウンマウス(小型犬サイズの茶色のネズミ。そこそこすばしっこく体当たりで攻撃してくる)をばっさばっさと強化された魔法と『棒術』で倒していく。
おかげでワースとミドリはすでにブラウンマウンテンの頂上にいた。
「なんだかんだ、こんな場所まで来てしまったな」
ワースは呟いた。ゲームの中だからこそ息切れをすることなく山を登ることができている。ワースのいるところから見える景色は絶景だった。ワース/真価自身あまり山に行ったことはない。なぜなら山には亀を始めとした動物が少ないからだ。ピクニック気分で行けるような里山にはそれなりに行くのだが、こう殺風景な山には一度も登ったことはない。だからこそ目前に見える光景は新鮮だった。
ワースは立ち止まり、後ろを振り向いた。
周りにビルのような背の高い建物がないため辺り一面の景色が何かに阻まれることなく一望できた。今来た道の向こうに建物がいくつも連なっている始まりの街、その隣に広がる緑の草原と反対側には青い海、街の奥には所々赤い斑点が見える森が見えた。
「凄いな……」
ワースは思わず声を出してしまった。この光景がMMOというゲームの描画エンジンによるものだとしても、今見える光景は現実よりも“リアル”に見えた。
ワースは視界を反対側に向けた。これから歩く道が見え、その向こうの景色が見えた。
茶色の街が見え、その奥は霧がかってよく見えなかった。それは奥にある何かを隠しているかのように見えた。
ワースはしばらく景色を眺めていた。
ミドリがつんつんと突いたことによってやっと気付いたワースだった。
「すまない、つい見惚けていたよ。先に進むか」
その言葉にミドリはこくんと頷いた。
それからワースとミドリは少し歩いたところで、先に複数のプレーヤーが立ち止まっていることに気が付いた。重鎧を着たのが二人と軽鎧を着たのが一人、ローブを着たのが二人だった。
ワースが近付くと、5人は立ち止まりワースを見た。どうやらそのパーティの中に『索敵』メリットを持っている人がいたのだろう。『索敵』によって近付くモンスターやプレーヤーがわかる。ワースはいきなり振り向かれたことにびっくりした。
「何か用でもあるのか? 見たところ一人のようだが、もしかしてパーティが半壊したのか!?」
先頭を歩いていた重鎧の女が話し掛けてきた。どうやら彼女がこのパーティのリーダーのようだ。
「いえ、俺はソロです。ですからパーティが崩壊したとかそういうことはありません。俺はただMOB狩りしているだけです。何か問題でも?」
「魔法使いでソロ? 見たところあまり装備は堅そうじゃないな。そんな装備で大丈夫か?」
そう言ってきたのは軽鎧の男だった。
「大丈夫だ、問題ない。そもそも襲ってくる前に倒せばいい話だし、俺にはこいつがいるから」
と、ワースは傍らにいるミドリを指し示す。
「グリーンタートル……?もしかしてテイムしたの?ユニークモンスターを?」
ローブの女がそう聞いてきた。
「あぁ、こいつは俺がテイムした。なぁ、ミドリ」
ミドリは「うんうん」とでも言うように頭を縦に振った。
「聞いたことあるぞ。グリーンタートルをテイムした魔法使いの噂を。なんでもついこの間ゴブリンの森で『亀はいないのかぁ!』ってずっと叫んでいたというんだが、アンタかい?」
ローブの男は胡散臭いものを見るかのように言った。
「……たぶん」
「それであなたたちは何をしているのですか?」
ワースがそう言うと、重鎧の女リーダーはびしりと効果音でも出てくるかのように指を突き出しながら言った。
「私らはね、ここのボスを倒そうと思っているの。そう、この先のね」
ワースはその言葉を聞きながら、重鎧の女リーダーの後ろ側に看板が立っているのが見えた。
その看板には、この先ボス部屋となることが書かれてあった。
ワースは思わず口をぽかーんと開けてしまった。
「えっ、俺はもうボスのところまで来てたのか……」
 




