表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亀が好きすぎる魔法使い  作者: ひかるこうら
第4章 Opened Capital and Unbinded Seal
112/114

15話 「   」

 ■■■


 水龍にも見える“それ”は口元に水を湛え球状に丸める。圧縮に圧縮を重ねた水球は、その見た目からは想像もつかないほどの液体が込められていて、そこから放たれる水流は射線に入るもの全てを押し流すことだろう。


 ワース達は“それ”を前にして、じりじりと距離を取るように移動していく。いくら距離が離れているとはいえ、“それ”が放つ威圧は多少の距離を凌駕してワース達の体を縮こませる。“それ”が纏う雰囲気は、いくらゲームの中だとはいえ一歩でも気を抜けばゲームという枠組みを抜けて死を与えるのではないかという、明確な死の予感を与えた。


「pspl慕b 汚除hフォ餌pnpnf;Ⅰ」


 “それ”は唸り声のような音を立てる。言葉のようにも聞こえるが、耳に入ってくる音は意味を為しておらず何をしゃべっているのか見当もつかなかった。

 そして、水弾は唸り声の終わりと共にまっすぐ湖辺へ撃ち放たれた。


 水属性の竜系モンスターが放つ攻撃にウォーターブレスというのがある。口元に集めた水をビーム状に放出する攻撃だ。“それ”が放とうとしている攻撃もそれと近似している。今までワースは何度かウォーターブレスを目の当たりにしたことがある。紙防御の魔法職であるワースがそれを喰らえば呆気なくHPが尽きてしまうが、ちゃんと耐性を付け防御に専念したプレーヤーであれば耐えられることは知っていた。例えそれがボスクラスのものであったとしても。


 しかし、ワースは目の前の光景に驚愕せざるを得なかった。

 “それ”のウォーターブレスはワース達のいる場所と“それ”のちょうど中間地点を横薙ぎするように放たれた。そこにあったはずの地面は消滅し、下にあったのだろうと思われる地層がむき出しになり、所々ポリゴン状に描画が途切れたオブジェクトが散見された。いくらボスクラスのモンスターとはいえ、地形を侵入不可能なほどまで破壊するものはいなかった。それができてしまうということは、つまり目の前の“それ”がイレギュラーな存在であることを示していた。


「yctgpqpcjc [suidano女王];Ⅱ」


 “それ”の放つ音がフィールド一帯に響く。ワースは自身の足が竦んで動けないことを知った。動きたくとも恐怖の余り動けない、それはワースだけでなく他のメンバーも同じだった。


「ねぇ、こ、これってなんなのかなぁ!?」

「わからない。わからないぃ……」

「あー恐怖が一回りして逆に怖くなくなったような……」

「……」


 ただレインドラゴを狩りに来ただけなのに、なぜこんな目に遭うのか。

 もしも、あのウォーターブレスが自分たちに直接襲い掛かっていたら、そう考えるといくら死んでも生き返れるゲームの中であるとはいえ恐怖に支配される。


「v堕d, kゥhkxvh. zdjd[superbia]qrpdhql;Ⅲ」


 “それ”は爛々と輝き始めた赤い瞳でワース達を舐めるように見詰める。まるで蛇に睨まれた蛙のようにワース達は身じろぎひとつ取れなくなった。

 見詰められることわずかな時間であったが、ワース達には永劫にも等しかった。


 “それ”はぺろりと舌なめずりすると、再度口元に水弾を作り始めた。今度はワース達へ当てる、とその目は訴えていた。





「   」


 音無き音が響き渡る。

 ワース達の目の前に見覚えのある影が浮かび上がり、ワース達の体を縛り付けていた恐怖の鎖が解かれる。


「いつもニコニコあなたの隣に這いよるナビゲート、ぴくりんだよぉー!」


 MMOのナビゲートピクシーであるぴくりんがそこにいた。相変わらず手のひらサイズの姿に、派手派手なピンク色をした服を身に纏っていた。ゲームの初めの頃はお世話になったが、次第に存在を忘れ去られた可哀想な妖精である。


「やぁやぁ、こんなことに巻き込んでごめんねー とりあえず君たちを始まりの街に送るよ。いいね?」

「ちょっと、なんでナビゲートピクシーが?」

「そもそもこれはどういうことなんだ?」

「質問は後、後。あんまり余裕がないから後でね、ちゃちゃっと君たちの安全を確保するよー」


 ぴくりんがそう告げると、ワース達の足元に一際青い魔法陣が浮かび上がる。その魔法陣はプレーヤーは使えないもので、効果は転移。


「それじゃ、また後でー」

「ちょ、まt」






「ふぅ、まったくいきなりこんなことになるなんて」


 ぴくりんは独り言ちる。


「pnbfib, 於保jn歩ぺb?;Ⅰ」

「そんな風に言われたって答える気はないんだけどね、一応答えてあげるよ」


 ぴくりんは妖精の姿には似つかないニヒルな笑みを浮かべる。


「僕の名はぴくりん。この世界(MMO)の案内人(ナビゲーター)にして調整役(バランサー)。そんな僕が君の相手してあげるよ!」





 ■■■


 某所。


「まったく、どうなってんの!?」


 一人の女が金切り声を上げながらモニターを食い入るように睨み付けていた。


「それが今のところ情報が錯綜していて。対処に当たっていますが、原因についてはいまだ……」

「さっさと原因究明を急ぎなさい。これは緊急事態よ。予備人員もたたき起こしてことを収めなさい! それと、強制ログアウト措置も視野に入れておいて!」

「わかりました!」


 その女は慌ただしくなる部屋の中で、モニターを操作し情報取集に専念する。


「エリアNF2で一件。まだ活性化したばかりね……エリアSF2ですでに自我を一部生成し、大規模なエリア破壊ですって。えっと、プレーヤーを退避させたようね、よかった……む、エリアTNで小規模な活性化。これは対策チームが向かっているようね」


 女は自らが管理する世界で起きている異変を総ざらい確認していく。本来ならば起こり得なかったはずの事態が進行いていく状況に歯噛みする他なかった。なにせ、この手の鎮静化は自らの専門分野ではなかった。


「すみません、突然のお電話で申し訳ありません……はい、はい。緊急事態でして……」

「いくつかの個体が暴走状態に入っていて……はい、はい。今すぐにでもお願いしたいのですが……」

「そうですか、そちらはそちらでそのような……はい。そちらが終わり次第こちらに……」


 何人かの職員が電話で応援を要請するが芳しくない。電話の向こう側もこちらと連動しているのか忙しい状況に追い込まれているようだった。


「これはまずいわね……緊急ログアウト措置しても対処療法にさえもならないかもしれない……」


 女は呟く。その予感が外れることを祈りながら、女は自分ができることをしに席を立った。






 ■■■


「鬼の活性化ね……これって結構やばいわね」


 夕闇の中、一人空港に降り立った女は手持ちの携帯端末に来ていたメールを読んで嘆息した。

 女は外国で仕事を終えた帰りだったのだが、メールが伝えていた状況はそんな自分にさらなる仕事を課した。


「そういえば、もう20年になるのね」


 女はするりと伸びた、少しくすんだ赤紫の髪をくしゃりと掴み、再び溜め息をつく。


「ごめんね、朱音。母さん、これからまた仕事なのよ」


 そう口元で囁きながら慣れた手つきで娘へのメールを作成する。


「おっと、それと一応付け加えておくかな。しばらく私が帰ってくるまではゲームしないでねって。たぶん守ってくれないだろうけど」


 メールをタップする手を止めないまま、その女はきょろきょろと辺りを見渡しタクシーを探す。


「っと、こんな感じかな。送信っと」


 ちょうどメールを娘へ送ったところで空きタクシーを見つけた女は、駆け足でタクシーの中へ滑り込んだ。


「すみません、新宿区のEW社前までお願いできるかしら」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ