13話 「一先ずこのフィールドを進みがてら戦力を確かめ合おうか」
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『雨降りの小路』。
レインルークとクライレイクを結ぶフィールドで、名前の通り雨が降り続けるフィールドである。出現するモンスターはそのフィールド名と合わせたもので、雨に関する様々なモンスターが登場する。蛙であったり、蝸牛であったり、水黽であったり。
このフィールドの床は泥濘のある土であるところと水溜りになっているところの2種類に分かれている。泥濘は場所によって深さが違い、場所によっては底なしの沼になっている。水溜りも同じく、一歩間違うとそのまま沈んでしまう池になっている。色が違っているため、よく見ていれば踏み外すことがないが、戦闘中に足元を注意するのは至難の業である。両脇にある侵入不可の森々は鬱蒼として雨雲が覆い尽くす空と相まって暗い印象を与える。そんな中、フィールドイメージが雨ということで設置されていると思しき紫陽花の花が目を和ませる。所々にある紫陽花、ここではハイドラブルームという名前の花からアイテムが採取できる。
ここの推奨レベルは40~60。ワース達からすれば格下なフィールドであるが、先ほど述べた地形であるため油断は許されなかった。
「一先ずこのフィールドを進みがてら戦力を確かめ合おうか」
「だね」
「そうね。こっちはそっちがどんな戦い方するかあまり知らないのと同じく、そっちもこっちがどんな感じかわからないものね」
「それでいい」
雨降る泥濘を物ともせずに一行は進む。索敵はノアが担当し、近づいて来たモンスターをみんなで着実に倒していくことになった。
レインルークから少し進み、そろそろかと思ったところでノアが片手を上げる。索敵範囲にモンスターの反応があったということだった。
「前方30メートルに6つ反応。識別は……っと。『ヒキコモマイマイ』3に『オカンマイマイ』3!」
ノアはそう言うなり、背中に吊るしてあった大剣の柄を手に取り、しゃらんと軽やかな音を鳴らしながら大剣を抜き放つ。それに合わせてワースは杖を、Yuは刀を抜き武器を構えた。エルリーンはというと、腰元に吊るしてあるナイフに手を当てて存在を確認した後、手をグーパーグーパーと開いたり閉じたりを繰り返し手を空けた状態で敵を迎え撃つ。
戦闘を歩く『ヒキコモマイマイ』とその後ろを追い立てるように進む『オカンマイマイ』。どちらもぱっと見は同じ蝸牛なのだが、『ヒキコモマイマイ』の方が『オカンマイマイ』に比べ大きさは小さいものの殻が大きく、『ヒキコモマイマイ』はグレーの殻を、『オカンマイマイ』はピンクの殻を背負っていた。追い立てられるようにして殻から頭を這い出して前へ進むその様はなんとも哀愁を誘う姿であるが、『ヒキコモマイマイ』はプレーヤーを見つけると一目散に突進しむしゃむしゃと齧り付き、そんな『ヒキコモマイマイ』へ攻撃すると今度はそれまで『ヒキコモマイマイ』にしか目が行っていなかった『オカンマイマイ』が顔を真っ赤にしてプレーヤーに突進し、時に粘液を飛ばしてくるようになるのだ。そうなると『ヒキコモマイマイ』の方は『オカンマイマイ』の背中に隠れるようにして殻に閉じこもるのだ。殻に篭った『ヒキコモマイマイ』は防御力が跳ね上がり生半可な攻撃が通用しなくなるのである。その上、『ヒキコモマイマイ』を放置しておくと、調子に乗って殻の中から毒状態付与の粘液を飛ばしてくるようになると厄介な性質を持っている。
回避力に自慢があるのなら『ヒキコモマイマイ』の攻撃を回避しながら先に『オカンマイマイ』を倒すようにすると楽に倒せる相手だが、ワース達はそんな面倒なことはせずに真正面から打ち砕くことを選んだ。ワース達のレベルならば『ヒキコモマイマイ』の殻ごとダメージが与えられるため問題なかった。
「『範囲攻撃増加』」
「おぉ、ワースは付与術士だったか」
「正確にはその上位職ですけどね、追加で『範囲遅延無効』」
「サンキュ、ワース。こっちも行くぞ、ぽるん、しずく」
「はいはいさー」
「わおぉん」
ワースの付与術がパーティメンバーに行き渡ったところで、エルリーンが前を見据え『ヒキコモマイマイ』との距離を計りながら両手を広げる。
「『スタンアロー』3つ!」
3本の黄色い光が集まりそれが矢の形になって、エルリーンの右手に現れた。それをエルリーンは指と指の間にそれぞれ一本ずつ握り、腕を引いて『ヒキコモマイマイ』へ投げつけた。
『魔矢使い』専用メリット『魔矢』のスキル『スタンアロー』。
そもそも『魔矢』は弓を必要としない投げ矢を扱うもので、魔力によって生み出された魔法の矢を敵に投げつけるという、魔法と弓矢の合いの子のようなものである。弓矢より飛距離は短く、魔法に比べて火力は低いという弱点はあるものの、基本属性はデフォルトで使用可能でその他状態異常系や所持する属性魔法によって強化される点から小回りの利く攻撃である。矢を消費せず魔力(MP)を消費することで使える点から費用対効果も見込める。弓を扱う『弓使い』を経由しなければ使えないことからこの職に就く者は多いとは言えないが、それでも戦術の広さや魔法を直接投げつけるというかっこよさから、エルリーンはこの職になってよかったと思っている。
「『水精霊の加護』、行くぞ!」
「がんばるよー」
「わおーん」
自己強化系の魔法を自らに施したノアは大剣を軽く持ち上げながら目の前に迫る『ヒキコモマイマイ』へ突進した。それに続くようにして召喚獣のぽるんとしずくも飛び出した。
「俺も行く」
Yuもエルリーンの『スタンアロー』で痺れている『ヒキコモマイマイ』目掛けて滑るように距離を詰めて行った。
「『アースシェイク』、そこ! 『マテリアルエッジ』」
「援護なのじゃ。『陽炎』」
ワースは後続の『オカンマイマイ』を足止めしようと局所的な地震を起こす魔法と、地面から鋭い岩を生み出す魔法を発動させた。それらは全て『オカンマイマイ』に直撃し、『ヒキコモマイマイ』へ駆け寄ろうとする足を止めることに成功した。
それと同時にましろの幻術が『オカンマイマイ』に掛かり、わずからながら動きが鈍くなった。
「「「ヤダーヤダーヤダー」」」
「静かにしなさいって」
喚く『ヒキコモマイマイ』を前に、エルリーンは軽やかな身のこなしで攻撃を避けながら『魔矢』を手に握り『ヒキコモマイマイ』の殻に覆われていない箇所へ次々と投げ付けた。エルリーンの『魔矢』は『ヒキコモマイマイ』の顔を着実に焼いていった。
「らあああああ!」
エルリーンが『魔矢』を投げつけた『ヒキコモマイマイ』目掛けて、ノアは大剣をまっすぐ振り下ろした。重量溢れる大剣が『ヒキコモマイマイ』の脳天をかち割り、その勢いはそれだけにとどまらず背中の殻に罅を入れさえるほどだった。この一撃はさすがに一撃必殺とはなり得なかったが、HPを大きく削る結果を導いた。大幅にHPを削られた『ヒキコモマイマイ』は後ろに下がり、隊列を乱した。
「前に出る! 『斬滑』!」
ノアが強引に突破した『ヒキコモマイマイ』をすり抜けるようにしてYuが移動系スキルを使って『ヒキコモマイマイ』の背後を取った。刀術と氷属性魔法の複合『斬滑』は滑るようにして直線上にいる敵を斬り付ける攻撃だ。攻撃の際に体は高速で滑るように進んでいくので、Yuは移動系スキルとして使っている。
『ヒキコモマイマイ』の背後へ移動したYuは、『ヒキコモマイマイ』をノアに任せて奥にいる『オカンマイマイ』へ刃を向けた。
「疾ッ!」
Yuが『オカンマイマイ』へ突撃するとほぼ同じくして、ベのむんも動いた。
「ぐばぁー」
普段のんびりとした姿からは想像もつかない俊敏な動きでべのむんはワースの許を離れ『ヒキコモマイマイ』に毒の爪で斬り付けていく。べのむんには毒の液体を掛ける攻撃手段もあったが、その身のこなしを殺さずに立ち回るためにあえて爪の攻撃を選んだ。
まるで忍者のように次々と『ヒキコモマイマイ』を毒状態にしたべのむんは、狙いを『オカンマイマイ』へ移し疾走するのだった。
戦闘は5分ほど続き、ワース達は碌に攻撃を喰らわずに『ヒキコモマイマイ』と『オカンマイマイ』を倒した。
それぞれの戦いぶりを知ることができ、どのように動いたらいいかなんとなくわかるようになった。
「こんな感じでどうかな」
「いんじゃないか、それなりに動けるだろう」
「それじゃ、どんどん進もう。次はどんなのに出会うかな」
「エルリーン、あまり先に進むなよ」
「べのむん、疲れたなら背中に乗っていいぞ」
「ぐばぁ!」
「む、肩はあたちの場所なのじゃ。なに、新参者は黙ってろと、むー」
「くぅーん」
「わーいみずがいっぱいだー」
「こらこら、しずくもぽるんもはしゃがない」
ワース達は『雨降りの小路』を進むのだった。




