8話 青年は魔法使いになろうとする
*2014.12.03に改稿完了しました。
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翌日。
真価と明奈はゆっくり朝食を食べていた。真価にとって2番目に落ち着く時間だ。もちろん1番は部屋の亀と戯れている時だ。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「今日は何するの?」
「そうだな、昨日はボス戦頑張ったし今日はゆっくりするよ」
「そう、じゃ私はブルームンの先のゴブリンの森を進んでいくから、何かあったら連絡してね」
「わかった」
明奈は真価から少し遅れてグリーン砦のボス:グリーンキングワームを倒し、ブルームンにたどり着いていた。
「ふぅ、今日の豆はなんだ?」
真価はコーヒーを片手に掲げて言った。
「今日はえっとマンデリンだったかな」
「そうか、豆もそうだけど、今日のは特にえぐみがなくて美味しかったぞ」
武旗家には常時コーヒー豆が焙煎された状態で4、5種類ある。普段の朝は母親が、本日は明奈が人数分を粉にしてドリップさせてコーヒーをつくる。面倒くさい時はインスタントコーヒーになるが、朝だけは必ず粉ひいたものを飲む。
「お兄ちゃんの口に合ったのなら良かった」
明奈は華が開くように笑みを浮かべた。明奈にとって真価が喜ぶことは自分自身にとっても喜びだった。
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ブルームン。始まりの街から東の方へグリーンロードを通り辿り着く先の街。第二の街である。
街は花に包まれている。道の両側には様々な色の花が所狭しと並んでいる。この街全体をうっすら花の香りが覆っている。さすがに始まりの街ほどは大きくはないが、そこそこの広さを持つ。
この街には始まりの街にはなかったものがある。その内の一つが、『職業斡旋所』である。これは何かといえば、職業を手に入れるための施設だ。
職業について説明しておこう。職業というのは『戦士』や『狩人』といったもので、職業を手に入れることで職業に関する様々な要素を強化する。
例えば、『魔法使い』ではINTが強化され、一方VITにマイナス補正が掛かる。また魔法攻撃に命中率補正が掛かるが、杖を筆頭とした武器しか装備できない。また、ローブ系の防具を装備するとステータスにボーナスが発生するが、鎧を中心とした防具は装備できないなどと制限を受ける。
職業はメリットもあればデメリットもある。スタイルによっては職業無しの方が良い場合もあるが、ほとんどの場合が職業を手に入れる方がより強くなる。ほとんどのプレーヤーは各々の戦闘スタイルを確立させているため、それを強化する方が道理である。
さて、職業の手に入れる方法は二つある。一つは『職業斡旋所』を利用する方法である。ここで希望の職業をいうとそれぞれ道場の紹介状が貰える。例えば『戦士』であればダキム鍛練場へ、『狩人』であれば狩人の森へ行き、そこで訓練を受け職業を手に入れることができる。
もう一つは何らかの要素を達成することで開放される隠し職業だ。特殊なモンスターを倒したとか、特定のクエストを達成したとかである。これは手に入れるのは運頼みになる。
職業にはレベルが存在する。職業を付けたまま戦闘や特定の行為(生産系の職業ではその生産行為のこと)を行うことでレベルが上がっていく。レベルが上がることでスキルを手に入れることがある。メリットによって手に入れるスキルとは毛並みの違うスキルが多い。
また、一定のレベルに達すると転職が可能になる。これについてはおいおい説明することになるだろう。
さて、話を戻そう。
ワースはログインしてすぐに『職業斡旋所』に向かった。ワースの戦闘スタイルからしてなりたい職業は『魔法使い』一択だ。特に誰かとパーティを組まずソロでやっていくためどうにも防御面が不安になるが、そこはミドリがいればカバーできる。
「すいません、職業を手に入れたいのですが」
「はいよ! 君はどんな職業になりたいのかな?」
『職業斡旋所』のカウンターからひょっこり顔を出したのは明るいピンク色の髪でアホ毛をひょこひょこと旋回させている女の子だった。背丈はカウンターの高さぎりぎりでなんとか背伸びしてワースの顔を見ようとしているのだった。
「俺は『魔法使い』になりたいんだけど、紹介状貰えるかな?」
「わかったよ! それじゃ名前を教えてくれるかな?」
「ワースだ」
「わーす、さんね。はい、これ」
そう言ってピンクのアホ毛は紹介状を手渡した。ワースはそれを受け取り、
「ありがとう。小さなピンクのアホ毛さん」
「誰が小さいだ! あたいは小さくない!」
ワースの物言いにピンクのアホ毛は激怒した。幼い顔を真っ赤にさせながら手足をばたつかせばがら抗議した。
「ごめんごめん、小さくないね。充分に大きいね。君がついかわいくてそう言ってしまっただけだ。気にしないでくれ。それで名前を教えてくれるかな? なんて呼べばいいかわからないんだ」
ワースは十何年間鍛えてきた『妹の扱い方』スキルを使った。ワースは基本的に動物、特に亀にしか興味を持たない。例外として家族や友人が入るくらいだ。特に他人の感情に関して言えば周りはこう思うだろう程度の機微はわかるが、それ以上のことは興味を持たないが故にわからず、まして他人に好意を抱くことなぞ滅多にありえない。この場合、ゲームを円滑に進めるためぽろっと零れ落ちた感想を取り繕うべく動いただけだった。
「ぬぬぬ、まぁ、いいや。あたいの名前はぴょこりん☆だょ。よろしくね!」
「わかった、ありがとな、ぴょこりん☆」
ワースは微笑みを浮かべたままその場を後にした。その場には、名前を呼ばれて頬を緩ませる幼いNPCが一人いた。
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「さて、紹介状は手に入れたことだし、目的の場所まで行くかな」
ワースはそう呟いて目的の場所『ホグワーシ魔法学校』へ向かった。
『ホグワーシ魔法学校』はブルームンのちょうど南側に位置し、そこは大きな洋館だった。夜になれば肝試しに使えそうだった。
ワースはすたすたとエントランスに入って行く。
「すみません、魔法使いになりたいのですが」
「おお、君は魔法使いになりたいのか。紹介状はあるかな?」
エントランスにいたのはいかにもなローブを来た初老の老人だった。いかにもという立派な髭を蓄え、手には掃除に使うのかそれとも魔法使いとして必要なのかわからない、身の丈ほどの大きな箒が握られていた。
「これです」
「おお、確かに受け取った。ついてきなされ」
「はい」
ワースはローブの老人の後について奥へ入っていった。
「えっと、どういう風な訓練になるのですか?」
ワースが老人の背後から声をかけるとすぐに返事が返って来た。
「それは主が決めるからのぉ」
「主とは?」
「見てからのお楽しみじゃ、ほれ着いた」
行き着いた先は広間になっていた。赤い絨毯が敷かれ、天井にはシャンデリアが、壁には油絵が飾ってあった。
その広間には一人の男が立っていた。老人とは違い、綺麗な紫のローブを来た若い男だった。眼鏡をかけていて理知的な顔立ちで、スーツが似合いそうな男だった。
「爺、ありがとう。君が魔法使いになりたいと言っているワース君だね。よくこの『職業』を選んでくれた。光栄に思うよ」
「いえいえ」
「まだ私の名前は言っていなかったね。私の名前はホグワーシ。ここの主だ。そこの爺は私のお爺さんで、今では連絡係をしてもらっている」
「少年、最初わしを見た時、儂を主だと思ったじゃろ」
「……はい、すみません」
ワースはまさか主が若い男だとは思わなかった。てっきりこのいかにもな風貌の老人の方がここの偉い人だと思っていた。
「かっかっかっ、このネタばらしの瞬間が1番楽しいのぉ」
「さて、訓練を始めようか」
ホグワーシはそう言うと辺りの空気が変わったように感じられた。
「はい!」
「それではまずそこの魔法陣から召喚されるスケルトン5体を倒して欲しい。ただしとどめは必ず魔法でなければいけないよ」
「わかりました」
「それでは、始め!」
ホグワーシの号令と共に広間の先にある魔法陣から骸骨が現れた。
「あのー、魔法で部屋が壊れたりとかしませんか?」
「それは大丈夫。防御魔法がかかっているから、安心してばかすかと魔法撃っていいよ」
「了解っと」
ワースは骸骨に視点をフォーカスさせると『ホグワーシスケルトン』という文字が見えた。これがこのモンスターの名前だ。ワースは今まで気付いていなかったが、MMOでは自分よりレベルの低いモンスターや、レベルが上でも『解析』スキルを使うことによってモンスターの名前を知ることができる。
「『サンドボール』!」
ワースは土属性魔法で最初から使える魔法を小手調べとして放つ。
ワースの杖の先に形成された砂の塊は真っ直ぐ飛んでいき、スケルトンの頭にぶち当たった。スケルトンはそれで体勢を崩すものの再び立ち上がってきた。
「『ロックストライク』!」
新たな魔法を詠唱している間にスケルトンはワースの目の前に接近していた。だがなんとか魔法の発動が間に合い、いくつもの岩がスケルトンに突き刺さり消滅させた。
「はぁ、やっぱりサンドボールじゃ威力不足か……」
「その調子で頑張れ」
「はい」
その後無事に残りのホグワーシスケルトンを倒した。
「よしよし、それじゃ次にいく」
「はい、何でしょう」
「この街の北にあるゴブリンの森に行って、ゴブリンメイジを5体倒して来てほしい」
ホグワーシがそう言うと同時にワースの目の前にウインドウ画面が現れた。
『ホグワーシのクエストが発生しました。
目的:ゴブリンの森にいるゴブリンメイジを5体倒す。このクエストによってゴブリンメイジは必ず『魔術師の想い』をドロップします。
終了条件:目的を達成し、5つの『魔術師の想い』をホグワーシに見せることでクエスト完了となります。期間は無制限です。
このクエストを受けますか?YES/NO』
ワースはYESを押した。
「それじゃ頑張ってくれ」
そして、ワースの『魔法使い』職業への訓練はまだ続くのであった。




