7話 「全員戦闘準備!!」
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『蒸れる群れる古井戸』。井戸の口から今にも切れそうな縄梯子を下りることでたどり着くダンジョン。
そこへワース達は降り立った。縄梯子の下に広がるのは、モンスターが出現しない安全エリアの小空間だった。正方形の形に区切られたその空間の頭上には、今しがた降りてきた井戸の入り口が見え、そこから微かな光が見える。井戸の中でほとんど光がないが、壁には何かの燐光性の苔がへばりついているお蔭で視界は確保できている。この部屋の3辺にはいつ作られた物なのか木の板でできた扉が付いている。その扉を通って他の部屋へ進めるようだ。
初めて見るダンジョンはワース達に新鮮な印象を与え、ワース達はしばし周りを見渡していた。
「さて、と。ダンジョン内では特に共闘ペナルティは発生しないんだな」
ワースはそう呟いた。共闘ペナルティとは、あるパーティとパーティがあまりに近すぎる距離にいるときに発生するペナルティのことで、主に擬似的なパーティ内の人数を水増しするのを防ぐために設けられているものである。この場合、ダンジョン内は狭くパーティとパーティが予期せずに接触してしまうことを考えて共闘ペナルティが発生しなくなっている。
「あ、そうだね」
「……たしかに街の中と変わらない。もうダンジョンの中なのに」
「おや、ヘルプにダンジョン情報が追加されてるんだけど」
「ニャルラってよくそういうの見つけるよね」
「さすがっす」
「えっと、何々……うーん、開いていない情報もあるか」
「ふーん、そうみたいだね。今わかるのでは取り立てて新しいことはないけど、今ワースが言ったように共闘ペナルティは発生しないようね。」
ワース達は安全エリアで作戦を練り直す。
現在、ワース達8人+ペット4体は互いの職業・メリット構成等々を鑑みてバランス良く配置するようにして、以下のようにパーティを組んでいる。
まず、ワースをパーティリーダー兼後衛に、前衛にマリンとワースのペットのミドリ、中衛にニャルラとテトラとテトラのペットのレイ。
ワースは地・大地属性の魔法を使う後衛として前衛に守られながら魔法攻撃するといういつもの役割だ。狭く魔法使いには戦いにくいダンジョンの中であるが、意外と小回りの利く魔法を使うことでその問題を解決している。この時はまだワース達の予想でしかなかったが、この『蒸れる群れる古井戸』に出現するモンスターの属性の多くは水であるため特にその攻撃力に期待されていた。
マリンは大楯を装備してモンスターの注意を惹き、その攻撃を一手に引き受けパーティの安全を確保する盾役としての役割だ。ダンジョンの中ということもあって、今回はいつも使っているより小回りの利く小槌を主武器としている。
ニャルラは両手に片手剣を二本持ち、前衛が敵を惹きつけている間に一気に敵を殲滅する役割だ。いつもと変わりない役目だが、それが大事な役目であることをニャルラは重々承知だった。
テトラは『索敵』によるマッピング及び敵警戒に加え、戦闘時ではニャルラ同様に前衛に守られながら敵を殲滅する役割だ。広いフィールド上だったら敵の中に躍り出て撹乱するという戦い方ができるが、この狭いダンジョン内ではそうはいかないため戦い方に変更を加える必要があった。
今回、マリンのペットのシェリーでなく、テトラのペットのレイをパーティに入れたのは、狭いダンジョン内での立ち回りを意識したためだった。攻防が激しく入れ替わると予想されるダンジョン内戦闘で機動力のある方が望まれたためだった。ミドリは安定の前衛を張ることになるのだが、そのせいもあってシェリーではなくレイだった。
そして、ノアをパーティリーダー兼中衛に、前衛にあるふぁとあるふぁのペットのディノ、中衛にアカネとノアのペットのしずく、後衛に子音。
ノアは召喚術による魔法援護を行いつつ、大剣で敵を殲滅する役割だ。使う魔法属性が水ということがあって敵モンスターには効きにくいが、そこは使い方や武器攻撃をメインに据えることによって対処している。
あるふぁは今回前衛ということで右手に主武器の鞭を携え、左手には体の中心を覆えるほどの大きさの円盾を持ち敵の攻撃を受けれるようにした。普段はあまり使っていない盾だが、それなりにメリットレベルは上げているため前衛としての役目は果たせる。ディノはいつものようにカトラスにあるふぁと揃いの円盾を持っている。あるふぁの隣で戦えるのがうれしいのか、ディノは戦闘が始まる前から尻尾をふりふりと振っていた。
アカネはいつも使っている大鎌ではなく、狭いダンジョン内でも使える小鎌を手に持っている。『冒険者』はダンジョンに時たまに落ちている宝箱を開けるときにレアドロップ率を上げたり稀にある罠を解除したりするメリットを持つことができるため、今回宝箱を見つけたら開ける役割がアカネにある。
ノアのペットであるしずくは、アイスニードルウルフとして氷魔法を敵に放ち、時に前に出て敵に喰らい付いてノアと共にパーティ全体のサポートを行う。狼であるが器用に縄梯子を全身を使って降り、ノアの隣で頭にノアの召喚獣のぽるんを乗せながらお座りの体勢を取っている姿に、思わず近くにいた子音は顔を緩ませてしまうのだった。
子音はというと、いつものように『聖職者』としてパーティ全体の回復や支援を一手に担う。ダンジョンの中でも役割は変わらない。
このパーティ編成がダンジョンでは効果的、だと考えていたわけだがそれはあくまでパーティごとに別々に動くことを想定したもので、共闘ぺナルティが発生しないとなると話は少し変わるのだった。
ワース達とノア達のパーティは結局共闘ペナルティがかからないことにより、一緒に行動することにした。前衛を前と後ろに置いて突然の戦闘に対応できるように供え、ワース達が基本的に左を、ノア達が基本的に右になるように編成を組み、ダンジョン『蒸れる群れる古井戸』を進むことにした。
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「敵発見。種別不明、数は10!」
「全員戦闘準備!!」
テトラが伝えた情報にワース達に緊張が走る。何せ初めてのダンジョンモンスターとの戦闘だ。期待半分、緊張半分といったところだ。
仄かに光るダンジョンの奥から黒い影がねっとりと姿を現した。ダンジョンの仕様のせいで、目視できるまで『索敵』で敵の情報を得られない。わかるのは数と方向だけ。ワース達の目の前に姿を現したのは、大型犬ほどの大きさの蛙だった。
『ウェルプラウトード』。青紫色ののっぺりとした肌の蛙で、ひょこひょこと大きな図体を揺らしながらこちらに向かって跳ね飛んできていた。肉が厚く、生半可な攻撃ではダメージを与えられないだろうと推測できた。
「……接敵まで、あと10」
「詠唱開始するっす」
「支援魔法展開しますっ!」
「『奮起』、これでいつでも行けるゥ!」
「ガード準備完了。タゲ捕捉開始」
「きゅー」
「ディノ、行くよ」
「ぎゃるぅる」
「ストックセット、よし今から魔法撃つぞ!」
「こっちも合わせるよ」
「頼む」
カウントが10から5まで数えられる間に各々の準備は整い、早くも魔法組が先制の一撃を撃ち放つ。
「『ランドドライヴ』!!」
「『エアリアルスフィア』ッ!!」
「『フロストバプテズム』ゥ!!」
ワースの大地魔法とアカネの風魔法、それに加えノアの氷魔法がほぼ同時にウェルプラウトードへ放たれた。
『ランドドライヴ』は、大地の力を励起させ球状に纏めたエネルギー体を敵に叩き付ける魔法。『エアリアルスフィア』は、渦巻く風の刃を集めたエネルギー体を撃ち放つ魔法。『フロストバプテズム』は、冷気を敵に叩き付けて敵を凍り付かせる魔法。
これらが一斉にウェルプラウトードへ叩き付けられ、肉体を撃ち抜かれ、切り刻まれ、凍り付かせられた。しかし、先制の魔法攻撃でどうにかなる相手ではなく、正面にいた個体以外のウェルプラウトードはその動きを止めることなく、ワース達へ飛び掛かってきた。
飛び掛かって来たウェルプラウトード達の動きを遮るように、ミドリとマリン、それにあるふぁとディノが前に出た。
ミドリは宝石のように輝く、岩より硬い甲羅という鎧を敵に突き出すようにして突進を開始する。もちろん防御系スキルを発動しながら、だ。マリンはミドリの後を追うようにしてミドリが取りこぼすであろうウェルプラウトードに向けて『挑発』系スキル『怖れを知らぬものの咆哮』を発動し、飛び掛かろうとするウェルプラウトードの行動を無理やり自分に向けさせる。あるふぁは、ディノと一緒に円盾を前に構えながら前進し、武器を飛び掛かるウェルプラウトードへ突き付ける。あるふぁは棘の付いた鞭を撓らせ、蛇のように不規則な動きをさせて飛ぶウェルプラウトードの視界外からの攻撃を試みる。ディノはあるふぁと同じように動きを取りながらこちらはカトラスをウェルプラウトードへ下から掬い上げる様に切り上げる。
そして、激しい衝突音がした。前に出たミドリが先頭にいたウェルプラウトードとぶつかり合ったのだ。上から飛び掛かるウェルプラウトードと、下から突きあげるミドリ。
軍配が上がったのは、ミドリの方だった。上から衝突したウェルプラウトードはミドリに押し負け、カブトムシ相撲で負けたカブトムシのようにひっくり返されて、じたばたと足をばたつかせてもがいていた。
ミドリは一体のウェルプラウトードを退けるだけに飽き足らず勢いに乗って他のウェルプラウトードへ突進をかましていく。その後をマリンが注意を惹き、あるふぁとディノがウェルプラウトード達の攻撃を捌いていった。
そこで、ウェルプラウトード達の初撃を凌いだことを確認したニャルラが行動を開始する。助走をつけて走り込んできたニャルラは華麗なるバク転をしながらウェルプラウトードの頭上に飛び掛かり、二本の片手剣を器用に操りその肉体を串刺しにしていく。さすがはダンジョンモンスターというべきか、ウェルプラウトードの肉体は固く、ニャルラの剣は容易に突き刺さらなかったが、スキルによるアシストを加えて両側にいた2体を行動不能まで追い込んだ。
ニャルラが動くとほぼ同時に、テトラとレイも行動を開始し、ウェルプラウトードの半開きになった口へ攻撃をしていく。いくら肉体が頑強とはいえ、口という内部に近い場所はさほど頑強ではなくむしろ脆い。テトラは忍刀をそこへ突き刺し、解剖でもするかのように横に裂いていく。それをレイが鋭い嘴を使ってサポートし、マリンが惹きつけた1体を素早く物言わぬ骸へ変えた。
初撃で魔法を放ったワースとノアは素早く次の魔法詠唱に取りかかる。ワースは魂術による短時間の強化魔法を前衛に叩き込み、ノアは氷属性魔法を直接ウェルプラウトードへ叩き込む。アカネはというと元々魔法技能はあまり強化していないということもあって、鎌を手にウェルプラウトードへ斬りかかりに行った。
子音は全員のHPバーを目の前に表示し、それらを横目に戦闘の全体を眺めている。誰かのHPが半分を割れば他との兼ね合いを考えながら危険域に入る前に回復魔法を送り込み、回復魔法が間に合わないと判断すれば声を出して回復薬の使用を促す。このパーティ群において回復役は子音一人しかいない。他のパーティであるならば複数入れてあるのがざらである。回復役による回復は、戦闘するメンバーの邪魔をすることなく継戦能力を飛躍的に高める。回復薬では、いざという時に効果を発揮しにくいし、なにより戦闘の手を休めてしまう。だからこその回復役(ヒ-ラー)なのだが、生憎と言ってこの中では子音一人しかその役目を果たせない。子音一人にその責務の重圧が掛かるが、それでも子音は工夫を凝らしてその役目を全うする。直接戦闘をするメンバーに力になれる様に、子音は子音の戦闘を行っていた。
そして、戦闘が始まって10分ほど経って、ようやく最後のウェルプラウトードがニャルラの剣によって貫かれ、光の粒子となって散った。一同は肩の力を抜き、思わずため息を漏らした。
それから『蒸れる群れる古井戸』の中を歩き回り、何度か戦闘を重ね、大体感じが掴めたことを確認し、本日のダンジョン攻略を終了した。




