6話 「よし、それじゃあ行こうか、ダンジョンへ」
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「ここか」
ワース達は昨日見つけた古井戸に潜ってみるために、北街下層部役所へ足を運んだ。美味しい蕎麦屋の女将が言っていた言葉通りに動こうとしたのだった。
ワース達の目の前には白塗りの立派なお屋敷がででんと建っていた。北街下層部役所はちょうど北街の上層部と下層部を分ける崖の麓に建っており、実際上層部と下層部を繋ぐ関所の役目も持っていた。下層部から上層部へ行くにはこの役所で資格を確かめられた上で、奥にある出口から出て上層部へ繋がる階段を上がることで上層部へ行ける。もっとも、北街下層部役所の役目はそれだけではなく、住人の相談事・悩み・陳情を聞き届け、依頼という形でプレーヤーや一部の力を持った住人に仕事してもらう役目も兼ねている。また、街のトラブル仲裁も行える裁判所的役目も兼ね備えていた。
今回ワース達が訪れた目的の一つである、ダンジョン化した場所の侵入許可や道具の貸出、情報収集及び公開もこの役所では扱っていた。わざわざ目的毎に場所が分かれている訳ではなく、『困ったことがあったら役所』というように物事を一括で扱っている仮想世界の役所だった。現実世界であったら部屋の大きさと仕事量の比率のアンバランスさのあまりパンクしてしまいそうなものなのだが、そこはさすが合理的なゲームならではだった。
「ようこそ、北街下層部役所へ。何か御用でしょうか」
ワース達がワース達と目的は一緒なのか、役所に用事のある人たちの列に並び、いざ役所の建物の入り口である木板の扉を押し開け中に足を踏み入れると、そこにロビーマンらしきぴっしりと着物を着込んだ男が話しかけてきた。
「ダンジョン化した場所について、中に入る許可が欲しいのですが」
「わかりました。こちらへどうぞ」
ロビーマンに案内されて受付カウンターまでやって来たワース達。カウンターにはちょこんと三角の小さな耳が頭の上から飛び出させている猫獣人の案内嬢がいた。ここでの獣人とは、獣の身体的特徴を一部持った人のことで、人族・エルフ・ドワーフと並ぶ種族の一種である。獣人は狼男のような人と獣が混ざり合ったものではなく、もっとファンタジーよろしく獣耳を頭の上に生やし、肌は人と同じく毛皮に覆われなくつるつるとした肌で(もっとも中には毛深い獣人もいる)、尻には獣と同じ尻尾を垂らしている。始まりの街にいるNPC(ノンプレーヤーキャラ、ゲームの住人のこと)達はほとんどが人族で、他種族を見かけることはなかなか多くはなかったが、この帝都では逆にNPCの大半が獣人である。現にワースはこの帝都にやって来るまでまったく獣人を見たことがなかったが、昨日街を回った時には多くの獣人を見かけた。ちなみにプレーヤーは今はまだ人族しか選べないが、MMO開発室のブログによると、いずれ他種族も選べるようにしたいと書いていた。
「はい、こちらで詳細を窺います」
「よろしくお願いします。えっと、街の裏の方にあるあたりの、地図で言うとこの辺りにダンジョン化したという古井戸がありますよね」
「少々お待ちください……はい、そうですね。この古井戸を入口とするダンジョンがありますね」
「そこに入りたいのですが、こちらで話を聞いた方がいいと伺いまして」
「そうですか、たしかにダンジョン化した場所は何より危険が溢れていますのでこちらで話を聞いた方が安全ですね。あなた方はダンジョンは初めてですよね」
「えぇ、今回が初めてです」
「それならば、まずダンジョンについてお話ししましょう」
ダンジョンの特徴として、まず第一にあげられるのはダンジョン内は他の場所と違う空間であることである。これは異空間であるため外から窺えるより大きな空間が広がっている理由でもある。注意点はダンジョンに入るとそこ自体が異空間となっているため転移行動は行うことができないことである。
次に、ダンジョン内は迷宮のように入り組んだ構造をしているということだ。ダンジョン内は壁と天井に囲まれた閉鎖空間で、床には様々な罠が仕掛けれている。それが一定時間ごとにその構造が入れ替わる性質を持っている。故に地図が用を為さない。ダンジョンに臨むときはパーティに少なくとも一人斥候職を入れておく必要がある。
また、ダンジョン内は外の世界とは違った世界となっているので、内部は様々な環境になっている。外から見えるままの洞窟のようなダンジョンもあれば、雨降る湿地帯のようなダンジョンもある。一概に言えるのは壁と天井に類するものが必ずあり、一階層のどこかに次の階層へ繋がる通路かダンジョンの奥地である管理空間が存在することである。ダンジョンによってはいくつもの階層で構成されているものもあればだだっ広い一階層だけしかないものもある。
そのダンジョンごとに司る属性質が異なり、属性魔法や属性付与武器の威力が増減する。とある湿地帯のダンジョンであれば、設定された属性質は水と地で、水属性と地属性の通りが良くなる。しかし、対する火属性と風属性の通りは悪くなる。
余談であるが、属性とは元々世界に存在する要素の一つで、基本属性として火・風・地・水、上位属性として焔・雷・大地・氷、異質属性として光・闇・虚無が存在する。火は風に強く、水に弱い。地は水に強く、風に弱い。属性的に強いとは、相手により強力なダメージを与えられ、逆に相手からの攻撃を弱められるということである。
基本属性の4つは火→風→地→水→火…というようにじゃんけんのようにそれぞれの強弱が定めている。基本属性の発展形である上位属性も同じように焔→雷→大地→氷→焔…となっており、また焔は火の上位属性であるため風にも強い。そして上位属性の場合、自身と同じ属性系に強い耐性を持っている。焔属性のモンスターの場合、氷属性が弱点だが、風・雷属性に強く、また火・焔属性に強い耐性がある。
異質属性は、基本属性や上位属性と異なり、光と闇は互いに強いダメージを与え、同じ属性に強い耐性を持つ。虚無属性はこれまた別系統で、モンスターしか持てない属性であり、基本属性と上位属性を半減する。
つまり、その属性相性に加え、ダンジョンでは属性質に気を配らないといけない。往々にしてダンジョンに現れるモンスターの属性と属性質は一致するため、こちらの攻撃は通りにくくなるけど敵の攻撃は強くなるという状況が起きる。属性を直に扱う魔法使いにとってダンジョンは狭い上に属性的に戦いにくい場所になっている。
そんなダンジョンだが、他のフィールドで戦うより経験値効率がよく、所々に落ちている宝箱からレアドロップを回収できるため、攻略は難しいもののそれだけの価値がある場所という認識だ。
「と、こんな感じになります」
「説明ありがとうございます」
「それと、ダンジョンへ行くにあたって必要になるアイテムがあります」
そう言って案内嬢はカウンターの下に置いてあったものを取り出した。毛糸玉と木の棒だった。毛糸玉は手の平に乗るほどの大きさで赤い毛糸がぐるぐると巻き付けられているものだった。木の棒の方は太さ5cmほどの手ごろな握りやすさで、長さは3mほどだった。
「こちらの毛糸玉は『還導玉』といって、ダンジョン内で投げると出口まで勝手に転がっていきその糸を辿ってダンジョンから脱出できます。そちらの木の棒はダンジョン内で使用する『3mの棒』です。使い方はいろいろありますが、主に地面に設置された罠を見つけるのに使います。こちらでお売りしていますので後で買い求めください」
「なるほど……」
ダンジョンと言えば『10フィートの棒』(10フィート=約3m)は定番なのだが、このゲームにもちゃんと登場するんだなとワースは妙なところで感心した。
「ここまでがダンジョンの基本的な話です。たしかあなた方は『蒸れる群れる古井戸』へ行くのでしたね。許可書はこちらになります。万が一提示を求められた際には提示してください。またその許可書を提示することでダンジョン関連の物品の売買でいろいろとお得になりますので常に身に着けておくことをお勧めします」
渡された許可書は名刺サイズの薄い石の板で中央には『『蒸れる群れる古井戸』通行許可』と書いてあった。
「他に何かありますか?」
「いえ、特にありません」
「そうですか、また何かありましたら遠慮なくこちらへどうぞ」
ワース達は『還導玉』と『3mの棒』を買って、役所を後にした。
次は鈴蘭さんという女性に会いに行くつもりだ。
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「あらあら、穂乃ちゃんから紹介されてきたお客さんね。初めまして、私がこの『稲荷商会』の店主を務めさせてもらっています、鈴蘭よ」
「こちらこそ、初めまして。ワースと申します」
ワース達は蕎麦屋で紹介してもらった『稲荷商会』へ足を運んでいた。蕎麦屋の名前を出してお目通りを願うとあっさり奥へ通された。そして、今鈴蘭という妙齢の狐獣人の女性と相対していた。頭からぴーんと黄金色の狐耳が立っていて、腰には豊かな黄金色の尾がしゅるりと妖艶な動きでうねっていた。尾と同じく豊かな胸がゆさりと揺れ動き、煩悩に満ち溢れた青年であるノアとニャルラと子音は思わずその動きを目で追ってしまった。テトラはじとっと自分の胸を見て微かにため息を漏らした。ワースはというとそもそも女性に興味はないので、礼儀正しく鈴蘭の目を見ながら用件を伝えた。
「そういうことね。はい、わかりました。ちゃんと役所で許可書を貰ったということは説明も受けてきたのよね」
「えぇ」
「ならば私が特にいうことはないわ。ちゃんと分別の付いた冒険者ならあの井戸の中に入ってもいいわ。餞別にこれをあげるわね」
そう言って鈴蘭がどこからか取り出したのは一本の棒だった。真っ黒で『棒術』で扱うにはちょうどいいくらいの太さの、長さが30㎝ほどの棒だった。
「これは『グラファイトの棒』と言って、魔力を通すと10フィートまで伸びる棒なの」
そもそもどこから突っ込めばいいのかわからなくなるワースだった。
『稲荷商会』を後にしたワース達は昨日見つけた古井戸の前に立っていた。
「さぁ、準備はいいか?」
「武器はOK、防具もOK」
「回復薬とかも大丈夫だし、もらったものもちゃんと持ってます」
「……問題ない、と思う」
「いつでも行けるよ」
ワースはとんと杖で地面を突いた。
「よし、それじゃあ行こうか、ダンジョンへ!」
ワース達は古井戸の石を脇に退かして中へ次々と入っていった。




