後編
ばんははろ、EKAWARIです。
なんか進むほど文字数が増えて焦りました。期間中に書きあがって良かった。
というわけで後編です。
あの日、あの夜からいくつもの夜が過ぎました。アキはあれ以来何事もなかったかのように聖と接するようになりました。だから、聖もまた何事もなかったかのように振舞っていました。
まるであの日、アキが泣いていた光景なんて夢だったかのようです。夢じゃない。わかっていても、それを互いが口にすることはありませんでした。
「オレはね、聖夜に産まれたんだ」
聖がそんなことを言い出したのは、ふわふわとまるで綿菓子のような初雪が降っている日でした。
聖は窓越しに白く彩られていく街を見ながら、ぽつりぽつりとそんな言葉を言います。その横顔は遠く綺麗で、色白なのもあって、まるで雪そのもののようにどこか幻想的でした。
「だから、名前は聖。そう熱心ではなかったけど、母さんはキリスト教徒だったから、聖夜にちなんでそう名づけたんだよ」
懐かしむように語る聖。そんな彼を見ながら、アキはだらしなくソファーに寝そべり、ふーんと適当に相槌を取っています。そんなアキの姿を見、苦笑しながら聖は次のようなことを聞きました。
「アキは誕生日はいつなの」
「知らない」
あっけらかんとした声でアキは答えます。
「悪魔はいちいち自分の誕生日で祝ったりしないからさ。1月になるとみんな一斉に歳をとることになってんの。だから、知らない。そもそも人間にとっての1年なんて、おいらたちにとっては1週間みたいなもんだし。いちいち祝ってたらキリがないよ」
それを聞いた聖は、良い提案だとばかりのにっこり笑顔になって言いました。
「じゃあ、アキはオレと同じ誕生日にしよう」
「はい?」
「今日から君は12月25日生まれだ」
「いやいやいや、なんでそうなんのさ。ていうか、脈絡ないこと言ってないで、キチンと説明しろって。どういうことさ」
困惑気味に告げる褐色肌の悪魔に、聖は悪戯そうに一つウインクして笑うと、歌うように話します。
「悪魔にはそういう習慣がないのかもしれないけど、それでも君は今はオレの家族なんだから、誕生日には祝って欲しいし、オレも祝いたいんだ。「生まれてきてくれてありがとう」ってね。それにね、クリスマスが誕生日なのも中々どうして悪くないよ。街中が着飾って、イルミネーションが綺麗なんだ。まるでみんなが自分を祝福してくれている気分になる。クリスマスと誕生日が同時って二倍でお得だよ。そんな夜に互いを祝いあうんだ、それってなんだか素敵じゃない?」
その聖の言い分を聞いて、ソファーにだらんと体を預けながら、アキは呆れ気味に横に手を振って言いました。
「や、クリスマスを祝う悪魔なんて普通いないから」
「あ、それってやっぱ悪魔にとってイエスは目障りな存在とか?君の立場としては、クリスマスに騒ぐのってまずかったりする?」
そういう聖は未知の世界のことについての好奇心で爛々と瞳を輝かせていました。普段は落ち着いた物言いをしていますが、初めて会った時から、聖にはそういう子供っぽいところがありました。探究心旺盛といっていいのかもしれません。それにじゃっかんタジタジ気味になりながらアキは答えます。
「いや、キリストなんておいらたちにとっちゃあただのニンゲンだし、その他大勢の一つだよ。目ざわりもなにもない。キリストを堕とせなかった悪魔は今でもお笑い種にはなっているけどね。じゃなくて、誕生日はともかく、なんで人間にとっての聖夜を祝わなきゃならないのさ」
どうやら、悪魔であるアキにとっては、聖夜という響きがまず気に食わなかったようです。アキは拗ね気味にそっぽをむいてふてくされていました。
「まあ、欧州にとっては、クリスマスは聖夜だけど、安心してよ。日本にとってのクリスマスなんて、みんなで食べたり飲んだりするための言い訳・・・ただのお祭の一つに過ぎないから」
窓から離れ、アキの隣の席にストンと腰をかけながら、しみじみと聖は言います。
「みんな浮かれて騒ぐ理由がほしいだけなのさ。でもそれって良いことだと思う。聖夜だとか固く考える必要なんてないんだよ。ただ楽しめばいいんだ」
「そういうもん?」
「そういうものだよ」
そういってまた、聖は笑いました。
「クリスマスの晩は二人で街に出かけよう。色んな店をまわってお互いにプレゼントを買いっこするんだ。それから、大きなクリスマスツリーを見て、ケンラッキーでフライドチキンを食べて、クリスマスケーキを買って帰るんだ」
「・・・フライドチキンとか、そういうの食べるの禁止されているんじゃなかったのか?」
「どうせ長くないんだ、気にしない。一度くらい食べてみたかったんだ。いいじゃない。最後のクリスマスくらいぱーっとやったって罰はあたらないよ。それに、人生なんて所詮は楽しんだ者が勝ちだよ。なら思い残すことがないくらい楽しまなきゃね」
「うーん・・・一理ある、のか?」
アキは自問自答するような口調で首を捻るようにそんなことを言いました。それを見て再び微笑み、聖はアキの癖の強い黒髪をくしゃりと撫でて、それから遠くを見るような目をして続けます。
「家に帰ったらケーキを食べて窓際で外を眺めよう。街中がキラキラしてきっと綺麗だ。それから他愛もない話を夜更けまで続けるんだ。それはきっと楽しい」
まるで、夢物語を語るかのようにそう聖は言います。
「・・・・・・」
アキはふと、聖に死後どうなるのか語りたい衝動にかられましたが、思いとどまりました。
悪魔との契約。魂と引き換えにして願い事を叶えるというそれは、悪魔見習いを卒業する絶対の条件です。これをしない限り卒業は出来ません。
だから、大抵の悪魔は願いを叶えたあと、幸運率を操作するなどして、事故などにあわせ契約者がさっさと死ぬように調整して、卒業課題を手早く片付けようとする人が多いです。そして大抵は自分達にとっては都合の悪いことについては、契約時に説明を省きます。
いくら悪魔が長命とはいえ、それでも何十年も人間に縛られるのは御免だ、とそういう考えの人が多いからでしょう。ようはなんでもいいから、契約者の『願いを叶えた』という事実が大事なのです。それさえ果たしていれば、魂を得られる為、あとは何をしても教師達は見ぬフリをします。
でも、アキはこれまで一度も契約を取り付けることすら上手くいかないままに40年を過ごしてきました。それは、自らの不利益な部分まで喋ってしまうという部分が大きいことは知っていました。わかっていてもどうしようも出来なかったのです。いわばこれは彼女の性分でした。強いて言うなら、悪魔としては致命的なまでにアキはお人よしでした。
ですが、彼女は今最後通牒を突きつけられている立場です。差し出された魂がどうなるのかは契約者に話してはいけない。これに逆らえば今度こそもう君を庇えなくなる。とそう先生達に言われてました。
だから彼女は肝心の死後に受け取った魂がどうなるのかについては言うことは出来ません。でもどうなるのかの末路についてはよく知っていました。なので、つい近い未来を語る聖に哀しい気分になって瞳を伏せます。
「アキ?」
気付けば聖はまた、アキの顔を覗き込みながら頭を撫でていました。
「どうかしたの」
それを聞いて、笑顔の仮面を被り、アキはにんまりと笑って言ってのけました。
「ん~ん。クリスマスって明後日だっけ。こういうの初めてでよくわからないけど、でもまあ楽しくなればいいな。それより、もう夜も遅いし寝ようよ。おやすみ、兄ちゃん」
「うん、おやすみ」
与えられたベットに体を横たえながら、アキは考えます。
夜来聖。自分にとっての契約者。余命10ヶ月を告げられている少年。
家族になってほしいなんて願いの為に魂を差し出すと、そう告げた人間。
これまで1ヵ月半以上共に暮らしているのに、その間彼が悪魔に差し出された魂がどうなるのかを聞こうとしたことは一度もありませんでした。
怖くないのだろうかと、アキは思います。
考え追求することを放棄して、刹那的な幸福を求めているだけなんじゃないのかなとも思います。
でもどちらにしろ遅いのです。既に契約はなされたのですから。
死後に回収された人間の魂の末路は、運がよければケルベロスの餌になります。その場合、一口で飲み込まれるため、痛みを感じる間もなく消滅出来ます。
運が悪ければ、人形の体に魂を封じられ、上位悪魔のチェスのコマとして半永久的に使われます。苦痛などを感じる痛覚は過敏にされ、意識はむき出しのままに調整され、それはむごいものです。
また、エネルギー源として利用されることも有ります。このケースが一番多いです。意識だけをそのままに、疲弊するまで霊力を搾り取って、魂が耐え切れず消滅するまでじわじわと削り取られ続ける。濃い苦痛の嘆きをあげる魂であればあるほど、それは良質のエネルギーになります。
これらの末路は、願い事を叶えた当然の代償と悪魔には考えられています。
魔力だってただじゃないのです。一度使えば疲弊するし、回復させるのには時間がかかります。なんの見返りも為しに願いを叶えるなどありえません。
自分達の貴重な魔力を使って願いを叶えてやるんだから、これくらい当然だと、アキだって子供の頃は思っていました。
だけど、アキの契約者である聖が願ったのは『家族になって欲しい』ということ。
わからないのです。
ただ、自分が死ぬまでの僅かな期間、家族になって欲しい。そんな願いアキが悪魔じゃなくても叶えられるほど小さな願いです。死後に彼に待っている運命を思えばちっとも釣り合いがとれていません。
聖の望みは、奇跡などと呼べるものの域じゃないのです。アキじゃなくても、叶えられる願いなのです。魂を差し出すほどのことには、彼女にはとても思えません。
でも、それでいいんだという。
それがアキにはわからないのです。
少ない寿命で、もうすぐ死ぬといわれて、不自由な生活を送っているのに、なんで彼が満足そうに笑うのかもわからないのです。
それでも、説得は無駄なことだと知りました。
だから彼女は、聖の望みどおり、彼の少ない寿命が尽きるまで傍にいようとそう思っていたのです。
その日は、冬にしてはよく晴れました。
12月25日。キリスト教徒にとっての聖夜。そして夜来聖の誕生した日。
その日の往来はそこそこに忙しなく、街中が化粧を施したかのように着飾っていました。
とはいえ、日本でもっとも盛り上がるのはイブである24日です。それを思えば、前日よりは落ち着いた賑わいといえたでしょう。しかし、日本のクリスマスを初体験するアキにとっては、それも充分に物珍しいものに目に映ったようです。
「うわぁ。なんか白いオッサンが大量だぁ」
目をパチクリさせながら言うアキに、思わず聖は微笑ましくなってくすりと笑います。感情表現豊かなアキのはしゃぎっぷりは、聖にはとても眩しいものです。アキの新鮮な態度が聖には楽しみでした。
「はい。お金」
「ん?」
そういって1万円札を一枚アキに手渡します。アキはマジマジとお札をみながら、不思議そうに聖に視線を流しました。それに、湧き上がる笑いをこらえながら、聖は言います。
「言ったでしょう。プレゼントを買いっこしようって。2時間後にここで待ち合わせ。それまでの間にお互いに似合いのプレゼントを見つけて買ってくること」
「え、ちょっとまてって。おいらヒジリの喜びそうなもんとかわからないんだけど!?」
「なんでもいいから、自分で見つけること。では、行ってこよう?」
そういって茶目っ気たっぷりに笑う聖を見て、反論する術をアキは失いました。
「うー、わかった。でも何買ってきても笑うなよ?ぜったいだからんな」
「はいはい、いってらっしゃい」
人間の街は小さいのに広くて、色々なものがあって、アキは思わずキョロキョロしながら色々見てまわります。アキにしてみれば、何に使うのかすらわからないものがいっぱいです。
「あら?何かお探しですか?」
後ろから知らない人間に話しかけられて、思わずアキはギクリとしながら振り向きました。そこには店の店員を示す服をきた女の人が立っていました。でも知らない人間と喋っていいものなのかと、アキは戸惑います。
「えっと・・・んー・・・探しているような探していないような、でも探してるっていうか」
思わずしどろもどろになって答えました。それに対して30代くらいだろうその女の人はくすりと小さく笑いながら「彼氏さんへのプレゼント?」などと聞いてきました。
思わず、耳までアキは真っ赤にします。
「ばっ、か、彼氏じゃねえし。家族だよ、家族!」
「あら、そうですか」
にっこりと営業スマイルの彼女を見て、アキはむーっと唸りながらつい気になったことを言います。
「てか、よくおいらが女だってわかったなー。よく間違われてんだけど」
言いながら、脳裏をよぎるのは共に暮らして1ヵ月半ほどが経つ契約者の姿でした。確かに子供の頃から男の子と間違われることが多く、アキ自身女友達より男友達と遊ぶほうが多いし、男子の輪に混ざって育ってきたタイプでしたが、流石に一緒に暮らしているのに1ヶ月以上経っても、いまだに女である可能性にすら気付かれないとは思いませんでした。
「雰囲気でなんとなくわかります」
そうほがらかな顔で言われて、つい照れくさくなってアキは頬をぽりぽりとかきます。
「それでどういった方への贈り物でしょうか」
「えと、兄ちゃんかな」
もうプレゼントを買いに来たということを伏せることなく、素直にアキはそういいました。
「どういったものを買うのかとか、プレゼントなんて買ったこと無いからよくわからなくてさ」
「そのお兄様はどういった方ですか?」
「えー、おいらよりちっちゃくって細くて、体が弱いくせに、なんか強いような気もするやつ?」
思わず首を捻りながら、聖にもっている印象を上げ連ねて行くアキを見て、店員さんは言いました。
「では、こちらのマフラーなどはどうですか」
そういって差し出されたのは、白と青のチェック柄で、先端だけ緑のクローバーマークがあしらわれた、フワフワやわらかそうなマフラーでした。
「こちらのマフラーは長さのわりに、軽くて暖かですから、お体が弱いとのことですが、あまり負担にもならないかと思いますよ」
確かに手にしたそれは、大きさのわりに軽くて手触りがとてもいいように感じました。このマフラーを巻いた聖を想像します。薄い色彩の聖には、白と青のチェック柄のマフラーがよく似合う気がしました。
「うん。じゃあそれ買う」
外に出ると街は大分暗くなっていました。
約束の時間まではあとわずかです。聖は・・・いました。人ごみの向こうで、聖もまた待ち合わせ場所にむかって歩いている最中でした。
それを見て声をかけようとしたその時です。
「え?」
ぐらりと急に地面が揺れだしました。地震です。ビルなどはビクともしていないあたり震度としては4かそこらでしょうか。だけど、それに驚いて固まる彼女の目にそれは飛び込んできたのです。
今まさに歩いていた聖の後ろ、そこでは工事をしている途中でした。その工事中の鉄骨が聖に向かって投げ出されるように倒れてくる光景、それがスローモーションのようにアキの目に映りました。
まるで悪い冗談。
けれども無情に、ガランガランと、鉄骨は少年を襲ったのです。
「ヒジリ!」
一速足に飛び込みます。周囲の人々は遠巻きに見ていますが、そんな視線は全く気にはならず、アキはまっすぐ聖の元に向かって飛びました。
聖は死んでいないのが奇跡のようなありさまで、指一つ動かせずひゅうひゅうと掠れた息を吐いています。
「ヒジリ、ヒジリ」
動揺してアキはただ、聖の無事な右手を握りながら名前を呼ぶだけです。
「・・・・・・・・・・・・ァキ」
かすれる声で少年は悪魔の名前を呼びました。その顔には死相が表れていて、アキは聖が死ぬことを悟りました。ぐっと奥歯をかみ締めます。
(なんでだよ)
心の中で彼女は叫びを上げます。声は言葉にならず、ぐるぐると内を這い回っています。
(まだ10ヶ月あるんじゃないか。まだ早いだろ。なんでこいつがこんなに早く死のうとしてんだよ。どうしてだよ、コイツは今日が誕生日だったんだぞ。なあカミサマ、アンタはこいつが生まれた日にコイツを死なすってのか、なんだよそれ)
「・・・ぁり・・・が・・・と」
(どうして?なんで礼なんかするんだよ)
アキにはわかりません。
こんな理不尽な形で命が終わろうとしているのに笑う聖も、自分のこの感情も。
(こいつはただ、家族が欲しいだけだったんだぞ。10ヶ月だ。たった10ヶ月の命を一緒にいてほしいって、それだけが願いだったのに、なんで・・・なんで死ななくちゃいけないんだよ。まだ時間があったのに、なんで)
気付けばぽたりぽたりと、涙が彼女の頬を流れていました。聖はもう何もいいません。静かに息を引き取ろうとしているのがわかりました。
「畜生」
子供の頃から何度も先生たちに教えられてきたことがあります。
「畜生、畜生、畜生」
それは、悪魔として守らなければいけないルールや、その禁忌。決してやってはいけないこと。
「くそ、ヒジリ『死ぬな』!!」
その日、アキはそれを破りました。
悪魔は人の願いを叶える代償に魂を貰います。願い事は契約者の望みでなければいけません。でないと、死後に魂を貰うという契約が成立出来ないからです。
見返りもなしに願いを叶えることも、誰かの為に力を使うこともどちらも、悪魔がやっていいことじゃないのです。それは悪魔という種を否定する行為に近いのだから。
だけど、見習い悪魔であった少女は、40年間ため続けた魔力を使ってそれをしたのです。
聖なる夜に願い事を一つ。
それは一方から見れば奇跡のような出来事でした。
ふわりふわりと、気付けば少年の意識は眠りの淵をさ迷っていました。
清潔な布団と薬品のにおい。昔から何度も嗅いできたにおいだったから、それで自分は病院にいるのだと気付きます。ゆっくりと瞳を開けます、まず目に付いたのは白い天井でした。
それから隣に立っている人に気付きました。
「フレデリクさん・・・」
「気付いたか、ヒジリ」
相変わらずの仏頂面に、英語交じりのスウェーデン語で話しかけてくる叔父の姿に少年・・・聖は不思議そうに問いかけます。
「フレデリクさん、どうしているの」
「急遽来てほしいと病院から連絡を受けてな、しょうがないから来たのだ。仕事でニホンに滞在中だった偶然を感謝するといい」
久しぶりに会ったにも関わらず、相変わらずの言い草に苦笑します。それからふと、聖は自分が今まで感じたことがないくらいに己の体が軽いような気がすることに気付きました。これはどういうことなんだろう。
「お前は急に倒れたらしい。覚えているか」
急に倒れた?体調を崩すのは日常茶飯事でしたが、倒れたのまでは全く記憶にありませんでした。静かに首をふります。
「そうか。繁華街に何故いたのかは?」
そこまでいわれて、自分の記憶にところどころ欠落があることに気付きました。それについ唖然とします。いわれれば誰かとその日いたような気がするのに、誰といたのか全く記憶にないのです。
「・・・そうか。では最後にしよう。あとで医者からも言われるかもしれないが・・・」
そういって叔父が語った内容、それは衝撃そのものでした。
「・・・治っている?」
「ああ、もうお前は完全な健康体なのだそうだ」
そう口にするフレデリクさんは真面目そのもので、それが事実であるという重みがあります。いえ、元々冗談をいうような人間でないことは良く知っていました。それでも、成人まで生きられないだろうといわれ、あと10ヶ月で死ぬことを宣告されていた聖としては、この軽い体もそんな叔父の回答も何かの間違いのようです。
呆然とする甥っ子の姿を見て、フレデリクさんはあることに気付いたように傍らに抱えたそれを差し出しました。
「それと・・・倒れていた時これをお前が抱えていたらしい。心当たりはあるか?」
「・・・え?」
差し出されたのは、綺麗にラッピングされたプレゼントの袋でした。
「開けても・・・いいかな」
「お前が開けず、誰が開ける」
それを聞いて聖は袋を開けます。そして、そこから現れたのは一つのマフラーでした。
青と白のチェック柄で、先端には緑色の刺繍でクローバーマークがあしらわれている落ち着いたシンプルなマフラーです。それを見て、急に胸が苦しくなって、聖はぽたりぽたりと涙をこぼしました。
「何故泣く」
「わからない、わからないんだ」
誰かの面影が胸をよぎります。でも聖にはそれが誰なのかわからないのです。大切でした。好きだった。可愛いと思っていた。一緒にいるのがとても楽しかった。
「好きなだけ泣け」
「うん・・・うん・・・」
誰か思い出せない誰かを想って、聖は一晩中泣きました。
その日、魔界の第一裁判所で前代未聞の裁判が開かれていました。
「被告人、お前は悪魔の端くれの身でありながら、人を救うために力を使った、それに相違ないな?」
厳格な裁判官の前に立たされているのは、黒髪に褐色肌の一人の悪魔見習いだった少女でした。
「間違い有りません」
「魂も回収せず、契約内容にないことに力を使う。それが、どれほどの重罪か、お前はわかっているのか?貴様がやったことは悪魔の所業ではない」
「・・・・・・」
「判決を言い渡す。お前は明日の朝、生きたまま煉獄で魂を溶かされる。悪魔は人間よりも頑丈だ。すぐには死ねず長く苦しんだ末消滅するだろう」
以上だとの言葉で、裁判は終わりを告げました。
人間界から魔界に帰ってからすぐ、アキは何もない黒の監獄に閉じ込められました。まるで此処は黒塗りの鳥かごのよう。最初に尋ねてきたのは幼馴染で、淫魔のリースでした。
「アンタみたいな馬鹿見たことない」
それが第一声でした。
「悪魔は人を堕としてなんぼなのよ。昔っから馬鹿だと思ってたけど、ここまでとは思わなかったわ」
「最期なのに酷いなあ」
苦笑しながら言うと、彼女は真剣な目をして次のようなことを言いました。
「惚れていたの?」
「・・・違うよ。そういうのじゃない」
聖のことは好きでした。自分をいつまでも女だと気付かない鈍感っぷりにモヤモヤしたのも一度や二度じゃありません。でも、それとは別でした。
「おいらはさ、あいつがあんなふうにあっさりと自分を手放して、笑って死んでいこうとしたのが許せなかっただけなんだ」
「・・・本当、馬鹿な子」
哀れむように視線を下げて、それからまっすぐに背中を向けてリースは言いました。
「感謝しなさいよ。アンタのこと、忘れてなんかやらないんだから」
「うん・・・ありがとう、リース」
そういってツカツカと彼女は歩き去りました。
そして、裁判が終わり、判決も下った今、アキに出来ることといえば待つことだけです。夜明けまであと3時間。そんなアキの耳に、聞きなれていると同時に、聞きなれていない足音が聞こえてきました。
それは裁判所でも向かいあった顔。黒髪褐色の肌に芥子色の瞳の、厳しい顔をした裁判官。エリート中のエリートである大悪魔。
「・・・よぉ、兄貴」
子供の頃から大っ嫌いだったアキの兄でした。
「まさか、アンタが会いにくるなんて思って無かったよ」
ちゃかすように言いますが、アキは僅かに震えていました。父母は早くに亡くなり、自分を育てたのは一応は兄でしたが、厳格で無愛想でいつも自分を見下していた兄にいい気持ちなんてありません。あるのは反発心だけです。それでもアキにとって兄は怖いものでした。その恐怖は体に沁みています。
「・・・何故こんな馬鹿な真似をした」
「アンタにはわからないだろうね」
「・・・たわけめ。わかりたくもない。貴様のような犯罪者が身内から出たなど恥にも程がある」
でも、ふと兄が言葉ほど刺々しくないことに気付きます。わからなくなってアキは眉を顰めました。
「何故だ。何故人を助ける真似をした?」
そこにあるのは困惑。ああ、なんだ。兄貴も完璧超人じゃなかったのか。そう思ってアキは小さく笑います。
「あいつはね、家族になってほしいと、おいらにいったんだ」
「それがどうした」
「あいつとの生活は楽しくてさ。幸せってこういうのをいうのかなってそう思ったんだ。そうだな。うん。きっとおいらはアンタよりもヒジリのことをずっと『兄』だと思ったんだよ」
「・・・何を言っている」
「どうせ次に契約失敗したらおいらは『廃棄』されることになっていたんだ。なら、結果としては同じだろ?だったら、大好きな家族を守るために使ったほうがずっとずっと有意義だ。アンタにはわからないだろうけどね」
そういいながら、アキは優しく微笑みます。今なら、聖がいった願い事の意味もわかります。それでも、やはり目の前の男には理解出来ないようでした。
「・・・お前は、異常だ」
もう話すことはないといわんばかりに、背を向け遠ざかっていく背中をアキは見ていました。
ずっと、あの背中を嫌悪して同時に憧れていた。もう見下されないため、立派な悪魔になってやるんだってかつて思った。それは裏返せば、兄に認められたかったってことなんだと、今のアキにはわかっていました。それはもう遠い夢物語です。
「じゃあな、兄貴。アンタのこと、嫌いだったけど好きだったよ」
そしてその日を迎えます。
煉獄へと続く長い回廊。この先に向かえば破滅しかありません。
それでもアキは最期まで笑っていました。
後悔なんて一つもしていない。自分が死んでも構わないほどの価値が、あの時の選択にはあったと思うから、だから何も怖くなんて無い。
彼女は聖なる夜に願い事をしました。
それは確かに叶ったのだから。
煉獄の炎の中で、悪魔見習いだった少女は、一人の人間の幸を願いながら永久の眠りにおちた。
完
突然ですが、ひじりんは美少年です。
色白華奢で儚げな印象で、おまけに病弱な上余命は1年宣告受けているし、両親だって12歳の時に亡くしている。
どっからどう考えても、客観的(?)には薄幸の美少年で、不幸っぽいです。
が、断言しよう、奴こそラッキーボーイであると。(ぇ)
つか、ひじりん儚げな容姿と設定に反して結構ポジティブだし、人生謳歌しまくりですよ。人生めっちゃ楽しんでますよ。間違いなくコイツ不幸どころか幸せ人間ですよ。最後ノーリスクで助かっちゃうし!
なんてことを置いといて、ここまでご読了いただきありがとう御座いました。少しでも皆様の心に残る作品になれれたら幸いにございます。
PS,アキのスリーサイズはT167、B74W65H78くらいの想定だったりするんだぜ。ちなみに骨太だから骨格ややでかいだけで太ってはいない。痩せてもいないけど。