前編
どうもばんははろ、EKAWARIです。
今回は冬の童話祭ということで、童話風の話に挑戦してみました。童話になっているかはわかりませんが、薄幸の美少年とお元気悪魔っ子の奇妙な共同生活ストーリーです。
3話完結予定です。
あるところに、一人の男の子がいました。
その男の子は生まれつき体が弱くはありましたが、両親の愛を受けてすくすくと育ちました。
彼は幸せでした。
父や母は優しく、仕事が忙しくても、合間を縫って男の子をとても可愛がってくれていたから、親の愛を信じていたから、だから彼は幸せでした。
けれど、二人はある日事故でぽっくりと亡くなってしまったのです。母のお腹にいた子供ごと。
少年・・・夜来聖を一人置き去りにして。
両親と一緒にいれたのは月に数えるほど。だけど数え切れないほどの愛情をそれまで貰ってきました。どんなに仕事が忙しくて家に帰れず、聖とお手伝いさんだけで過ごしている夜でも、入院して過ごす夜でも、両親からの電話がかかってこない日はなかった。
けれど、それももう失われたのです。
それは哀しいことだったのかもしれません。
でも一人取り残された少年はぽっかりと胸に穴が開いて、あったのはただ喪失感でした。
そうして、5年ほどの月日が流れました。聖は17歳になりました。
「・・・余命1年、ですか」
いつもの病院、いつもの身体検査へと聖はやってきていました。そこで医者に告げられたことは「このままだと1年ほどで君は死ぬ」といったものでした。
「ああ・・・でも手術をすれば或いは」
「いえ、結構です」
いつもの髭の医者に、どことなく揺らぐような声でそんな言葉をかけられた聖は、自分の声でその言葉を遮り、そうはっきりと拒絶の言葉を吐きました。手術をすれば助かるかもしれない・・・そう希望を持たせるように医者は言うけれど、手術をするのならば入院しなければならないし、それに手術に失敗すればそのまま死ぬかもしれないのです。死ぬのと助かるのでは確率が半々・・・おまけに今回助かったとしても、病気が再発しないなんて保証はない。だからこそ医者が言葉を濁したということに聖は気付いていました。だから拒絶しました。
そもそも彼は別に己の命に執着があるわけではないし、長生き出来るなんて元から考えてもいません。だからこそ、手術に失敗した時のことを考えます。失敗して死んだ場合、彼は余生全てを病院で過ごすとことになります。残りの人生を病院でずっと過ごすくらいなら、短くてもたくさんの思い出がつまった自分の家で過ごしたい。そう思ったのです。
「医師、今までありがとうございました」
そうぺこりと頭を下げて、止める声も聞かず彼は出て行きます。
見慣れた病院の風景。見渡す限りの白、白、白。
思えば彼の人生はここか、自宅での風景がほとんどでした。それはもしかすると寂しいことなのかもしれません。聖は学校に行ったことも殆ど有りません。友達と呼べた人間もいません。入院中に仲良くなった子はいたけれど、彼らとは、彼らが退院するか、自分が退院した時が縁の切れ目。そういう人生を送ってきました。
親しい友人をもたない。そんな彼の心を慰めたのは両親の電話と、たくさんの本でした。聖は本が好きです。本を開き、物語に入り込むと、自分もそこの一員になったような気がするからです。空想の世界なら自由です。どこにでもいけるし、何でも出来る。だから本が好きでした。
だから、それも偶然といえば偶然であり、必然といえば必然だったのでしょう。
聖は病院からの帰り道、小さな古本屋を見つけました。とっても小さな店で、注意して見なければ見過ごしてしまいそうな木造建築物。これまた古そうな大きな汚れた看板には「古書屋」という文字が見えました。今まで気付かなかった店。聖は興味深そうにワクワクする気持ちを抑えつつ、中へと入っていきました。
「すみません、お邪魔します」
ぺこりと頭を下げ、小声で声をかけながら少年は奥へと入っていきます。外から見た様子よりはどうやら大きい店だったようです。奥のカウンターでは店主であろうおじいさんが頬杖をついて、ぐぅぐぅと眠っています。それを見て聖は少しだけ驚き混じりに目を見開くと、ついでくすりと小さく笑ってから、置かれている本たちに視線を向けました。
てんでばらばらに置かれた無数の本達。数多の物語を紡ぐ大小様々な本たちは、聖にとって宝の山です。そうしてぱらぱらと見ていくうちに一冊の本に気付きました。
それは紫色の分厚い表紙がかけられた広辞苑ほどの大きさの本でした。ページをめくる側には小さな鍵穴があり、鍵を差し込むと中身を見れるようにしてあるみたいです。鍵穴を取り囲むように魔方陣のような6芒星と円をあしらった模様が書かれています。分厚い装丁に、ページを開くのを阻害するように取り付けてある鍵穴。一体この中には何が書かれているのだろう。興味津々に聖が本をこねくり回していた時でした。
「気に入ったのかい?」
気付けば、あのカウンターで居眠りをしていたおじいさんが、どことなく鋭い目で聖を見ながら目の前に立っていました。足音一つせずに目の前に現れたことに、聖は驚きます。
「えと・・・あの」
「気に入ったんならもって帰ってくれて構わない。ほら、鍵だ」
突如話しかけられたことにたいして、しどろもどろになる聖に構わず、そういっておじいさんは小さな鍵を聖に向かって放り投げました。弧を描いて鍵は聖の手元に納まります。それは確かに今聖が手にしている本の鍵でした。
「売り物でしょう?」
「そいつはいつまで経っても誰にも売れなかったんだ。だからいいんだよ。在庫処分だ。それにそいつもアンタを待ってたんだろうさ。気にせずもって帰ってくれ、嬢ちゃん」
「そういうわけにもいきません。金は払います。それと・・・オレは男です」
「ん?そうかい、そりゃすまなかった。でも、金は本当にいいんだ。そろそろそいつもタイムアウトするところだったからな。アンタが現れてくれて助かったくらいなんだよ。だから、礼を言うのはこっちのほうさ」
「それはどういう・・・」
そういって顔を上げた時、聖は目をまん丸にして驚きました。何故なら、今まで目の前にいたはずのおじいさんは忽然と姿を消したからです。慌ててカウンターのほうにも目をやります。そこは最初っから誰もいなかったかのように、あるのはほこりを被ったレジカウンターだけでした。
この本屋の中に人の気配は自分ひとりだけでした。
まるで全てが夢だったかのようです。でも手元に残った紫のカバーをした本と鍵はここにあります。夢ではありません。
奇妙な世界に紛れ込んだような不気味さはあります。だけど、聖はこんな不思議体験も悪くないか、そう思って、本を手に外へと出ました。
夜になりました。11月も上旬となったこの季節、夜が来るのは大分早くなりだしました。日が沈み、暗闇が支配する夜の世界。それに逆らうかのように、家々に灯りがともっていくその様を見るのが、聖は好きでした。
「ふぅ」
お手伝いさんが作った夕食を平らげ、窓越しに星空を見上げながら聖は吐息を一つつきます。
死んだ両親が残してくれたお金は、一人の人間を働かずして一生を養うほど莫大なものではありませんでしたが、それでも普通の人とは寿命の長さが違うだろう聖が、その生涯を終えるまでに使いきれるほど少ないものではありません。いえ、たとえ手術を受けるにしてもその費用を何回か賄えるくらいにはあるといっていいでしょう。
両親の死後自分の後見人となったのは、母の弟であるスウェーデン人のフレデリクさんでした。だけど、彼は他人・・・親類にも興味がなく、金などへの執着心も薄かった人らしく、あくまでも名義上の後見人になっただけで、両親の金を取り上げたりなどはしませんでしたし、一緒に住もうなどともいいませんでした。
『姉の残した財産など興味がない。君が好きにすることだ』
英語を交えながらのスウェーデン語でそういいながら、無愛想そうな顔をしてずいっと父と母の残した通帳を突きつけられたときは、つい苦笑したものです。売れない画家で、副業に建築デザインをやっているという彼は別に悪い人間というわけではないのでしょう。ただ、彼にとっては何よりも自分の時間、自分のことが優先されるそれだけなのでしょう。だから、きっと彼は聖が死んだとしてもきっといつもどおりで、その財産を欲したりなどはしないのだろうと聖は思いました。彼が執着していたのは自分の作品への評価であり、金ではないのですから。
だから聖は、自分で自分の死後の金の使い道も決めて、遺書を前から用意していました。
それは、自分が死んだら残った財産は全て赤十字へと寄付してほしい。そんな簡単な文章です。
遺書は大事に家の金庫に入れてあります。鍵をもっているのはフレデリクさんです。彼は無愛想で確かに自分を一番大事にする人種ではありましたが、それでも確かにお人よしで義理堅い人でした。彼が後見人の名乗りを上げていなかったら、きっと自分は今頃財産狙いの遠い親戚の中をたらいまわしにされていたことでしょう。そしてフレデリクさんもそれをわかっていたからこそ名乗りを上げたのでしょう。だから聖は、決して近い存在とはいえなかったけど、フレデリクさんを信用していました。
両親の思い出がつまったこの家に、未成年で親を亡くした聖が今も住めるのは彼のお陰。だから聖は空を見上げながら今日も彼へ感謝の気持ちを覚えながら、空を見上げ、祈りを捧げました。死んだ両親や、生まれてくるはずだったのにその前に死んでしまった弟を想って。
約一分の黙祷。
そうしてゆっくりと目を開いて、ふと自分の愛用している机の上を見て、それを思い出しました。
今日の昼間手に入れた、鍵のついた紫の本。
あの店での出来事はなんとも奇妙だったけれど、悪くはない気持ちでした。
くすりと笑ってそのときのことを思い出し、聖はその本を手にしてベットへと戻ってきます。右手には小さな鍵。そして穴に差し込んだそれは、カチリと、音を立て外れました。
「え?」
ばらりと解ける本。それは空中に浮かび、光と風を生み出します。そのあまりの眩しさに、聖は思わず目をつぶって、そして目を見開いたその時にそれを見たのです。
「やいやいやい、やぁっと、おいらを呼び出してくれたな!」
威勢よくかけられる、声変わり前の少年を思わせるような声。明らかに自分ではない人間の声が部屋に響きます。一体それは誰が言っているのか?
聖ははじめ、それを人形かなにかだと思いました。
まず目立ったのはふよふよと宙に浮く黒い羽。褐色の肌に黒髪、瞳は芥子色で、意志の強そうなつり目です。腕周りと腰まわりだけ露出度は高めですがあとは黒い布で覆われた体をしていて、顔立ちは少年にも少女にも見えます。「おいら」という一人称からしたら少年なのでしょうか。
翼が生えている。おかしな格好をしている。それだけなら噂に聞くコスプレなんだろうかくらいに思って聖は受け流していたでしょう。だけど、彼?を人形と誤解した理由、それは・・・小さかったからです。
元気な声で自分に声をかけたその子はちょこんと、手の平にのるほど小さく20cmほどの大きさしかなかった。たった20cmしかない人間なんているわけがありません。
「ふぃー、まったくこのまま呼び出されず忘れ去られるんじゃないかって焦ったって。あー、無事呼ばれてよかった。さて、それじゃ・・・うわあああ!?ちょ、アンタ何してんだよ!?」
聖はむんずとその小さな黒い羽根を掴み、べたべたと触りだします。
「ギミックとか、ないよね?」
聖のその目は興味津々の子供の目そのものでしたが、やられたほうは溜まりません。その小さな黒い少年?はジタバタともがきながら、喚きます。
「ねえよ!ってか、うにゃああ!?何処触ってんだ、離せー!おいらは玩具じゃねー」
「あ、ごめん」
言われて聖は全く日に焼けていない青白い手をぱっと離しました。
「全く、人の体触りまくるのはどうかとおもいまーす。って・・・そんなことは置いといて、コホンコホン。えー、とおいらはアキ、魔界よりやってきた悪魔見習いだ」
そう黒い羽のその子は威張るように胸を張りながら、アキと自身を名乗りました。
「悪魔?」
「そう!おいらは見習いとはいえ、正真正銘の悪魔なんだ、凄いだろー?」
えっへんと、得意げに話しながら、アキは笑います。
「それで、その悪魔がなんでここに?」
聖はなんてファンタジーなんだろうなんて思いつつも、心のどこかでは非日常に憧れていたので、アキが自身を悪魔と名乗ったことについては敢えてスルーして話を勧めました。悪魔なんて怖そうな生き物には全く見えないんだけどなあとも思ったけれど、口にしなかったのは聖の優しさでしょうか。
「あー、そのなんだ、学校の卒業試験だよ」
「・・・ぇ」
あっけらかんと答えるアキ。それに聖は首を傾げました。今この自称悪魔は「学校」といった。急に現実味を帯びた単語を吐かれて多少困惑気味です。
「えーとなー・・・学校の卒業試験で、誰か人間に呼び出されてそいつの願いかなえないといけないんだよ。魂と引き換えにな。これをクリアしないと正式に悪魔になれないし、進路とかも決まらないんだ」
どことなくばつが悪そうにアキはそんな言葉を言いました。
「これクリアしないと卒業出来ないんだけどさ、おいら40年連続留年してて、もうクリアしないとちょっとおいらの命に関わるくらいヤバいんだ。でも、あの本屋に預けられて1年、だーれもおいらの本を買ってくれなくて・・・もう本当どうしようと悩んでたらアンタが手にとってくれてさ、正直助かったなあと思ったんだよ」
「・・・はぁ。そうなんだ」
うんうんと色んな想いをかみ締めるようにそんな言葉を吐くアキ。半分くらい何がなんだかわかっていない聖は曖昧にそんな返事を返しました。それに気をよくしたのか、元気溌剌にまた戻り、アキはせわしなく飛びながら、言います。
「なぁ、アンタ名前は?」
「聖。夜来聖だよ」
「そうか。ヒジリ頼む!願い事をしておいらと契約してくれ!もう、これが最後のチャンスなんだ。おいらが正式に悪魔になれるのはこれを逃したらないんだ!ほんっと、頼む。おいらの魔力が持つ限りならどんな願い事でもかなえてやるから。そりゃ不老不死とかは無理だけど、それでも宝くじ一億円にあたるとか、嫌いな奴をすっころんで怪我させるとかはお茶の子歳々だし、それに・・・」
そんなアキの言葉を遮って、聖はある質問を口にしました。
「ねえ」
「ん?」
「君は人間の姿にはなれるの?」
「?それくらい楽勝だけど?って、じゃなくて、だからとにかくなんか願い事叶えてやるからおいらと契約して!魂を死後もらうことになるけど、その代わり願い事は全力でおいらが叶えてやるから、だからえーっと頼みます。ほんと、お願いします!おいらと契約したってください!」
「いいよ」
「へ?」
アキはきょとんとして聖を見上げます。それは言ったはいいけれど、承諾されるとは思っていなかった、とでも思っていたような顔で、思わず口元をゆるませ、くすりと笑いながら聖は次の言葉を口にしました。
「魂でもなんでももっていっていい。いいよ、君と契約する」
それに戸惑いつつ、しどろもどろにアキは言います。気のせいか、羽はしおしおと垂れ下がっているようです。
「えーと、おいらは助かるけど、本当にいいのか?よく考えてから契約はしたほうがいいと思うぞ?クーリングオフとかきかないんだぞ、いいのか?」
自信なさげなんだか、心配げなんだか、そんな顔で見上げるアキに対し、聖は柔らかで慎ましい笑みを浮かべたまま、首を一つ縦に振りました。
「いいよ。君だって困っているんでしょ?」
「そりゃそうだけど。じゃなくてさ、こう・・・やっぱ即決とかはどうなんだろうとおいらは思うわけで・・・本当にいいのか?天国とかいけなくなるんだぞ?」
そういってくる様はやっぱり悪魔には見えないし、悪魔に向いてもいないと聖は感じました。まあ、悪魔なんてものの実体がどうなのかは想像でしかないですが、それでも少なくとも目の前のアキからは悪意は欠片も感じません。だから余計に強く聖は心を決めました。
「それで構わないよ」
「うーん・・・うー・・・まぁ、いいと本人が言ってるんならいっか。それで願い事は何にするんだい?」
「オレの願い事は・・・」
思い出すのは5年前の出来事。事故で死んだ両親と、生まれてくる前に死んだ弟のこと。
全てに置いて行かれた夜。
「君に、オレの家族になってほしい」
続く
中編に続きます。