first kiss
「あっ!ちょっと、実遊!藤平君、帰っちゃうよ!バイバイぐらい言いなよ!」
親友の夏海が言う。
「い、いいよっ!別に!」
あたしは顔を赤くして、一生懸命、首を振る。
そうしている間に、藤平君は帰っていってしまった。
「もう!そんなバイバイ言うのにも照れてるから未だにキスもないんだよ!」
「う、うう・・・」
あたしは夏海の言葉に責められ、自分が小さくなっていくのを感じた。
藤平 直哉君。彼は、あたしの彼氏だ。
一年前の修学旅行で、夏海たちのいろいろな手助けのおかげで二人っきりになって、
あたしが口を開く前に、藤平君が、
「なぁ、宇和月。俺さ、お前が付き合いたいなら付き合ってもいいけど」
って言ってくれた。
たぶん、夏海あたりがあたしが藤平君が好きってことをバラしたんだろう。
付き合う前のあたしだったら、バラされたことを激怒しただろうけど、今となっては夏海様様だ。
付き合っている、と言っても話す機会が少し増えたというだけでそれ以上の進展は全くない。
あたし自身、自ら話しかけようなんてしないし、藤平君からも必要最低限のこと以外は話しかけられない。
藤平君は、かなりかっこよくて、すごいもててた。
でも、藤平君は告白してきた女の子にOKを出したことは一度もなかった。
なのに、なぜか藤平君はあたしに付き合ってもいいと言ってくれた。
普通なら付き合えるはずもないのだから、贅沢なことは言わない。
彼女、という称号が貰えただけでもあたしは死ぬほど幸せだ。
「ね、ねえちょっと、あれ・・・」
夏海が窓から校庭を見ながら言った。
「ん?どうしたの?」
「あれって・・・藤平君だよね?」
「えっ」
あたしは急いで、夏海のそばに駆け寄って、窓の外を見た。
「藤平君・・・」
校庭には帰るために教室を出ていった藤平君の姿があった。
でも、校庭に伸びた影はひとつではなく、ふたつだ。
藤平君の隣には、女の子がいた。
遠目からでも分かるほど可愛い子。
あたしの目尻がじわりと熱くなる。
ふたりは楽しそうに笑っている。
あたしは今まであんな笑顔を見たことがない。
あんなに楽しそうに話す彼も。
ぽろぽろと涙がこぼれる。
なんで?藤平君?そのヒト、だれ?
その瞬間、ふっと藤平君がこちらを向いた。
一瞬、ぎょっとした顔をしたが、いつものクールな顔に戻り、こいこいと手招きした。
あたしにやったんだと分かって、鞄も持たずにあたしは教室を飛び出した。
靴を履き替えて、息を切らしながら、あたしは藤平君たちから少し離れた位置で、立ち止まった。
「・・・来いよ」
「うん・・・」
藤平君に促されてあたしはおずおずとふたりに近づいた。
女の子はあたしを観察するようにじっと見つめている。
じっと見られて居心地が悪い。
「そんな見んなよ。奈緒」
「・・・」
奈緒、と呼ばれた女の子は見るなと言われたにも関わらずあたしを観察するのをやめない。
「おい」
次の瞬間、あたしはその子に抱きしめられた。
「かーわいいっ!!」
「え・・・」
「ちょっ、やめろ!馬鹿奈緒!」
藤平君が奈緒さんを引き剥がそうと、一生懸命奈緒さんを引っ張っている。
でも、奈緒さんは意地でも離れないというふうにあたしから離れようとしない。
離れたのは、数分後だった。
「ふぅ、満足♪この子でしょ?直哉の彼女って」
「ああ」
「さすが毎日電話してくるだけあって、可愛いわね」
「電話・・・?」
「うわっ、馬鹿!おまえ!」
焦っている藤平君を他所に、奈緒さんはあたしに向き直った。
「自己紹介が遅れてゴメンね。私は、三神 奈緒っていうの。青楼高校の二年生。貴女とタメよ。直哉とは中学が一緒で結構仲が良かったの。私たちはただの友達だから、貴女が心配することなんてなにもないわよ」
さっき泣いていたのを見られていたのだろう。少し恥ずかしかったが、友達だからという一言でほっとした。
「あぁ、貴女も自己紹介してもらえる?」
奈緒さんの通っている青桜高校は有名なお嬢様学校で、そういうところに通っているせいか奈緒さんからは気品が感じられる。だが、口調はかなりお嬢様とはかけ離れていて、そのおかげで親近感が持てる。
「あ、ごめんなさい!あたしは、宇和月 実遊です」
「実遊ちゃんね!これからよろしく」
「あっ、ハイ!」
「じゃあ、実遊ちゃんも見れたことだし、私そろそろ帰るわね」
「おお」
奈緒さんと藤平君はお互いに手を振り合い、別れを告げた。
奈緒さんは帰り際、私に耳打ちした。
「貴女が思っている以上に直哉は貴女が好きよ。毎晩、私に相談してくるぐらいにね」
奈緒さんは優雅に車に乗って、去っていってしまった。
「帰るか?」
「えっ、あっ、うん・・・」
一緒に帰ってくれるという意味だと分かって、とても嬉しくなった。
「あっ、待って。鞄とらなきゃ・・・」
「実遊!」
上空から声がして、鞄が降ってきた。
「わっ!」
なんとかキャッチして、見上げると夏海が笑いながらヒラヒラと手を振っていた。
「ありがと!」
あたしはお礼を言って、手を振り返した。
藤平君は自転車通学で、すでに自転車に跨って、あたしを待っていた。
「ごめんね!」
「いいよ。後ろ、乗れば?」
「うんっ!」
あたしが乗ると、藤平君は自転車を発進させた。
掴まっていいのかな・・・。
「掴まんないの?落ちるよ?」
「あ、うん」
許可されてあたしはそっと藤平君の体に手を回した。
風が心地よかった。
風に乗って流れる彼の優しい香りも。
ずっとこのままだったら、いいのにな。
そんな願いは藤平君の、
「ついたよ」
という声で打ち破られた。
本当に家に着くまでが一瞬のように感じられた。
名残惜しかったけど、あたしは自転車を降りた。
藤平君もなぜか降りた。
「今日は送ってくれてありがと」
「いや、別に・・・」
「それじゃあ・・・」
二人っきりっていうのは、なんか気まずくて、あたしは早々に別れを告げて、マンションに入ろうとした。
すると、藤平君があたしの手を掴んだ。
「ちょっと、待って」
「え?」
「あのさ、目瞑ってくんない?」
「え、なに?どうして?」
「いいから」
「う、うん」
何かされるのかとびくびくしながら、目を瞑ると次の瞬間、あたしの唇になにか柔らかい感触があたった。
びっくりして、目を開けると、そこには丹精に整った藤平君の顔が。
あたしはそこでやっと自分がキスされているんだってことに気づいた。
「藤平君?!」
「まだ俺、一度も言ってなかったけど・・・好きだよ、実遊」
「・・・」
信じられない。藤平君の口からそんな言葉が聞けるなんて・・・。
嬉しくて、言葉も出ないよ・・・。
「あたしも・・・好き。大好きだよ、藤平君」
「直哉、だろ」
「うん、直哉」
あたしと直哉の距離がかなり近くなった気がした。
ねえ、直哉。
ファーストキスって大切だって言うじゃない?
それが大好きな人とできたなんて、あたしって幸せ者だね。
ここまで来るのには時間がかかったけど、素敵なファーストキスをありがとう。
久しぶりの投稿です。
自分では結構、うまく書けたなと思う作品です。
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