3章 別離 1節
大学を卒業して4年目の冬の事だった。
あつしの幼友達である孝一から、ある日突然電話があった。
あつしは、今までなかなか受からない司法試験の勉強をしながら、弁護士事務所に助手として勤めていて、結構忙しかった。
孝一は大学を卒業してから彼が目標としていた大手ゼネコンに就職でき、エリートとしての道を歩んでいたと、そうあつしは聞いていたのだ。
孝一が入社したての1年目は張り切り目いっぱい仕事に打ち込み、そこそこの成果を上げていた。
2年目も難なく仕事をこなしていたが、3年目に入り孝一自信も油断が出来たのか、1つの小さなミスをし、商談がだめになったのだった。
その商談その物は大きな物ではなく、会社に多大な損失を与える物では無かったが、今までこれと言ったミスらしいミスをした事の無い孝一には、ショックだった。
そして、そのミスを取り戻そうと焦っていた。
そうする内に、またしても孝一も自分でも信じられない様な、簡単なミスをして、今度はお客を怒らせてしまった。
それからはまるでジェットコースターがスタートして、最高点に達し猛スピードで転がり落ちるかの様に、孝一の仕事ぶり次から次へと駄目になって行った。
仕事を与えられて、その仕事を今度こそはと頑張るのだが、かえって気負いばかりが先行して、終わってみれば散々な結果になって行った。
そしてとうとう、大きな商談を駄目にしてしまい、完全に立ち直れなくなっていた。
あつしに電話をしたのは、そんな年も押し迫った12月の事だった。
「あつし、俺、もうだめだ」
電話でそう言われたあつしは、何の事かさっぱり判らなかった。
「お前らしくも無く落ち込んだ声をだして、何かあったのかよ」
あつしは、そう訊いていたが、頭の中では今度の司法試験の事、そして今いる弁護士事務所の仕事の事でいっぱいだった。
孝一の事は、今まで仕事が順調に進んでいて『今、俺は幸せだぁ』と、言っていた位なので、今回の電話はさほど気にしていなかった。
「なんだよ、誰かに振られでもしたのかよ」と、あつしはからかい半分にそう言ったが、
孝一は、その言葉にまったく反応しなかった。
「もう、だめなんだ俺、もう何もかもやになった」と、かなり投げやりな言い方をした。
「そうか、それじゃあ久々に会って酒でも飲もうか」と、あつしが誘った。
「そうだな、・・・」と、孝一は何か躊躇していたが、構わずあつしは、
「それじゃあ、今度の金曜にでも俺んちで酒でも飲もうよ」
「うん・・・」力なく返事があって電話「うん・・・」と、力なく返事があってその電話は切れた。
その週の金曜日になりあつしは朝から仕事に追い回されるように忙しかった。
週末であった為、仕事を週内に片付けたいと言う思いも働いていた。
孝一との事を忘れていたのだが、なぜか時間内に帰りたいと言うよりも、時間内に仕事を終らせなければならないと言う、脅迫めいた観念もあった。