8章 友再び 3節
2日後、スタジアムは思わぬ熱狂に包まれていた。
スタジアムのメイングラウンドでは、ワールドカップの決勝トーナメントの1回戦があり、B組2位だった日本と、A組1位のヨーロッパの強豪国チームとの試合があった。
試合は0対0のままで、後半終了間際までどちらが勝つか分からないような試合だった。
しかし勝利の女神は、ロスタイムの2分間だけほんの少し日本に微笑んでくれた。
それはあまりにもあっけなく、またゴールとしてはいわゆる泥臭いゴールだった。
日本選手のミッドフィルダーが放ったミドルシュートは、ゴールから20メートル地点あたりからの当り損ねのシュートで弱々しく、相手のキーパーの前に居る敵選手のところにふらふらと上がった。
それを相手のデフェンダーがヘッドでクリアしようとしたが、シュートそのものにスピードがなく、当然ヘッドでのクリアも弱々しいものになった。
ポロリと落ちるように転がったボールが、たまたま詰めていた日本選手の足に当った。しかも当ったボールは、ノーマークでゴールの前に居た日本選手のフォワードの前に転がったのだ。
そのフォワードはそのボールを冷静に、そして確実にゴールに押し込んだのだった。
スタジアムは一瞬静まり返った。
相手国のサポーターは信じられないと言った面持で絶句し、また日本のサポーターは喜びのあまり絶句した
しかしその後、怒号ともつかない両国サポーターの声で、スタジアムは正に熱狂のるつぼとなっていた。
その試合の帰り道、ゆるい坂を4人で歩いて下っていた。
孝一が、桂子の袖をちょっと引っ張り「なあ、ちょっと話があるんだけど」と、桂子に耳打ちをした。
「え、なに」と、少し二人は立ち止まり、あつしと美奈代が先を歩くような恰好になった。
「俺と、」と、言いかけ「歩きながら話そうか」と、あつし達の後を少し離れて後を追うような格好で歩き始めた。
「俺とアメリカに来ないか」と、孝一が言うと、
「でも」と、桂子はためらった。
「いや、結婚しようとかそう言った意味じゃあないんだ。そばで暮らさないか、と、そう言ってるんだ。まあ、将来は結婚をしたいと思ってる」と、そこまで言った時の事である。
坂の上から、暴走してきた車が、孝一達の前を行きすぎ、そのままあつし達2人にまっすぐ突っ込んで行った。