6章 そしてドイツ 4節
そんな孝一を見てトムは小声で、
「おい、孝一。今見つかっちまうぞ」と、孝一のわき腹を突付いた。
それで孝一は、我に返りあわててアパートに背を向けた。
その時、桂子との距離は十数メートルまで近づいていたが、今の孝一はアメリカンな恰好だったが、日本に居た時のようなスーツ姿なら、簡単に桂子に見つかっていただろう。
孝一と、トムはそのまま今来た道をひっくり返し、駅の方に歩いて行く事にした。その十メートルくらい後を、桂子も駅に向かって歩いていた。
桂子は前を歩いているちょっと大柄な白人と、東洋人が居るのは判って居たが、それが孝一とトムであろうなどとは、まったく思っていなかった。
それよりも、キャスリンが今日連れてくるという、二人の方が気に掛かっていた。
今もその事に思いをめぐらしていたので、アパートの前で突然きびすを返した二人の事など、関心が無く、孝一達が心配するほどのものでもなかった。
二人と一人が、それぞれミュンヘン駅に向かってバスに乗り込み、そして駅でバスを降りた。
相変わらず孝一とトムが前を歩いていた。
桂子はふと歌声を聞いた。
よく聞き耳を立てて聞いてみると、それは学生時代よく聞いて、慣れ親しんでいたメロディでもあったし良く聞いていた声でもあった。
それは、あつしや孝一たちが組んでいた音楽ユニットで、よく彼らが練習前に歌っていた、その曲だった。
不思議に今の圭子は、なぜかそれを、違和感無く聞き流していたのだった。
『あれは、何て曲名だったかしら』と、記憶を探りながら、そしてその歌声のする方をよく見ようとした。
それは、アパートを出てから常に前を行っていた、二人組みから聞こえて来ていた。
『ああそうだ、あれはビートルズのイエローサブマリンって、言ったかしら』と、桂子が思い出したその時、歌声が途切れ、先程まで前を行っていた二人の姿が、見えなくなってしまった。
この辺り、文章が交錯してて、解り難いかと思いますが、ご勘弁を…