5章 ドイツへ 2節
「いつ、お前にドイツの知り合いなんか出来たんだ」と、あつしが聞きなおすと、
「ああ、トムの従妹がドイツのミュンヘンに住んでいるのさ」と、さらりと言った。
「そうか、それは又いい偶然だな」と、あつしが言い、「じゃあ又連絡くれよ」と、言って受話器を置いた。
切れた電話の受話器を持ったまま、孝一は冷や汗をかいていた。
もう少しでドイツに住んでいる、桂子の話を自分の喉の奥まで出掛かっていたからだ。
今回、あつしをドイツに行こうと誘おうと考え始めたのは、4時間前トムに会いに来たトムの従妹キャスリンの話を聞いてからだった。
キャスリンに会うのは今回、初めてだったがトムから話を聞いていたので、おおよその気性は聞いていた。
しかしトムの話以上にキャスリンは陽気で、よく何でも話す女性だった。
来ていきなりトムに「ねえ、聞いてよ」と、初対面の孝一に挨拶もせずに話し始めた。
トムが「おい、俺が俺の友人くらい紹介してから世間話にしろよ」と、キャスリンをとがめられたので、キャスリンはやっと幸一の方を向くと、これまたいきなり「あら、あなたも日本人なの」と、孝一にそう言った。
「おいおい、初対面の人に対してそれは失礼だろう」と、又キャスリンをたしなめた。
「確かに彼は、俺が日本へ留学中にバンドを一緒にやっていた日本人で、松井孝一って言うんだ」と、正式にキャスリンに紹介した。
「そうねトムには日本の知り合いがいても、一向に不思議じゃあない訳よね」と、トムに言ってから孝一に向き、
「私はキャスリンよ、よろしくね。どうせ私の事はこのトーマス、トムから聞いてるんじゃあないのかしら、ろくな事じゃあないと思うけど…」と言いながら、孝一に手を差し出し握手をした。
孝一は何か言い掛けたが、一瞬早くキャスリンが、
「私の周りに、日本人がいっぱい居るのよ」と、トムに向かって話し始めた。
トムは孝一に向かって、すまんなと、言うように肩をすぼめ目配せした。
孝一もちょっと手を上げ、まあいいさと、言う感じの合図を送った。
「なんだよ、お前ドイツに住んでるんだから、周りはドイツ人だらけだろう」と、トムが茶化した。
「そうじゃなくて、確かにドイツで町に出れば周りはドイツ人だらけよ。でもいつか言ったでしょ、私のルームメイトの事」と、トムにちょっと突っかかるように言った。