5章 ドイツへ 1節
雨の空を見上げあつしは、「また雨か・・・」と、つぶやき。雨にぬれながら涙橋を通り、帰路についていた。
今年の司法試験に無事受かり、司法修習生となり、前期修習もそろそろ終ろうとしていた。
修習生になり法を学べば学ぶほど。法は機械的でそれを使う人間によって、法に心が宿る事があつしに判ってきた。
その法を使う上で清い心を保とうと、普段はバスでアパートに帰るのだが、今日は駅からのアパートへの帰りは歩いて帰っていた。
ここを通ると、学生時代のまっすぐな澄んだ心になれる様に思うのだが、涙橋を過ぎて見えてくる喫茶店のカウベルが「カラーン」と鳴ると、やはりあの日の事を思い出し、あの日が終わりの始まりだったなどと、胸がキュンとなった。
でも、この店もまだやっていると思うと、何故か安心したりもした。
大学時代から住んでいるアパートはこの先にある。
小雨の中を濡れながらのんびりとアパートに帰って行った。
アパートの部屋に帰って着替えをしていると、電話がなり始めた。
最近アパートの自室に居る事はめったに無かったので、あつしは誰からの電話だろうと、いぶかしがりながら受話器を取ると、それはアメリカからの国際電話で孝一からのものだった。
電話に出るなり孝一はいきなり、
「あつし、ドイツだ。ドイツにサッカー見に行こうぜ、ほら、ワールドカップで日本が決勝トーナメントに出るだろう。最初の一戦目のチケットが手に入ったんだぜ、すごいだろう」と、一方的に喋った。
その喋り口調は、あつしから拒否する権利を一切奪い取っていた。
「で、いつなんだその試合」と、あつしはどうせ「いやだ」と、言わせないだろと腹をくくり日程を聞いてみた。
答えは「五日後。ミュヘンでの試合だからな、せめて一日前には来て積もる話でもトムと一緒にしようぜ」との事だった。
場所はミュヘン駅で待ち合わせ、と、言う事になった。
幸いパスポートも持っていたし、ワールドカップの出場国の国民であればドイツに無条件で入国できる。
「わかった、じゃあ行くよ」と、あつしが告げると、孝一は「それじゃあ詳しい事は、又ドイツに居るアメリカの知人と、話をして連絡をするよ」と、言った。