3章 別離 6節
ぼんやりこんなことを考えていたら、孝一は今までとはまったく別の話を始めた。
「お前、この部屋で、桂子と一緒に暮らしてたんだっけな」と、まるで感情を押し殺したかのように、そして、台本の台詞でも読むかのように淡々と、ぽつりと言った。
この時あつしは「はっ!」と、して悟った。
圭子が感じていたように孝一は桂子の事が本当は好きだったんだと。
桂子は以前一緒に暮らしていた時、冗談みたいに「こうちゃん、私の事好きなのかしら」と、あつしの顔を覗き込み『あなたはどうするの?』と、言う顔をした事があった。
あつしは、「そうなのか?」と、その時はあまり気にせず、話を聞き流していた。
だから今、あつしは孝一が何を言い出すのか、胸の奥がどきんとした。
桂子とは、別れて以来会っていなかった。今どこで何をしているのかさえ、あつしは知らないのである。
あつしはやっとの事で、のどの奥から声を絞り出すかのように「ああ」と、だけ言った。
「あいつ、桂子が、今何処で何やっているか、お前知ってるか」と、また単調な台詞を読むように問い掛けてきた。
「ん!俺が聞いた話では、フランスでデザインの為に、絵の勉強しているはずだけど、学生時代から絵の勉強をしにドイツに行くんだ、と、言ってたけれど、絵の方が先だとか言ってたからな」と、あつしは美奈代の結婚式以来、桂子とは会っていないので、それまで桂子から聞いていた事を、そのまま話した。
すると孝一は、「桂子の奴、今ドイツに居るよ」と、ポツリと独り言のように言った。
孝一もあつしも、そうほうが顔をまともに見てしゃべれなかった。
孝一はあつしの方を見てしゃべると、何かとてつもなく感情が噴出してきそうで、孝一自身怖かったからである。
そして、あつしもまた何故か過去の悪をいじられているようで、孝一のほうを見ると何か自分でも思いもしない感情が起きそうなのが怖かった。
「本当はな、桂子のやつお前には黙っててくれって言ってたんだけど、俺がアメリカに行っちまうと、しばらくお前とこうやって顔を付き合わせて、話す機会がなくなっちまうからな。この際お前に話しとこうと思ってな」と、ちらりとあつしのほうを見て言った。
「そうか、それで彼女、まだ絵の勉強、してるのか」と、切れ切れに訊いた。
「さあ、そこまでは俺も知らないよ」と、言ってごろんと横になった。
「それよりかなぁ、俺久々にベース弾くけどうまくひけっかなぁ」と、さっきのバンドの話題に変えた。
そして、その話題や今までの二人の生活などを、久々に明け方まで話した。
この章の副題、結構悩みました。