3章 別離 4節
目をあけると、屋上にいた警官たちが自分たちは、なぜ自分たちは、ここにいるのだろうと、言うような顔をして、みな所在なげに突っ立っていた。
「おい、あつし、重いよ」と、先ほどから孝一の上になっていたあつしに、抗議の言葉が下から発せられた。
「いやすまん」と、いって一応離れはしたが、
「しかしお前大丈夫か」と、問い掛けると、
「それがな、さっきから空の上を何か飛んでるんだよ、その姿を追いかけてきただけなんだけどな」と、まったく頓着の無い返事が返ってきた。
あつしはとりあえず、孝一の方に注意を傾けつつも、先ほど電話してきたと思しき警官に
「大丈夫ようですが、一応署の方に行きましょうか」と、尋ねると、
「君たちは誰だね、私はここで何をしていたのかね」と、まるで記憶喪失者みたいなことを口走っていた。
そこであつしは、今までの事をかいつまんで話をして見たものの、まるで納得がいかないようでありはしたが、結局、警察官ともども署の方に行くことになった。
その頃、ビルの下では集まっていた人たちが上を指差し、
「アー、UFOだ!」と、騒いでいた。
空にはふらふらと、なんだか頼りなさそうに銀色の物体が浮遊していたが、まもなくすっと消えていった。
口々に、「今のなんだったんだろうね」などと、話しながら誰もが今までビルの屋上で起きていたことなど忘れ、思い思いの方向に散っていった。
警察署に孝一たちと行き、担当警察官の机の上にあった孝一に関する書類で警察官たちも納得し、書類を仕上げた後、二人は無事警察から出られることになった。
二人はとりあえず、あつしの部屋に行こうと言う事になり、タクシーを拾った。
車中であつしは、ちょっと考え込み暫く黙って腕組みをしていた。
沈黙を破ったのは、孝一の方だった。
「俺、見えたんだ・・・」と、ポツリと言った。
「えっ」と、何を言ったんだろうと、あつしは孝一の方を振り向いた。
あつしは、先ほどビルの下でぶつかった男の事を考えていた。
なぜかあの男の顔を見た時、青年だった頃の、なぜか思い出してはいけない甘酸っぱい記憶が、甦った様な気がした。
それは、辛かった様な、とても幸せだったようなとても複雑な物だった。
しかし孝一は、あつしのそんな思いなどみじんも考えもせず、自分の話を続けた。
「見えたんだよ。何て言うのかな、俗に言うだろうUFOって奴かな。警察に保護されてあつしが来てくれる間、ぼんやり窓の外を見ていたら、ぼんやり銀色の船体って言ったらいいのかな。丸い物が空中に浮いているのが見えたんだ」
「そうか」と、あつしはあまり真剣に取り合わなかったが、孝一は続けて話した。
「それを追いかけて外に出て行ったら、いつの間にかあのビルの屋上に居たんだよ」
「そういえばお前、人が見えない物を時々見えるって、よく昔から良く騒いでたよなぁ」と、あつしはいつもの孝一に接する時の笑顔に戻り、話を茶化しながら言った。
「うん、でも誰も信用してくれなかったよ。まあお前だけは話だけは付き合ってくれてたよな」と、孝一は、親指でちょっとあつしの方を指して、言った。
「そのUFOみたいなのを、見ていて思ったんだけどな、俺、会社辞めて、アメリカに行って昔夢中になっていた時のように、また音楽をやろうと思う」と、突然言い始めた。
「えっ」と、今度は驚きの声を出してあつしは孝一を見たが、孝一は彼が物事をこうすると決めた時のいつもの顔になり、もうガンとして人の意見に翻弄はされないよと、言う態度になった。
あつしは孝一がこの顔と、態度を取った時は何を行っても聞かないことを知っていたので、また、タクシーがあつしの部屋に着くまで、今度は腕組みをして、考え込んでしまった。