3章 別離 3節
よく見ると、それは孝一であった。
彼は、空の一点を見つめながら、何やらぶつぶつと言っているように見えた。
このままではいけないなと思い、とにかく孝一の所まで行って見る事にした。
そしてビルの方に行こうと、見上げたまま進んでいると、不意に誰かとぶつかった。
その男も上を見ていたらしく、驚いて振り返ったが、その男の視界からあつしは消えていた、あつしはぶつかった拍子に転んでしまっていたのだ。
あつしは転んだ拍子に足をひねったみたいで、起き上がろうとすると足首が少し痛かった。
何とか起き上がり相手の男を見ると、その男は小声で、「うるせぇや!」と、捨て台詞とも取れるような言葉を言いながら、まるであつしから逃げるように、人ごみの中に消えていった。
失礼なやつだ「ご免」とか何か、言葉は無いものかねと、思ったがすでに男の姿は人ごみの中に紛れていて、その言葉を相手に言うチャンスを逃してしまった。
何処かで会った様な気もするけど誰だったかなと、何となく不思議な思いを感じつつ、痛めた足を少し引きながら、そのビルの屋上にたどりついた。
そこには数名の警官が、孝一から距離をおいて取り巻いていて、その中で一番の上司であろう人物が孝一に、
「おい思い直せよ、死ぬ事は何時でも出来るぞ。」と、なんだか死んでもいいような、死ぬのはよせと言っているような、訳の分からないことを口走っていた。
きっとあの人もパニクッてるのだなと、思いつつその人に、
「あのぅ、織田ですが。」と、言うと、
「ああよかった、来て頂いてありがとう。」などと、その場にそぐわない挨拶をされた。
その声は、事務所の電話で聞いた声の主に間違いなかった。
「あなたが私に電話を?」と、あつしが尋ねると。
「そうです。あの時話してる間、彼からちょっと目を離した隙に、ふらふらと署から出て行き、ここまで上がってきたんですよ。」と、言いながら、暑くも無いのにハンカチを取り出し、すまなそうな顔をそのハンカチで拭いた。
「ここに来てからは、ああしてずっと空を見上げて、時々訳のわからんことを言っています。もう我々にはどうして良いかさっぱりですわ。」と、いって孝一の方を顎でしゃくって見せた。
「そうですか、それじゃあ、僕が話して見ましょう。」と、いって前に出ようとしたその時、ちょっとした屋上のコンクリートのでこぼこに、先程痛めた足を引っ掛けてしまった。
悪い事に、前のめりになりながら起き上がろうとするものだから、体は前方にいっそう加速され、一気に孝一の所まで突き進み、孝一に体当たりするような格好になった。
その衝撃でビルから孝一が落ちそうになったので、とっさにあつしが手を伸ばし、孝一を抱きかかえる格好になった。
しかし、二人の体は足がビルの端にかかりはしていたが、二人の体はすでに45度以上傾いでいた。
そして下からは、「アー!」と、いう叫び声とも諦めの声ともつかない声が、いっせいに人々の口々から発せられた。
あつしも「しまった!」と、思ったが目を閉じ、もう成り行きに任せるしかなかった。
その時、目を閉じていても辺りが明るくなり、二人はビルの内側に倒れこんでいた。
目を閉じていたあつしは、自分たちがどうなったか分からなかったが、床にぶつかる軽い衝撃があった。
「イテ!」20階から落ちると、このくらいの痛さですむのかなと、思っていたら、今度はまだ目を閉じているそのまぶたも通すような、赤い光線がまるで稲妻のようにあたりを照らした。
ちょっと、純文学とは離れた現象が起こってしまいましたが、これは、「青い蝶」を、読まれると納得されると思います。