第壱話 人護る神の伝承
自創作『天降りし忌子』(てんくだりしいみこ)の世界観が少しでも伝わったらなと思い、小説を書いてみました。
小説を書くのは初めてなので、おかしい所が多々あるとは思いますが、温かい目で見ていただけると幸いです。
2026/06/08 その姿はさながら、の描写の追加。
"天神様" "天使ヰ様"
この世には魑魅魍魎から護ってくれる神様がいるという。
人々はその神様を"天神様" "天使ヰ様"と呼んでいる。
自然物、自然現象、災禍──
万物に神は宿り、世に八百万の神がいるというけれど。
そんな神様が本当に存在するのだろうか?
それに、この世に魑魅魍魎なんて……。
少年はそう思っていた。
ある光景を目にするまでは──
時は申の刻下り。
空は灰色の雲で篭められており、陰鬱な静けさに沈んでいる。
鈍色の曇り空は不吉の前兆を表しているかのようだ。
一滴、二滴、三滴……ぽつりぽつりと雨が降ってきた。
「あ。雨……」
降り出した雨を見て少年は呟く。
(傘、持ってきてないんだけどな……)
どうしよう、と思うが、誰かに傘を借りるような当てもない。
考えているのも束の間。穏やかに降っていたその雨は、激しく、驟雨の様へと変わった。
「仕方ない……」
少年は濡れることを覚悟し、制服の上着を頭に被せ、走り出した。
止め処無く降る雨は、容赦なく少年の肌を刺す。
「あ〜〜、最悪……」
無論シャツはずぶ濡れになり、ズボンの裾は泥が跳ねていて、雨水が浸透している。
その姿はさながら海から上がった人かの様だ。
走る最中、その場に似つかわしくない、聳え立っているものが遠目に見えた。
「何だろ、あれ……」
少年は目を凝らした。
建物? ……ではないか。オブジェ?
あんな目立つ物、あっただろうか? しかし毎日通っている場所だ、見落としたりするはずもない。
なら、突然現れた物か……? そんな訳がない。急にできたりなど──
御伽話ではないのだから。
けれど気にはなる……。
ここでははっきりとは見えないので、少年は近づく為に走る足を速めた。
止まぬ雨。それどころか、オブジェの様な物に近づくにつれ、黒雲がいっそう立ち込め、雨は更に激しくなり、飆風も巻き起こってきている。
(これ以上は近づけない、けど──)
雨風に幾分か覆われているものの、今度ははっきりと、"それ"が見えた。
「結、界……?」
有り得ない。……とは思いつつも、そうにしか見えなかった。その証拠に、今自分の口から「結界」という非現実的な言葉が漏れ出たのだから。
その"結界"にはよく分からない模様のようなものが施されており、それは異様な雰囲気を醸し出していた。
少年が暫くその"結界"を見つめていると、
ピシッ……
その"結界"に、ひび割れた音と共に亀裂が入った。
「えっ……」
突然の事に少年は戸惑った。
亀裂の入った"結界"の隙間からは黒いモヤの様なものが出ている。
(何か黒いのが……。あれも、何──?)
などと思っていると、"結界"の亀裂が更に広がり、瞬く間に砕け散り、破片が飛び散った。
少年は咄嗟に腕で顔を覆い、目を閉じた。
(………? 痛く、ない……?)
……痛みを感じない。
少年は恐る恐る目を開けた。
飛び散った破片は地面に落ちることなく、消失していっているようだ。
同時に、黒いモヤの様なものを纏っている生物……? そして、人──?
いや、しかしその"人"の様な者達は、見る限り人間の身体能力を遥かに上回っている様な動きをしている。
少年の瞳にはその者達の姿が映った。
人の形をしていて雨合羽の様なものを着用しているが、その肌は今にも飲み込まれてしまいそうな闇色をしている者。
濡烏色をした髪に、軍服かの様なものを着、その手には細剣を握っている者。
目元は面を被っており、隠れている。
ふんわりとした短めの髪に、外套を被り、ひだ飾りであしらわれた衣類を身に纏い、幼い体躯をしている者。
こちらも仮面をしており、顔を見ることはかなわない。
側には真っ黒な生き物が居る──?
他にも──
「………………」
……言葉にならない。一体何が起こっているのか。
現実として起こり得ない事ばかりが起こっている……。
どうしてこの様な事が。
彼らは、何者なのか。
回らない頭でそんな事を考えていると、雨合羽の様なものを着用している、恐らく人ではない者が、掌からふわふわと浮いた濁っている液体を出し、どういった原理なのかそれが槍状に変形し、こちらへと投擲してきた。
「早────ッ……」
その槍状のものは凄まじい速度で飛来してきていて、躱せない──
少年は自分の死を悟った、が──
その時、キン──ッと金属音が全体に鳴り響いた。
先程見た細剣を握っている、軍人かの様な身形をした者だ。
その者はその細剣で槍状のものを弾き飛ばしたのだ。
(え……僕を、助けてくれた……?)
この者も、人ではないであろう者の仲間だと思っていたのだが。
……もしかすると。
以前祖母から聞いたことがあった。
「この世には魑魅魍魎から私達を護ってくださる神様がいる」──と。
この者達がそうなのだろうか。
本当に存在するというのか。自分達を護ってくれる、という"神"など……。
「おい、人間」
座り込んで呆然としている少年に、冷ややかな声が掛けられた。
剣先を鞘に納めつつ、続けてその者は冷淡に言い放つ。
「此処に居ては邪魔だ。去れ」
「な……っ……」
どれだけ優しい言葉を投げ掛けられるのかと思っていたが、まさかの「邪魔」とは。
本当に彼らがその"神"なら、その様なことを言うだろうか……。
少年は彼の発言に衝撃を受けると同時に、なんだか残念にも思った。
「……あなた、何をボーッとしているの? 彼の言葉が聞こえなかったのかしら?」
いつの間に来ていたのか、背後から溜息混じりの声が聞こえる。
「……え……?」
困惑しながらも振り返ると、先程の幼い容姿をした者が立っていた。
彼女は腕を組み、太々しい態度でこちらを見下ろしている。
「あなたよ。そこの阿呆面さげたあなた。聞こえなかったの? 邪魔なの。さっさと立ち去ってもらえるかしら?」
阿呆面は余計だ、と少し思った。
「聞こえてるけど……。あなた達は……? あの怪物は!? さっきの"結界"みたいなのは!? それに……」
少年は聞きたいことが山ほどあったが、彼女がその言葉を遮った。
「あなた、質問ばかりね。でもその質問に答えてる暇はないの。さっさと立ち去りなさい。二度も言わせないで」
彼女の言葉には苛立ちが滲んでいた。
質問には答えてもらえそうにないようだ。
だが、命を救ってくれたのだ。お礼は言わなければ。
「あ、あの……っ、さっきは助けていただいて……」
言いかけて、人型をしている怪物が、人など簡単に飲み込まれてしまうであろう程の、巨大な球状の液体を生成し、それを少年達に向けて飛ばしてきた。
「……っ! 伏せなさい!」
彼女は少年を庇い、それから「有為! 万物呑む《不知魚》!」と呼び掛け、それに呼応する様に、彼女の側に居た黒い生物の姿が変わる。
鯨の様な姿へと変わったその生物は、ガバッと大きな口を開き、飛ばされたその液状の球体を丸呑みにした。
「……良かっ、た……」
と、安堵の息が漏れた。
しかし、その安心は一瞬で終わることとなった。
怪物は、少年達のすぐ側まで来ていた──




