初めてはいつもの喫茶店で
階段を上がるとそこは駅前。でも、駅に用はない。素通りしちゃう。駅を通りすぎたら迷わず交番の横を抜ける。迷っても人の流れに従って行けばいい。駅前の商店街を歩く。前を歩く人、横を歩く人につられてずんずん歩くなんて、したらいけない。気持ちまで急いてしまう。ゆったりと、ゆっくりと。優雅にとはいかなくても、楽しみながら、味わいながら。
中学のころよく行っていた本屋さん。いまは雑貨屋さんになってしまった。ちょっとわたしの趣味には合わないかな。洋食屋さんからは、美味しそうないいにおいがしている。入ったことはない。なかの様子がわからなくて、なんだか入りづらい。気にはなっている。なってはいるんだけどね。
前に来たときよりラーメン屋さんが増えたかな。角にあった立ち飲みのバール的な飲み屋さんも、ラーメン屋さんになっている。ケッコー入れかわっちゃってる。来るたんびに雰囲気が変わる、とまでは言わないけれど、前に来たときよりだいぶちがった印象。そのことに戸惑いとさびしさと、すこし、期待と。でも、わたしが惹かれそうな新しいお店は、なかったかなあ。
最初の踏み切りを渡る。踏み切りの手前にケーキ屋さんがあったはず。ここもなくなっていた。けっこうスキだったんだけどな。踏み切りのあっちとこっちでだいぶ違う景色。人が極端にすくなくなる。そのせいもあって静かだ。道も狭くなる。
その狭い路地をくねくね歩いていく。立ち木に隠れるみたいに恥ずかしがりやのかわいいお店がある。お姉ちゃんに連れてきてもらうまで気がつかなかった。この路地、昔からよく歩いてたんだけど。その最初のとき、ああ、このお店は、わたしのお気に入りになるんだなあ、と、まだメニューも見ないうちからそう感じた、そのわたしの直感はみごと当たり、いまだにわたしのなかの喫茶店部門で一番上の位置をキープしている。
―いい雰囲気ですね
―でしょう
大学でひとつ下のタカナシくん。なんだか、わたしのことが気になるみたい。告白はされていない。されてはいないけど、なんかわかる。そんな感じがする。タカナシくんの気持ちはそうだとして、わたしは、どうなんだろう。
―はじめてのお店って、なに頼んだらいいか…
―わたしは…
ちょっと、考えてしまった。いつもはメニューなんて見ずクリームソーダだけど、今日はどうしよう。クリームソーダ頼んだら、子どもっぽいと思われてしまうかな。幻滅されてしまうかな。別に、特別な関係を望んでいるのではないけれど、嫌われたいわけではない。なんというのかな、先輩としての威厳、みたいなもの。それに、はじめての、いや、まだ付き合ってないからデートではないかな。付き合ってなくても、デートでいいのかなあ。いや、だから、そもそもわたし、タカナシくんのこと…
―先輩、決まりましたか?
―え、あ、う、うん
選択が難しい。いや、そんなに難しく考えることもないんだけど。年下の男の子との喫茶店経験がないから、必要以上に考えてしまう。年上とだったらクリームソーダでもいいかなってと思う。子どもかよ、みたくイジッてくるのでもかまわない。スルーならそれでもいい。
喫茶店なんだから無難にコーヒー、とも思う。でも、あんまりスキじゃない。苦いのがちょっと。やっぱり子どもなんだなあ、わたしって。それで、わたしが飲めるもので、かつ、子どもっぽくないもの、なおかつ、無難な、ということで紅茶となった。
―ぼくは、クリームソーダを
―かしこまりました
タカナシくんがクリームソーダを頼むとは思ってなかったから、クリームソーダと聞いたとき、グン、と目に力が入ってしまった。タカナシくんは、店員さんの方を向いてたから気づかれずにすんだけど。
店員さんが行ってから、タカナシくんは、軽く言い訳でもするみたいに話しはじめた。
―子どものころから喫茶店に行ったらクリームソーダだったんですよ。なんか懐かしいなあと思って頼んじゃいました。なんか、子どもみたいですよね
―ううん、いんじゃないクリームソーダ、いいと思うよ
◇ ◇ ◇
―わたし、クリームソーダにするう
娘は、喫茶店に来るといつもクリームソーダだ。いったい誰に似たんだろう。
―そういえば、初めてのデートのときもクリームソーダ頼んだなあ
―あのときは、まだわたしたち付き合ってもなかったでしょ
―え、そうだったかなあ
―ご注文お決まりでしょうか?
―ああ、えーとねえ
この喫茶店には、もう何度も来てるのだけど、これは初めてのこと。今日は、三人そろってクリームソーダを注文した。




