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面倒なので黙っていたら天才参謀と誤解されました  作者: 濃厚とんこつ豚無双
第二部 三ヶ月戦争編

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第三十八話 奏上(1)

控えの間で、クラウスは宮内官の手元の名簿を確かめた。

今日の奏上に列席する方々の名だった。


「これだけの方々が?」

「はい。グラーフェン大公殿下をはじめ、各邦よりお越しの方々にも御臨席いただいております。陛下の御意向でございます」

「そうですか」

「戦況の御報告にお使いになる図面は、既に中へ運ばせました。お手元の書類は、そのままお持ちください」


名簿を見ると、思っていたよりも人数が多かった。

何より、自分だけがその中で浮いているような気がして酷く居心地が悪かった。


「お進みになる位置は、先ほど申し上げた通りです。その後もお打ち合わせの通りに」


頷くと、内側から扉が叩かれた。

宮内官が説明を切り上げ、左右に立つ従僕へ頷く。

両開きの扉の先には、正装の人々が並んでいた。胸元の勲章や飾緒が、窓から入る光を受けている。


「クラウス・フォン・ライフェンベルク中佐、御前へ――」

「おお、ライフェンベルク! 待ちかねたぞ、余のヴォルケンシュタイン!」


宮内官の声に重ねて、奥から声が掛かった。

クラウスは教えられた場所で足を止めたが、返事をするには、まだ少し遠い気がした。

というか、打ち合わせで教えてもらったものと手順が全く異なる。


ゲプハルト・フォン・ヴォルケンシュタインといえば、ベルヴァーニュ第一帝政の始祖帝オーギュスト一世を打ち倒した元帥である。

軍学院の教本にも肖像が載っていて、白い口髭の老人が馬上から剣を前へ向けていた。

その名を、今は自分の呼び名として聞いている。あの元帥と自分を並べるような話を、誰が陛下へしたのだろうか。少なくとも、自分の出した報告書には書いていない。


「……陛下。御前に召していただきましたこと、恐悦至極に存じます」

「うむ。顔を上げよ、もっとよく見せてくれ」


ブランデン国王であるヴァルデマール・ゴットフリート・クリスティアン・フォン・ブランデン――ヴァルデマール二世陛下は、椅子の前まで出てきていた。

整った顔立ちに、両端を跳ね上げた口髭がよく似合っている。

肖像画の方が実物に負けているという噂を、クラウスは初めて信じた。

胸には大綬と勲章が隙間なく並び、身を乗り出すたびにどこかが鳴った。

陛下は目が合うと、さらに一歩こちらへ近づいた。肩から腕まで遠慮なく眺める様子には、祖父に連れられて会った時の覚えがある。


「変わらぬな! レオポルト伯の孫にしては随分と細いと思ったものだが。今でも馬には乗っているか?」

「はい。必要があれば」

「必要があれば、か。うむ。よい、実によいな」


陛下が笑うと、左右からも笑い声が上がった。

どの辺がよかったのかはよくわからないが、機嫌を損ねなかったのでそこは安堵した。


「だが、今度は祖父とは違う働きでライフェンベルクの名を上げた。さぞ喜んでいよう。いや、実によくやってくれた。ホーエンエック公からも、君の働きは聞いている」

「身に余るお言葉でございます」


陛下の傍らには、グラーフェン大公が立っていた。

ホーエンエック元帥によく似た目元の人物だった。こちらが頭を下げると、小さく頷かれる。

その先には諸邦の君主や使節が並び、反対側にはローデン大将とリュトヴィッツ大将の姿があった。


隣にはバルク宰相もいた。

クラウスと目が合うと僅かに顎を引き、それきり陛下へ視線を戻した。両手を前で重ね、いつもより襟の高い服を着ている。


「これからは我々の時代だな、ライフェンベルク! 若い者に任せれば、これだけの仕事をするということだ! いかんせんこの宮廷も統帥府も、いささか老人が多すぎる!」


陛下は統帥府総長へ顔を向けた。


「なあ、リュトヴィッツ! 卿も、これで少しは楽ができよう」

「頼もしい部下を得ましたことは、まことに喜ばしく存じます」

「そうであろう、そうであろう。もっと早く働かせてやればよかったではないか。いつまでも中佐で置いておくには惜しい男だぞ!」


いつまでも中佐もなにも、今年中佐になったばかりである。

そう考えていると、リュトヴィッツ大将は笑みを浮かべて頭を下げた。

その隣でローデン大将がこちらを見たので、クラウスも慌てて陛下へ顔を戻した。


「統帥府を整えてきた甲斐があった! 諸邦の兵も、統帥府が揃えて使えばこの通りだ。各邦にも、その大切さは十分に分かってもらえたことであろう!」


陛下は左右に並ぶ人々を見渡した。

胸に幾つも勲章を付けたブランデンの将官が深く頷いている。その向こうでグラーフェン大公は、先ほどから変わらぬ顔で陛下を見ていた。


「大公殿下、御弟君も若い参謀の意見をよくお取り上げになった。老人というものはとかく自分のやり方を変えたがらぬものだが、あの方にはそのようなところがない」


そこで初めて、陛下はバルク宰相へ目をやった。


「弟も喜びましょう。もっとも、本人も随分と働かされてきたと申しておりますが」

「だからこそ、よい参謀を送ったのだ。今度の人選は間違っていなかったな、リュトヴィッツ」

「はい。よく勤めてくれました」


大公はクラウスへ顔を向けた。


「ライフェンベルク中佐。弟からの手紙には、各師団も最後までよく戦ったとありましたな」

「はい、大公殿下。元帥閣下の御指揮の下、各師団の方々には幾度も助けていただきました。私がここへ戻れましたのも――」

「聞いているとも!」


陛下が大きく頷いた。


「その将官たちが、揃って君を褒めているのだ。皆が自分の邦の兵のことばかり言っていては、あの勝利はなかったのであろう? そこを君がまとめた。余が喜んでいるのは、まさにその働きだ!」

「……恐縮です」


各師団の働きについて申し上げたはずが、結局、自分が礼を言うことになってしまった。

しかし、これ以外に答えようがない。


「さあ、聞かせてくれ。今日は皆にも、君から直接話を聞いてもらいたかったのだ。報告書は読んだが、実際にそこにいた者から聞くのが一番よい!」


陛下が椅子へ戻ると、宮内官がクラウスを図面の置かれた卓へ案内した。


「それでは、エルツェンにおける戦闘から、順を追って御報告申し上げます」


宮内官が卓の脇へ退いた。

図面には、第一軍の進路が赤、北から下りてくる第二軍の進路が青で引かれ、二本の線はアーベルニッツの西で寄り合っている。

クラウスは綴りを開き、要旨の一行目から読み始めた。


「九月二十四日、第一軍はエルツェン東方において、アルブレヒト親王の第三軍及びカールハイム大将の第五軍による攻撃を受けました。午前の戦闘で前哨陣地と中央高地を失い、北部、中央ともに後退を余儀なくされております」


クラウスは図面に示された第一軍の陣地を指した。

陛下も手元の報告書を開き、こちらが示す位置を確かめていた。


「北部のランツァウ師団から増援の要請がありましたが、軍司令部は中央からの反撃に軍予備を用いる方針を維持しました。敵第三軍と第五軍の間隔が開き、砲兵の前進も遅れたところへ、リヒター大佐の七十六式装備試験歩兵連隊を投入しております。反撃はザルヴィッツ少佐が立案し、エストルフ少将が各師団との調整を行い、ホーエンエック元帥が命じられました」


反撃の進路を示してから、高地の東側へ指を移した。


「同連隊は高地を奪還し、敵砲十門を獲得しました。続いてボートマー、デッケン両師団の予備が進み、高地の両側を確保。砲兵も前進して歩兵を支援しております。ランツァウ師団はその間、北部の戦線を保持し、帝国軍は両軍ともアーベルニッツまで後退いたしました。ただし、試験連隊の損耗は大きく、続く作戦へ投入できる状態にはありませんでした。兵員の補充と銃の整備を要するため、追撃には加わっておりません」


クラウスはそのまま、次の図面を広げた。


「その後、十月一日に第一・第二両軍で共同攻撃を行う計画のもと、第一軍は東進し、第二軍はグランツェルから南下いたしました。しかしそれに先立つ九月二十九日朝、帝国軍が第一軍への攻撃を開始しております。中央のボートマー師団が強い圧力を受け、前衛へ送った増援も押し戻されました」


図面には、会戦当日の三個師団の位置が記されていた。

中央の村を示すと、グラーフェン大公も僅かに身を寄せた。


「司令部では反撃及び後退について協議いたしましたが、ホーエンエック元帥は現線を維持し、第二軍との共同攻撃へ移れるよう兵を整える方針を採られました。軍予備の一部で中央の前衛を交代させ、後方で部隊を揃え直しております。南のデッケン師団からも中央との間へ兵を寄せ、中央の砲兵は北のランツァウ師団を援護しました。北部ではその援護が届く範囲で反撃を行い、敵を押し戻した後は兵をまとめ、追撃を控えております。第一軍は幾度も危機に陥りましたが、各師団の奮戦により戦線を維持いたしました」


ここまでの経過については、三個師団の報告にも食い違いがあった。

どの部隊を先に動かしたかという細部は省き、各師団が引き受けた役割だけを申し上げた。


「第二軍では、ハルトゥング参謀中佐の具申により、全隊の到着を待たず先遣部隊を急行させております。実際に戦闘へ加わったのは歩兵およそ一万と少数の騎兵砲で、後続はなお行軍中でした。この兵力を加えても総兵力では帝国軍が優勢であったと見られますが、第二軍の先遣部隊が北から攻撃に加わったことで、敵は東方へ退きました」


クラウスは最後の図面を広げた。

会戦場から国境までを収めたもので、帰還後に中央で受け取った続報も書き加えてあった。


「会戦後も両軍は連絡を保って前進し、現在、戦線は開戦前の国境まで戻っております。第一軍では各邦からの増援を編入し、戦闘中に所属を変えた部隊を戻す再編が進められております。両軍とも兵と馬の休養、弾薬の補充を要しており、今後の行動については、各軍の現状を改めて確認する必要がございます」


綴りの末尾まで目を通し、読み落とした行がないことを確かめた。


「以上が、両軍の戦闘経過でございます。ホーエンエック元帥をはじめ各指揮官の御指揮と、連戦の中でそれに応えた将兵の働きにより、敵を国境の外へ退けることができました」


陛下はしばらく図面を見ていた。

それから肘掛けを叩いて、立ち上がった。


「なるほど、素晴らしい! 流石は我が軍である!」


声が天井まで上がった。

将官たちの列から拍手が起こり、使節の列でも何人かが手を打った。


「こちらを待たずに敵が先に出てきて、数でも向こうが多かった。それでも第一軍は崩れず、第二軍は駆けつけた。諸卿、これが今の連邦軍だ!」

辛うじて持ち堪えた、と奏上したつもりだったのだが、どうやらそうは伝わらなかったらしい。

陛下はグラーフェン大公へ向き直った。

「各師団もよく戦ってくれた。余が大いに喜んでいると伝えていただきたい。しかしこれほどの働きを聞かされては、言葉だけで済ませるのも心苦しいが」


「確かに伝えます。陛下のお言葉は、各邦の将兵にとっても何よりの励みとなりましょう」

「うむ。リュトヴィッツ、功のあった者を漏らさぬように。第二軍のハルトゥングとやらも、よく間に合わせてくれたではないか」

「はい。功績の詮議は、両軍の報告を基に進めております」


総長が頭を下げると、陛下は大きく頷いた。


「負傷した者や、今も国境で任務に就いている者にも伝えてくれ。王都だけで祝って済ませてはならん。皆がよく戦ったからこそ、今日こうして勝利の報告を聞けるのだからな」


ローデン大将も承知いたしましたと答えた。

陛下はもう一度図面を眺め、それからクラウスへ顔を戻した。


「そして君だ、ライフェンベルク。諸将の働きはよく分かった。しかし、君自身の話はいささか少なかったな。元帥の報告には、もう少し詳しく書いてあったぞ」

「私の任務は、あくまで統帥府からの連絡と調整でございます。実際の指揮は、元帥閣下と各指揮官の皆様が――」

「分かっておる。しかしその者たちが君の働きを認めているのだ。余にまで遠慮することはない。第一軍を一つにまとめ、第二軍とともに勝利へ導いた。剣付の勲章を授けるに足る功績だ」


クラウスは頭を下げた。

御評価を訂正するのであれば今だったが、指揮官の名前は一通り申し上げた後である。もう一度同じ話を始めても仕方がなかった。


陛下が宮内官へ目を向けると、盆を捧げた従僕が進み出た。

開かれた箱の中に、勲章が収められていた。

控えの間で手順を教えてくれた宮内官が、卓の脇で小さく手を動かした。報告書を置いて、御前へ進むようにということらしい。


「さあ、こちらへ来たまえ!」


クラウスは綴りを卓へ置き、襟元を直したいのを我慢して御前へ進んだ。

陛下が箱の前へ進むと、列席者たちも身を正した。

宮内官が姓名と階級を読み上げる。その声を聞きながら、クラウスは教わった通りに足を止めた。


「クラウス・フォン・ライフェンベルク中佐。エルツェン及びアーベルニッツにおける卓越した働きと、連邦諸軍の勝利に寄与した功績により、剣付王国功績勲章を授ける」


間近で聞く陛下の声は、先ほどよりゆっくりとしていた。

クラウスは頭を下げた。御礼の言葉を申し上げようとしたところで、陛下が続けた。


「君には、この先も大いに働いてもらわねばならん。兵を休ませ、足りぬものを揃えたら、また前線へ戻るがよい。ホーエンエック公も君が戻れば心強かろう」

クラウスは顔を上げた。

陛下は笑っていた。

「そして今度はシェーンハルトへの道を開いてくれ。第一軍をあれだけ見事に動かした君なら、次もやってくれると信じている! この勲章を着けて、余にまた今日のような勝利を聞かせてくれ!」


陛下が箱の中へ手を伸ばした。

クラウスも箱の中へ目を落としたが、用意していた御礼の言葉は出てこなかった。


たぶん、黙って頭を下げればよかったのだろう。

その作法は知っている。

けれど、口をついたのは別の言葉だった。


「……畏れながら、陛下」


流石に声は震えていた。

それでも、前線で見てきたものと、宰相閣下や両大将から聞いた話を、ここで黙って呑み込むわけにはいかなかった。

自分が面倒事を回避するために、他人にもっと面倒を押し付けたくはなかった。


「アーベルニッツの働きに賜るものでしたら、謹んで拝受いたします。ですが、次の勝利のお約束として賜るのでしたら、私にはお受けいたしかねます」


陛下の手が止まって、盆を捧げていた従僕の肩が小さく揺れた。

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