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第2話起死回生の嘘――「怪我で魔法が使えない」というハッタリ

「アルカナ。すまなかったな、せっかくの料理を台無しにしてしまって」


父さんが申し訳なさそうに肩を落とす。私は首を振った。


「ううん、お父さんのせいじゃないよ。……全部、この歪んだカーストのせい。本来、エレメントに上下なんてないはずなんだよ。火は地を焼き、地は水を堰き止め、水は火を消す。円環こそが世界の真理だった。……なのに、あいつらがその輪を強引に断

ち切ったんだわ」

「?……よく分からんが、父さんを慰めてくれてるんだな。本当、いい娘を持ったよ」


「……違う。慰めてるんじゃなくて、これは事実を——」


「アルカナ! 髪にまで土がこびりついてるじゃないか。仕事は父さんに任せて、早く髪を洗ってきなさ

い。髪は女の命なんだろう?」


父さんは私の言葉を「優しい励まし」として受け流し、また暗い仕事場へと戻っていった。



私は一人、髪についた土を落とすために川へ向かった。

バシャバシャと冷たい水で顔も洗う。

水面には、燃えるような赤茶の髪と、悔しさに赤く染まった唇を持つ少女が、顔を歪めてこちらを睨んでいた。


私は、水面に映るその惨めな姿をパシャリと弾き飛

ばした。


私には、魔法の才能なんて欠片もない。

そう断言できるようになるまで、血を吐くような葛藤があった。

少しでも、自分の中に魔力が眠っているはずだと信じ、片っ端から古びた資料を読み漁り、魔法の構造を独学で叩き込んだ。

この世界の住人にとって、魔法は「生まれつき備わっている呼吸」のようなものだ。誰もその仕組みを知ろうとはしないし、疑いもしない。

けれど、私は知ってしまった。

知れば知るほど、己が魔法を使えない「欠陥品」であることを突きつけられ、同時に、誰よりも魔法の正体を理解してしまった。

魔法が使えないくせに、世界で一番魔法に詳しい。

その残酷な事実に、私はただ絶望するしかなかった。



「お父さん、このランプもガス欠だよ!」


高所作業用のはしごの上で声を張り上げるが、父には聞こえていないのか、振り返る気配がない。

私はもう一度、肺いっぱいに息を吸い込んだ。


「お父さ——」


その瞬間、足元のはしごが嫌な音を立てて大きく揺れた。

重力が視界をひっくり返す。反射的に頭を守ろうと、私は右手をかざした。


——ゴキッ!!


「ぎゃああああああああああああああ!!」


私の悲鳴が、砕け散った魔導ランプの破片と共に夜の街に響き渡った。




「えー、見事な骨折ですね。完治には三ヶ月はかかるでしょう」


街の医者は、あくびを噛み殺しながら淡々と言った。


診察室を出るなり、お父さんが私の前で膝をつく。

「アルカナ、ごめんなぁ! 父ちゃんの耳が遠いばっかりに、お前の綺麗な腕が……腕がぁ!」

「……お父さんのせいじゃないよ。私の不注意なんだから。こっちこそごめんね、病院代、高かったのに……」


家計の貯金箱を思い出し、私は胸を痛めた。明日のパン代すら怪しい我が家にとって、この出費は致命的だ。


「そんなことどうだっていいんだ! お前の腕が……お前の腕がぁぁ! うおおおん!」


トボトボと歩く父は、道中ずっと、夜道に響き渡るほどの大声で泣きじゃくっていた。



家に着くなり、父は鼻水をすすりながら仕事場へと引き返していった。


「アルカナ、父ちゃんは仕事に戻るからな。いいか、今日はもう絶対に動くんじゃないぞ!」


ドアがパタンと閉まり、あたりから音が消えた。

私はボフッと、力なくベッドに寝転がった。

(私は……どうしていつもこうなんだろう。お父さんの足手まといになりたくないのに。お金だって、カツカツなのに……)

重たい右腕を、天井に向けてかざしてみる。白く無機質なギプスが、吊るされたランプの光に照らされ

た。


この世界には、残酷な階級カーストがある。

誰もが、魔法を「血に刻まれた絶対的な才能」だと思い込んでいる。背が高いとか、力が強いとか、そういう「変えられないギフト」なのだと。

だから、誰も魔法を疑わない。誰も魔法を分析しようとはしない。


——だけど、私は知っている。


魔法は「才能」なんかじゃない。ただの「法則」だ。

魔力という「燃料」をどう燃やし、どう形作るか。それさえ正しく導けば、私のような「ゼロ」以外の人間は、誰だって無限の力を操れるはずなのだ。

……けれど。

上げっぱなしにしていた右腕が、ズキリとうずいた。

(……痛っ。っていうか、なんで魔法には「怪我を一瞬で治す術」とかないわけ? これじゃあ、怪我をした瞬間に、どんな天才だって魔法が使えなくなるじゃない)

不便さに悪態をついた、その時だった。


「……あ」


私は、ハッとした。

そうだ。私のような「魔法を使えない人間」は、こ

の世界に実在する。


——「怪我をした魔法使い」だ。


私は勢いよくベッドから身を乗り出した。右腕の痛みも忘れ、あるぶっ飛んだ計画を脳内に描き出す。

(私が魔法を使えないのは、才能がないからじゃない。……「大怪我を負って、一時的に魔力回路が閉じているから」だと言い張ればいいんだわ!)

魔法が使えないという致命的な欠陥を、この「ギプス」という最強の盾で隠し通す。


その間に、私の持つ「理論」をエリートたちに売りつければ……。


「……ふふ。いける。これなら、お父さんを楽にさせてあげられる」


暗い部屋の中で、私は不敵に笑った。







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