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同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


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第8話 口に出る形

名前をつけたからといって、すぐにそれが残るわけじゃない。


結人はそれをよく知っていた。


思いつきなら、今までもいくつもあった。

帰り道だけ妙にしっくりくる言い方。

部屋でメモに打った時だけ、全部が分かった気になるまとめ方。

そういうものは、次の日に現場へ持っていくと簡単に崩れる。


だから大事なのは、名前をつけたことじゃない。

その名前で本当に止まるかどうかだ。


朝、結人は机の前で端末を開く。


昨日のメモがそのまま残っている。

•終わった入り

•終わったと思ったあとに入り直す

•前、中央、手、足に出る

•枝

•入るな

•寄るな

•戻すな

•足戻すな

•核

•終わったと思うのが早い


そこへ、今日の1行を足す。

•次は、終わった入りが自分以外の口から出るかを見る


書いてから、結人は少しだけ息を吐いた。


多分、ここが大事だ。

自分で言って止めただけなら、まだ自分の中の整理に過ぎない。

でも、他人が口にして止まるなら、現場の言葉に近づく。


端末が震える。

澪からだった。


おはようございます


終わった入り、かなり良いと思います


今日見るなら

・同じ形がもう一度出るか

・天城さん以外の人が口にするか

の2つが大きいと思います


特に後者があると、一気に強くなるはずです


結人は、その文章をしばらく見つめた。


一気に強くなる。

多分、そうだ。


言葉が残る時は、意味が正しかった時だけじゃない。

他人が使いたくなるほど、短くて止まりやすい時だ。


結人は短く返す。


今日はそこを見ます


他の人の口から出るかを見ます


すぐに返ってくる。


はい


かなり大きい確認になります


端末を閉じる。


机の上には、昨日買った研磨石と予備布が置いてある。

短槍の石突きに巻く布も、まだ新品の固さが残っていた。


結人は槍を手に取り、傷んでいた部分だけ軽く巻き直す。

前なら、もっと擦り切れるまで放置していた。

少しだけ余裕ができると、こういう小さい手入れができる。


それだけで、今日は少し気分が違った。



灰石坑道の入口は、昨日より少しだけ人が少ない。


その分、立ち位置が見やすい。

誰が前へ詰めるか。

誰が止まるか。

誰が人の崩れを見ているか。


結人が近づくと、昨日見た顔が2つあった。

坂城迅と、真壁遼真。

真壁は大盾を壁際に立てかけ、手袋の留め具を直している。

坂城は入口の混み方を見ていた。


「おはようございます」


結人が声をかけると、坂城は短く頷いた。


「昨日の、書いたか」


「はい」


「どう書いた」


結人は少し迷ったが、隠すほどのものでもないと思った。


「終わった入り、です」


真壁が手袋を直す手を止める。


「終わった入り」


結人は頷く。


「終わったと思ったあとに入り直す形です。前にも、中央にも、手にも、足にも出るので」


真壁は少しだけ考えてから、苦く笑った。


「悪くないな」


坂城も短く言う。


「聞けば分かる」


その返しだけで、結人は少しだけ肩の力が抜けた。


通る。

少なくとも、完全に外してはいない。


そこへ、少し遅れて三枝透も来た。

細身の片手剣を腰に差し、相変わらず人の顔や目線を見るみたいに周囲へ視線を配っている。


坂城が言う。


「昨日の名前、ついたらしい」


三枝が少しだけ結人を見る。


「何て」


「終わった入りです」


三枝はそのまま前方の探索者を見たまま、小さく繰り返した。


「終わった入り」


一拍置いてから、ぽつりと言う。


「嫌な名前でいい」


結人は、少しだけ笑いそうになった。

多分、褒めているのだと思う。



1階層。


今日の灰鼠は、昨日よりさらに見えやすかった。


前の単独が1匹目を叩く。

少し勝ち気そうな若い探索者だった。

叩いた勢いのまま、半歩だけ前へ入る。


壁際で何かが走る。


結人が息を止めるより先に、後ろにいた真壁が低く言った。


「終わった入りするな」


若い探索者の足が止まる。

2匹目の灰鼠が、そのすぐ前を走り抜ける。


空振り。


結人は、その一瞬だけ本当に呼吸を忘れた。


出た。

自分以外の口から、出た。


コメント欄が一気に動く。


炭酸:きた


通り雨:他の人が言った


澪:かなり大きいです


迷子の斥候:通ったな


前の若い探索者が振り返る。


「今の、終わった入りっていうのか」


真壁は肩をすくめた。


「昨日こいつが言ってた」


若い探索者は結人を少しだけ見て、短く鼻を鳴らす。


「分かりやすいな」


それだけで、結人の胸の奥が少しだけ熱くなった。


分かりやすい。

多分、それが一番大事だった。


結人は配信へ向けて、短く言う。


「今のはかなり大きいです。終わった入り、が自分以外の口から出て止まりました」


少し呼吸を置く。


「多分、この坑道で通る言葉に近いです」


坂城が低く言う。


「まだ1回だ」


「はい」


結人も頷く。


「でも大きいです」


坂城は、それで十分だというように前を見る。



広場手前の鉱屑トカゲでも、同じ流れがあった。


壁際に紛れた1匹を二人組が見失う。

片方が真ん中へ詰めかける。


今度は三枝が言った。


「終わった入り」


言い方はかなり平らだった。

注意というより、見えたものをそのまま置くみたいな声だった。


二人組の片方がぴたりと止まる。

もう片方がすぐに付け足す。


「寄るな」


トカゲが壁沿いを走り、空振る。


結人はその一連を見て、頭の中で線がさらに濃くなるのを感じた。


終わった入り。

寄るな。

枝は違う。

でも核が先に共有されると、止める言葉が入りやすい。


三枝がぽつりと言う。


「見失ったあとも、同じなんだな」


結人は小さく頷く。


「多分、敵の種類より先に“終わったと思う早さ”があるんだと思います」


三枝はそれを否定しなかった。

少しだけ目を細めて、二人組の立ち直り方を見ている。



広場を越えたところで、ちょっとしたことが起きた。


通路脇の小さな売店で、水筒用の栓と乾いた布を売っている老人がいる。

ほとんどの探索者は素通りするが、結人は今日は立ち止まった。


昨日、包帯と研磨石を買ったせいで、手持ちを雑に使う気がしなくなっていた。

水筒の栓も少し傷んでいたし、槍の持ち手に巻く布も予備が欲しかった。


値段を見る。

少し迷って、結局両方買う。


ほんの小さい出費だ。

でも前なら、こういう物は後回しだった。


会計のあと、店番の老人が小さく言った。


「最近、前よりちゃんと買うな」


結人は一瞬だけ目を上げる。


「そうですか」


「前は壊れるまで使う顔してた」


老人はそれ以上は言わなかった。

だが、その言い方が妙に残った。


壊れるまで使う顔。

多分、前の自分はそう見えていたのだろう。


結人は買った布を袋へ入れ、軽く頭を下げる。


たったそれだけのやり取りなのに、少しだけ現実が変わっている感じがした。



2階層手前。


空気が少し重くなる。

人は多い。

でも、軽いまま踏み込むには嫌な静けさがある。


今日も荷喰い虫が出た。


継ぎ目の影から半身を出した顎が、前の探索者の袋口を狙う。

前の探索者が避ける。

そこで終わったと思って、右手が袋へ戻る。


今度は坂城が言った。


「終わった入りだ、戻すな!」


前半に核、後半に枝。

手が止まる。

顎がその横を噛む。

空振り。


結人は、その言い方にもかなり大きな手応えを感じた。


終わった入り。

戻すな。


やっぱり、核が先にあると通りやすい。

何が危ないかをまとめて言ってから、どこを止めるかを入れられる。


真壁が低く言う。


「手だけの話じゃなくなってきたな」


「はい」


結人は頷く。


「同じ形の中の手です」


三枝もぽつりと言う。


「だから昨日より分かりやすいのか」


前の探索者は少しだけ息を荒くしながら、こっちを見た。


「今の、終わった入りってやつか」


坂城が短く答える。


「そうだ」


その探索者は二度ほど頷いたあと、小さく言う。


「覚えとく」


かなり大きかった。


結人は配信へ向けて、静かに言う。


「今のはかなり大きいです。終わった入り、が手の戻りにもそのまま通りました」


少し呼吸を置く。


「しかも“覚えておく”って反応がありました」


コメント欄が流れる。


炭酸:でかい


通り雨:名前が残り始めた


澪:かなり強いです


迷子の斥候:核と枝の形が見えてきたな


核と枝。

結人も、その言い方がかなり近いと思った。



次は岩層猪だった。


正面から来る。

避ける。

前の探索者が、着地のあとに踏み直しかける。


今度は結人より先に、さっきの若い探索者が叫んだ。


「終わった入りするな!」


足が止まる。

その一拍あと、坂城が鋭く言う。


「足戻すな!」


床がずれる。

空振る。


結人は、その瞬間、本当に少しだけ呆然とした。


さっき灰鼠の時に止まった若い探索者だ。

たった1回聞いただけの言葉を、もう使っている。


コメント欄がまた一気に流れる。


炭酸:やばい


通り雨:もう広がってる


澪:かなり大きいです


迷子の斥候:自分で使ったな


若い探索者自身も、少しだけ驚いた顔をしていた。

でも、そのあと小さく笑う。


「……これ、言いやすいな」


坂城が低く言う。


「短いからな」


真壁も頷く。


「形が分かる」


結人はそのやり取りを見ながら、胸の奥が熱くなるのを感じていた。


短い。

言いやすい。

形が分かる。


それなら、多分残る。



坑道を出たあとは、昨日より少しだけ荷が重かった。

•灰鼠の牙 4本

•鉱屑トカゲの尾 2本

•微光鉱片 6片

•荷喰い虫の顎片 1つ

•岩層猪の蹄殻片 2つ


換金額は、昨日よりまた少し上だった。

大きくはない。

だが、着実に上がっている。


政府ギルドで相良環に袋を渡すと、彼女は中身を見てすぐに言った。


「昨日よりさらに良いですね」


結人は端末を受け取る前に、小さく頷く。


「今日は少しまとまりました」


「まとまり?」


相良が聞き返す。


結人は、少しだけ迷った。

でも、今日は言ってもいい気がした。


「灰石坑道の嫌な形に、名前をつけました」


相良はそれで少しだけ目を上げる。


「どういう名前ですか」


「終わった入り、です」


ほんの一瞬だけ、相良の視線が止まった。

値札を見る目ではなく、違いを見る目になっていた。


「終わったと思った直後に入り直す形、ですか」


結人は、少しだけ驚いて彼女を見る。


「……はい」


「分かりやすいですね」


昨日も似たことを言われた。

そして今日もそう言われた。


結人は、それだけで少しだけ救われる。


相良は査定を終えたあと、端末を返しながら言った。


「名前がつくと、共有しやすくなります」


結人は、端末を受け取ったまま小さく頷く。


「今日は、他の人も言っていました」


相良の目がほんの少しだけ細くなる。


「もう通り始めてるんですね」


その言い方は、妙に現実感があった。

思いつきではなく、通り始めている。

それは結人にとって、今日のどんな換金額より重かった。



帰り道、結人は昨日より少しだけ迷わずに買い物をした。


いつもの保存食。

それに加えて、小さい缶入りの温スープ。

それから、端末用の安い保護フィルム。


高価なものじゃない。

でも、全部“前なら後回しにしたもの”だった。


部屋に戻る。


狭い机の上へ、今日の換金票、買い物袋、研磨石、布、水筒の栓を並べる。

前より、机の上に“次に生き残るためのもの”が増えていた。


端末を開く。


配信アーカイブには昨日よりコメントが増えている。


終わった入り、分かりやすい


灰石坑道だけじゃなくてもありそう


今日の若い人も言ってたな


戻すなとセットで覚えやすい


結人は、その最後のコメントで少しだけ手を止めた。


戻すなとセットで覚えやすい。


やはりそうだ。

核だけでもだめで、枝だけでも弱い。

形をまとめる核があって、現場で止める枝がある。

その両方が噛み合って初めて残る。


結人は新しくメモを打つ。

•終わった入り

•核としては通る

•枝

•入るな

•寄るな

•戻すな

•足戻すな

•他人の口からも出た

•通る条件

•短い

•分かりやすい

•どこが危ないかを絞れる


打ち終わってから、結人は椅子にもたれた。


今日はかなり大きかった。

名前がついた。

他人の口から出た。

止まった。

換金も少しだけ良かった。

相良の言い方も、昨日よりさらに自然だった。


何かが少しずつ現実になっている。

そんな感じがあった。


机の上のスープ缶を開ける。

湯を注ぐ。

薄い湯気が上がる。


それだけの夜だった。

でも、前よりちゃんと生活の中に温かいものがある。


結人は湯気の向こうで、端末画面に残る

終わった入り

の4文字をもう一度見た。


明日も、灰石坑道へ行く。

まだ見えていないものがある。

でも、少なくとも今日は1つ、場に残る形ができた。


それで十分だった。


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