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同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


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78/113

第78話 正しさは一拍遅い

朝の政府ギルドで、結人は少しだけ足を止めた。


売店の前。

7階帰りらしい探索者が、連れに向かって言っている。


「音は遅れる。影が先。位置は今じゃない。

8階は前じゃなく横、開いた道が罠。

9階は青で出るな、屋根の下で待つな、空いた所に入るな」


かなり雑だ。

でも、かなり合っている。


結人はそれを聞きながら、水を2本、回復薬を2本、塩飴を1袋、それと小さいゼリー飲料を1つ買った。


自分の言葉が、自分の外で歩いている。


前は考えにくかったことだ。

でも今は、それがもう少しだけ日常に近い。


会計を済ませると、見覚えのない若い探索者が小さく頭を下げてきた。


「天城さん」


「はい」


「8階、通れました。

広場の正面じゃなく左奥ってやつで、初めて下りまで行けました」


結人は少しだけ目を上げた。


「よかったです」


「ありがとうございます」


短い。

でも、その短いやり取りがかなり重い。


助けられる側じゃなくなった。

そのことを、こういう時にいちばん強く感じる。



相良環の窓口へ向かう。


「今日は9階の先ですか」


「はい。

遅刻廃都圏の終点の形を、もう少し見たいです」


相良は端末を見ながら小さく頷いた。


「後ろにつく探索者は2人です」


「少なめですね」


「はい。

7階と8階は、言葉があればかなり通れます。

でも9階の最後は、まだ“その先”ですから」


かなりその通りだった。


7階は順番。

8階は道。

9階は合図と待機場所と空いた場所。


ここまでは整理できた。

でも、この圏域の完成形はまだその先にいる。


「今日は、終点までの手触りだけ持ち帰ります」


「それがいいと思います。

最後の相手に入る前に、圏域そのものの言葉が1本にまとまるなら強いです」


結人は頷いた。


「はい」



配信を始める。


遅刻廃都圏 / 9階 終点の手前


同接は51。


少しだけ増えた数字を見て、結人は変に浮かれないように息を整えた。

今やることは変わらない。


「天城結人です。

今日は9階の終点の手前まで行って、この圏域が何をまとめてくるかを見ます。

今ある言葉はそのまま使います」


コメント欄が流れる。


炭酸:きた


通り雨:まとめ回だな


澪:お願いします


迷子の斥候:この圏域かなり好き


凪:順番、道、合図。全部まとめて来る場所がある


「はい。

今日はそこです」



7階はもう、かなり速かった。


残刻犬。

床を見る。

音は後。


遅灯鴉。

影は先。

本体は後。


改札骸。

見えている位置は今じゃない。

灰の流れを見る。


言葉が立つと、景色の嫌さは消えない。

でも、嫌さの輪郭が細くなる。

それだけで通る速度が変わる。


8階も同じだった。


危ないのは前じゃない。

開いてる道が罠だ。


交差点を抜け、広場を抜ける。

案内板の陰より、シャッターの下。

明るい道より、閉じた口。

その優先順位がもう身体に入ってきている。


そして9階。


青は進めじゃない。

屋根の下で待つな。

空いた場所へ入るな。

正しい方へ寄るな。


大通り。

ロータリー。

停留所。

正面玄関。

全部“それっぽい”方を捨てる。


遅刻廃都圏は、通してみるとかなり綺麗だった。


人が街で当たり前に従ってきたものを、1つずつ裏返してくる。

順番。

道。

合図。

待機位置。

安全そうな空白。


その全部を捨てながら進んでいく。


かなり嫌で、かなり美しい。



建物裏のシャッター下を抜け、その先の地下駐車場スロープへは入らない。


今日はその手前。

9階の“終点が見える場所”まで行く。


正面玄関を捨て、停留所を捨て、開いた道路の中央を捨てて、建物群の裏手に回る。

サービス通路。

搬入口。

配管の露出した細道。


そこには、表の街とは違う景色があった。


壊れた配送カート。

積み上がった空のコンテナ。

非常扉。

従業員口。

人に見せないための動線だけが残っている。


そして、その先。


建物の裏と裏の間に、妙に広い空地があった。


表の大通りほど派手じゃない。

停留所も、看板も、青い灯りもない。

ただ、低いコンクリート壁で囲われた、四角い空地。


中央には、避難経路図だったらしい大きな掲示板の骨組み。

その下の地面だけが、やけに綺麗だった。

瓦礫が少ない。

ガラス片もない。

車の残骸も避けるように端へ寄っている。


空いている。

静かだ。

そして、いかにも“安全そう”だった。


結人の喉が少しだけ冷える。


「……ここですね」


真壁が低く言う。


「かなり嫌だな」


坂城も短く続けた。


「綺麗すぎる」


三枝は周囲の壁沿いを見ている。


「壁際には擦れ跡があります。

中央だけ綺麗すぎます」


かなりその通りだった。


表の街で見てきた“正しそうな場所”が全部、ここへ集まっている。


進みやすい。

待ちやすい。

避難しやすい。

中央が空いていて、周囲は整理されている。


でもこの圏域で、それは全部逆だ。


「中央、入りません」


結人が短く言う。


「壁際だけ見ます」



その瞬間、正面の壁に埋まった古い非常灯が、青く点いた。


遅れて、左の誘導灯も点く。

さらに右の足元案内が光る。


全部、中央へ行けと示していた。


かなり分かりやすい。


かなり悪い。


同時に、低いサイレンが遠くから届く。

7階みたいに遅れて。

その音に合わせて、頭上の割れた庇の下に黒い影が落ちる。

8階と9階で見てきた“待つな”の形だ。


さらに、中央の空地の奥に逃路猫が1匹。

今まででいちばん“安全そうな奥”に立って、こちらを見ている。


全部だ。


この圏域の嫌さが、ここへまとめて置かれている。


結人は声を張った。


「正しい方へ寄らないでください!」


青も見ない。

影にも入らない。

中央にも行かない。

逃げ道にも釣られない。


言葉としては短い。

でも、それだけで全部が通る。


真壁が低く返す。


「壁際維持!」


坂城は右壁へ沿って走る。


「中央切る!」


三枝が短く言った。


「次、中央じゃなく左壁!」


その瞬間、空地の中央ではなく、左壁の排水溝の蓋が跳ねた。


中から黒いものが飛び出す。


人に似ていた。

だが、人型というより“都市の残骸を着込んだ塊”に近い。


背には道路標識みたいな板が何枚も突き出ている。

右肩には信号灯の残骸。

脚は長く、肋骨のあたりには横断歩道の白線みたいな筋。

頭部の半分は割れた案内板の箱で、そこに青白い矢印が点いては消える。


遅路兵。


この圏域の下位種や中位種の理屈をまとめたような、9階終点前の重い兵型。

こいつは正面から来ない。

まず“正しい避難動線”を景色として作り、その反対側の壁際から一拍遅れて本体を出す。


実用的に言えば、

遅刻廃都圏の終点手前では、正しそうな中央へ寄るほど遅れる。

本命は“それを捨てた側”から出る。


それが、この圏域のまとめだった。



「左壁!」


結人が叫ぶ。


真壁が盾をそこへ向ける。

遅路兵の長い脚が盾にぶつかる。

かなり重い。

だが、今までの積み上げがある。


坂城が横へ入る。

狙うのは正面の案内板じゃない。

左肩の信号残骸でもない。


壁際へ出た脚。


剣がそこを裂く。

遅れて、中央の非常灯が青く強く点る。

だがもう誰も中央へ寄らない。


逃路猫が奥で揺れる。

停留蜂の影が庇から落ちる。

サイレンが後ろで鳴く。


全部、無視していい。


そこへ寄るのが遅れだからだ。


「今いるのは左壁だけです!」


結人の槍が腹へ入る。

遅路兵が身体を捻る。

その瞬間、右壁の案内板が光る。

次は右へ出るつもりだ。


「次、右壁!」


三枝が即座に通す。


「青は中央の見せです!」


真壁が盾を返す。

坂城が位置を変える。

遅路兵が右へ飛ぶ。


だが、もう遅い。


中央の安全地帯は、もうただの罠にしか見えない。


右壁へ出た瞬間、坂城の剣が肩口を断ち、真壁の盾が押し、結人の槍が喉元へ深く入った。


遅路兵の全身から、矢印の青い光がばらばらに消える。

巨大な身体が壁沿いに崩れ、ようやく中央の非常灯も暗くなった。


静かになる。


結人は肩で息をしながら、その死体を見下ろした。


正面の案内。

頭上の影。

開いた中央。

進めそうな奥。


全部が“正しい方”だった。

そして全部が罠だった。


かなり綺麗にまとまっている。


かなり悪い。


コメント欄が一気に流れる。


炭酸:うわ


通り雨:全部まとめてきた


澪:かなり綺麗です


迷子の斥候:終点前の完成形だ


凪:この圏域の答えは、正しそうな方へ寄らないことだ


かなり、その通りだった。



配信へ向けて、結人は息を整えながら言った。


「今の相手で、この圏域のまとめがかなり見えました。

7階から9階まで、全部“正しそうな方”へ寄らせて遅らせます。

たぶんこの圏域は、正しい方へ寄らないことが一番大事です」


真壁が低く笑う。


「かなり嫌な答えだな」


坂城も短く続けた。


「でも通る」


三枝が静かに言う。


「この圏域を1本で言うなら、それですね」


結人も、そう思った。


遅刻廃都圏は、人が都市の中で当たり前に信じるものを1つずつ逆にしてきた。

最後は、それを全部まとめてくる。


だから今、この言葉が必要になる。


正しい方へ寄るな。



今日は、それ以上進まなかった。


終点の手前までで十分だ。

この先には、きっとこの圏域の主がいる。


でも、その前に必要な言葉は持ち帰れた。


政府ギルドへ戻ると、相良環は席を立っていた。


「どうでしたか」


結人は短く答える。


「この圏域の終点手前、かなりまとめてきます。

信号も、影も、待機場所も、空いた中央も、全部“正しい方”に寄らせて遅らせます」


相良の指が止まる。


「……最後の言葉は」


「“正しい方へ寄るな”です」


相良はすぐに打ち込む。


それから、少しだけ画面を見て、静かに言った。


「かなり綺麗です」


結人も小さく頷いた。


「かなり嫌ですけど」


相良が少しだけ笑う。


「嫌さが綺麗にまとまってる時ほど、主も綺麗です」


その言い方に、結人は少しだけ背筋が伸びた。


主も綺麗。


たぶん、その通りだ。



部屋へ戻り、ノートを開く。


* 7階〜9階 / 遅刻廃都圏

* 順番を狂わせる

* 道を狂わせる

* 合図を狂わせる

* まとめ

* 正しい方へ寄るな

* 中央、正面、青、屋根、開いた道

* それっぽいものほど罠

* 終点手前

* 遅路兵

* 正しい避難動線を作る

* 本命はその反対側から出る


最後に、1行だけ足した。


* 遅刻廃都圏は、“都市の正解”に遅れを仕込む圏域


書き終えてから、結人はペンを置いた。


もう見えている。

次は、終わらせる番だ。

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