表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/10

第5話 見ている場所

アーカイブは、今までより少しだけ長く再生されていた。


跳ねた、というほどではない。

それでも、結人にとっては十分変化と呼べる数字だった。


再生数が少し増え、コメントも増えた。

何より、言葉の向いている先が変わっている。


敵が強いとか、危なかったとか、そういう漠然とした感想ではなく、


正面が素直すぎる場所が危ない


上を見せられるのが嫌だった


見てる場所が独特だな


そういう言葉が残っていた。


結人は、それを見ながら少しだけ落ち着かない気分になっていた。


見ている場所。


自分ではまだ、ちゃんと説明できない。

でも、見ている人間のほうが先にそれを言葉にし始めている。


昨日、自分で打ったメモも見返す。

•灰鼠:避けた足元

•鉱牙犬:正面の外側

•鉱屑トカゲ:広場の壁際

•裂爪モグラ:止まった場所の下

•吊骨蝙蝠:上を見せる

•正面が安全そうな時ほど嫌

•助けを待つ顔になる前に止めたい


最後の一文は、まだ少し照れくさかった。

でも消す気にはなれない。


あれは多分、本当だからだ。


結人は端末を閉じ、短槍を取った。

今日も灰石坑道へ行く。

もう半分意地みたいなものだった。


同じ場所に通い続けるのは効率がいいとは言えない。

人気配信にもならない。

素材の実入りだって大したことはない。


それでも今は、ここでしか拾えないものがある気がしていた。


嫌な場所。

安全そうに見える危ない位置。

人が止まり、遅れ、助けを待つ顔になる手前。


そこを見失いたくなかった。



配信開始。


同接は0。

そこはもう驚かない。


「天城結人です。今日も灰石坑道、一層から見ます」


少しだけ迷ってから、さらに言う。


「昨日までで、危ない敵というより、危なくなる位置のほうを先に見てる感じがあります。そこを今日も見ます」


自分で言っていても、まだ曖昧だった。

だが、今日はすぐにコメントがついた。


その言い方でいいと思う


敵より先に位置の嫌さ見てるよな


結人は画面を見て、一瞬だけ息を止めた。


早い。

しかも、ちゃんと会話になっている。


まだ名前もない短い文字列だ。

誰が書いているのかも分からない。

でも、配信に向けて言った言葉が、ちゃんと返ってきた。


それだけで、坑道へ入る足取りが少しだけ変わる。



今日は入口付近の空気が少しざわついていた。


人が多いわけではない。

ただ、灰石坑道にしては装備の良い探索者が一人いた。


二十代後半くらい。

軽装だが質はいい。短槍ではなく中槍。腰にはナイフ。動きも、周囲の確認もそれなりに慣れている。


一層目当てには少し強すぎる感じがした。


結人はその男を横目で見て、少しだけ嫌な予感を覚える。


強い人間ほど、素直な場所へ入る時に迷いがない。

それ自体はいいことだ。

でも、灰石坑道の嫌な位置は、そういう“迷わない足”のほうへ刺さることがある。


男は結人の端末を見て、少しだけ口元を歪めた。


「配信か」


「……はい」


「こんなとこでもやるんだな」


悪意というほどではない。

ただ、少しだけ見下ろした響きがあった。


結人は特に言い返さない。

慣れている。

灰石坑道で配信している時点で、そういう目は何度も受けてきた。


男は軽く肩をすくめて先に入っていく。

一層の入口を慣れた歩幅で越え、そのまま通路の中央を進んでいく。


嫌だ、と結人は思う。


まだ何も起きていない。

でもあの歩き方は、広い場所で危ない。


結人は少し距離を空けて後ろから入る。

前を行く男に追いつかない程度。

それでも、もし何かあれば声をかけられるくらいの距離だ。


一層前半。

灰鼠が一匹出るが、男はそれを軽くあしらった。


やはり強い。

処理そのものに無駄がない。

結人なら二手かける場面を、ほとんど一手で済ませていく。


それでも嫌さは消えない。

むしろ、こういう人のほうが危ない時は危ない。


第一区画を抜け、第二区画へ入る。


右へ折れたあと、低い天井が少しだけ持ち上がり、その先に横長の空洞がある。

昨日の広場とは違うが、似た嫌さがあった。


中央が通りやすい。

左右は砕石が多い。

だから中央へ入りたくなる。


そして、その“入りたくなる”感じが嫌だ。


前を行く男は迷わず中央へ入った。

槍の穂先は自然に前。視線も前。

正しい歩き方だ。正しすぎる。


結人の口が先に開く。


「そこ、少し嫌です」


男が振り返る。


「は?」


当然の反応だった。

説明になっていない。


結人は少しだけ喉が詰まりながらも続ける。


「中央、通りやすいんですけど、そこが危ない感じがします」


男の眉が少し動く。

信じてはいない。

ただ、意味が分からないと言いたい顔だ。


「感じ?」


「……はい」


男は露骨に半笑いになった。


「そんなので止まれって?」


痛い言い方だったが、結人は黙った。

自分でもそう思う。

“感じがする”だけで他人を止めるのは、おかしい。


それでも今日は、黙って見送るほうが嫌だった。


男は小さく鼻を鳴らし、そのまま一歩進む。


その瞬間、結人の背中に冷たいものが走った。


正面。

いや、違う。

正面に見せて、横だ。


「右、来ます!」


ほとんど叫んでいた。


男は反射で槍を右へ切る。

それで半拍だけ間に合った。


右壁の砕石の中に紛れていた鉱屑トカゲが、ちょうど男の脇腹を裂く軌道で飛び出してきたところへ槍の柄が当たる。完全には止まらない。だが、線が少し逸れる。


蜥蜴の尻尾が男の外套だけを裂き、そのまま壁際へ逃げる。


「っ……!」


男が息を呑む。


結人はもう走っていた。

壁際へ消える前に短槍を払う。尻尾の先が弾かれ、鉱屑トカゲが跳ねる。そこへ、今度は男自身の中槍が叩き込まれた。


短い音。

蜥蜴が止まる。


空洞が静まり返る。


男はしばらく動かなかった。

中槍を構えたまま、裂かれた外套の端を見ている。布の裂け目の、そのすぐ下にあるはずだった脇腹を見ている。


あと少しずれていたら、と思ったのだろう。

結人もそう思った。


男はゆっくり振り返った。


さっきまでの余裕は消えている。

代わりに、かなりはっきりした警戒と困惑があった。


「……なんで分かった」


結人は少し黙ってから答える。


「中央が通りやすすぎました」


男は何も言わない。

多分、意味が分からない。


結人は自分でも言葉を探りながら続けた。


「通りやすい時ほど、そこを通らせるための危ない位置がある感じがして」


そこまで言って、また自分で曖昧だと思う。

でも今は、それしかない。


男はしばらく結人を見ていた。

それから、ようやく小さく息を吐く。


「……感じ、でここまで言えるのか」


それは呆れでもあり、感心でもあった。


結人は返事ができず、視線を少し落とした。

自分でもまだ分からないからだ。


ただ嫌なだけ。

それだけのはずなのに、本当にそこから来る。


コメント欄が流れる。


今のかなりでかい


先に言えてる


見てる場所がやっぱ違う


さらに一件。


正面の敵じゃなくて、正面に立たせる形を見てるのかもな


結人の目が、その一文で止まる。


正面に立たせる形。


それは今までで一番しっくり来た。


灰鼠も、鉱牙犬も、鉱屑トカゲも、裂爪モグラも、吊骨蝙蝠も。

敵そのものが怖いんじゃない。

人を“その位置に立たせる流れ”が嫌だった。


結人はその言葉を頭の中で繰り返す。

正面に立たせる形。

止まらせる形。

上を見せる形。


そうかもしれない、と初めて思った。


男が中槍を下ろし、短く言う。


「……忠告、ありがとな」


さっきまでの軽さはなかった。

結人は少しだけ驚いて、それから小さく頷く。


「いえ」


「俺、たぶん普通に踏んでた」


それは強がりのない言い方だった。


強い人でも踏む。

いや、強い人だからこそ踏む位置もある。


結人は昨日までの違和感が、また一つだけ前へ進んだ気がした。



坑道を出たあと、結人は入口脇の壁にもたれずに立ったまま、端末のメモを開いた。

•鉱屑トカゲ:中央が通りやすい時、横が来る

•危ない敵ではなく、危ない位置へ立たせる流れ

•正面の敵じゃなく、正面に立たせる形が嫌


そこまで打ってから、少しだけ考える。


それから、もう一行だけ足した。

•“どこで死ぬか”の前に、“どこへ立たされるか”がある


結人はその文章を見て、息を吐いた。


まだ全部は分からない。

でも今は、昨日より今日のほうが、少しだけ見えている。


配信を閉じる前、コメント欄をもう一度見る。

さっきの一文に続いて、短くこんな言葉が残っていた。


それ、ただの勘じゃないかもな


結人はその文章をしばらく見ていた。


ただの勘じゃない。

そう言われると、嬉しいより先に少し怖い。

もしそうなら、今までの自分の怖さには意味があることになる。

意味があるなら、多分もう、見てしまった以上は引けない。


灰石坑道の入口は今日も静かだった。

でも、その静けさの中で、結人の中だけが少しずつ騒がしくなっている。


嫌な位置。

立たせる流れ。

助けを待つ顔になる前の、一歩手前。


それを見始めてしまったのだとしたら、

明日もまたここへ来るしかないのだと思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ