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同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


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4/11

第4話 正面が嫌だ

裂爪モグラの一件のあと、結人は初めて自分の配信を少しだけ長く見返した。




見たい場面は決まっている。


灰鼠。鉱牙犬。鉱屑トカゲ。裂爪モグラ。




敵の名前や動きそのものより、毎回その前後にある“嫌な位置”を見ていた。




灰鼠は、避けた足元。


鉱牙犬は、立て直す少し外。


鉱屑トカゲは、広い場所の壁際。


裂爪モグラは、止まった場所の下。




並べてみると、どれも違う。


同じ敵じゃないし、同じ対処でもない。




でも一つだけ共通している気がした。




“安全そうに見える場所”が、そのまま安全とは限らない。




それは、かなり当たり前の話にも見える。


ダンジョンで安全なんてない。


そんなことは、結人だって分かっている。




でも、自分が見ているのはもっと手前だ。




危険そのものじゃない。


人が安全だと思って立つ場所。


そこが嫌だと感じる。




端末のメモには、短い言葉が増えていた。


• 灰鼠:避けた足元


• 鉱牙犬:正面の外側


• 鉱屑トカゲ:広場の壁際


• 裂爪モグラ:止まった場所の下




結人はそこに少し迷ってから、もう一行足した。


• 安全に見える位置が嫌




書いた瞬間、自分でも少しだけ怖くなった。




大げさに言っている気がする。


だが、今までの違和感を一番まとめているのも、その言葉だった。




コメント欄は、昨日の時点で少しだけ動いていた。




その止め方、覚えてるの強い


止まった場所の下、ちゃんと言えたな


助ける側の動きになってきたじゃん




それに加えて、夜になってもう一件だけ増えていた。




正面より、その次が見えてる感じする




結人はその一文を、何度か見返した。




正面より、その次。




自分が言葉にできなかったものに近い。


敵の強さや、攻撃そのものじゃない。


その次に人がどう動くか、その動いた先が嫌だという感覚。




そこを見られている。




誰なのかはまだ分からない。


でも、少なくとも自分の配信には、ただ見ているだけじゃない視聴者が混ざり始めていた。







次の日も、結人は灰石坑道へ向かった。




さすがに三日続けて危ない思いをしているので、別の浅層へ変える手も頭にはあった。


だが、今は灰石坑道から離れる方が嫌だった。




見えているものがある。


言葉になりかけているものがある。


それを途中で放すと、また全部ただの怖さへ戻りそうな気がした。




配信開始。


同接0。




少し歩いたところで1。


さらに入口を抜ける頃には2。




まだ少ない。


だが、もう結人はこの数字を“誰もいない”と同じ意味では見なくなっていた。




「天城結人です。今日も灰石坑道、一層から見ます」




少し迷ってから、もう一言足す。




「昨日までで、敵そのものより危ない位置がある感じがしてます。そこを見ます」




言ってから、少しだけ気恥ずかしくなった。


曖昧だ。


説明にもなっていない。




でもコメント欄には、思ったより早く反応が返ってきた。




そこ大事




たぶん見てる場所は合ってる




結人は一瞬だけ画面を見て、それからすぐ前へ視線を戻した。




今日は入口近くの人の流れが少し多い。


一層だけ潜る初心者。素材回収の単独。二層手前まで行くつもりらしい軽装の三人組。




広い場所ほど危ない。


止まる場所が危ない。


そういう見方をし始めると、人の動きまで前より少し嫌に見える。




第一区画。


灰鼠が二匹。




これはもう、昨日までより落ち着いて捌けた。


一匹目を払ったあとの足元を空ける。止まらない。前へ抜ける。


言葉にしていたことが、そのまま動きへ落ちていく感じがある。




「灰鼠は、一匹目より次の足元が嫌です」




配信へ向かって短く言う。




「真正面を処理して終わりじゃなくて、立ち位置ごと決めた方が楽です」




コメントが返る。




説明うまくなってるな




残してるの効いてる




残してるのが効いてる。


その言い方は妙にしっくりきた。




第二区画を越えたあたりで、通路は緩やかに右へ折れ、その先にやや広めの空洞がある。


結人はその手前で少しだけ足を遅くした。




嫌だった。




昨日までに見た広場とも少し違う。


壁際が嫌というより、今日は中央が嫌だ。




空洞自体は広くない。


四、五人いれば少し狭く感じる程度。


天井もそこまで高くない。


なのに、中央だけが妙に“素直”に見える。




まっすぐ進めそうだ。


止まっても大丈夫そうだ。


左右の壁際より、中央の方が安全に見える。




その“見え方”が嫌だった。




「……ここ、正面が嫌です」




自分でもかなり曖昧な言い方だった。


だが今は、それ以上言えない。




少し後ろを歩いていた三人組のうち、一人が結人を追い越そうとして足を緩める。




「え?」




結人は振り返らずに続けた。




「中央が安全そうに見えるんですけど、そこが嫌です」




三人組の足が少しだけ止まる。


完全に信じたわけではない。


ただ、配信をつけたまま一人で潜っているやつが急にそう言ったので、反射的に考えた程度だろう。




それでも、その半拍があった。




先に空洞へ入ったのは、素材回収らしい単独の男だった。


短剣使い。手際は悪くない。


だが足が軽い。


こういう人は“行ける”と見えた場所へそのまま入る。




男は中央へ出た。




何も起きない。


だから余計に嫌だった。




結人の喉の奥が少しだけ冷える。


次だ。




右壁の陰。


いや、違う。


上。




「上、見ないで!」




結人の声が飛ぶ。




単独の男は反射で足を止め、三人組の一人も思わず天井を見かけてこらえる。


その瞬間、空洞中央の少し前へ、吊骨蝙蝠が落ちてきた。




翼を畳んでぶら下がっていれば、乾いた死体みたいにしか見えない。


皮膜の下に骨の線が透ける、嫌な形の蝙蝠だ。




だが本当に危ないのは、落ちてきたことじゃない。




上を見せられること。




吊骨蝙蝠が落ちたのと同時に、中央足元の砕石が少しだけ崩れた。


落とし穴というほどではない。


だが、完全に足を取るには十分なズレだ。




単独の男が止まっていなければ、そのまま踏み込んでいた。


上を見ていたら、その半拍で膝まで持っていかれていたかもしれない。




「っ、まじか」




男が低く息を呑む。




結人はその場から走り込み、吊骨蝙蝠が再び飛び上がる前に短槍を払った。


翼骨に当たる。軽いが乾いた手応え。


蝙蝠がふらつき、続けて三人組の槍が届く。




一匹。


さらにもう一匹、天井の影から遅れて落ちる。




やっぱりだ、と結人は思う。


一匹だけで終わる空気じゃなかった。




「中央、踏まないでください!」




今度はかなりはっきり言えた。




三人組が左右へ散る。


単独の男もその場で足を返し、空洞の中央を空ける。


二匹目の吊骨蝙蝠は中央へ落ちてくるが、誰もそこへ踏み込まない。




その分、処理はずっと楽だった。




蝙蝠を落としきったあと、空洞には短い沈黙が残る。




単独の男が足元を見下ろし、それから天井を見る。


最後に結人を見た。




「今の、上じゃなかったな」




結人は頷いた。




「上を見たくなるのが嫌でした」




言いながら、自分でも少しだけ整理される。




今日の嫌さは、正面そのものじゃなかった。


正面が素直に見える。だから中央を通りたくなる。


そして、そこへ上から目を引かれて足元が遅れる。




つまり、**正面が嫌というより、“正面が素直に見えすぎる時が嫌”**なのだ。




コメント欄も早く流れていた。




今のかなり分かる




正面が嫌じゃなくて、正面が素直すぎるのが嫌なんだな




だいぶ見えてる




その一文を見た瞬間、結人の中で何かが少しだけ嵌まる。




そうだ。


正面が嫌なんじゃない。


正面が安全そうに見える時ほど嫌だ。




敵が真正面から来るかどうかじゃない。


人が“ここなら真っ直ぐ行ける”と思う場所。


そこに少しズレた危険が刺さる。




灰鼠も、鉱牙犬も、鉱屑トカゲも、裂爪モグラも、今の吊骨蝙蝠も、全部そこに繋がっている気がした。




単独の男が短く頭を下げる。




「助かった。今の、普通に行ってた」




三人組の一人も気まずそうに笑った。




「俺も、天井見てたと思う」




結人は首を横に振る。




「自分も、多分昔なら見てたので」




それは本当だった。


上を見せられれば上を見る。


中央が空いていれば中央へ行く。


そうやって止まり、遅れ、助けを待つ側へ回る。




昔の自分は、ずっとそうだった。




あの時の顔を結人は知っている。


どうにもならないと分かった瞬間、人の視界が狭くなることも。


自分では動けなくなって、助けが来ることだけを待つ静かな時間も。




だから嫌なのだと思った。




ただ怖いからじゃない。


あの顔になる場所が嫌だ。




坑道を出たあと、結人は今日のメモを打つ前に少しだけ止まった。


• 吊骨蝙蝠:上を見せる


• 中央が素直な場所が危ない


• 正面が安全そうな時ほど嫌




そこまで打ってから、さらに一行足す。


• 助けを待つ顔になる前に止めたい




書いたあと、自分でもしばらくその文章を見ていた。


綺麗すぎる気もした。


でも、今の自分の動きの理由は多分そこに近い。




配信を閉じる前、コメント欄にもう一件だけ短い言葉が増えた。




それでいい




誰のコメントかはまだ分からない。


名前もない。


それでも、その一文は妙にまっすぐ残った。




結人は端末を閉じ、灰石坑道の入口を振り返る。




まだ一層だ。


まだ浅い。


それでも、ここには確かに“終わる形”がある。




そして自分は、少しずつそこを見始めている。




怖い。


でも、多分もう、見ないふりはできない。

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