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同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


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32/62

第32話 先端を捨てろ

3階の下は、かなり通るようになってきた。


減らして見ろ。

選び直せ。

止まるな。


そこまでは、もう現場の手順としてかなり残り始めている。


けれど昨夜、結人は整理箱から付箋を何枚か取り出して並べたあと、最後の1枚をしばらく貼れずにいた。

•減らして見ろ

•選び直せ

•止まるな

•折れた先端が嘘

•音の余韻が嘘


ここまで見えたのに、まだ言葉としては少し長い。

現場で飛ばすには、まだ一拍遅い気がした。


結人は新しい付箋に、まず1行だけ書いた。

•先端を捨てろ


少し迷って、その下にもう1行。

•余韻を捨てろ


書いてから、しばらく見つめる。


かなり乱暴だ。

でも、今の3階にはこのくらい乱暴な短さの方が合う気がした。


端末を開く。

配信タイトルを打つ。


灰石坑道 3階 / 先端と余韻を捨てる


配信開始。


「天城結人です。今日は3階で、折れた先と音の余韻を整理します。前半と断層喰いは流して、その先だけ見ます」


同接は12。

立ち上がりの速さは、もう前とかなり違う。


コメント欄が流れる。


炭酸:きた


通り雨:今日はそこか


澪:お願いします


迷子の斥候:先端と余韻、分かりやすそう


凪:最後まで追うな


結人は小さく頷いた。


「はい。今日は“最後まで追わない”を現場で通す日です」



政府ギルド前の売店で、水と回復薬を買う。


今日は回復薬を2本。

保存食を2つ。

塩飴を1袋。

それから、小さいゼリーを1本。


3階まで行く日の買い方は、もうだいぶ決まってきた。

前みたいに、その場の残高だけで迷わない。

どこで集中が切れやすいかを、少しずつ分かってきたからだ。


会計を待っていると、昨日も後ろについた探索者が声をかけてきた。


「天城さん」


「はい」


「昨日の配信、見返しました。

折れた先の先端と、音の余韻で遅れてました」


かなりいい。

かなり今日のテーマに近い。


「自分もそこを見ます」


「今日は後ろで、そこだけ見ます」


短い。

でも今は、その短さの方がありがたい。


相良環は窓口の奥から、結人が近づく前に言った。


「今日は、最後まで追わない整理ですね」


「はい」


「今朝の報告もそこです。

『先まで見すぎた』

『音を聞き切って遅れた』

この形が増えています」


結人は小さく息を止めた。


やはり同じだ。

今はもう、自分だけの違和感ではない。


「ありがとうございます」


相良は端末を整えながら続ける。


「名前というより、まず止める言葉の方が要りそうですね」


かなりその通りだった。


「今日はそこを持ち帰ります」


「お願いします。

今の段階なら、その方が強いと思います」


その一言は、かなり静かだった。

でも重かった。



入口前には、坂城迅、真壁遼真、三枝透がすでに揃っていた。


坂城は今日ついてくる探索者の位置を見ている。

真壁は大盾の縁を軽く叩いて感触を確かめ、三枝は坑道の奥から返る重い音だけを拾っているようだった。


結人が近づくと、坂城が短く言う。


「今日は名前じゃなく、言葉か」


「はい」


真壁が続ける。


「重いやつそのものに名前を置くより、先に止める言葉を通した方がいい」


三枝も小さく言う。


「完成形の輪郭より、まず現場の一拍を守る」


かなり良い。

かなり話が早い。


結人は頷いた。


「先端を捨てろ。

余韻を捨てろ。

今日は、その2つが通るか見ます」


坂城が即答する。


「いい」


真壁も頷く。


「かなり短い」


三枝が前を見たまま言った。


「3階後半に合ってる」


それで十分だった。


今日は後ろにつく探索者が6人。

いつもの顔が多い。

もう、3階の入口側は「後ろで見方を覚える場所」として空気ができ始めている。



1階層は速かった。


灰鼠。

鉱屑トカゲ。

必要な声だけが飛ぶ。


「終わった入りするな」

「向くな」


もうここは、本当に土台だ。

結人はほとんど口を挟まない。


2階手前も同じだった。


荷喰い虫。

岩層猪。

向き戻し。

手戻し。

足戻し。


「向き戻しするな」

「手戻しするな」

「足戻しするな」


前半の核は、かなり自然な確認の音になっていた。


断層喰いも浅く越える。


「中央寄り持て」

「沈んだ線だけ見ろ」

「左まだ死んでない」


そこまで揃っているから、3階へかなり集中が残る。


結人は配信へ向けて一度だけ言う。


「ここまでは流します。今日は3階で、先端と余韻を捨てるところだけ見ます」


コメント欄が少しだけ速くなる。


炭酸:きた


通り雨:3階後半だ


澪:お願いします


凪:最後まで追うな



3階へ入る。


広い。

線が多い。

音が少し遅い。


その嫌さ自体はもう前提になっている。

鉱脈蜥蜴が出る。

前の探索者が言う。


「頭いらない。白い筋」


その声で、後ろの探索者の目も迷わず線へ寄る。

坂城が払う。

蜥蜴が壁へ戻る。


斜骨ムカデも同じだった。


「先頭見んな、真ん中だけ」


響き喰いも前よりずっと速く通る。


「軽い音捨てろ!」

「重い擦れだけ!」


双筋蜥蜴も、もう昨日までほど苦しくない。


「選び直せ!」

「止まるな!」


ここまでは、かなり手順として通る。


だからこそ、その先で足りなくなるものがはっきり見える。



最初に来た重い気配は、右壁の太い鉱脈からだった。


静かだ。

双筋蜥蜴より線が少ない。

なのに、正面が定まらない。


前の探索者が今まで通りに動く。


「減らして見ろ!」


視線を絞る。

次に、


「選び直せ!」


残した重い線の中で、本物を追う。

さらに、


「止まるな!」


踏み替えようとする。


そこまではいい。

だが次の一拍で、重い線が外へ折れる。

そしてその先端が、はっきりと見える。


見えるから、追いたくなる。

でも昨日までで、それが嘘だと見えた。


結人はそこで短く言った。


「先端を捨ててください!」


前の探索者の目が、外へ折れた先端を追うのをやめる。

真壁が中央へ引く。

坂城が、折れた先端ではなく、その少し手前の重さが残る場所へ剣を差し込む。


重い影が、その直前を抜ける。

空振り。

かなりきれいだった。


前の探索者が荒く息を吐く。


「……今の、先じゃなかった」


「はい」


結人も呼吸を整えながら頷く。


「先端を捨てた方がいいです。

そこまで追うと遅れます」


三枝が小さく言う。


「かなり通るな」


真壁も頷く。


「“折れた先端が嘘”より、これの方が現場向きだ」


坂城が低く吐いた。


「短い方がいい」


かなりその通りだった。


配信へ向けて短く整理する。


「今かなり大きいです。

3階後半の重い個体には、“先端を捨てろ”がかなり合います」


コメント欄が一気に流れる。


炭酸:きた


通り雨:分かりやすい


澪:かなり大きいです


迷子の斥候:これは残る


凪:いい


いい。

結人にもかなりそう思えた。



そこで終わらなかった。


少し遅れて、重い擦れ音が来る。


軽い音はない。

遅れて来る重い擦れ。

その中にさらに遅い芯。

そこまでは今まで通りだ。


だが今日は、その芯の鳴り終わりの余韻が、やけにはっきり長かった。

耳には残る。

だから、ついそこまで聞き切りたくなる。


前の探索者が、重い芯へ意識を寄せる。

そこまではいい。

だが余韻を聞き切ると遅れる。


結人はそこで、もう迷わず言った。


「余韻を捨ててください!」


前の探索者の足が、最後まで聞き切る前に止まる。

真壁が中央へ引く。

坂城が、余韻の終わりではなく、その少し手前の重い詰まりへ剣を差し込む。


壁の太い鉱脈の影が、その直前を抜ける。

空振り。


かなりきれいだった。


三枝が鋭く言う。


「音もそれでいい」


真壁が低く続ける。


「最後まで聞くな、ってことだな」


坂城も頷く。


「先端と余韻。

どっちも“最後まで追うな”でいい」


かなり良かった。

視覚と聴覚の両方で、止める言葉が揃い始めている。


配信へ向けて結人は短く言う。


「今かなり良いです。

視覚なら“先端を捨てろ”

聴覚なら“余韻を捨てろ”

どっちも、最後まで追うと遅れます」


コメント欄が流れる。


炭酸:強い


通り雨:これは覚えやすい


澪:かなり良いです


迷子の斥候:3階後半の言葉になりそう


凪:残るな


残る。

結人にもかなりそう思えた。



そのあと、同じ形がもう1度出た。


今度は後ろについていた探索者が先に声を出した。


重い線が折れる。

探索者が叫ぶ。


「先端捨てろ!」


前の探索者の目がそこで止まり、坂城が手前の芯へ剣を入れる。

重い影が空振る。


少し遅れて重い擦れ音。

今度は別の探索者が言う。


「余韻捨てろ!」


前の探索者の足が止まり、真壁が中央を持つ。

音の芯が空振る。


結人は、その2つを見た瞬間に少しだけ息を止めた。


もう、自分だけの言葉ではない。

少なくともこの場では、かなり現場の声になり始めている。


三枝がぽつりと言う。


「3階後半の手順にかなり近いな」


坂城も低く続ける。


「下は減らす。

その先は選び直す。

もっと重いのは先端と余韻を捨てる」


真壁が苦く笑う。


「階層ごとに、ちゃんと嫌がらせの仕方が違うな」


かなりその通りだった。



今日はそこで深追いしなかった。


まだ重い個体そのものに名前を置く段階ではない。

でも、そこへ向けて必要な止める言葉はかなり揃った。


帰り際、後ろについていた探索者の1人がぽつりと言った。


「3階の下は減らして見る。

その先は選び直す。

もっと重いのは……先端と余韻を捨てる、か」


結人は、その一言で少しだけ目を上げた。


かなり近い。

かなり良い。


「はい」


それだけ返す。


今は、その短さの方が強い。


配信へ向けても短く整理する。


「今日はかなり大きいです。

3階後半の重い個体には、“先端を捨てろ”“余韻を捨てろ”がかなり通ります」


少し呼吸を置く。


「輪郭へ名前を置く前に、現場で止まる言葉の方が先に残りました」


コメント欄が流れる。


炭酸:いいな


通り雨:順番がすごく良い


澪:はい


迷子の斥候:これから名前つくの楽しみ


凪:次だ


その最後の一言が、結人にもかなり近く感じられた。


次だ。

多分、本当にそうだ。



政府ギルドへ戻ると、換金列にはまだ今日の深い嫌さまでは届いていない。

でも、3階の土台はかなり残っている。


「3階は減らして見ろ」

「その先は選び直せ」

「先端捨てろ、だって」

「余韻捨てろ、も言ってた」


結人は、その最後の2つが列の中に混じっているのを聞いて、少しだけ呼吸を止めた。

もうそこまで来ている。


相良環の窓口で袋を渡す。


今日は鉱脈蜥蜴の背甲片。

双筋蜥蜴の双背片。

響き喰いの擦殻。

どれも高くはない。

でも、今日の持ち帰りはかなり大きい。


相良は双背片を見ながら言った。


「今日は言葉が残りましたか」


「かなり」


「どんな形で」


結人は短く答えた。


「先端を捨てろ。

余韻を捨てろ、です」


相良の手が少しだけ止まる。


「かなり分かりやすいですね」


「最後まで追うと遅れるので、かなり合いました」


相良はすぐに打ち込む。


「窓口でも次には揃いそうです」


今日、それを言われるのは3回目だった。

でも、そのたびに少しずつ現実になる。


「次で輪郭に名前が置けると思います」


結人がそう言うと、相良は端末を返しながら小さく頷いた。


「その感じなら、ようやく似合いそうですね」


その一言はかなり静かだった。

でも重かった。



帰り道、結人は普通の弁当と小さいヨーグルト、それから安いインデックスシールを1つ買った。


整理箱の中で、3階の付箋がかなり増えてきた。

前なら、こういう分類のための小さい物は後回しだった。

今は必要だと思えたら買う。


部屋へ戻る。


机の上に弁当、ヨーグルト、インデックスシール、換金票、ノートを並べる。

前より、記録がちゃんと整理され、次に返せる形になってきている。


ノートを開く。

•3階の下

•減らして見ろ

•その先

•選び直せ

•さらに重い個体

•先端を捨てろ

•余韻を捨てろ

•現場で他の探索者も使った


そこまで書いて、少しだけ止まる。


それから、最後に1行だけ足した。

•輪郭へ名前を置く前に、止める言葉は揃った


書いてから、結人はしばらくその文字を見ていた。


今日はかなり良かった。

名前はまだない。

でも、重い個体に対して必要な止める言葉は、かなり残り始めた。


端末を見る。

コメント欄にも同じ熱が流れている。


先端捨てろと余韻捨てろ、かなり好き


ここまで積んでから名前つくの最高だな


次いよいよ輪郭に名前つきそう


結人は、その最後の一言で少しだけ目を細めた。


そうだ。

多分、次だ。


結人は端末を閉じる。


次は、ようやく輪郭へ名前を置く。

そして、その名前が現場で本当に通るかを確かめる。

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