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同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


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第3話 助けを待つ顔

灰石坑道から戻った夜、結人は珍しくアーカイブを二回見返した。




一回目は、ただ流れを追うため。


灰鼠の入り方。鉱屑トカゲが壁際から走った角度。二人組が広場の中央へ入った時、自分がどこで嫌だと思ったのか。




二回目は、止めた場面だけを繰り返し見るため。




右!




たった一言。


それだけで、男の脇腹ではなく腰袋で済んだ。




偶然だ。


そう言い切るには、妙に綺麗すぎた。


でも才能だ、と言い切るにはまだ怖い。




端末の画面を止める。


右上には、再生数とコメント数。どちらも大した数字ではない。




それでも昨日までとは違う。


見られている。


しかも、ただ見られているだけじゃない。自分が何を見たのかを、少なくとも一人か二人は拾っている。




コメント欄を開く。




今の、言えたじゃん




昨日の一件を見ていた人と同じかどうかは分からない。


文体は少し違う気もする。だが、似ている。


戦闘の派手さじゃなく、“言えた”ところを見ている。




結人はその一文を見たまま、しばらく手を止めた。




言えた。


確かに、昨日は言えた。


広場の中央へ二人組が入った時、あの右壁が嫌だと思って、それを声にした。




ただ、あれは気分じゃないのか。


たまたま当たっただけじゃないのか。




その問いは、まだ頭の中に残っている。


でも一方で、もしあれを毎回きちんと残せるなら、少なくとも自分の中では“たまたま”を減らせる気もしていた。




見返す。


言葉にする。


残す。




その繰り返しをしていないと、昨日のような一瞬はまた流れていく。




結人はメモ欄を開いて短く打った。


• 灰鼠:一匹目のあとに足元


• 鉱牙犬:正面より外側


• 鉱屑トカゲ:広い場所の壁際、見失った後




書いていて、少しだけ変な気分になる。


攻略メモというほど立派なものじゃない。


ただ、自分が嫌だと思った場所を並べているだけだ。




でも、それでいい気もした。


今の自分に分かるのは、その程度だからだ。







翌朝、結人は少し迷ってから、また灰石坑道へ向かった。




三日連続。


本当は別の浅層へ行く手もある。


ただ、まだ昨日の鉱屑トカゲの線と、鉱牙犬の噛み位置が頭に残っている。




残っているうちに行った方がいい。


忘れてからだと、また全部がただ怖いだけに戻る気がした。




配信開始。


同接0。




見慣れた数字だ。


昨日までなら少し沈んだかもしれない。


でも今日は、そこまで引きずられなかった。




0で始まっても、最後まで0とは限らない。


それを知っただけでも、少し違う。




「天城結人です。灰石坑道、一層から見ます」




短く言って、結人は坑道へ入る。




今日は入口付近に人が少なかった。


先行しているのは単独が二人ほど。昨日の二人組はいない。少しだけ気が楽だが、逆に静かすぎる気もする。




第一区画は平穏だった。


灰鼠が一匹だけ出たが、昨日までの嫌さを思い出していれば、そこまで苦しくない。




結人は少しだけ進む速度を上げた。


二層へ行くつもりはない。


でも一層の中で、昨日嫌だった広場の先を少し見ておきたかった。




灰石坑道の嫌なところは、同じ場所でも毎回同じ顔をしていないことだった。


大枠の構造は変わらない。


でも、気配の濃さが少し違う。敵の出方も、細かい嫌さも、毎回少しずつ違う。




その違いを覚えている場所ほど、結人には逆にやりやすかった。




広場の手前へ来る。


昨日、鉱屑トカゲがいた場所だ。




今日は静かだった。


壁際の砕石も動かない。


広場の中央も、昨日みたいに嫌な空き方はしていない。




だからこそ、少しだけ進めた。


そこが良くない時もある。




広場の先で、細い悲鳴がした。




結人の足が止まる。




近い。


一層の奥寄り。


一人分ではない。二人か、三人か。




「……っ」




考えるより先に走っていた。




端末が胸元で揺れる。


コメント欄は見ない。


前だけを見る。




広場を抜けた先、細い曲がり角の手前で、人が倒れていた。


昨日とは別の二人組だ。若い。片方は短槍、もう片方は小型盾。小型盾の男が尻もちをつき、短槍の方がそちらを庇うように立っている。




前にいたのは、灰鼠ではなかった。




裂爪モグラ。




大型犬ほどの穴掘り獣だ。黒茶の短毛が土と鉱粉で固まり、前脚だけが異様に太い。横へ広がった巨大な爪が、岩を砕くためにできているのが見て分かる。鼻先は潰れた金属みたいに硬く、目は小さく埋もれていた。




灰石坑道では、正面から来る相手じゃない。


止まった場所の下か、横を割って出る。




「動かないで!」




結人は思わず叫んだ。




短槍の男が振り返る。


その一瞬の隙に、裂爪モグラが右側の砕石を割って出た。




小型盾の男は立ち上がりかけている。


その“立ち直す場所”が危ない。




結人は走り込みながら、短槍を低く構えた。


正面から刺す相手じゃない。前爪の横、頭が出切る前の角度を潰す。




穂先が爪の付け根へ当たる。


浅い。だが、十分だった。裂爪モグラの頭が少し逸れる。




「後ろ!」




今度は短槍の男へ。




男が反射で一歩引く。


その足元を、裂爪モグラの爪が掠める。砕石が跳ねる。もしさっきの位置で立ち上がっていたら、膝から下を持っていかれていた。




裂爪モグラが体勢を変える。


速くはない。だが、次に来る位置が嫌だった。




止まった人間の下。


確認しようとした人間の足元。


一度助かったと思った瞬間。




「壁、寄って!」




結人は叫びながら、自分も左壁へ流れた。




小型盾の男は半ば這うように壁へ寄る。


短槍の男もそれに従う。




裂爪モグラは中央の石床を割って出ようとして、空振った。


そこへ結人は短槍の石突きを叩き込む。目じゃない。鼻先の少し横。硬い場所だが、方向をずらすには十分だ。




短槍の男がようやく踏み込む。


穂先が裂爪モグラの首元へ入る。


小型盾の男も、体勢を戻しきらないまま盾の縁で横から殴った。




裂爪モグラが低く鳴いて、砕石の中でもがく。


その動きが止まるまで、結人は槍を下ろさなかった。




広場の先は、急に静かになった。




息が荒い。


胸元の端末もまだ揺れている。




短槍の男がしばらく動けずにいたあと、ようやく結人を見る。




「今の……止まるなって」




結人は息を整えながら答える。




「止まった場所の下を割るので」




言いながら、自分でも少しだけ驚く。


さっきの説明は、昨日までよりずっと自然に出た。




裂爪モグラ。


止まった場所の下を割る。


それが見えたから言った。




小型盾の男はまだ顔色が悪かった。


ただ、立てる。怪我も浅い。




「助かった……」




その言葉を聞いた瞬間、結人の胸の奥で何かが少しだけ重く動いた。




助かった。




それは、自分が昔ずっと言う側だった言葉だ。


いや、言えた時はまだいい。


本当に危ない時、人はもっと静かになる。


声すら出ない。




視界の端で、別の光景が一瞬だけ重なる。




崩れた足場。


冷えた岩。


うまく息が吸えなくて、視界だけが狭くなっていく感じ。


そして、自分ではどうにもならないと分かった時の、あの静かな顔。




御門が伸ばしてきた手。


届くかどうか分からない距離。


それでも、あの時は間に合った。




結人は瞬きを一つして、今の坑道へ意識を戻した。




目の前の二人は、自分じゃない。


でも、少しだけあの時に似た顔をしていた。




だから、多分走ったのだ。




「……戻った方がいいです」




結人は二人に言う。




「今日はもう、一層でも嫌です」




短槍の男はすぐに頷いた。


反論はない。それだけで、さっき本当に危なかったのだと分かる。




小型盾の男が、ようやく端末へ目を向けた。




「それ、配信?」




「はい」




「今の、残るのか」




「残ります」




男は少しだけ息を吐いた。




「じゃあ、見返す。次、同じので死にたくない」




その一言が、結人には妙に強く響いた。




見返す。


次、同じので死にたくない。




それは結人がずっと、自分一人のためにやっていたことに近い。


でも今、目の前の誰かがそれを必要としている。




結人は短く答えた。




「……はい」




二人を入口側へ返しながら、自分も後ろにつく。


前に立つのではなく、少し斜め後ろ。もしまた何か出たら、足元と横が見える位置。




広場を抜ける手前で、端末の画面が小さく動いた。


コメントが増えている。




その止め方、覚えてるの強い




止まった場所の下、ちゃんと言えたな




さらにもう一件。




助ける側の動きになってきたじゃん




結人はその最後の一文で、一瞬だけ足を緩めた。




助ける側。


まだ、そんな大きな言葉を自分に使うには早い気がする。


今日だって、ただ嫌だったから言っただけだ。


たまたま間に合っただけかもしれない。




それでも、目の前で助かった二人がいる。


しかもその理由を、少しずつ自分でも言えるようになってきている。




坑道の外へ出ると、朝の光が昨日より少しだけ高くなっていた。




短槍の男が入口で改めて頭を下げる。




「本当に助かった。俺、止まって確認しようとしてた」




結人は少しだけ困って、目を逸らした。




「自分も、前はよく止まってました」




それは本当だった。


止まって、見て、確認して、それで遅れる。


昔の自分は、そういう遅れ方ばかりしていた。




小型盾の男が苦く笑う。




「じゃあ、今日ので直す」




二人は帰っていく。


結人はその背中を見送ってから、ようやく端末を切った。




今日はもう十分だった。


配信としては派手じゃない。数字だって大したことはない。


でも、自分の中では確かに昨日より一つ進んだ感じがある。




嫌な場所を見た。


言った。


助かった人がいた。


その上で、“見返す”と言った。




記録は、自分だけのためじゃなくなるかもしれない。




結人は端末をしまう前に、今日のメモを短く打った。


• 裂爪モグラ:止まった場所の下


• 立ち直す位置が危ない


• 壁寄りへ流す方がまし




打ち終わってから、少しだけ手を止める。




そのあと、もう一行だけ足した。


• 助けを待つ顔は、見れば分かる




自分でも説明しにくいメモだった。


でも、今はそれでよかった。

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