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同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


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第29話 選び直した先

3階の下は、もうかなり整理されてきた。


減らして見ろ。

頭を見ない。

細い線を追わない。

軽い音を捨てる。

白い筋。

真ん中の太い節。

遅れて来る重い擦れ。


そして、その先。


選び直せ。

残した筋の中で、今重い方。

残した音の中で、今遅い芯。


そこまでは、昨日かなり現場に残った。


けれど昨夜、結人はノートを見返しながら、まだ1つだけ引っかかっているものを感じていた。

•減らして見る

•選び直す

•それでもまだ遅れる時がある


そこまで書いて、ペンが止まった。


なぜ遅れるのか。

選び直したのに、それでも間に合わない瞬間があった。

昨日の重い個体は、ただ筋や音が途中で渡るだけではなかった気がする。


何かが、選び直す側の一拍そのものをずらしていた。


結人は新しい付箋に短く書いた。

•選び直した先で、何が足りないか


今日はそこを見る。

名前をつけるにはまだ早い。

でも、輪郭をもう1段だけ近づけることはできるはずだった。


端末を開く。

配信タイトルを打つ。


灰石坑道 3階 / 選び直した先を見る


配信開始。


「天城結人です。今日は3階で、選び直したのにまだ遅れる場所を見ます。下の見方はかなり残ってきたので、その先です」


同接は11。

立ち上がりが前より少しだけ速い。


コメント欄が流れる。


炭酸:きた


通り雨:今日はその先か


澪:お願いします


迷子の斥候:選び直した先、気になる


凪:一拍を見ろ


結人は、その最後の1行に小さく頷いた。


一拍。

多分、今日はそこだ。



政府ギルド前の売店で、水と回復薬を買う。


今日は回復薬を2本。

保存食を2つ。

塩飴を1袋。

それから、小さいスティック状のゼリーを2本。


3階は前半より長く集中が要る。

途中で口に入れやすいものがある方がいい。

前なら、こういう「途中で立て直すための物」は削っていた。

今は削らない。


会計を待っていると、昨日も後ろについた探索者が声をかけてきた。


「天城さん」


「はい」


「昨日の“選び直せ”、かなり分かりやすかったです」


「ありがとうございます」


相手は少しだけ言葉を探してから続けた。


「でも、選び直してる間に、もう次のズレが来てる感じがありました」


結人はそこで少しだけ目を上げた。


かなり近い。

かなりいい感覚だった。


「自分もそこが気になってます。今日はそれを見ます」


「後ろで見ます」


それだけで話は終わる。

前より、短くて済む。

でも、その短さの方が今の3階には合っていた。


相良環は窓口の奥からこちらを見るなり言った。


「今日は、選び直した先ですね」


「はい」


「今朝の報告もそこです。

『筋は見えたのに、次の一拍でまた遅れた』

『重い音を拾ったのに、動き出しが合わなかった』

この2つが増えています」


結人は小さく息を止めた。


やはり同じだ。

今はもう、自分の違和感だけではない。


「ありがとうございます」


相良は端末を整えながら続ける。


「まだ名前にはなっていません。

でも、“選び直せ”の次に何かある、という報告としてはかなり揃っています」


「持ち帰ります」


「お願いします。

今日はそこが見えれば十分大きいです」


その一言が、かなりありがたかった。



入口前には、坂城迅、真壁遼真、三枝透がすでに揃っていた。


坂城は今日ついてくる探索者の立ち位置を見ている。

真壁は大盾の下側を軽く叩いて感触を確かめ、三枝は坑道の奥から返る音を聞いていた。


結人が近づくと、坂城が短く言う。


「今日は一拍だな」


「はい」


真壁が続ける。


「減らして見る。選び直す。

そこまでは残った。

そのあとで、まだ遅れる」


三枝も小さく言う。


「見方の問題だけじゃない。

動き出しの拍がズレてるかもしれない」


かなり良い。

かなり話が早い。


結人は頷いた。


「昨日までは、どの筋や音が本物かを選び直すところまで見えました。

今日は、その選び直しのあとに何がズレるのかを見ます」


坂城が即答する。


「俺は入れる拍だけ見る」


真壁も頷く。


「俺は前の足がどこで止まるかを見る」


三枝が前を見たまま言った。


「俺は切り替わりじゃなく、その次の拍を見る」


それで十分だった。


今日は後ろにつく探索者が6人。

昨日と同じだ。

もう前へ出る気配のある人はいない。

今の3階は、それだけでかなり安全になっていた。



1階層は速かった。


灰鼠。

鉱屑トカゲ。

必要な声だけが飛ぶ。


「終わった入りするな」

「向くな」


結人はほとんど口を挟まない。

もうここは本当に土台だ。


2階手前も同じだった。


荷喰い虫。

岩層猪。

向き戻し。

手戻し。

足戻し。


「向き戻しするな」

「手戻しするな」

「足戻しするな」


前半の核は、かなり自然な確認の音になっていた。


断層喰いも浅く越える。


「中央寄り持て」

「沈んだ線だけ見ろ」

「左まだ死んでない」


ここで消耗しないことが、今の3階には何より大きい。


結人は配信へ向けて一度だけ言う。


「ここまでは流します。今日は3階で、選び直したのにまだ遅れる一拍だけ見ます」


コメント欄が少しだけ速くなる。


炭酸:きた


通り雨:そこだよな


澪:お願いします


凪:拍を拾え



3階へ入る。


広い。

線が多い。

音が少し遅い。


その嫌さ自体はもう前提になっている。

鉱脈蜥蜴が出る。

前の探索者が言う。


「頭いらない。白い筋」


その声で、後ろの探索者の目も迷わず線へ寄る。

坂城が払う。

蜥蜴が壁へ戻る。


斜骨ムカデも同じだった。


「先頭見んな、真ん中だけ」


浅い。

かなり浅い。


響き喰いも、もう前よりかなり速く通る。


「軽い音捨てろ!」

「重い擦れだけ!」


ここまではいい。

かなりいい。


だからこそ、その先で足りなくなる瞬間がはっきり見える。



最初に来たのは、昨日と同じ双筋蜥蜴だった。


壁の白い筋とほとんど同じ色。

頭は細い。

背中に並んだ2本の白筋。

途中で重い方が渡る。


前の探索者がすぐに言う。


「白い筋だけ!」


そこまではいい。

次の一拍で、2本の筋の重さが入れ替わる。


昨日までなら、ここで「選び直せ」だった。

それも通る。


後ろについていた探索者が叫ぶ。


「選び直せ! 右から左!」


前の探索者の視線が切り替わる。

真壁が肩を中央へ引く。

坂城が左へ移った線へ剣を差し込む。


双筋蜥蜴の胴が、その剣をかすめて壁へ戻る。


かなりきれいだった。

だが、今日はそこで終わらなかった。


同時にもう1匹、少し遅れて別の双筋蜥蜴が出た。

前の探索者は1匹目の選び直しが終わった直後で、一拍だけ動き出しが遅れた。


選び直しは合っていた。

でも、そのあと次の動きへ入る拍が合わない。


結人はそこでかなりはっきり見えた。


この階層の重い個体は、選び直しの正しさより、そのあと動き直す一拍を食ってくる。


「動き出し早く! 選び直したら止まらないで!」


前の探索者がそこで半歩だけ早く踏み替える。

2匹目の双筋蜥蜴が、その直前を抜ける。


空振り。


坂城が低く言う。


「今のだな」


「はい」


結人も頷く。


「選び直しは合ってました。

でも、そのあと一拍止まると次に噛まれます」


三枝が小さく言う。


「見方じゃなく、拍だ」


真壁も続ける。


「分かったあとに止まるな、ってことか」


かなりその通りだった。


配信へ向けて短く整理する。


「今かなり大きいです。

3階の重い個体は、選び直しそのものだけじゃなく、そのあと動き直す一拍に噛んできます」


コメント欄が一気に流れる。


炭酸:うわ


通り雨:そこか


澪:かなり大きいです


迷子の斥候:分かっても止まるとダメなのか


凪:選び直したら踏め


選び直したら踏め。

かなり近い。

かなり強い。



そこから先は、戦いの温度が少し上がった。


双筋蜥蜴が2匹、3匹と出る。

白い筋を見る。

重い方へ選び直す。

そこまでは通る。


問題はその先だ。


正しく選び直したあと、安心して一拍止まる。

そこへ次が来る。


結人はそこで、言葉をさらに短くできた。


「選び直したら踏んでください!」


前の探索者の足が止まらない。

真壁が中央の細い安全帯を保つ。

坂城が通る線へ入れる。

双筋蜥蜴が空振る。


かなり良かった。

かなり通る。


三枝が前を見たまま言う。


「3階の後半は、“選び直せ”の次に“踏め”だな」


坂城も続ける。


「止まると遅れる」


真壁が低くまとめる。


「分かってから止まるな、か」


結人はその整理がかなり近いと思った。


減らして見る。

選び直す。

そして踏む。


3階の下から上へ、見方と動きが少しずつ繋がっていく。



今日は、それだけでは終わらなかった。


奥で、昨日まで聞いていた重い擦れ音がまた来た。


軽い音はない。

重い擦れの中に、さらに遅い芯がある。

そこまでは昨日見えた。


今日は、その芯が聞こえたあとに、ほんの一拍だけ「無音」が挟まった。


重い擦れ。

さらに遅い芯。

そして無音。


その無音が来た瞬間、結人の背中に冷たいものが走る。


選び直したあとに止まるな。

でも、踏み急ぐと、その無音の先に食われる。


昨日までの双筋蜥蜴とは違う。

もっと重い。

もっと深い。


前の探索者が、重い芯へ意識を寄せる。

真壁が中央を持つ。

坂城が入る準備をする。


その時、結人は叫んだ。


「芯のあと、一拍空きます! そこで踏み急がないで!」


前の探索者の足が、踏み込みかけたところで止まる。

次の瞬間、壁の太い鉱脈の影が無音のあとにずれる。

姿はまだ完全には見えない。

だが、そこにあるのはもう下の敵じゃなかった。


三枝が鋭く言う。


「今の、選び直しの先の拍を食ってる!」


坂城も低く吐く。


「かなり重いな」


結人は短く頷いた。


かなり大きかった。

かなり深かった。


下の敵は、見る場所を減らす。

その先は、選び直す。

さらにその先は、選び直したあとに踏む拍そのものを食ってくる。


ここまで来ると、もう輪郭はかなり近い。



今日はそこで引いた。


もう十分だった。


後ろについていた探索者の1人が、帰り際にぽつりと言った。


「3階の下は減らして見る。

その先は選び直す。

さらに重いやつは、踏む拍まで見ないとダメなのか」


結人は、その一言で少しだけ目を上げた。


かなり近い。

かなり良い。


「はい」


それだけ返す。


今は、それで十分だった。


配信へ向けても短く整理する。


「今日はかなり大きいです。

3階の下には“減らして見ろ”

その先には“選び直せ”

さらに重い個体には、選び直したあとに“踏む拍”まで要ります」


少し呼吸を置く。


「輪郭はかなり近いです。

でも、まだ名前はつけません」


コメント欄が流れる。


炭酸:いい


通り雨:ここまで積んでから名前つくのいいな


澪:はい


迷子の斥候:もうかなり見えてる


凪:次で立つ


その最後の一言が、結人にもかなり近く感じられた。


次で立つ。

多分、本当にそうだ。



政府ギルドへ戻ると、換金列にはまだ今日の深い嫌さまでは届いていない。

でも、3階そのものの理解はかなり進んでいる。


「3階は減らして見ろ」

「その先は選び直せ」

「頭じゃなく筋」

「軽い音じゃなくて重い擦れ」


そこまでは、もうかなり残ってきている。


相良環の窓口で袋を渡す。


今日は鉱脈蜥蜴の背甲片。

双筋蜥蜴の双背片。

響き喰いの擦殻。

どれも高くはない。

でも、今日の持ち帰りはかなり大きい。


相良は双背片を見ながら言った。


「今日は、さらにその先ですか」


「はい」


「どこまで行きましたか」


結人は短く答える。


「選び直したあとに動き直す拍まで必要でした」


相良の手が少しだけ止まる。


「……なるほど」


「下の敵は減らして見ろ。

その先は選び直せ。

でも今日の重い個体は、そのあと一拍止まると噛みます」


相良はすぐに打ち込む。


「かなり順調ですね」


今日、それを言われるのは3回目だった。

でも、そのたびに少しずつ現実になる。


「窓口でも、そこまで揃うのはもう少し先だと思います」


「はい」


結人も頷く。


「でも、輪郭はかなり近いです」


相良は端末を返しながら、小さく言った。


「次で、名前がつくかもしれませんね」


その一言はかなり静かだった。

でも、重かった。



帰り道、結人は普通の弁当と小さいヨーグルト、それから安い付箋をもう1冊買った。


机の上の付箋が増えてきた。

前なら、そういう小さい整理の道具は後回しだった。

今は必要だと思えたら買う。


部屋へ戻る。


机の上に弁当、ヨーグルト、付箋、換金票、ノートを並べる。

前より、机が「積んだ経験を並べて見返す場所」になってきている。


ノートを開く。

•3階の下

•減らして見ろ

•その先

•選び直せ

•さらに重い個体

•選び直したあとに踏む拍が要る

•芯のあと、一拍空きがある

•分かったあとに止まると遅れる


そこまで書いて、少しだけ止まる。


それから、最後に1行だけ足した。

•3階の完成形は、選び直した先の拍まで食ってくる


書いてから、結人はしばらくその文字を見ていた。


今日はかなり進んだ。

下の敵で学んだ見方が、そのまま一段ずつ深くなっている。

そして、その先にいる重い個体の輪郭も、かなり近づいた。


端末を見る。

コメント欄にも同じ熱が流れている。


減らして見ろ→選び直せ→踏む、綺麗だな


ここまで来ると名前つくの楽しみだ


次でいよいよ輪郭立ちそう


結人は、その最後の一言で少しだけ目を細めた。


そうだ。

多分、次だ。


結人は端末を閉じる。


次は、その重い個体をもう少し正確に見る。

そして、ようやく輪郭へ名前を置く。


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