表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/62

第23話 減らして見る

3階は、見えるものが多すぎる。


昨夜、結人はノートにそう書いてから、しばらくその1行を見ていた。

•広い

•線が多い

•音が少し遅れる

•正面が信用しにくい

•頭より、通る線を見る


断層喰いを越えた先は、前半みたいに「戻り」を止める階層ではなかった。

広くなったぶん、見えるものが増える。

壁の鉱脈。床の筋。遅れて返る音。

そのせいで、正面だと思ったものが正面のままではなくなる。


だから今日やることは、かなりはっきりしていた。


見るものを減らす。


全部を見ようとすると、3階では遅れる。

必要な線だけを拾う順番を、体に入れないといけない。


朝、机の上のノートを開いて、結人は新しく1行足した。

•3階は、見えるものを減らした方がいい


書いて、ペンを置く。

今日はその確認だ。


端末を開き、配信タイトルを打つ。


灰石坑道 3階 / 下の敵で見る順番を固める


配信開始。


「天城結人です。今日は3階で、下の敵を相手に見る順番を固めます。前半と断層喰いは流して、その先だけ見ます」


同接は8。

少しずつだが、立ち上がりが早くなっている。


コメント欄が流れる。


炭酸:きた


通り雨:今日は経験回だな


澪:お願いします


迷子の斥候:見る順番、大事そう


凪:全部見るな


結人は、その最後の1行に小さく頷いた。


「はい。今日はそこです。全部見ると遅れるので、減らして見ます」


そう言って、端末を固定した。



政府ギルド前の売店で、水と回復薬を買う。


今日は回復薬を2本。

保存食を2つ。

それから、小さい塩飴も1袋だけ買った。

3階は集中が長く続く。

だから、途中で口に入れやすい物がある方がいい。


会計を待っている間、後ろの探索者が小声で話しているのが聞こえた。


「3階の先、頭見て避けると危ないらしい」

「昨日の配信で言ってたな」

「今日はそこやるのか」


結人は聞こえないふりをした。

でも、前よりその言葉が自然に耳へ入る。


相良環は窓口の奥からこちらを見て、短く言った。


「今日は3階ですね」


「はい」


「窓口でも、昨日から少しだけ揃い始めました」


相良は書類端末を見ながら続ける。


「『頭に釣られる』

『見えている正面と足の向きが合わない』

それと、

『音の返りが遅くて距離を誤る』

この3つが多いです」


かなり良かった。

昨日、結人が感じた嫌さとかなり近い。


「ありがとうございます」


「今日、そこを整理できるとかなり大きいです」


相良はそう言ってから、少しだけ視線を上げた。


「まだ誰も、短い言葉にはしていないので」


その一言で、結人の中の焦りが少しだけ減る。

そうだ。

今日はまだ、名前を決める日じゃなくてもいい。

まず通る見方を整える方が先だ。



入口前には、坂城迅、真壁遼真、三枝透がもう揃っていた。


坂城は入口の奥ではなく、今日ついてきそうな探索者の足運びを見ていた。

真壁は大盾を背負ったまま、足元の砂を軽く踏んでいる。

三枝は坑道の中から返る音を聞いていた。


結人が近づくと、坂城が短く言う。


「今日は減らす」


「はい」


真壁が続ける。


「3階は見えるものが多い。

だから見る場所を絞る」


三枝も小さく言う。


「頭を見ない。

音も全部は追わない」


かなり良い。

話が速い。


結人は頷いた。


「昨日までは“何がずれているか”を見ました。今日は“どれだけ見なくていいか”を見ます」


坂城が即答する。


「一番太い筋だけ」


真壁も頷く。


「それ以外は、捨てるくらいでいいかもな」


三枝は前を見たまま言う。


「音も、先に返るのじゃなくて遅れて重い方だけ拾う」


その一言は、かなり大きかった。

3階の音は少し遅れる。

全部追うと遅れる。

なら、重い音だけ拾えばいい。


後ろには、ここ数日3階の先を見に来ている探索者が3人ついていた。

前へ出る気配はない。


そのうちの1人が言う。


「今日は後ろで、どれを捨てるか見ます」


結人は短く頷いた。


「頭と細い線は、かなり捨てていいです。

太い筋だけ見てください」


「はい」


そのやり取りだけで、今日は十分進めそうだった。



1階層は速かった。


灰鼠。

鉱屑トカゲ。

前半の核は、もうかなり普通の確認になっている。


「終わった入りするな」

「向くな」


それで止まる。


結人はほとんど口を挟まない。

後ろについている探索者の方が、前に出かけた新人へ先に声をかける場面すらあった。


「終わった入りするな」

「まだ向くな」


前より、場に残っている。


コメント欄も静かだ。


炭酸:前半もう土台だな


通り雨:ここで時間使わないの良い


澪:はい


2階手前も同じだった。


荷喰い虫。

岩層猪。

向き戻し。

手戻し。

足戻し。


必要な時だけ声が飛ぶ。


「向き戻しするな」

「手戻しするな」

「足戻しするな」


前より短い。

前より無駄が少ない。

そのぶん、3階へ頭と体力が残る。


断層喰いも浅く越えた。


「中央寄り持て」

「沈んだ線だけ見ろ」

「左まだ死んでない」


必要な順番が揃っている。

もうここも、怖さは残っていても「通る順番」が揃っている。


結人は一度だけ配信へ向けて言った。


「ここまでは流します。今日はその先で、何を見なくていいかを固めます」


コメント欄が少しだけ速くなる。


炭酸:きた


通り雨:3階だ


澪:お願いします


凪:減らして見ろ



3階へ入る。


今日も、空気はやはり違った。


広い。

天井が少し高い。

壁にも床にも鉱脈の線が多い。

そのせいで、どこを見ても「通る線」に見えてしまう。


そして、音が少し遅れる。


足音。

武器が壁に擦れる音。

小さい石が転がる音。

どれも前半よりほんの少しだけ遅い。

そのわずかなズレが、正面の感覚を薄くする。


結人はそこで、配信へ向けて短く言った。


「3階は、広くて線が多いです。

そのうえ音が少し遅れます。

だから全部を見ると遅れます」


コメント欄が流れる。


炭酸:なるほど


通り雨:環境から嫌だな


澪:かなり大事です


迷子の斥候:先に環境で削ってくるのか


その通りだった。

敵が強いだけではない。

環境が先に、判断を削ってくる。


最初に出たのは、壁の鉱脈に紛れていた鉱脈蜥蜴だった。


前腕くらいの長さ。

細い頭。

背中に白い鉱筋が1本。

壁の白い筋とほとんど同じ色をしていて、止まっているとかなり見失いやすい。


そして、嫌さは昨日と同じだ。


頭の向きより、背中の白い筋が通る。


前にいた探索者が、飛び出してきた頭に対して左へ体をずらす。

だが、背中の白い筋はその少し外を斜めに通る。


結人は短く言った。


「頭捨てて、白い筋だけ!」


前の探索者が目を切り替える。

真壁が肩を少し中央へ引く。

鉱脈蜥蜴の胴が、服の端をかすめて抜ける。


空振りではない。

だが、前よりかなり浅い。


坂城が言う。


「今のだな」


結人は頷いた。


「頭見て避けると遅れます。

白い筋だけの方が早いです」


三枝が小さく続ける。


「細い線と頭は捨ててもいい」


かなり良かった。

かなり今日のテーマに近い。



少し進んだところで、今度は斜骨ムカデが床沿いから出た。


長い。

灰色の節が連なっていて、節ごとに少しずつ向きがズレている。

先頭が向いている方向と、胴の流れる線がきれいに一致しない。


実用的に言えば、

先頭の向きで避けると、中ほどの節に払われる。


ムカデの頭は右。

だから後ろの探索者が左へずれようとする。


坂城が低く言う。


「頭見んな。節の真ん中だけ見ろ」


探索者の足が止まる。

ムカデの胴が左へ流れ、空振る。


真壁がすぐに続ける。


「先頭はいらない。真ん中の太い節だけだ」


そこまで短くなると、かなり強い。

結人はそのやり取りを見ながら、3階は「捨てる勇気」が要る階層なのだと思った。


前半では、小さい戻りまで拾うことが強さだった。

3階では逆だ。

見えるものを絞ることが強さになる。


配信へ向けて短く整理する。


「3階は、見えるものを減らした方が速いです。

鉱脈蜥蜴なら白い筋。

斜骨ムカデなら真ん中の太い節。

それ以外はかなり捨てていいです」


コメント欄が流れる。


炭酸:分かりやすい


通り雨:見る場所が違うんだな


澪:かなり良いです


迷子の斥候:前半と逆で面白い


前半と逆。

かなり近い。

結人もそう思った。



今日は、それで終わらなかった。


3階の環境差は、敵だけじゃなく人の動きにも少し出る。


奥で鉱脈蜥蜴が2匹同時に出た時、後ろについてきていた探索者の1人が、一瞬だけ全部を見ようとして止まった。


頭。

白い筋。

壁の線。

床の筋。

遅れて返る音。

それら全部へ目を向けたせいで、半歩だけ遅れた。


結人はそこでかなりはっきり言った。


「3階は全部見なくていいです!」


声が少しだけ強くなる。

でも、それでよかった。


「白い筋だけ見てください!」


その探索者の目が、やっと1本の線へ絞られる。

坂城がその交差線を払う。

2匹の鉱脈蜥蜴が軌道を乱して壁へ戻る。


探索者は息を整えてから、小さく言った。


「……全部見ようとしました」


「はい」


結人も頷く。


「3階はそれが1番危ないかもしれません」


真壁が低く言う。


「見えるのに、見なくていいものが多い」


三枝も続ける。


「だから正面が薄い」


かなり大きかった。

敵の動きだけじゃない。

この階層では、人間の視線の使い方まで変えないといけない。



さらに奥へ少し進んだ時、結人は前方の鉱脈の静けさが少し違う場所に気づいた。


昨日見た下位の敵より、沈み方が重い。

筋が太い。

静かだ。

なのに、見ていると正面が少しずつずれる。


結人はそこで止まった。


まだ名前はない。

まだ、そこへ入る日でもない。

でも、この階層の嫌さを完成形にしたような気配が、そこにはあった。


配信へ向けて短く言う。


「今の沈み方は、昨日までの下の敵とは違います」


コメント欄がすぐ反応する。


炭酸:気配あるな


通り雨:上のやつか


澪:はい


凪:まだ入るな


結人は頷いた。


「はい。

でも今日は、そこへ行く前に3階の見方を通したいです」


その判断に、坂城も真壁も三枝も何も言わなかった。

それで十分だった。



引き返す頃には、今日の収穫はかなり大きかった。


鉱脈蜥蜴。

斜骨ムカデ。

3階の音。

線の多さ。

そして何より、全部見ない方がいいという感覚。


それはかなり明確に残った。


後ろについてきた探索者の1人が、帰り際にぽつりと言った。


「前半は小さい戻りまで見る。

3階は、逆に減らして見る」


結人は、その一言で少しだけ目を上げた。


かなり近い。

かなり良い言い方だった。


「はい」


それだけ返す。


もう、それで十分伝わる段階に近づいている気がした。



政府ギルドへ戻ると、換金列にはまだ3階の話は薄いままだった。

でも、今日は昨日より少しだけ具体が増えている。


「頭じゃなくて筋らしい」

「3階、音が変だな」

「全部見ると遅れる」


結人は、その最後の一言で少しだけ足を止めそうになった。

全部見ると遅れる。

もうそこまで外へ出ている。


相良環の窓口で袋を渡す。


今日は小さい素材ばかりだ。

鉱脈蜥蜴の背甲片。

斜骨ムカデの節殻。

大きい金にはならない。

でも、今日の持ち帰りは値段だけじゃない。


相良は背甲片を見ながら言った。


「今日は昨日より、言葉が整理されてますね」


「少しだけ」


「どんな感じですか」


結人は短く答えた。


「3階は、全部見ない方がいいです」


相良の手が少しだけ止まる。


「……なるほど」


「線が多いので、頭とか細い線まで全部見ようとすると遅れます。

鉱脈蜥蜴なら白い筋。

斜骨ムカデなら真ん中の太い節。

そこだけ見た方が通ります」


相良はすぐに打ち込む。


「かなり共有しやすいです」


その一言はかなり重かった。


かなり共有しやすい。

つまり、今日持ち帰ったものは次で現場へ返せるということだ。


「窓口でも次には揃いそうです」


「はい」


結人も頷いた。


「その前にもう少し、3階で通したいです」


相良は小さく頷く。


「その方がいいと思います。

この階層の見方が残った方が、次に出るものにも通りますから」


その言い方は、かなり正しかった。



帰り道、結人は売店で普通の弁当と、安いヨーグルトを1つ買った。

それから、今日はメモ用の細い付箋も1つ。


ノートに短い言葉を貼り足していく方が、3階の整理には合う気がした。


部屋へ戻る。


机の上に弁当、ヨーグルト、付箋、換金票、ノートを並べる。

前より、机が「考える場所」としても育ってきている。


ノートを開く。

•3階は全部見ない

•鉱脈蜥蜴

•頭じゃなく白い筋

•斜骨ムカデ

•先頭じゃなく真ん中の太い節

•音も全部追わない

•見る場所を減らした方が通る


そこまで書いて、少しだけ止まる。


それから、最後に1行だけ足した。

•3階は、減らして見る階層


書いてから、結人はしばらくその文字を見ていた。


今日はかなり良かった。

倒してはいない。

でも、かなり進んだ。

環境が見えた。

下の敵で通る見方が育った。

そして、この階層の先にいるもっと嫌なものへ行く前の土台が、少しずつでき始めている。


端末を見る。

コメント欄にも、もう同じ熱が流れている。


こういう経験が後で活きるんだな


3階は減らして見る、かなり分かる


ボス前にちゃんと積んでる感じいい


結人は、その最後の1行で少しだけ目を細めた。


そうだ。

今日はまさに、そのための日だった。


結人は端末を閉じる。


次は、3階でその見方が他の探索者にも通るところまで持っていく。

まだ先の嫌さには名前をつけない。

でも、ちゃんと近づいている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ