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同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


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2/10

第2話 一人見ていた

翌朝、結人は起きてすぐに端末を開いた。




配信の管理画面。


アーカイブ。


昨日の灰石坑道一層。


再生数は多くない。というより、ほとんど動いていない。




それでも、0ではなかった。




同接1。


コメント1件。




ただそれだけのことなのに、妙に画面から目が離れなかった。




今の、止まらなかったの正解




短い一文だ。


褒めているというより、確認に近い。だが、そこが逆に強く残る。




結人が鉱牙犬を避けたことでも、槍を当てたことでもない。


止まらなかったこと。そこを見ていた。




再生バーを少し戻す。


灰鼠との遭遇。


一匹目を払ったあと、二匹目が足元へ入った場面。


そして鉱牙犬。真正面に見えたのに、噛み線だけが少し外れていた場面。




画面越しに見返しても、昨日と同じところが嫌だった。


灰鼠は、避けた先の足元。


鉱牙犬は、立て直そうとした位置の少し横。




敵そのものより、そこへ噛みつかれる形が先に気持ち悪い。




結人は一度アーカイブを止め、コメント欄を開いた。


他の反応はない。例の一文だけがぽつんと残っている。




たったそれだけなのに、妙に大きく感じた。




今までにも、再生数が1とか2で止まることはあった。


最後まで見られていたかどうかも分からない視聴。


流し見かもしれないし、ただの誤タップかもしれない。




でも今回は違う。




最後まで見た上で、そこを見た。


その事実だけははっきりしていた。




結人は端末を閉じ、少し遅めの朝食を済ませてから支度を始めた。


灰石坑道へ行くかどうかは、もうほとんど決まっている。




怖い。


昨日の鉱牙犬の感触はまだ腕に残っている。


一層であれが出るなら、今日はもっと嫌な位置にいるかもしれない。




それでも、行かない方が嫌だった。




昨日の嫌さを、ただの嫌な記憶で終わらせたくない。


何が危なかったのか。


どこがズレていたのか。


昨日の一文がそこを少しだけ押していた。




止まらなかったのが正解。


なら、止まったらどう間違うのかも見ておきたかった。







灰石坑道へ向かう道すがら、結人は通行人の流れをぼんやり眺めていた。




探索者たちの装備は朝の光の中でどれも自分より立派に見える。


重い盾。長い槍。広い刃幅の剣。素材の質も違う。


結人の短槍は、実用品としては悪くない。だが、強そうかと聞かれたらそうでもない。




そもそも結人は、装備で押し切れる探索者ではなかった。




自分より強い人間はいくらでもいる。


自分より経験がある人間も、腕がいい人間も山ほどいる。




その中で自分に何があるかと言われると、まだ綺麗には答えられない。




ただ、嫌な位置だけは目につく。




それが強さになるのかどうかも、まだ分からない。


昨日のコメントは、その分からなさを少しだけ形にしただけだった。




受付を通り、灰石坑道の入口前に立つ。




今日は昨日より人が多かった。


初心者らしい二人組。


素材回収目当ての中堅風の男。


単独の短剣使い。


一層だけ潜るなら珍しくもない人数だ。




その中を見て、結人は少しだけ視線を止めた。




二人組の片方。


茶色の軽鎧。背丈は結人と同じくらい。


槍ではなく片手剣。表情はそこまで怯えていないが、周囲の確認が少し遅い。




こういう人間は、正面の敵に意識を取られやすい。




嫌な言い方だと自分でも思う。


でも結人の頭では、どうしてもそういう見え方をしてしまう。




危なそうだな、ではない。


ああいう位置の見方だと、足元か横が遅れる、という見え方。




結人は視線を切って、端末を固定した。




「天城結人です。灰石坑道、一層だけ見ます」




配信開始。


同接は、やはり0から始まる。




それでも昨日と少し違うのは、結人自身がその数字だけを見なくなっていたことだ。


見ている人がいるかどうかは、最後まで分からない。


でも、0のまま終わるとは限らないと知った。




坑道へ入る。




今日も入口近くは静かだった。


空気は同じ。


砕石の音も同じ。


でも、結人の中には昨日の鉱牙犬の線が残っているせいで、少しだけ見方が変わっていた。




正面がどうこうではない。


一度避けたあと、どこへ立て直したくなるか。


どこが“安全そう”に見えるか。


そこを先に見る。




第一区画の終わりで、小さな気配が走った。




灰鼠。




今日は三匹だった。


しかも、真正面の一匹がやけに素直に見える。




結人はその時点で嫌なものを感じた。




一匹目を見せる。


左右は遅れて来る。


中央を処理しようとすると、横の足元が死ぬ。




「……三匹」




誰も返事しない配信に向かって、結人は小さく言う。




「真正面のやつ、釣りっぽいです」




自分でも曖昧な言い方だと思う。


でも今はそれで十分だった。




真正面の灰鼠が突っ込んでくる。


左右は、まだ動かない。


いや、動いている。ただ、低すぎて線が薄い。




結人は中央の個体を刺さず、穂先で払いながら右足を後ろへ引いた。


その瞬間、左の影が足元へ滑り込む。




やっぱりだ。




短槍の石突きで叩く。


間に合う。


だが、そこへ三匹目が来る。




結人は今度は完全に止まらず、前へ出た。


灰鼠の群れ相手に下がってばかりだと、足を置き直す回数が増えて危ない。




一歩前。


中央個体の鼻先をずらしながら、そのまま壁際へ流す。


三匹目が空いた位置へ噛みつき、石を噛んで鳴いた。




処理自体は昨日より落ち着いていた。


うまくなったというより、昨日の嫌さが少し役に立っただけだ。




それでも、終わったあとにほんの少しだけ違う感覚が残る。




昨日より、分かった。


灰鼠は真正面の脅威じゃない。


一匹目が来た時点で、もう二匹目三匹目まで含めた立つ場所を決めておかないと危ない。




結人は息を整え、端末へ視線を向ける。


同接は1になっていた。




昨日の人かどうかは分からない。


でも、いる。




コメントはまだない。


それでも、見られていると分かるだけで言葉が少し出やすくなる。




「灰鼠、群れだと真正面が逆に危ないです」




一拍置く。




「一匹目を処理した場所に、次が入ります。下がり続けると足の置き直しが増えて危ないです」




言いながら、自分でも少し驚く。


昨日ならここまで言葉にできていなかった。




記録。


たった一日の差でも、見返したことが少しだけ効いている。




そのまま一層を進む。




第二区画までは比較的静かだった。


天井の低い場所を抜け、右へ折れ、少しだけ広い石棚のような空間へ出る。




嫌な広がり方だ、と結人はまた思う。




昨日の場所とは違う。


でも、同じ種類の嫌さがある。


広いだけじゃない。


少し進みたくなる広がり方をしている。




その時、後ろから声がした。




「すみません、先いいですか?」




昨日入口で見た二人組の片方だった。


茶色の軽鎧。片手剣持ち。もう一人は後ろで荷具を調整している。




結人は振り返り、少しだけ体を壁へ寄せた。




「どうぞ」




二人は軽く頭を下げて前へ出る。


悪い感じの人たちではない。


ただ、やはり視線が正面へ寄りすぎている。




広がった空間に入る。


片手剣の男が先。後ろの男が少し遅れてついていく。




結人の喉の奥が少しだけ冷えた。




前の空間は静かだ。


だからこそ嫌だ。




何もいないように見える時ほど、足場の切れ目か横の陰が危ない。


そして、こういう二人組は前が止まると後ろも同じ位置で止まりやすい。




「……」




言うべきか、結人は一瞬迷った。




まだ危険は見えていない。


ただ嫌なだけだ。


こんな曖昧な感覚で人を止めるのは変だと思われる。


実際、そうだろう。




だが、その迷いが一拍遅れた。




前を行く男の右足が、広場の中央に見える平らな石へ乗る。


その瞬間、右壁の陰から鉱屑トカゲが走った。




猫より少し大きいくらいの蜥蜴だ。全身に砕けた鉱片が貼りつき、止まっていれば岩屑にしか見えない。長く薄い尻尾の先は、刃物みたいに細い。




「右!」




結人の声が、ほとんど反射で出た。




前を行く男が体を捻る。


完全には間に合わない。


だが、その一声で脇腹ではなく腰袋を掠める形にずれた。




革が裂け、中の小物が散る。


男が息を呑み、後ろの相方もようやく剣を抜く。




結人はすでに走っていた。


鉱屑トカゲは一度切ったあと、壁際へ戻る。その“見失った瞬間”が一番危ない。




短槍を横へ払う。


壁際の岩屑へ溶ける前の尻尾に当たる。


蜥蜴が短く跳ね、そこでようやく二人組の片方が剣を入れた。




鉱屑トカゲが止まる。




広場が静かになる。




男が腰袋を押さえながら、少し青い顔で結人を見る。




「今の……」




結人は自分でも少し早い心臓の音を聞きながら答えた。




「壁際、嫌だったので」




説明になっていない。


でも今は、それしか言えなかった。




後ろの男が散った小物を拾いながら言う。




「助かった。ありがとう」




結人は小さく首を振る。




「たまたまです」




その言葉を言った瞬間、自分でも少しだけ嫌な気分になった。




たまたま。


確かに、まだ綺麗に説明はできない。


でも本当にたまたまかと言われると、多分違う。




嫌だったから言った。


嫌だった場所から、本当に来た。




その事実を、自分でまだ受け止め切れていないだけだ。




二人組は簡単に礼を言って先へ進んだ。


去り際、片手剣の男がちらっと端末を見る。




「配信してるんだな」




「……はい」




「さっきの、見返せるなら助かるかも」




そう言って、二人は行ってしまった。




結人はその背中を見送りながら、少しだけ端末を見た。


コメント欄が一件だけ増えていた。




今の、言えたじゃん




短い。


でも昨日のコメントより、少しだけ踏み込んでいる。




同接は2。




結人はその数字を見てから、鉱屑トカゲがいた壁際へ視線を戻した。




嫌な場所がある。


そこへ本当に来る。


しかも、言ったことで少しだけ間に合うことがある。




その事実は、嬉しいというよりまだ怖かった。


こんな曖昧なものに頼っていいのか、という怖さだ。




それでも、さっきの腰袋だけで済んだ場面を思い返すと、言わない方が嫌だったのも確かだった。




「……鉱屑トカゲ、壁に紛れます」




結人は配信へ向かって言う。




「止まると岩に見えるので、見失ったあとが一番危ないです」




少しだけ間を置く。




「さっきみたいに、広い場所で壁際が急に嫌な時は、多分います」




説明しながら、また少しずつ自分の中でも整理される。


見て、言って、残す。


それを繰り返すうちに、昨日より少しだけましになる。




坑道の奥は、まだ静かだった。


だが結人の中では、昨日より確かに一つだけ前へ進んでいるものがあった。




嫌な場所を、嫌だと言えた。


その一言で、少しだけ間に合った。




たったそれだけのことが、思っていたよりずっと大きかった。

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