第11話 次に戻るもの
終わった入り、はもうかなり通り始めていた。
だから今日は、その先を見る日だった。
灰石坑道の嫌さは、たぶん1つでは終わらない。
終わったと思って入り直す。
そこを止めても、まだどこかが帰る。
前に。
中央に。
手に。
足に。
昨日までで見えたのはそこだ。
そして結人は、もう1つだけ気になっているものがあった。
人は、危ないと感じたあと“向き”も帰す。
端末を開き、短く打つ。
•終わった入りは通り始めた
•次は、その直後にどこが帰るかを見る
•特に向き
それだけ書いて、結人は端末を閉じた。
今日は長く考えない。
見えたら拾う。
見えなければ持ち帰る。
それでいい。
⸻
朝の政府ギルドは、昨日より少しだけざわついていた。
換金列ではなく、灰石坑道へ向かう浅層探索者のところで、小さい声がいくつも飛んでいる。
「終わった入り、な」
「前、詰めすぎるなよ」
「分かってる」
結人はその横を通りながら、少しだけ足を緩めた。
もう説明の段階ではない。
少なくとも入口前では、かなり共有され始めている。
売店で回復薬を1本だけ買う。
昨日の残りがあるから、今日は1本で足りる。
会計のあと、相良環が窓口の向こうから言った。
「今日は落ち着いてますね」
「入口前の話ですか」
「はい。前みたいに無駄に前へ詰める人が減っています」
結人は少しだけ笑う。
「それならいいです」
相良はそこで短く頷いた。
「ただ、1つ止まると次の崩れが出ることもありますから」
結人はその言葉に一瞬だけ目を上げた。
かなり近い。
多分、同じことを考えていた。
「今日、そこを見ます」
「お願いします」
それだけで話は終わる。
でも、それで十分だった。
⸻
灰石坑道の入口前には、坂城迅、真壁遼真、三枝透がもういた。
坂城が人の流れを見たまま言う。
「終わった入りは、だいぶ前より楽だな」
真壁も頷く。
「その分、手前で止まったあとが気になる」
三枝は少しだけ目を細めた。
「前に入らなくなった分、横とか後ろを見るやつが増えた」
結人はそこで小さく息を止める。
やはりそうだ。
終わった入りを止めると、その次の戻りが見えてくる。
「今日はそこを見ます」
坂城が短く返す。
「向きか」
「はい」
それだけで通る。
かなり話が早くなっていた。
⸻
1階層は、今日はかなり静かだった。
灰鼠。
鉱屑トカゲ。
どちらも前より浅く止まる。
「終わった入りするな」
「寄るな」
そこまでで足りる場面が増えていた。
結人はほとんど口を挟まない。
だからこそ、次が見えた。
鉱屑トカゲを見失いかけた二人組が、中央へ詰めるのは止まった。
だが、止まった直後に2人とも相手の方へ顔だけ向ける。
確認したいのだ。
大丈夫か。
どこ行った。
今どっちだ。
その一瞬、壁沿いを走った影が視界の外へ抜ける。
結人の口から短く言葉が出た。
「向くな」
2人の顔が止まる。
トカゲが空振る。
前の2人が少し遅れて振り返る。
坂城が低く言った。
「今のだな」
結人は頷く。
「終わった入りを止めたあと、確認で向いてました」
三枝が小さく言う。
「目じゃなく、顔ごと帰った」
真壁も頷く。
「手足より先に向きか」
かなり近い。
かなり見えた。
結人はその場でメモを打つ。
•終わった入りの次
•向きを帰す
•安全確認で向く
•その向きに噛み合う
今日はそれで十分だった。
もう先へ進む。
⸻
2階層手前は、やはり今日の本命だった。
継ぎ目の近く。
荷喰い虫の顎。
岩層猪の突進。
ここでは終わった入りだけで終わらない。
最初に出たのは岩層猪だった。
前の探索者が避ける。
終わった入りは出ない。
前へも詰めない。
そこまではかなり良い。
だが、避けたあと前の探索者が後ろへ顔を向ける。
後ろの仲間を見たのだ。
その瞬間、肩が少しだけ帰る。
坂城が先に言う。
「向くな!」
肩が止まる。
猪の2手目が空振る。
結人はほとんど同時に分かった。
これだ。
終わった入りを止めたあと、次に危ないのは“向いて帰る”ことだ。
前へ入らなくても、顔や肩が安全側へ戻る。
そこへ噛み合う。
前の探索者が荒く息を吐いた。
「今の、向きか」
坂城が短く答える。
「そうだな」
結人も続ける。
「終わった入りの次で、向きが帰ってました」
真壁が低く言う。
「手足の前に向き、はかなりありそうだ」
三枝も頷く。
「目が抜けて、顔が向く」
かなり良い。
かなり早い。
⸻
次は荷喰い虫だった。
前の探索者が顎を避ける。
手はまだ戻らない。
だが、避けたあとに後ろの探索者へ視線を送る。
さらに首が少し向く。
今度は結人より先に三枝が言った。
「向くな」
首が止まる。
その一拍あとに真壁が続ける。
「手、戻すな」
顎が空振る。
結人はそこでほとんど確信する。
順番がある。
終わった入り。
その次に向き。
そのあと手足。
全部が別々じゃない。
かなり同じ崩れの中に並んでいる。
結人は配信へ向けて短く整理した。
「今日かなり大きいのは、終わった入りを止めたあと、次に向きが帰ることです」
少し呼吸を置く。
「そのあとに手足が戻る。順番が見えてきました」
コメント欄が流れる。
炭酸:なるほど
通り雨:次の段階か
澪:かなり大きいです
迷子の斥候:順番で見えるようになってきたな
結人はそれ以上は話さなかった。
今日はもう、そこまで見えれば十分だった。
⸻
坑道を出たあとは、昨日より少しだけ人の視線が増えていた。
露骨ではない。
でも、入口前で結人を見たあと、小さく立ち位置を空ける人がいる。
話しかけるまでではないが、無視でもない。
その薄い変化が、今の結人にはかなり大きかった。
政府ギルドで換金を済ませる。
今日は量は普通だった。
でも、荷喰い虫の顎片と岩層猪の蹄殻片の状態がよく、思ったより少し上がついた。
相良が端末を返しながら言う。
「最近、灰石坑道の持ち帰りが安定してますね」
「前より無駄が減りました」
「それは大きいです」
相良はそこで少しだけ視線を上げた。
「今日は何か見えましたか」
結人は短く答える。
「終わった入りの次です」
相良は聞き返さない。
だが、ちゃんと待つ目をした。
「向きが帰ります」
ほんの一瞬だけ、相良の視線が止まる。
「……なるほど」
それだけだった。
でも、その“なるほど”はかなり重かった。
「名前はつけますか」
結人は少しだけ考えた。
まだ早い。
今日はまだ、順番が見えたところまでだ。
「まだです」
「その方がいいかもしれません」
相良は短く頷いた。
「今の段階だと、雑に広がる方が危ないですから」
結人も頷く。
その感覚は、かなり正しかった。
⸻
帰り道、結人は売店で迷わずに買い物をした。
包帯1つ。
保存食2つ。
それと、前から気になっていた安いノート1冊。
端末だけでも記録はできる。
でも、今日は紙にも書いてみたかった。
順番が見えてきた時は、手で書く方が残る気がする。
部屋へ戻る。
机の上に換金票、包帯、保存食、ノートを並べる。
前より、ちゃんと「持ち帰ってきたもの」が机に残るようになった。
結人はノートを開き、最初のページに短く書いた。
•終わった入り
•その次に向き
•そのあと手足
たった3行だ。
でも、今日はそれでよかった。
端末を見る。
コメント欄にはもう新しい反応が来ている。
最近、灰石坑道の話進むの早いな
終わった入りの次は向きか
だんだん分かってきた
結人は、その最後の一文をしばらく見ていた。
だんだん分かってきた。
多分、自分も同じだった。
今日は終わった入りを長くなぞらなかった。
その代わり、次が見えた。
この進み方でいい。
そう思えた。
結人は端末を閉じる。
明日も灰石坑道へ行く。
今度は、向きがどう帰るのかをもう少し正確に見るために。




