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同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


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第10話 避けた先

二層手前まで見て戻った夜、結人はこれまでで一番長く灰石坑道のアーカイブを並べていた。


一層前半。

広場。

壁際。

吊骨蝙蝠の落ちる位置。

裂爪モグラが床を割る場所。

そして、二層手前の段差と鉱牙犬。


見返していて、嫌な確信が一つだけ強くなる。


二層は、一層より“前へ進むこと”そのものが危ない。


一層はまだ分かりやすい。

止まる。見る。見失う。戻る。

そういう“次の動き”に刺さる。


でも二層手前からは、もう少し嫌だ。

通れるように見える。

まっすぐ行っていいように見える。

だから、普通に進んだ人間ほど危ない。


結人は昨日のメモを見返す。

•二層手前:止まるなではなく、進めると思うなの嫌さ

•段差の先、足を戻した位置が危ない

•鉱牙犬:一層より“進みの流れ”と噛み合って嫌

•継ぎ目が戻されたみたいに見える

•一層は“次に何をするか”が危ない

•二層は“そのまま行っていいと思うこと”が危ない


そこへ、もう一行だけ足す。

•二層は“避けた先”まで含めて危ない


鉱牙犬。

あれは一層でも嫌だった。

だが、二層手前で見た時はもっと嫌だった。


正面から来る。

だから避ける。

でも、その避けた先がもう危ない。


敵を避けて終わりじゃない。

回避そのものが、次の危険へ繋がっている。


その感覚は、昔の嫌な記憶と少しだけ重なる。


間に合ったと思ったあと。

抜けたと思ったあと。

そこで次が来る。


結人はその連想を途中で切った。

まだ、そこまで深く思い出したくなかった。


端末の通知が一つ光る。

コメントだ。


炭酸:二層、避けるだけで終わらなそうだな


結人はその一文を見て少しだけ目を細めた。


自分がメモに書いたことと、かなり近い。

見ている人も、同じところまで来ている。


さらに、少し遅れてもう一件。


通り雨:一層は事故、二層は流れで殺す感じ?


それもかなり近かった。


事故。

流れで殺す。


言葉にすると、ぞっとする。

でも灰石坑道の嫌さは、確かにそっちへ寄ってきていた。


結人は端末を閉じ、次の日も灰石坑道へ向かった。


今日も二層入口まで。

深追いはしない。

ただ、昨日の“避けた先まで危ない”を確かめたい。


怖い。

だが、もう見なかったことにはできない。



配信開始。


同接0。

受付前で1。

入口で2。


「天城結人です。今日も灰石坑道、二層入口手前まで見ます」


一拍置く。


「昨日までで、一層は“次に何をするか”が危なくて、二層手前は“そのまま行っていいと思うこと”が危ない感じがあります。今日はその続き、特に“避けた先”を見ます」


コメントが返る。


炭酸:今日も助かる


通り雨:そこ聞きたい


迷子の斥候:避けた先の話かなり気になる


さらに、短く。


凪:避けて終わるな


結人はその一文を見て、小さく息を吐いた。

まさに今、自分が言語化しかけているところだった。


一層前半は昨日までよりずっと落ち着いていた。


灰鼠。

二匹。

もう大きく怖くはない。

それでも油断はしない。一匹目のあと、どこへ足を置き直すかまで含めて処理する。


鉱屑トカゲ。

今日は姿だけ見せて壁へ戻った。

結人は無理に追わない。見失ったあとが本命だと分かっているからだ。


第二区画。

広場。

昨日より人は少ない。


今日は先行しているのが三人組だった。

槍、斧、短剣。

装備は軽いが、一層だけの初心者ではない。二層手前まで見に行くつもりなのだろう。


その後ろを、結人は距離を空けて進む。


三人組の動きは悪くない。

だが、二層へ近づくほど、その“悪くなさ”が逆に危なく見える。


揃っている。

足並みが綺麗だ。

だから、一人が避けた先に残り二人も流れやすい。


二層手前の段差。

昨日の探索者が鉱牙犬に噛まれかけた場所だ。


結人はその手前で、もうかなり強く嫌なものを感じていた。


「そこ、段差越えたあと、少し散った方がいいです」


前の三人組へ向けて声をかける。


槍の男が振り返る。

警戒はしているが、無視まではしない顔だ。


「散る?」


「はい。避けた先が重なると嫌です」


自分でもかなり変な説明だと思う。

でも今の自分に言えるのはそこまでだった。


斧の男が眉をひそめる。


「敵見えてるのか?」


「見えてはないです」


正直に言う。


「でも、段差の先が“まっすぐ進めそう”すぎて嫌です」


三人は顔を見合わせた。

信じ切ってはいない。

でも、全無視もしない。


その半拍で、槍の男が中央、斧の男がやや左、短剣の男が右寄り、と少しだけ立ち位置をずらす。


それで十分だった。


段差を越えた先の右壁陰から、岩層猪が突っ込んできた。


大猪ほどの巨体。

毛ではなく層状の岩板で覆われた体。

額から鼻先まで一枚岩みたいな装甲。

そして石柱みたいな牙。


「前じゃない、避けた先まで見て!」


結人は叫びながら走った。


三人組は反射的に散る。

岩層猪の突進そのものは、かろうじて避けられる。

だが本当に嫌なのはその後だった。


岩層猪が通った床に、半拍遅れて亀裂が入る。


やはりだ。


槍の男が突進を避けて中央へ戻ろうとした足元に、遅れて走った亀裂が入る。

もしさっき立ち位置を散らしていなければ、そこへ二人目三人目まで重なっていた。


「戻らないで、そのまま外!」


結人の声で、槍の男が中央へ戻す足を止める。

その一瞬で、亀裂がさっきまで槍の男の足があった場所を走り抜けた。


斧の男が低く罵声を吐く。

短剣の男は完全に顔色が変わっている。


結人はそのまま岩層猪の横へ回り込み、短槍を低く構えた。

狙うのは頭ではない。突進後、体重が戻る前脚の付け根、その少し内側。


穂先を浅く差し込む。

巨体がわずかに傾く。


「今、左から!」


斧の男が咄嗟に合わせる。

岩板の継ぎ目へ重い一撃が入る。

槍の男も中央へ戻らず、その外側から穂先を返す。

短剣の男はようやく呼吸を戻し、後ろ脚側へ回る。


完璧じゃない。

でも今の三人組は、“避けて終わりじゃない”をすぐ理解した。

それが大きかった。


岩層猪が短く吠え、再度踏み込もうとしたところへ、結人はもう一度声を飛ばす。


「突進そのものじゃなく、止まった後の床が危ないです!」


それで全員の視線が、敵本体ではなく足元へ少し割れる。

岩層猪は二歩目の突進を崩し、そのまま横へ流れた。


完全撃破にはならない。

だが、それでいい。

この位置で追うほうが嫌だ。


三人組もすぐには追わなかった。

今の一件で、それがどれだけ危ないか十分伝わったのだろう。


静かになる。


槍の男が、割れた床を見下ろして呟く。


「……避けて終わりじゃねえのかよ」


結人は息を整えながら答える。


「多分、そこが二層の嫌さです」


自分でも、その言葉がかなりしっくり来る。


一層は、次の動きが危ない。

二層は、正しいと思った回避の先まで危ない。


斧の男が苦い顔で笑う。


「最悪だな」


「はい」


結人もそう思う。

だからこそ、見ないといけない。


短剣の男が端末を見る。


「お前、配信してるやつだよな。これ残る?」


「残ります」


「後で見る。今の、普通に真ん中戻ってた」


槍の男も頷いた。


「俺も。避けたら一回立て直す癖あるわ」


結人はその言葉に少しだけ胸の奥が重くなる。


立て直す。

戻る。

整える。

それは普通なら正しい。

でも二層では、その“正しい動き”が食われる。


コメント欄も速く流れる。


炭酸:これで二層の嫌さめっちゃ分かった


通り雨:避けた先まで危ない、マジでそのままだな


迷子の斥候:一層とルール違いすぎる


さらに一件。


灰野:そこを覚えろ


灰野:戻る足を食う


結人の目が、その二行で止まる。


戻る足を食う。


言葉として、あまりにも正確だった。


二層の敵は、進む人間を真正面から殺すんじゃない。

一度避けて、戻ろうとした足を食う。


それは岩層猪だけじゃない。

鉱牙犬も、段差の先も、二層手前の“進める感じ”も、多分そこへ繋がっている。


結人はその場でメモを開いた。

•岩層猪:突進より、止まった後の床が本命

•二層は“避けて終わり”が通じない

•戻る足を食われる

•二層は進みの流れだけじゃなく、回避の終点まで危ない


そこまで打って、少しだけ手を止める。


それから、さらに一行。

•一層は“次に何をするか”

•二層は“助かったと思った次”が危ない


結人はその文字列を見て、長く息を吐いた。


助かったと思った次。


それは、自分が昔いちばん嫌いだった瞬間に近い。

もう大丈夫かもしれない、と少しだけ思ったあとで、また落ちる感じ。


灰石坑道の二層は、そこを食う。


怖かった。

でも今は、その怖さに少しずつ名前がついてきている。


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