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親切な隣人

 翌日の朝、桑原からは電話がなかった。

 きっと調子が悪いのだろう。お昼過ぎまで待って何も連絡がなかったら、こちらから電話をしてみようと思っていた。

 コーヒーとトーストの朝食を終え、片づけを済ませてパソコンに向かう。

 友人からの恋のおノロケ話や、結婚した人からの赤ちゃんの写真が添付されたメールに返信をし、しばらくサーフィンをした後、パソコンを閉じた。

 外を見ると、いいお天気だ。

 せっかくなので、ベッドのカバー類を外して洗うことにした。

 干す時に、隣との境界の壁が壊れていて、金具がないためにちょっと苦労をしたけれど、何とか残りの壁にロープを掛けて干すことができた。

 洗濯物を干した後、ベランダで伸びをしていると、お隣からアランの顔がひょいと覗いて、「やぁ!」と言うので驚いた。

 

「あら、会社は?」

「明日から出張なんで、半日で帰って来たんだ。パッキングしなくちゃいけないから」

「あぁ、そうね」

「そっちもお休みになったんだね」

 昨夜、アランには事情を話してあったのだ。

「えぇ。きっと、ボスの具合が良くないんだと思うの」

「そう。彼も一人なんでしょ?」

「えぇ。おまけに言葉が話せないから、どうしているかと心配なの」

「困ったら、電話をして来るんじゃない?」

「いえ、それがね、日本人の古いタイプの男の人は、こういう時、我慢をするのよ」

「どうして?」

「女性に弱いところを見せたくないのかも?」

「あぁ、そういう人なら、こちらにもいるよ」

「そう?」

「うん。まぁ、病気の時までそうなのかどうかは知らないけど」

「とにかく電話をしてみるわ」

「そうだね。もしも肺炎にでもなって倒れていたら大変だし」

「えぇ」

「あ、何かあったら手伝うからね」

「あら、でもあなたもパッキングで忙しいでしょ?」

「いや、そんなの大したことないよ。30分でできる」

「ふふふ。考えてみればそうよね。キャンピングに出かける訳ではないもの」

「あ、そうだ。ランチは済んだ?」

「ううん、まだなの。シーツを洗うのを思いつくのが遅かったから」

「じゃあ、ちょうどいいや。一緒にパスタ食べない? 冷たいのを作るけど」

「あら、いいのかしら。ご馳走になっちゃって」

「うん、もちろんだよ。食事は一人よりも二人の方がおいしい。じゃ、後でね」

「えぇ、後で」


 嬉しかった。

 アランと一緒にいると、とても楽しい。

 ちょっとハンサムだし、お料理のできるところがまた素敵だと思った。


 部屋に入って、桑原に電話をしてみた。

 7回コールしたところで、メッセージセンターに切り替わった。そこで「お加減は如何かと思って、電話をしてみました」と話し、電話を切った。

 眠っているのだろうか?

 あまり悪くなければいいのだけれど。

 気にかかりながらも、食事の約束をしたので、アランの部屋に向かった。


 ノックをすると「開いているよー!」と言うアランの声が聞こえた。

 きっと調理で手が離せないのだろうと想像し、勝手にドアを開けて部屋に入った。

 アランは、ちょうど野菜を刻んでいるところで、ボウルの中にはオリーブオイルを回したのか、らせん状のパスタがつややかに光っていた。

「簡単なんだけどおいしいよ」

 そう言いながら、手際よく野菜をボウルに入れると、モツァレラチーズを一口大に切り、洗ったバジルの葉の水を切り、さっと混ぜた。

「よし、出来た! ねぇ、そこの棚から深いお皿を二枚取って」

「これかしら?」

「そうそう」

 お皿をテーブルに並べると、アランが取り分けてサービスしてくれる。

 そこで、私の電話が鳴った。

「あぁ、電話だ! 信じられないよ」

 アランは笑いながら、タイミングの悪い電話に悪態をついた。

 

 電話は桑原だった。

「あぁ、春野君。電話に出なくて悪かった。いやね、ちょっと具合が悪くてさ、熱が出ちゃったもんで」

「まぁ、そうでしたか。解熱用のお薬はお持ちですか?」

「いや、それが見つからないんだ。昨日はよく眠って明け方にお腹が空いたので、おかゆをみんな食べて、君にもらった薬を飲んだんだよ。それまでは元気だったんだけど、しばらく起きていたらまた具合が悪くなってさ」

「まぁ……」

「いや、何とかなると思うんだ。でもね、食べるものがアレだから、ピザでも配達してくれるところを知ってたら教えて欲しいんだけど」

「お風邪なのに、ピザですか?」

 少し迷ったけれど、桑原の風邪のおかげで私も休みなのだし、後で何か持って行こうと決めた。

「いや、お腹は空いていないんだけど、弱ると困ると思ってさ。夜には何か食べて薬を飲もうと思っているんだ」

「支社長、私も今から食事なので少し遅くなりますけど、後で熱を下げるお薬と何か食料を持って行きます」

「いやいや、そんなことしてもらっちゃ悪いよ。第一、若い女性にここへ来てもらっても申し訳ないしね」

「玄関で失礼しますので、お気遣いなく」

「そうかい? いや本当に悪い思う。でも困ってるんだ。申し訳ないけどお願いするよ」

「わかりました。また、後ほど電話をしますので」


 電話を切って、小さなため息をひとつ吐いた。

「ボスだった?」

「えぇ、そうなの。大変そうだった」

「そう」

「解熱用のお薬もないんだって。なので、食料と一緒に後で持って行くことにしたの」

「しようがないね。だって会社から来ているの君たち二人だけなんでしょ?」

「えぇ。宅配ピザの電話番号を聞かれたけど、熱があるのに油分の多いものは食べられないでしょ? お粥でも作って持って行くわ」

「お粥って、日本のお米で作るの?」

「えぇ、そうよ。丸い形のお米」

「イタリア米と同じだよね?」

「そうね、同じだわ」

「リゾットの冷凍ならいくつもあるよ。それじゃ、駄目かな?」

「駄目じゃないけど、あなたがせっかく作ったものでしょ?」

「いや、使ってくれるんなら助かるよ。だってね、冷凍室がいっぱいなんだ。ほら見て」

 アランの開けた冷凍室には、確かにジッパータイプのパックがたくさん詰まっていた。

「本当だ。たくさんあるのね」

「僕は料理も好きだけど、基本的には食いしんぼうなんだよ。だから、今日はトマトのリゾットでも明日はキノコのリゾットが食べたいし、その次はシーフードだったり、クリームだったりする。ちゃんと測って作るわけじゃないだろう? だから作りすぎて、残るわけ。そして捨てるのがもったいないから、こうやって冷凍室を占領されてしまうんだよ」

「でも次からは、一人分だからこれを解凍して使えばいいんじゃないの?」

「時間がない時にはそうするけど、めったに使わないんだ。パスタを作ることも多いしね」

「そうなの? 本当にいいのなら助かるわ」

「どうぞ、どうぞ。あ、それはいいけど、君のボスはどこに住んでいるの?」

 私は地名を言った。

「そうなんだ。じゃあ、車で送って行くよ」

「え? そんなのいいわよ。自転車で行くからいいのよ」

「いや、結構距離があるよ。それに危ない」

「そうかしら?」

「そうだよ。それに僕にもちょっと買い物があるんだけど、付き合ってくれる?」

「それはいいけど……。じゃあ、お願いするわ。どうもありがとう」

「なんか、忘れていない?」

「え? なに?」

 アランは、ここと言うように指で自分の頬を指した。

 照れ臭いとは思ったけれど、それが礼儀でもあると思う。

 そこで背伸びをして、頬にキスをしようと顔に近づいた時、さっと頭を回したアランが唇にキスをした。

 私の驚いた顔を見て、アランはとても喜んだ。

 

「よし、じゃあ、パスタを食べよう!」

 シンプルだけれど、冷たいパスタはとてもおいしかった。これなら、きっとリゾットもおいしいのだろうと想像がつく。

 仕方のないことだけれど、桑原のところへ持って行くのが惜しいような気がした。

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